第94話 貴女の為の親友を
『シャーナ、またそこにいたのね。さあ、降りておいで』
いつも一人ぼっちだった。
周りとは違う肌の色が、いつも私を一人にさせた。
いつも一人で木に登って、空を見ていた。
私が木に登っても、誰も私を見てはくれない。
けど、そんな私を優しく呼んでくれる人が、私にはいた。
『ママっ!』
私と同じ肌の色を持つ、私だけのママ。
ママはパパの為に遠い国から一人で来て、私をいっぱい愛してくれた。
『木登り、上手になったのね。羨ましいわ』
『ママは出来ないの?』
『ママが生まれた町にはね、こんな木はなかったの。だから、シャーナが上手く登れてると、ママはとても嬉しくて、誇らしいわ』
私が生まれ育った町はとても広くて、そしてとても小さな町だった。
貴族であると言っても、片田舎の田舎貴族。
パパの爵位も男爵で、一番低い。
けど、この町で暮らしいている私は幸せだった。
同い年の子供達は肌や身分の違う私と遊んでくれないけど、パパとママは沢山私を愛してくれたから。
『ママの町には、どんな人達がいるの?』
『そうね、ママやシャーナと同じは肌の色をした人達が沢山からしいているの。けど、これ程豊かな緑はどこに行っても無かったわ』
『緑がないの? シャーナが町を緑に塗ってあげるね』
『あら、素敵ね。ママも是非手伝わせて頂戴? でも、それはおやつの後ね。ママが作ったジャムで、美味しいケーキを食べましょう』
貴族といっても生活なんて質素で、メイドだってたった少なかったし、ご飯はいつもママが作ってくれていた。
ママが生まれた町には、ジャムなんて無かったのよ。
でもね、パパのママがママがこの町に来た時にとても美味しいジャムを作ってくれたの。ママがね、お腹にいる貴女にこんなにも美味しい物があるんだって知って欲しくてね。ママ、頑張って覚えたのよ。
そう言いながら、美味しいジャムを作ってくれるママが、誰よりの誇りだった。
だから、大嫌いだ。
お茶会なんて、大嫌いだった。
『シャーナのママって、変』
『ジャムが好きなんて平民みたい』
田舎貴族の社交場であるお茶会に私はいつも惨めな気持ちとどうしようもない怒りで溢れていた。
いつも、皆んなは私とママをバカにする。
でも、いい子にしていないと、パパもママも困ってしまう。
子供ながらに貴族なんて。
そんな気持ちがいつも渦巻いていた。
だから、この学園に来る時だって本当は嫌で嫌で仕方がなかった。
真っ白な世界に、黒い点は私だけ。
大嫌いな貴族の巣窟に向かうのは、絵本の中の暗い森の中を一人で歩く天使様みたいな気持ちだった。
本当は我が儘を言ってずっとパパとママと一緒にいたかった。
けど、やっぱりパパとママが困るから。
いい子にしてないと。
これ以上、パパとママの悲しい顔なんて見たくない。
私が、なんで他の子と違うのかと、泣いた日に見せたパパとママの顔は、今でも忘れられなかった。
『始めまして。私はアリス・ロベルトです』
渋々向かった学園で初めて会ったのがアリスだった。
アリスは、ずっと私がみていた空と同じ色の瞳をしていたの。
ルームメイトになるのが平民の女の子だと聞いては居たけど、貴族よりは少しマシかなぐらいにしか思ってなくて、最初は少しだけ彼女に嫌な態度を取ってた。
白い人間は嫌い。
私とは違うもん。
違うものは皆んな仲間外れで、私はいつも一人だったから。
だから、きっと、白いアリスだって私の事……。
そう思ってた。
だから、彼女が何を言っても無視をして、ずっと一人で不貞腐れて三年間を過ごす筈だったのに。
『おはようっ! 朝起きたら、まずはおはようの挨拶からよっ。教会の子供達でも出来る事、お姉さんの貴女なら出来るでしょっ!』
無視を決め込んで一週間が立とうとしたある日の朝、アリスはおはようの挨拶を無視した私の頬を掴み、そう言ったのだ。
『……おは、よう?』
私、貴族なのに。
田舎貴族でも、貴族は貴族なのに。
なのに、この平民の女の子はお構いなしに私に挨拶をさせようとする。
『おはよっ! よく出来ましたっ!』
青い瞳がチカチカと光って見える。
あの日、一人で登った木の上から見上げた青空みたいに。
『朝おきたら、おはようって言おう? シャーナは平民の私の事好きじゃないのは分かるけど、三年間同じ部屋なんだもん。挨拶ぐらいは、したいよ』
『アリスは、私の事変だと思わないの?』
『何が?』
ご機嫌様。
お茶会でした挨拶を返してくれた人なんていなかったのに。
なのに、アリスは何がと首を捻って、また笑う。
『少し無口な子なのかなって思ってるぐらいかな? でも、人と話すの苦手な子も沢山いるし、変じゃないよ!』
私が聞いたのは、肌のことだったのに。
それでもアリスは、違う事を言って変じゃないと笑ってくれた。
その日から、私の親友はアリスになったんだ。
『ローラ・マルティス様?』
『そー。ティール王子の婚約者で滅茶苦茶怖くて性格が悪い公爵令嬢だよ。何人もその公爵令嬢の嫌がらせで社交界にも来れなくなっちゃったんだって』
『へー』
『アリスも気を付けなよ。今日から入園するって噂聞いたでしょ?』
『公爵令嬢って偉いんだよね?』
『うん! すっごく偉い』
『そんな偉い人が、平民なんて興味すらないって』
『どうだろ? 凄く意地悪だし、目についたからー。とかで、意地悪されるんじゃない? アリス、可愛いし! ティール王子と仲いいし!』
『そんな事ないよ。それに、ティール王子と仲がいいならシャーナもでしょ?』
『私は、アリスの付き添いだしっ! それに、私は王子よりも……』
『ランティスでしょ?』
『えっ!? な、何で!?』
『えへへ。だって、私ずっとシャーナの隣にいるんだから、それぐらい分かるよ』
『嘘っ! そんなに私わかりやすかった!?』
『うん。だって、シャーナはランティスの前だけは凄く可愛くなるんだよ? すぐ分かるよ。友達だもん』
いつも、アリスは隣にいてくれた。
どんな時だって。
『ローラ様からハンカチ?』
『うん……。貰ったんだけど、王子に取られちゃって……』
『何かあったの?』
『アリスのスカートにスープの染みがあるからこれで落としてって……』
『え? 私のスカートに染み? そんなの……。うわっ! 本当だっ! スカートの裾に染みがある。 後ろだったから気付かなかった……』
『それを、このハンカチで落としてってアリスに伝える様に頼まれたんだけど、ごめん……』
『気にしないで、シャーナ。今度ローラ様に会ったら一緒にお礼をして、謝ろ? 私、初めてあんなに素敵な貴族見ちゃった。シャーナを庇ってくれたローラ様、かっこ良かったね』
『うん。凄く、かっこ良かったね』
いつも、私の手を引いてくれた。
『アリス、起きて』
『シャーナ?』
『しぃ。静かに』
『な、何?』
『向こうの部屋に誰か居る』
『え?』
『盗賊かも。アリス、こっちに来て』
『え、えっ、う、うん』
『アリスは、この棒持って。クローゼットの中に隠れるよ』
『わ、わかった。でも、本当に盗賊なの?』
『多分。こんな夜更けに人の部屋を漁ってる人なんて大体盗賊だと思う』
『わ、私、向こうの部屋見てくるっ』
『アリス、ダメっ。しぃ。こういう時は、こっちからいっちゃダメ。相手がこっちに来るまで隠れてた方がいいの。ほら、アリスこっち』
『わっ』
『クローゼットを盗賊が開けた瞬間、私は相手の足を力任せに叩くから、アリスは上ね』
『う、うんっ』
『大丈夫。アリスは、私が絶対守るよ。そんなに怖がらないで。私、田舎貴族だもん。こんな事慣れてるからへっちゃら』
『……シャーナ』
『大丈夫。大丈夫だよ』
『……シャーナ、私は大丈夫。ごめんね、少しびっくりしてた。シャーナも怖いよね。大丈夫だよ。私もシャーナを守るから。二人で、頑張ろ』
『……うんっ』
いつも、優しくしてくれた。
『シャーナ、大丈夫?』
『大丈夫っ! アリスがローラ様を助けるなら、私だって協力したいっ!』
『ありがとう。でも、本当に上手くいくかわからないよ? きっと、こんな事が分かったら、私達処分対象になっちゃうかもしれないよ?』
『いいよ。それでも、私はアリスの助けになりたいの。それに、私がするのなんて、ここでメイド服を持ってローラ様を待っているだけでしょ? 子供だって出来るもん』
『シャーナ、本当に何かあったら構わず逃げてね。私、シャーナに何かあったら嫌だよ』
『何もないよ。私だって、アリスに何かあったらや嫌だ。何もせずに、アリスだけがなんて、絶対嫌』
『シャーナ……、ありがとう。私の我儘に付き合ってくれて』
『二人で決めた事だよ。アリスと一緒なら、私強くなれる気がするの』
『私も。シャーナと一緒なら、何でも出来る気がするよ』
いつも、私を思ってくれた。
『シャーナ』
『私、ころ、殺されそうに、なって……』
『シャーナ』
『それを、ローラ様が、守ってくれて……』
『シャーナ』
『私、何も出来なくて、ローラ様を守る事も出来なくて……』
『シャーナ、怖かったね。もう、大丈夫だよ。ごめんね、一緒にいてあげられなくて。けど、今は一緒にいるから。誰が来ても、何があっても、私がシャーナを守ってあげる。大丈夫だよ。今日は一緒のベッドで寝よ? シャーナが寝れるまで、シャーナが怖いと思ってる事全部聞かせて。ずっと、ずっと。聞いててあげるから』
いつも、私を守ってくれた。
だからね。
だからね、アリス。
「シャーナ……?」
「アリスを、まも、れて、うれしい」
どんなに怖い事があっても、アリスがいるなら平気だよ。
私の一番の友達。
アリスが生きててくれるなら、この命なんて要らないよ。
「シャーナ……、シャーナっ!」
ずっと、ずっと一人だった。
届かない青空に手を伸ばすだけの人生だったのに。
アリスが居てくれたからだね。
こんなにも綺麗な青空に、手が届いたよ。
アリスの綺麗な空色の瞳を見ながら、アリスの頬に手を触れる。
ああ。私、ありすに抱っこされてるんだ。
子供の頃、ママにしてもらった様に。
暖かい。お日様みたいに暖かい。
こんなお日様みたいなアリスが死んじゃうのは嫌だよ。
アリスは、いつも元気に笑ってなきゃ、嫌だよ。
「アリス、にげ、て」
あれ?
私、何か忘れてる?
あ、そうだ。
アリスとした約束、すっかり忘れる所だった。
二人だけの、大切な約束を。
「アリス」
「シャーナっ! しっかりしてっ! 何で、何でこんな事になっているの!?」
「アリ、ス」
ゆっくりと意識が途絶えていく。
「ばい、ばい」
挨拶は必ずする事。
二人でした最初の約束だもん。
絶対に私はアリスとの約束を破らないよ。
だって友達だもん。
私の、うんん。アリスの、一番の友達だもん。
アリスと友達になれて、私幸せだったよ。
アリスのお陰で、毎日が楽しかった。
パパ、ママ。ごめんね。帰れなくて。
けど、私は、私は……。
二人に産んでもらったから、アリスを守る事が出来たよ。
一番の友達を。
さよなら、アリス。
ばいばい、ずっと、ずっと元気でいてね。
アリス様の頬に手を当てていたシャーナ嬢の腕がガクリと力なく落ちていく。
彼女はもう目を開かない。
そんな、そんなっ!
「……シャーナがアリスを庇って……っ」
ランティスが、ぐっと唇を噛む。
そうだ。
シャーナ嬢は、シャーナは、アリス様が斬られようとした瞬間、彼女を突き放しその剣を自分の体で受け止めたのだ。
「シャーナ、様っ!」
何で、何で彼女までっ!
「ギヌスゥゥゥゥゥっ! お前、シャーナ様に何てことをっ!」
「自業自得でしょ。俺は、アリスを殺すつもりだったのに、横からコイツが邪魔するから悪いんだけど」
「巫山戯るなっ! お前は、何だと思っているんだっ! 人の命をっ! 人の死をっ! 何だと思っているんだっ!」
「別に。ここはゲームの世界なんだろ? キャラが死んだぐらいで、煩いよ。おばさん」
「ゲームの世界なんて存在するわけがないだろっ! 殺した人間は、もう二度と帰らないんだぞ……っ!?」
その体は、最早抜け殻なのだ。
二度とその殻に魂が入る事はない。
何がゲームの世界だ。
何が主人公だ。
何がキャラだ。
この世界で、人として生きて生活をしていた人間に、ゲームも、いや、未来も過去も、現実も! 何一つ関係はないと言うのに。
全ては同じ理じゃないか。
死人はもう二度と起きない。全てが、全て。同じじゃないか。
「何感情的になってるか理解不能過ぎて笑えるな。そこで貼って付けた様なテンプレの正義を振り回してろよ。おばさんには、どうしようもないだろ? 何が出来るの? 俺の一番嫌いなタイプ、教えよっか? おばさんみたいな口だけの人に与えられた程度の正義を信じてるクソ野郎だよ」
ギヌスは再び剣を抜いた。
「アリス、もう君の助けは誰もいない。さあ、新世界の扉になるんだっ!」
訳もわからぬまま、何故ここにいるのかすらアリス様は分かっていない。
けど、目の前の友人を。
親友を。
ただ、呆然と抱き締め涙を流すまま。
誰もギヌスの剣は受けられない。
「アリス様っ!」
シャーナが命を掛けて守った、アリス様が。
ロサが命を掛けて守った、アリス様が。
二人が、繋いだ命が。
「逃げてっ!」
シャーナの死体を抱き締めながら、彼女は静かに目を瞑る。
まるで、諦めているかのように。
アリス様っ!
私の、アリス様っ!
届かない手を、無くなった左腕すらも、彼女の為に極限まで伸ばすが、私に掴めるものは何もない。
「アリス様を殺さないでっ!」
それでも、ギヌスは刃を振り落とす。
もう、ダメだと、目を瞑り掛けた時だ。
「……もう、やめてくれ」
赤いマントが閃いて、まるで太陽の様にアリス様の前に立つ。
ギヌスの剣を、受け止めた。
アリス様に届かせまいと、美しい装飾の施された王の剣が、力で震える。
「やめてくれっ! もう、誰かが死ぬのは、苦しむのは、十分だっ!」
「っ!」
ギヌスの剣を弾きながら、彼は大声を上げた。
そこには、アリス様を守る為に剣を抜いた王子、いや。ティールが、立っていたのだ。
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次回は1月3日(金)23時頃に更新しようと思っていますが、前後すると思いますので、気になった時に覗きに来ていただけると幸いです。遅れる場合にはアナウンスを致しますので、どうぞお楽しみに!
今回が今年最後の更新となります。
四月から始まった『貴女の為に、悪役令嬢』ですが、この一年間、大変お世話になりました。
多くの方にお付き合いして頂けて、本当に嬉しいです。
閲覧、フォロー、ブクマ、応援、★、コメント、どれもとても励みになり、今日迄書き続けることが出来ました。
ローラ達の物語も、佳境に入り残る話も、後僅か。
これも読んでいただいている読者様のお陰です。
有難うございました。
どうか、来年も宜しくお願い致します。
どうか、皆様も良いお年を。
富升針清
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