6話 眠りし無限の可能性


開始と同時に、知人のアバターは瞬時に一体目の敵に良いスタートダッシュを切っていく。

この第一回タイムアタックで対象になるモンスターは、比較的難易度が高いマグレイオス。弱点を知っていないと討伐はかなり難しくなる。

そして対する自分のアバターは、全員に差が出ないようにすべて同じタイプで同じステータスのキャラ。個人能力を見るにはもってこいの状況だ。

両端には高めの仕切りで左右をシャットアウト、自分のプレイに集中できるように配慮がされている。



(マグレイオス・・・確か弱点は・・・・!!!)



一週間みっちり対策はしてきたつもりだ。

この大会はスマホ式ではなくコントローラ式であることは知っていたので、部室ではコントローラを使って実践練習を積んできた。

快司に言われた通り、コントローラを握る手は常に力まずリラックス状態に。目と画面の距離も最初から全く同じまま保っておくこと。

そして何より楽しむこと。


この3つを十分に意識して、知人はコントローラを操っていく。




ほんの1分の間、会場内がコントローラの操作音でこだまする ――――




♢ ♢ ♢ ♢ ♢


一方、傍聴席にて。


「どうだ麗加、君が選んだ我が社代表プレイヤーの調子は?」


「えーっと、まぁ順調みたいだね。ちゃんとマグレイオスの弱点も把握しているみたいだし。まぁ後はタイムかな?」


「そうかい。でも確か彼は麗加が一目置いていたプレイヤーではなかったかい?」


「うん、そうだよ。」


「では正直に、彼はどこまで行くと麗加は思うかね?」


「そうだな~。まぁ多分・・・あ、一回戦終わったみたいだよ。」


「お、では結果を見てみようか。」


♢ ♢ ♢ ♢ ♢



(ふぅ、終わったかぁ・・・あ、あつぃ・・・)ダラ


ゆっくり下したコントローラの左右には、知人の手汗がびっしり、これも大会という緊張からだろうか。

終わって深呼吸をすると、何だか身体がほぐれていくようで何だか気持ちいい。

コントローラを降ろし、そして目の前の司会者の方へ目線を上げる。



「さぁただいま集計が終わりました!ここで上位300人が二回戦進出となります!!・・・では結果発表です!通過者の画面には『一時通過』の表示がされるので、皆さんご自身の画面に注目してください!」



まぁ少し手こずったところがあったけど、全体的にはうまく出来ていたはずだ。


頼むッ・・・!!どうか・・・!!




一次通過していてくれッ・・・!!




「では発表ですッ!!どうぞッ!!」





次の瞬間、周りが急にさわぎ出す。

通過したもの、通過できなかったもの

双方の声がフィールド内に響き渡る中 ―――



「・・・」



987番の席は、静かなまま







戦の幕を、下したのだった ――――





♢ ♢ ♢ ♢ ♢


そして大会も終わり、今は夕方。

紅い夕焼けが鏡面する東京湾を背に、ビックサイトは元の温度に戻っていく。


「そうか・・・飯田は残念賞だったか・・・」


「はい、一次敗退と同時に帰ってしまったみたいです。少し話がしたかったのですが・・・」


「・・・決して容易な道ではないものだ。飯田だってそのようなことくらい分かっていただろう。」


「はい、これで飯田くんが立ち直ってくれればいいのですが・・・」


「・・・まぁ飯田は明日になぐさめてあげよう。・・・ところで明石、飯田の戦歴はどうだったのだ?」


「はい、それなのですが・・・少しこちらを見て頂けますか?」


そう言って麗加が取り出したのは、一つのデータが記載された一枚の紙。


「ん、これは・・・飯田のプレイ履歴か?」


「はい。先程プリントアウトしてきました。ここには飯田くんがどのようにしてマグレイオスを討伐したかが記載されているのですが・・・」


「どれどれ・・・・・ッ!?」


松尾先生は紙面を見て少しの間が経った後、紙面上の事実に驚嘆する。



「こ、これはッ・・・!!」

「はい、私も驚きました。」





「飯田くん、ボタン操作が極めて難しい難関技・『イービルステロイド』を、なんと一発で決めているのです。」






OREの戦闘技の一つ、『イービルステロイド』


これが決まると、ほとんどのモンスターを倒すことが出来る超大技だ。

しかしその大きすぎる威力の分、ボタン操作もまた激しく複雑なモノであり、同時に9つのボタンを押さなければ発動しないという無理ゲーすぎる設定のもと、OREプレイヤー内では発動出来ない技・『死技』として認識されている。さらに言うとその9つのボタンの約半分は手が届きにくい場所に置かれているために、発動の際に生じるアバターの一瞬硬直による大きな隙を作ってしまう技でもあるのだ。


殆どのプレイヤーは発動しようとしてもまず出来ないという『イービルステロイド』を、知人はたった一発で決めているのだ。


「大会で緊張する場面でこれを使えるとは・・・!!しかも失敗すると反動で5秒間動けなくなるというハンデもあるんだぞ・・・!?」


「はい、しかも攻撃したのはこの一発だけ。しかもマグレイオス相手に1ダメージも食らっていないのは、今大会出場者の中で飯田くんだけです。」


マグレイオスの行動パターンは非常に厄介なもので、よほど達者な操作でなければ必ず1ダメージは食らってしまうほどのもの。しかしそれほどの相手に対して、ノーダメージで切り抜けることのできる存在 ―――



格ゲー業界で、ごくまれに存在する

十本の指を生き物のような繊細さで、またある時はマシンのような精密さで

いかなる時、いかなる状況下でも扱うことのできる、天性のコントローラ捌きを持つ者


そんな彼らを、皆はこう呼んでいる ―――




「『ハンディアー』。飯田くんは、もしかしたらハンディアーなのかもしれません。」





「これはこのeスポーツ部にとって、かなり貴重で大きな発見が出来たのではないか?」


「その通りです。以前お見せした履歴内でも、今日の戦歴のような箇所が見られています。それが今日で確信に変わりました、彼はただ者ではありません。」


「あぁ、明日やろうと思っていた反省会だが、どうやら今日やった方が良さそうだ。」


「確かにそうですね。先生、飯田くんを呼んでいただけますか?私は車を呼びますので。」


「あぁ、任せろ。」






かくして今日のORE大会は幕を閉じたのだった。

しかし麗加が起こると予想していた一荒れは、たった今始まったのである。

動いているのは麗加や松尾先生・・・




―――― だけではなかった






――― 同時刻、AKSメディアカンパニー本社の社長室にて



プルルル・・・ プルルル・・・



・・・ガチャッ


『はいもしもし、こちらAKS人事部長の袴田です。』


「おぉ袴田くん、こんな夜遅くに悪いね。」


『あぁ社長ですか?こんな時間までお疲れ様です。今回はどのようなご用件でしょうか?』


「あぁ、我が社がスポンサーになっているプロゲーマーのリストって今あるかい?」


『プロゲーマーのリストですか?・・・・・はい、こちらに。そちらがどうかなさいましたか?』


「あぁ、実はそのリストに1名ほど追加しようと考えてるんだよ。他の企業に獲られる前に何とか我が社が獲っておきたい。」


『・・・格ゲー達者の社長がそこまで言うなんて珍しいですね。してその人物の名は何でしょうか?』


「あぁ、メモっといてくれ。その人物の名はね ―――







――――― 飯田 知人 ――――――




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