第96話 貴女の為のチートを

「うわぁぁぁぁっ!」


 もう、逃げ場も隠れ場所もないのだ。

 突き進むしかない。

 覚悟を飲み込んだ騎士生徒の勇気は、無謀にもギヌスへ刃を向ける。

 

「一人二人雑魚が出た所で……」


 ギヌスはため息混じりに果敢にでは、残念ながらお世辞にも言えない騎士生徒目掛けて剣を振るおうとするのだ。

 弱いなら、数で押し勝てるがギヌスは違う。

 ギヌスは強い。

 そして、迷いもない。

 何一つ躊躇わず、人を剣の錆にしてしまう程のガバガバの道徳観。

 ギヌスに命の尊さを叫んだ所で意味は無い。

 だがしかし、ギヌスは殺人を好む殺人鬼でもなんで無いのだ。

 そこが、ギヌスの穴だ。


「殺すのかっ! ギヌスっ!」

「当たり前だろっ! 邪魔する奴は皆殺しだっ!」


 自由になった身体で、私は立ち上がる。

 殺人鬼ではないなら、何だ。

 要は、人間だ。

 あいつは、ただの人間に他ならない。

 殺人鬼や無差別を好む輩ではないのならば、何が穴なのか。

 人間の穴。

 それは、即ち、損得だ。


「いいのか? これ以上人質を減らしてっ! 」


 奴等の狙いがわかった今、剣も握れない私は最大の武器を持っているのに等しい。

 情報は武器だ。

 推測は剣だ。

 観察は何よりの攻撃だ。

 私の頭が動き続ける限り、私は情報を推測し、それらを観察して答えを導き出す。

 無力?

 弱い?

 そうだ。

 私は弱く、無力な人間だ。

 何処にでもいる、人間だ。

 だが、そんなもの。

 戦わない理由になんて何一つなり得ない。

 何の為の異世界チート無双だ。笑わせるな。

 武力抗争なんて原始人でも出来る。

 でも、現代人にしか出来ない戦いは、私にしか出来ないっ!


「っ!?」

「良いのか? 新しい世界にはアリスを殺さねばならぬと言うのに、二回も失敗を重ね、人質を減らしてもっ! 殺された生徒の親は、果たして誰の味方になるか、考えなくても分かるだろうにっ!」


 ギヌスはすぐ様首を狙った太刀筋を騎士生徒の剣を受ける形に変えると、私を睨み付ける。


「ばっ! ババア、お前何処まで知っている!?」


 ははは。

 誰がババアだって?

 クソ餓鬼が。


「何を焦ってらっしゃるのかしら?」


 私は、ギヌスに笑いかける。


「私は、何も知らなくてよ?」


 だってそうだろ?

 私は、ただのババアだ。

 ギヌス、お前が言う様に。


「分かるのは、お前は選択を誤った事だけだ」


 縛りがあるのは向こうも同じ。

 先手は向こうが取った。

 我々は後出しだ。

 ジャンケンであれば、多いに問題があるが、浮動票を勝ち取るのであれば、後手に回った方が随分と具合はいい。

 私は無力だ。

 なんの力もない人間だ。

 歳を幾ら重ねても、何度人生を送ろうとも、醜く弱い弱者に他ならない。

 加えて、人徳と言うものも砂場にに落ちた飴玉よりも下だろう。

 だがな。

 だかな、クソ餓鬼。

 だからこそ、私は人と言うものの上辺だけを知り尽くしているのだよ。

 信じる?

 馬鹿か。

 頼る?

 阿保か。

 そんなクソみたいなもんな、一つも人様に抱くわけがないだろう。

 何度も何度もボロ雑巾の様に搾り取られるまま使い捨てられた私の過去。

 生きて生きてもこんな地獄になんの意味があるのかと嘆いていた日々。

 意味はあった。

 確かにあった。

 この日の為に。

 私がされて来た事を、どん底の人としても生きられない日々の地獄を。

 今ここで、全てを返す時が来たのだ。


「は? 何を……? 俺が、何を間違えたって!?」

「貴様はっ! 今刃を向けた騎士生徒に剣を向けたっ! 斬り殺そうとしていたっ! 私達を、新しい扉に導いてくれるのではなかったのか!? 私を新しい世界の王妃にしてくれるのではなかったのか!?」


 ここにいる誰もが約束されてた事。

 その事実が、現実味を帯びなくなって来た。

 誰もが救われる楽園は、絵に描いた餅だ。

 失敗している。

 皆を騙そうとしている。

 メッキが目の前で剥げていく。

 そんな絵の中の餅を高く高く売ろうとしている人間に、餅が欲しい人間が手をあげて誰が買い叩くと言うのか。


「嘘じゃないかっ! 私達を騙そうとしていたんだろ! 私達は、王子の味方だっ! 我が国は王族のものっ! 裏切り者には、王の裁きが下る事だろうっ!」


 状況が悪くなれば、自分が加担していれば、簡単に掌を返せる人間は多くいる。

 私の人生は、そんな人間たちばかりだった。

 責任と言うものが見えぬ分からぬ者ばかり。

 だから、いざ責任と言う見えない岩が実態を帯びて目の前に降り注いだ時。

 人間たちがどんな行動を取るかなんて私はわかり切っている。


「王を裏切る者には死の裁きをっ!!」


 誰もがギヌスではない。

 裁きを、責任を具現化した私を見ている。

 そうだ。

 そうだ。

 私はギヌスに叫んでいるのではない。

 お前ら一人一人に叫んでいるのだから。


「そして、ギヌスを救おうとする裏切り者にも、王の死の裁きを。誰が誰の味方であるか、次期王妃であるこのローラ・マルティスが一人残らず貴様らの顔を覚えておこう」


 私が笑えば、流れが変わる。


「王子の為にっ!」

「我ら騎士がっ!」


 騎士たちが次々とギヌス撃退の輪に加わり、祭壇の下で怯えていた生徒たちは王子を讃えようと必死に声を枯らしている。


「……ババアっ! お前っ!」


 殺してはならない。

 ギヌスの首にはめられている首輪が締まっていく。


「殺しても、いいの? 彼に許可は貰ったのかしら?」

「この野郎……っ! いいっ! もう、何でもいいっ! 俺はコイツらを殺すっ! 邪魔な奴は皆殺しにするっ! ババアっ! よく見てろ! お前のせいで、こいつらは死ぬんだっ! お前のせいで!」

「そうか。それは、困ったな」


 私はギヌスの言葉に冷たく笑った。


「私は、困ったの。どうすれば良いと思うかしら?」

「そこで指を咥えて見てろっ! お前が殺したコイツらの死体の山をっ!」

「そうですね。ローラ様が困っていらっしゃるならば、私がお助けせねばなりませんね」


 私の背中から、銀色の風が吹く。


「ギヌス。ローラ様がお困りだ。大人しく死ね」


 閃光の様な速さで、フィンがギヌスの前に立つ。


「フィシストラっ!」

「お前のせいでお前が死ぬんだよ。指でも咥えて首を差し出せ」

「ぐっ!」


 騎士生徒の間を縫いながら、フィンはギヌスに剣を向ける。

 思った以上に身動きが取れないギヌスは後ろへ後ろへと追い詰められていた。

 風向きが変わった。

 完全に、風向きが此方の追い風になっている。


「タクト、ランティスっ! 動けますかっ!?」

「あ、ああ」

「大丈夫だ」

「良かった。フィンがギヌスの気を引いているうちに、皆の避難をっ!」

「分かった」

「ここは、私とフィンにお任せを。私は、王子を連れて参ります」

「ああ。俺はアリスを」

「では、俺は他の生徒達を避難させる」

「ええ。頼みましたよ」


 私はタクトとランティスにアリス様と生徒達を託し王子の元へ向かう。

 一部の騎士生徒は王子を守ろうと円陣を組み彼を保護していた。

 ギヌスはフィンに任せるのが一番確実だろう。

 私は人垣を抜け、王子の近くで声を上げる。


「王子っ!」

「ローラっ!」

「ご無事ですか?」

「あ、ああ。君の、お陰だな……」

「そんな言葉は、今の混乱が収拾してからにお願いします。謝罪も結構。それよりも、早くここから逃げて下さいませ」

「しかし、まだギヌスがっ!」

「ギヌスは、私の騎士が気を引いております。ここにいる騎士の誰よりも、強く賢い騎士であります。しかし、これほど熾烈を極めた戦いです。どちらが勝ってもおかしくはない。ですので早く避難を」

「女だぞ!?」

「俺達が劣ると!?」


 煩い外野が随分と吠えてくれる。


「だったら、今すぐあの二人の戦いに入ってこい。誰も、私も止めない。彼女よりも自分が優れていると言うのなら、行けよ」


 ギヌスとフィンはお互いに剣を鳴らしては攻防を繰り返している。

 これは練習ではない。

 真剣で二人とも命を掛けて相手の命を取りにぶつかり合う。

 私の様な素人目でもわかる。

 凄まじい気迫と気迫が真剣にぶつかり合うこの戦いに、誰が入る事ができると言うのか。


「……っ」

「女だからと言うだけで吠えるなよ。実力があるなら、あの二人の強さがわかるだろ。精髄反射なら、他の事に使え。お前らが在すべき事は王子を守る事だろう」


 出来もしないなら最初から吠えるな。

 喚くな。

 私のフィンをバカにするな。


「王子、早くこちらに」

「あ、ああ。ローラ、君は全てを知っていたのか?」


 誘導しようとする私の手を掴んで、王子が口を開く。

 今はそんな時間はないと言うのに。

 手を振り解き、正論を解こうとも思ったが、残念ながら私はそんな事をしても無意味だと言う事をよく知ってる。

 答えぬ限り、彼はここから動いてはくれないだろう。

 大きな溜息が、口から漏れそうになる。

 しかし、残念ながらそんなエフェクトすらかける時間はないのだ。

 この後の展開だって、分かっていると言うのに。


「ええ。全てではないですが、大凡の事は目星が付いておりました」


 わかりきっている。

 王子のこの後の言葉を。

 私を、責める言葉を。


「何故っ! 何故君は皆に教えないんだっ! 君が声を上げれば、こんな事には、こんな事にはならなかったと言うのにっ!」


 まるで、私が一番悪い様な言葉。

 分かっている。

 分かっていただろ。

 コイツは、何一つ変わってもいない。

 今、私を責めた所で何一つ解決するわけがないのに。

 今、私を責めた所でお前らの無能さは帳消しにはならないと言うのに。

 何の見返りだって私は求めていない。

 救ってくれてありがとう。君のお陰だよ。

 そんな言葉、聞きたいわけじゃない。

 けど、責められる言葉はもっと、聞きたいとは思うわけがないだろうに。

 どれだけ割り切っても、呆れ返っても、心は何一つ傷つかない訳じゃないのに。


「ええ、そうですね。全ては私が悪……」

「兄貴にローラを責める言われはねぇよっ!」


 後ろから伸びて来た白い手が、謝ろうとした私の口を塞いだ。


「ローラはずっと言ってただろっ! この式を止めろって、殺される覚悟で止めに来たローラに、止まらなかった兄貴が責めれる所なんてないだろっ!」

「ら、ランティス……っ!」


 突然のランティスの乱入に驚いた王子が彼の名を呼ぶ。


「……王子」

「あ、アリスっ! 良かった君は無事だった……」


 パチンっと音が鳴る。

 その瞬間、アリスの掌が王子の頬を勢いよく叩いた。


「ローラ様が、どれ程シャーナを救おうと叫んでいたか、私を救おうとしていたのか、あれだけ近くで見ていたのに分からないのっ!? ローラ様のせいでシャーナは死んだんじゃないっ! シャーナは、シャーナは……っ! 私を守る為に死んだのよっ! 他の人のせいに、みんなを守ろうとしたローラ様のせいに、しないでよっ!」

「あ、アリス……」


 もう一度、アリス様は手を振り上げ、王子の頬を叩いた。


「あんた、王子でしょっ! この国の王子なんでしょっ! しっかり、してよっ! 誰かのせいにする前に、誰か一人ぐらい救いなさいよっ!」


 正論過ぎる言葉を王子に投げ飛ばすと、アリス様はすぐ様ランティスの背後に隠れた。

 何というか、胸がすく思いを通り越して、輪をかけて王子が憐れに見えてくる。

 確かに、アリス様の言う通りだ。

 私に責任を追及する前に、誰か一人を救った方が生産的である。

 ちらりと王子の様子を伺えば、ただただ呆然としていた。

 最早何が起こったのかすら分かっていないかもしれない。

 アリス様の張り上げた声は、果たして王子の胸に届くのだろうか。


「騎士共は腑抜けた兄貴を連れてさっさと外に出ろ。詳しくはタクトの誘導を聞け。ほら、急いだ急いだ」

「はっ!」


 ランティスが騎士生徒に指示を出し、王子はそのまま大人しく退散してくれる。

 対王子戦に対しては、私が一番最弱な気がしてくるな。

 ランティスの方が随分と手際がいいじゃないか。


「ローラ、大丈夫か?」


 ぱっと離されたランティスの手に、漸く声が出せる様になった私は彼の言葉に頷いた。


「え、ええ。まあ。それよりも、何故ここに? 早く逃げなければ危ないですよっ!」

「ローラ様、ランティスを怒らないで。私が言い出した事なのっ!」

「アリス様?」


 アリス様は私の言葉にコクリと頷くと同時に、ランティスはやや呆れた様な顔で私を見る。

 どうやら、アリス様が王子以上の頑固者だと言う事を忘れていた様だ。


「私も、皆んなの避難を手伝いたいの」

「そんなっ! 危険ですっ!」

「分かってる。けど、これ以上一人で逃げるのは嫌」

「アリス様……」

「ローラ様。お願い。私は、何もないままで生きたくない。シャーナが守る程、価値のあるアリス・ロベルトとして生きたいの」


 彼女は、一番冷静かもしれない。

 誰もが止まり嘆き目を背け下を向くべき時に、嘆きもせず、目を背けもせず、シャーナ様だけを見て止まらずに考えられる。

 きっと、この中で誰よりも。

 アリス様が一番強いだろう。


「では、タクト様の手伝いをアリス様はお願いいたします。何が有ればこの部屋の入り口を閉めて、ギヌス共々我々を閉じ込めて下さい」

「……わかったわ! 最後の手段ね?」

「ええ」

「ローラ、俺はどうすればいい?」

「まだ戦う意志のある騎士生徒達を集めて外へっ!」

「わかった! ローラ。お前は?」

「少しだけ、やるべき事をやったら私もここを出るわ」


 ねぇ。ランティス。

 明日咲く花の色は何色だと思う?





_______


次回は1月10日(金)23時頃に更新予定となっております。お楽しみに!

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