第10話 ペンタグラム・リサーチ・プロジェクト

「お似合いよ。一生そのままでいてほしいくらいだわ?」

 その言葉は暗に授業中に起こすレイホの行為に釘を刺したものだが、一生となるとレイホがここに来た理由そのものが失われてしまう。

「お、俺は別にこのままでも良いんだけどな」

 元々、普通の男子高校生を目指していたレイホにとって、異様ではあるがこのマスクをした状態であれば先日のような暴挙に出ることもないだろう。ただ、あの鷹鹿率いる部活に足を踏み入れた以上、このままで終わるはずがないという思いがレイホの返答を曖昧なものにさせた。

 白鳥がレイホの行為を許せないように、レイホもまた白鳥の行為が許せなかった。白鳥はレイホに指を突き出して「私の前で外したら許さないから」と戒めると、レイホもまた「お前こそ二度と俺のことを盗聴するなよ?」と互いに緊張が高まったところで、椅子に腰かけた鷹鹿が口を開いた。

「二人とも座って落ち着いてくれ」

 二人は距離を置くように長机の対面にそれぞれ腰かけた。目も合わせようとしない二人の様子を見ながら鷹鹿が軽く嘆息を漏らした後、レイホへと焦点を当てた。

「まぁ、入部したてのレイホ君は色々と聞きたいことはあるだろう。何でも答えるから言ってみるといい」

 聞きたいことは山ほどある。レイホはこの場に最も相応しくないであろう白鳥を一瞥した。

「白鳥も入部したてのはずですが、随分と仲が宜しいようですね」

 スカートの中身まで知っていそうですね、とまで言いかかったレイホだが、敢えてそこまでは言及しなかった。

「うむ、白鳥君のことは昨年から目をつけていたからね。賛同してくれるまでが大変だったが、苦労の甲斐もあったというものだよ」

「昨年ですか? 中学生に昼間みたいなことをしていたってことですか?」

「そういうことになるかな」

 レイホは悪びれる様子すら見せない鷹鹿を見て、いっそのこと内部告発して警察に突き出してやろうかと思ったところで証拠がなかった。

「なぜ白鳥の聴力が優れているとわかったんですか?」

「それはこの部の根幹に関わることになるが、ある研究機関から情報提供を受けて白鳥君を招き入れたんだよ」

「何ですか? ある研究機関って」

 レイホの求める回答は椅子がズレる音と共に対面から聞こえてきた。

「ペンタグラム・リサーチ・プロジェクトっていう国家プロジェクトよ。ペンタグラムは五感を指しているわ」

「・・・・・・」

「私たちはPRPにかなり前からマスターとして登録されているの」

「……ちょっと待って、そのPRPは何のための機関なわけ?」

 理解に苦しみ眉間に手を添えるレイホに、鷹鹿が咳払いの後、再び口を開く。

「わかりやすく俺の場合で説明すると、現在は視覚情報をスキャン解析したり、送受信する技術開発が進んでいる。外科手術などでは長時間視力維持が必要な場面があるから視覚能力向上に関しても同様に研究されている。つまり、この研究は人を助けるためであり、日常生活をより良いものにするための研究なんだよ。そして、その研究のベースとなる素材は良いに越したことはないんだ」

「え? 僕たちはそのPRPとやらのモルモットってことですか?」

「モルモットとは聞こえが悪いな。文明発展の為、しいては人助けの為、協力するんだよ。協力といっても数か月に一度、知覚細胞をチョンと提供するだけの話だ。痛くもかゆくもないから安心していい」

「そんなこといきなり要求されても……」

 レイホは鷹鹿の言うことを許容できず、拒絶することもできなかった。変態が集まる単なる変態コミュニティかと思っていたのに、文明発展だの人助けだの言われて、これでは変態要素など皆無だ。鷹鹿が見せたとんでもない覗き行為とのギャップで、レイホは混乱の深淵から抜け出せなくなっていた。

「レイホ君の持つ嗅覚だって様々な香料を使う食品開発分野や、災害などの異臭をいち早く察知する場面で大きく貢献できるんだ」

「言っていることははわかります。わかりますけど……」

 そう言って口籠るレイホを間髪入れずに白鳥が代弁する。

「そうね、これまであなた女子の匂いを嗅いで来ただけの変態だものね。無理ないわ」

 言い辛かったことをよくもまぁはっきりと言ってくれるものだと、レイホは白鳥を恨めしく見つめた。

「いや、レイホ君が取ってきたこれまでの行動に特に問題はない。我々はこの力を維持しなければならないし、より良いものにできるならそうしなければならない。俺もレイホ君もそのきっかけが女性だったというだけの話だ。PRPが欲しているのは我ら思春期の細胞だから、そのような衝動がきっかけになっていることに関してとても寛大なのだよ。レイホ君の力は素晴らしいんだ。もっと自信を持つんだレイホ君」

 ここまで褒められたようなことを言われると、レイホの顔が僅かに微笑みを帯びてくる。それも白鳥という女子の前での誉め言葉だ、まんざらでもない気分になったレイホが大きく息を吸い込んだ。

「じゃあー、貢献しちゃいますかねー」

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