THE PENTAGRAM M@STER   ペンタグラムマスター

kikumon

第1話 変態の苦悩と葛藤

 彼女なんて普通にしていればできる――――。


 そんな甘い考えのまま、神楽レイホは中学時代を女子とまともに接することもなく終わらせてしまった。朝の登校時、普通におはよう、とか挨拶したり、授業の合間に軽くおしゃべりしたり、そんなごく普通の関係を夢に見ていた。

 クラスで周りを見渡せば、自然に女子と会話している男子がいたりする。レイホはそんな男に歩み寄り、問いかける。

「お前は異世界人か何かか? よくもまぁ、女子と普通に会話ができるな」

 その男は小首を傾げて、こう言い返す。

「え? 別に普通じゃない? 意識しすぎだろそれ」

 みんなそうだ。

 これが普通とか言いやがる。

 普通じゃないから聞いているのにこれだ。こいつは俺とは根本的に異なるんだな、と一線を引いた後、レイホはまたその男に訊く。

「お前って兄弟とかいるの?」

 すると、だいたいが妹がいるだの、姉がいるだの答えてくるわけだ。男兄弟の家庭で育つのと姉妹いる家庭で育つのでは女子への感覚がまるで異なる。あいつらには女子への抵抗がない。クラスの男子と接する感覚で接している。

 神楽レイホは陸上部で中距離。筋トレもしまくっているし、背丈もある。顔面も不細工ではないだろう。なのにこの差はなんだ?

「普通にしていれば話し相手くらいはできたのではないか? 俺には話し相手すらいないぞ? そんな愚痴を周りの男子にすると、俺達がいるだろ? とか心優しい返事が返ってくるが、あいにく俺はホモじゃない。男友達に囲まれる学生生活はもううんざりなんだ。女子からキャーキャー言われたいんだよ。例えばそう……、神楽君、一緒にお昼食べよっとかな……」

 なんでこんなことになってしまったのだろう。


 では、中学時代のレイホは普通だったのだろうか。

 答えは、NOだ。

 女子から嫌われ、避けられることをしてきた記憶ばかりが思い起こされ、レイホの口からは溜息がこぼれるばかりだ。

「俺は周りの男子が笑って楽しむことを第一に考えていた。男達で集まって楽しければ満足していた。でも、心の片隅では男子だけじゃなく、クラスでいつも視界に入る女子とも仲良くなりたい、そう考えていたんだ」


 なのに……、なんであんな中学生活を送ってしまったんだ――――。


 神楽レイホの中学生活……、『神楽レイホは変態』というレッテルを張られ、校内全ての女子から冷たい視線を浴びる日々を送っていた。

「なんでそんなレッテルを張られたかって? それはもう俺が変態行為なるものを行っていたからに他ならない」

 変態行為??

 例えば、放課後のある日、みんな部活で校舎には人気がない。そんな中、自分の教室にレイホが仲間の男子数人を呼び集める。そして、目すら合わせてくれないクラスの可愛い女子をターゲットにして、その変態行為に及ぶ。


 レイホは仲間の男子達を教室内に残し、教室の扉をゆっくりと開いた。左右見渡して廊下に女子の姿がないことを確認する。

「よし!」

 教室前後の扉を閉めると、レイホが集めた男子に真剣な眼差しを向けた。

「竹中は前扉、久保は後扉、あとは廊下を見張れ」

 仲間の男子達の中には半笑いのまま顔を背けるやつもいたが、皆コクリと頷き、各自の持ち場へと向かって行った。

「こいつらの本心は見え透いている。こいつらはまず俺の変態行為そのものを楽しんでいる。それだけならまだ良いが、こいつらの中には俺の行為が女子にバレて欲しいと願う裏切り者もいるかもしれないんだ」

 だからこそ、レイホは毎回こいつらがしっかり仕事しているか確認してから行為に移る。

「良いぞ…、その調子だ……」しっかりと配置についている男子達を確認しながら、レイホは何度もしたり顔で頷いた。

 前扉担当の竹中が呆れた笑顔で「また女子のロッカー漁るのかよ、あはは」などと口にしている。レイホはそんな笑いを一蹴するかのように「良いか! しっかり見張るんだぞ!」と大声で伝えた。

 レイホには罪深きことしているという自覚はあったが、変態行為を後押しする男子達の存在と、自分を受け入れてくれない女子への復讐心がレイホを突き動かしていた。

 その復讐心の源は中学一年生の時。レイホは女子から偽のラブレターを受け取り、それを真に受けて返答する。その返答を教壇に立つ数名の女子に笑いながら読まれるという屈辱を味わったことに他ならない。

 レイホにとって女子とは、不義でレイホを貶める存在であり、決して相容れることのない存在。その一方で、是が非でも繋がりを持ちたい、接触を試みたい存在なのだ。

 そんな女子への歪んだ想い・ジレンマが積み重なってゆき、レイホが特異な行動へと移るまであまり時間を要さなかった。これはもう何度目のことか……。

 

 今回のターゲットは白鳥依流香。

 一学期半ば、クラスのホームルームでレイホは体育祭の実行委員に指名されてしまったが、その時、相方の女子として指名されたのがこの白鳥依流香だ。

白鳥依流香は指名された瞬間、立ち上がってはっきりとした口調で言った。

「私、この人と組むの無理なんで辞退させてもらいます!」

 それを聞いたクラスの男子共は笑い転げたが、レイホは俯いたまま拳を強く握りしめた。

 思春期にもかかわらず、にきび一つない真っ白な顔立ちを、梳いて軽量感あるセミロングの髪がさらに引き立てている。鼻筋がしっかりとしていて、唇は薄く小さい。女子にしては背も高めでスタイルも非の付け所がない。その姿はまるで人気絵師の力作から飛び出てきたかのようだが、それは、お菓子に囲まれて可愛らしく笑顔を振りまくような絵ではなく、月明かりが指す静かな小山で星空をじっと眺めている絵がふさわしい。作り笑顔など見たこともないが、あの落ち着き払った表情、清純で穢れのない表情が崩れるところを一度は見てみたいと思わせる。

「俺が女子から毛嫌いされているのはわかる。だが、こんなにはっきりとみんなの前で言う必要があるか?」 

 白鳥依流香は、まさにレイホの敵、共存など出来やしない。教室内の廊下側に置かれた大きなロッカーと対峙して最終確認を行う。

 レイホは白鳥依流香のロッカー前で立ち止まり、大きく息を吸い込んだ。


「女子に向かえばまさに嗅ぐべし、人生幾何ぞ」


 鍵の掛かっていない無防備なロッカーの扉を躊躇いもなく開くと、上段に畳まれた体操着、下段には大きめの黄色い巾着袋が置かれていた。

「今日は体育の授業があったな。見た感じ、これは使用済みか……」

 素人なら上段を攻めるか、下段を攻めるかで考え込むかもしれないが、レイホの判断は早かった。

「どうだ? 絶対にありえない、生理的に受け付けない男にお前は今、その体臭の全てを捧げようとしているのだぞ? 耐え難い屈辱だろう? お前は彼氏もまだ作ったこともないのだろう? いずれできるであろう彼氏に先んじて嗅がれてしまう気分はどうだ。許せないか? 俺も同じ気分だ。クラスの女子全員の前で俺を拒絶したお前が俺は許せない。だがな……、もう済んだこと、仲違いもここまでだ」

 レイホは授業中やテスト中にも見せたことのない神妙な面持ちで己の気を整える。

全てを忘れて、ようやく今、一つになる時が来たんだ――――。


 亀が甲羅から頭を伸ばすかのように、レイホの頭部がゆっくりと狭いロッカー内部へと吸い込まれていく。

 その時、普段聞き慣れない声が耳に入る。


「そこでなにしてるの?」


 既にレイホの鼻は白鳥依流香の体操着に密着する寸前まで来ていた。男ではないその声に驚いたレイホは、ほぼ身動きの取れないロッカー上部に頭をガンッ! とぶつけてしまう。

「んっぐ!」

 差し伸ばした首を引っ込めて声の聞こえた前扉へと目を向けると、レイホはその相手を思わず二度見してしまう。

 ほんの数歩の距離に、あろうことか女子がこちらを睨んで立っているではないか。

 

 し、白鳥依流香――――‼ 


 白鳥依流香はいたって真顔だが目が据わっている。やや腰を落とし、斜めの体勢のまま微動だにしない。その姿は、まるで居合抜きの達人のようだ。冷徹で全てを見透かしたような瞳で静かに口を開いた。

「そこ私のロッカー。マジありえない。先生呼んでくる」


 視点が定まらず、目を泳がせていたレイホが弁明する間もなく、白鳥依流香はその場から消え去っていた。

 耳をすませば、廊下からクスクスと笑い声が聞こえてくる。そんな男子達の声を聞いてレイホが溜息混じりで呟く。

「またしても裏切者が出たか……」

 この事態は全て前扉担当のせいだ。眉間にしわを寄せたレイホが前扉に向かい怒鳴り声をあげる。

「竹中は‼」

 廊下担当の男共は顔を赤らめて笑い声を抑えている。その中で比較的落ち着いている一人が申し訳なさそうに言った。

「ト、トイレ行っちゃった……」

「トイレだぁ?」

 レイホの脳内に、それが大なのか小なのか、という疑問が一瞬よぎるが、今となってはどうでもいいことだ。

 レイホは大きく首を左右に振りながら吐き捨てるようにして、

「あああ! もういい! 逃げるぞ! 撤退だ! 早くしろ!」と伝えると、笑えて満足げな表情をした男子達が、脱力気味に手招きするレイホの後に続いた。


 こんな行為を偽ラブレター事件があった中学一年からずっと続けていた。敵対する女子の数と比例するように仲間男子の数は増えていったが、仲間男子の中には裏切り者が多い。しかし、その男子達は敵対する女子への防波堤ともなっている。敵対女子が常に男子達に囲まれたレイホに文句など言おうものなら、仲間男子達によって笑い飛ばされ、それが揉み消されてしまうのだ。

 レイホは仲間の男子を利用していたし、その男子達もまたレイホの変態行為を楽しむことで見返りを得ていた。

 

 歪んだ中学生活――――。

 本来の希望とはかけ離れた中学生活――――。

 レイホが通っていた東京都多摩市立一之宮中学の女子は全て汚されたカードだ。中学時代の負債。こんなものを抱えていたら、彼女を作ることなど夢物語。

 だがそれは、広範囲かつ、複数の中学校女子をシャッフルしてしまう高校進学という革命的イベントで解決される。


『新天地――――』


 卒業間際の口癖。レイホは何度この言葉を口にしたか知れない。

 期待が膨らむ魔法の言葉。

 夢と希望に満ち溢れた言葉。


 レイホの学力にはとても偏りがあった。英語と数学だけは徹夜するほど好きでトップクラスだったが、他は平均以下。中でも国語の偏差値の波は、漁船が転覆するほどの荒波だった。まるで女子に偏見を抱くかのように、英語と数学以外は認めず、受け入れず、国語に至っては高偏差値も出せるから何もしなくていいなどとたかをくくっていた。

 高校受験は滑り止め無し。国語が暴れ馬ゆえ、少し無理のある難関私立高校を三つほど受けたものの全て惨敗する。他教科無視の内申は徹夜ガリ勉などしたことない普通の中学生と同等だったので、中堅の東京都立本宿高校へと進学することとなった。

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