第74話 貴方の為に憶測を

 月も眠る深夜に、足音が聞こえてくる。

 隣で眠るアスランの正しい寝息に重なる様に、正しい一定のリズムを奏でる足音を聞きながら、私はゆっくりと身体を起こす。

 フィンの足音でもない。

 想定よりも早く来たな。

 残った右腕で四苦八苦しながら、フィンが用意してくれた上着を羽織り、ベッドの縁へ腰を掛ける。

 扉が開いたのは、それと同時に。

 私が顔を向けると、男は既に私の近くまで足を進めていた。


「お待ちしておりました」

 

 私がそう言えば、男は鼻で笑いながら私を見下ろす。


「来ると連絡した覚えはないが?」


 そんなもの、私達には必要ないだろうに。

 ねぇ?


「タクト様の顔を見ていれば、わかる事ですわ」


 男は、いや、タクトは呆れた様に溜息を吐く。


「勝手に言っていろ。それよりも、フィンはどうした?」

「フィンには、タクト様が訪ねて来られる旨を告げ、席を外させて貰いました。近くで待機しているとは思いますが、呼びますか?」

「いや、いい。貴様だけで十分事足りる。アレに気付いたのは、お前だけだろ?」

「タクト様もお気づきになられているではないですか」

「俺と貴様だけか……」


 どうやら、私達二人が覚えた些細な違和感はランティスには感じ取る事ができなかったらしい。

 それも仕方がない。彼は、きっと、分かったとしても目を背けたい筈だ。


「逆に好都合では?」

「……確かにな」


 どうやら、タクトの中でも思う所があるらしく、珍しく私の言葉に同意した。

 彼の中でも、あの違和感に気づいた瞬間から葛藤があるのだろう。

 私は、良くも悪くもよそ者だ。

 異世界から、未来から、別の場所から来たと言う感覚がこの世界で生まれ育った今でもある。

 だからこそ、戸惑いも葛藤もない。

 ただ、事実を事実として客観的に受け止められる。

 しかし、タクトやフィン、ランティスは違う。

 自分たちの世界だ。自分たちの時代だ。ここでしか、彼らは生を為してはいない。

 どうしても、そこだけは寄り添う事が出来ないのが歯痒い思いだ。


「それにしても、本当にギヌスが生きているとは……」


 どうやら、本題には中々入る事は出来ないらしい。

 寄り添う事が出来ないのであれば、横道に逸れる事ぐらい付き合ってやりたい。

 私は、話を戻さずにタクトの話を続ける。


「ええ。でも、驚くところはそこでは無いのです」

「まだ何か?」

「ギヌスに会って、気付いたことが一つだけ」

「それは?」

「彼も私と同じ世界から来た、転生者です」

「なっ!」


 どうせ、言わねばならぬ事だ。

 出し惜しみをする必要などない。


「ギヌスが?」

「ええ。恐らく、私と近い時代、世代だと思います」


 私は、一通りタクトにギヌスと戦った流れを話す。勿論、私腕が切られた所も。

 少しだけ顔を顰めながらも、タクトなりの気遣いだろうか。労う事も、慰める事もなく、ただ、淡々と聞き役に徹してくれていた。

 逆にその方が助かる。

 王子の様に大袈裟に心配されてしまえば、此方だってやり辛い。

 大丈夫かと声をかけられたら、大丈夫だとしか答えられない。

 最早、何が大丈夫なのかなんて、自分にはわからないと言うのに。

 もし、私が前世で腕を斬られていたのならば、絶望の中にいた事だろう。もう、二度と私の腕は生えて来ない。当たり前だ。失うと言う事は、そう言う事なのだから。

 冷静なんて、いられるものか。

 きっと、大丈夫なのかと問いかけられる度に私の心は軋んで行った事だろう。

 今だって、大丈夫か、無事かと声を掛けられる度に少しだけ心が痛む。大丈夫だ。無事だと私は答えるほかないのだから。

 でも、少しだけ冷静でいられるのも、絶望の中にはいないのも、アスランのお陰かもしれない。

 彼の誇りを、命を手放さない手助けが出来たことが、私の唯一の失った腕の誇りなのだから。


「成る程な。話はわかった。まだ確信はないが、ギヌスがやりたい事も見えてきたな」

「世界の危機とやらですか?」


 どう言うことだ?

 タクトが知っていると言う事は、この世界には本当に危機が迫っているのか?


「昨晩、リュウから報告を貰った。ロサがここに入って来た時、ギヌスは最高学年生であった事は知っているか?」

「ええ。年齢的に考えれば、そうなのでしょうね」

「ああ。ロサには、入学当初からギヌスの友人であったとある男と懇意にしていたらしい」

「ちょっと待って下さい。タクト様がリュウ様に依頼した内容は、ロサがこの学園にいた時期の生徒の中に、王族がいたかではなかったですか?」


 何故、そこにギヌスが関係あるのだ。


「よく覚えていたな」

「私も、気になっていたので……」


 気にはなっていたが、タクトの様にそれが何を指し示すかまでは私の頭ではわからない。

 ただ、現状情報は多いに越した事がないのは間違えない。

 情報は武器だ。何度も言うが、物理的な攻撃手段のない私に取っては、何よりの武器になる。

 情報一つで命は救われる可能性が跳ね上がるし、仲間を守る盾に立ってなりうる。

 現代の頃の様に直ぐに情報が溢れ触れられる距離にあるのならば、誰もこんな事はしないだろう。でも、この世界は違う。情報が、価値なのだ。自分には要らぬ情報でも、誰かにとっては喉から手が出るほど欲しい情報かもしれない。

 それが、私の敵であるだれかにとっての、価値のある情報かもしれないのだから。


「そうだ。リュウに調べさせた結果が、ギヌスなんだよ」

「ギヌス? 彼が王族だと?」


 そんな話、フィンから聞いた事もない。

 それにいくら衰えているとは言え、王族の血を引き継いでいる者が決闘賭博の駒になるのだろうか。


「違う。頭を使え。俺は言っただろ。ロサは、ギヌスの友人と懇意にあったと」


 成る程。どうやら、此方の早合点だった様だ。

 随分と周りくどい言い方だが、タクトが言いたい事はわかる。


「……その友人が、王族……?」

「そうだ。ロサは、その王族と懇意にあった」

「ギヌスの友人が、王族?」


 つまり、ロサが在学中にギヌスは王族と関わりを持っていた?


「そうだ。そして、そいつがギヌスの聖騎士団入隊の推薦を書いている」

「ちょっと、待ってください。まだ形のない疑問が湧く事は湧き、気にはなるのですが、それが可笑しい事なのですか?」


 王族がロサの恋人であり、ギヌスの友人で、尚且つそのギヌスが聖騎士団入隊の為の推薦状を出している?

 情報はかなり少ない。

 たったこれだけだと言うのに、何故か違和感を覚える。

 まず、聖騎士団への入隊推薦も、ギヌス程の剣の腕があれば何もおかしい事はないだろうに。友人とあれば、尚更。彼の剣の腕を知っていても不思議はない。

 それに、王族だってなんたって、この学園は一過性の恋愛を楽しめる子供達の最後の楽園だ。

 たまたまロサと恋に落ちたとしても何ら怪しむ所はないだろうに。

 でも、確かに。確かに、何かがおかしい。

 私が眉を寄せていると、タクトは静かに頷いた。


「可笑しくない所が、可笑しいんだよ」

「それは?」

「貴様が言いたい事も分かる。何一つ不可思議な事はこの流れにない。でも、それが可笑しいんだよ。王族って奴は厄介だ。血だけで自分を正当化する、ゴミだめのゴミに他ならない。奴らの主張はどれも自分本位。自分達が最も優れた人間だと疑わない。そんな連中の上に立つ男が、何故ギヌスを友人だとした?」

「上に?」

「貴族だってなんだって、自分達の奴隷だと思っている奴らだぞ。友人なんて対価を与える事など無いだろうに」

「いや、でも、出来た人間ならば……」

「出来た人間が、ロサの除名を言い渡すか?」

「除名? それは……!」

「そうだ。ロサを平民に落としたのが、その王族。そして、現在王族の党首として幅を利かせている男だ」

「……王族名誉の返還をした男っ!」

「物覚えがいいな。そうだ、その男だ」

「ギヌスと党首は繋がりがあり、ロサはその党首に貴族身分の剥奪を受けた……。繋がりが、出来てしまう……」

「そうだ。全てはこの学園で、繋がっていた。そして、世界の危機とやらもな」

「そう言えば、タクト様には思い当たる節があると仰っていましたね」

「そうだ。貴様のお陰で、盤面の駒が全て出揃ったかもしれない。貴様のいた世界では、世界の仕組みに不満がある場合はどうしていた?」

「私のいた世界ですか? そうですね……。選挙、ですかね?」

「選挙?」

「国民が、自分達の代表者を多数決で決めるんです。代表者には、どう国を変えるか提示して貰い、それを見定め投票する。簡単に説明すれば、そんな仕組みですかね」

「選べる自由があるのは、凄いな。だが、この国では王族だ。統治する者は変われないし、選べない」

「王政であれば、そうですね」


 私がいた日本は王政では無い。各政党が乱立し、我々国民がどの政党が国の政を取り仕切るか選ぶ自由がある。

 しかし、タクトが言うように、この国には選択の自由はない。

 王になるのは王族の長男であるし、大臣を継ぐのも大臣の長男だ。

 血が、この国のすべての根源となっている。

 優れた血は優れた子を産む。穢れなき血の循環。それが確かに信じられている世界だ。


「だが、今の王族だって何百年と続いている訳ではない。泰安な世になってはいるが、昔から王族の座は奪い合いだ」

「それは……、そうか。革命かっ」


 そうだ。

 歴史を紐解けば、度々革命が行われているのは皆が知る事である。

 勿論、戦争などで国を略奪され王が変わる話もあるが、内戦の末に王が変わる話なんて五万とある。

 まさか……。


「知っているか? 外の世界を知るのはごく一部の貴族のみ。他の者はそのに世界があるなんて絵空事なんだよ。この国に住う者の多くは、この国が己が世界だ」

「世界の危機とは……」

「つまり、この国の危機。革命が起こる事を指している」


 革命……。


「つまり、ギヌスは今が世界の危機だと嘆いていると言う事は、ギヌスは革命側の人間と言う事……?」

「恐らく、党首もな。でなければ、奴らが何故あんなにも頑なに拒んでいた名誉の返還を自主的に始めるわけがない。革命が起これば、王族は赤子だって例ももれず全員処刑される」

「自分達が処刑を免除される為に?」

「恐らくな。そして、ギヌスは党首に何か対等たる価値を提示した。だからこそ、友人と言う破格の身分を与えられている」

「そうなると、既に計画は学生時代から遡ると?」

「ああ。現状ではそれが一番有力な仮説だ」

「ロサが除名されたのも……」

「この学園にロサを配置させるのが狙いだ。ギヌスを死んだと思わせるのも、裏で暗躍をさせる為だろうな」

「何故、そんな大掛かりなことをこの学園で……?」

「当たり前だろ。この学園はこの国に属しながら唯一王の配下ではない。隠蓑にはもってこいだ」


 私は唇を噛む。

 なんて事だ。

 身近にこんな事が起こっているなんて、考えもしなかったと言うのに……。


「アイツは、全てを知っていたんだよ」

「ギヌスと関わりがある事も」

「ああ」


 タクトは少しだけ顔を伏せると、すぐ様前を向いた。


「これで、全ては繋がった」

「でも、タクト様。これは仮説に過ぎませんわ」


 犯人は分かった。

 目的も、恐らく間違いはないだろう。

 だが……。


「全て、憶測です。確かに辻褄は合う。そして、我々の考えは恐らく正しい。私だってそう思います。しかし、我々には相手を貫く剣がない」


 そうだ。

 私達には、犯人を問い詰める為の証拠がないのだ。


「貴様の言いたい事も分かっている。だから、俺は今から材料を揃える」

「貴方お一人でですか?」

「ああ。大所帯であればある程、相手に手の内を教えるようなものだろうよ。だから、貴様にだけ言っておく。貴様は、ランティスを守ってくれ」


 ランティスを。

 今、タクトはランティスを私に託したのか?

 彼の中で、ランティスは掛け替えの無い友人だろう。その友人を、彼は私に託す。

 この言葉の重みが分からないほど私は馬鹿では無い。

 止めた所で、誰かがやらねばならぬ事。

 片腕を無くした悪役令嬢の蝋燭は随分と短いのもわかっている。


「……承知しました」


 私は顔を縦に振ると、タクトは小さく頷いてくれた。

 そして、小さく口を開く。


「お前が、王なら良かったのにな」


 お前が王なら、きっと。

 こんな明日は来なかったのにな。と、彼は呟いた。

 ああ。戦いが始まってしまう。

 静かに、静かに。そして、確かに。

 私達の戦争が、今、始まろうとしているのだ。




_______


次回は10月25日(金)23時頃に更新予定となっております。お楽しみに!

寄稿原稿、ギリギリでしたが無事提出出来ました!前回に引き続き、菖蒲あやめさんの新アンソロに参加させていただきました。

可愛い女の子は出てこないですが、自分の中では納得した作品が出来たと思います。機会がありましたら、宜しくお願い致します。

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