第2話 新天地

 新天地、東京都立本宿高校に足を踏み入れたレイホは、中学時代に放っていた歪なオーラを消し去り、ごく普通の男子高校生としてひっそりとクラスに溶け込んでいた。

 自己紹介も、「一之宮中から来た神楽レイホです。趣味は音楽鑑賞です。宜しくお願いします」と、目立つことなく切り抜ける。

 一之宮中学から本宿高校には数名の仲間男子が進学していて、レイホの所属する八組にも一人だけ混じっていた。

 その浅谷イキルは、やや骨太で中肉中背、中学はハンドボール部。垂れた細目でいつも明るく笑顔を振りまいている。仲間に流されやすいところがあるが、レイホを裏切るタイプではない。

 クラスの担当教師は化学教師で白衣を身に纏っている。眼鏡をかけ、小太りで背は低いが、声には張りがあり、たまに笑顔で生徒に話しかけている。男子達の自己紹介に特にツッコミを入れることもなく淡々と進行していった。

 男子の自己紹介が終わると、女子の自己紹介を残したまま、担当教師が一旦教室を離れた為、教室は不慣れな環境で落ち着きのない生徒で満たされた。

 そんな中、レイホはイキルの座る前方の席に歩み寄ると、その机に肘をつき、目を合わすことなく、「イキル、頼んだぞ? 中学であったことは……」と独り言のように耳元で呟いた。すると、イキルはレイホの懸念を先読みしていたかのように、「大丈夫だって。さすがにあの環境で高校もとなると辛すぎるでしょ」と朗らかな笑顔を向けた。

 なんて良いやつなんだ! レイホの心が安堵で満たされ、互いに軽い笑みを交わすと、レイホはその場を後にした。

「このクラスなら普通の高校生活が送れる。既にクラス内の数名の女子とも目が合ってるし? まぁ……、俺に気があるのだろうが、俺にも選ぶ権利があるし? でも向こうから来たら……、んふふっ」

 含み笑いを堪えるように締まりのない顔で自分の席に戻る途中、レイホは視界右前方に異物を捉える。その異物を目にしたレイホの顔は一瞬で青ざめていった。

 何とか席に腰を下ろしたものの、レイホの全身はカタカタと小刻みに震えている。

「よ、よりによって、白鳥依流香がなんで目の前の席に……」

 レイホは取り出したハンカチを脂汗が滲んだ額に当てながら、死神でも召喚したかのような長く深い溜息をついた。

 背後から只ならぬ寒気を感じ取った白鳥が半身振り返ると、レイホの机をコンッと軽くノックした。

 顔を上げたレイホが神のお告げを聞くかのように、まんまるとした潤んだ瞳で白鳥の動向をうかがっている。

 白鳥は眉一つ動かさず、レイホの足元を見つめながら言った。

「あんた、少しは反省しているんでしょ? 自己紹介みたく普通にしていれば、中学のことは秘密にしておいてあげるわ。できるの?」

 どんな叱責を受けるのかと思えば、これはもうほぼ免責に等しいお言葉。

 レイホの顔は徐々に解れていき、零れそうな笑みを堪えるようにしてゴクリと唾を飲み込んだ。

「も、もちろんでございます。守れなかった時は、こ、この首を差し出します」

 レイホは首を伸ばして、斜め下から恐る恐る白鳥の顔を見上げるように、ぬるりと頭を突き出したものの、白鳥が「ふんっ!」と鼻で笑い捨てて前を向いたため、その首は行き場もなく、ただ気味悪く浮遊するのみだった。


 担当教師が戻ってくると、すぐに女子達の自己紹介が始まった。白鳥以外の旧敵はいないかと、レイホは意識を教壇に集中させるものの、あまり食い入るようにしていては怪しまれると思い、適度に視線を逸らして関心がないかのように装った。

 全員の自己紹介が終わると、レイホはホッと息を撫で下ろす。

「このクラスにはイキルと白鳥だけだ。一時はどうなることかと思ったが、俺が普通にしてさえいれば良いこと……、いける……、成し遂げられる……、この環境なら」

 それからの数日間、レイホはごく普通の高校生活を送った。

 休憩中は初対面のクラス男子の笑い話に愛想笑いを浮かべて、イキルとも他愛もない世間話をする程度。今のレイホに、もはや中学時代の面影は見当たらない。

 本人もそんな生活に満足していたし、この調子で行けば必ず女子とも打ち解けられる日が来ると信じていた。

 だが、二週間後、レイホは八組だけでなく隣の七組をも巻き込んだ、ある事件をきっかけに、毎朝登校時の玄関に出迎えが複数人集まるほどの注目を浴びてしまう。

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