第67話 貴女の為のリベンジを

 お酒は嫌いだ。

 それ程強くもないのは自分でも分かっていて、一人で缶チューハイを半分開けれるのが自分の関の山だ。

 親もそれ程酒を飲むタイプでもなく、友人もいない為か、お酒との付き合いは社会人になってから。

 無理やり注がれて飲まされたビールの味は今尚忘れられないぐらいに最悪だった。

 それぐらい飲めなきゃ社会人じゃない。

 いつの時代のクソ頭を持っているのか疑いたくなるジジイと上司に、半ば強制的に飲まされた。

 何とか家に辿り着いた私は、次の日の朝に死ぬ程辛い二日酔いに襲われたのは言うまでもない。

 強烈な吐き気とこの世の物とは思えない程の頭痛。

 あの短い人生において最悪の体調であった。

 二度と、あんな思いをしたくないと誓ったと言うのに、押しに弱く、尚且つ壊された精神でその後の上司の酒を断る事は私には出来なかった。

 また、飲んでしまったのか。

 今も頭が割れるように痛い。

 断らない私が悪いのは分かっているが、何故繰り返してしまうのか。


「ううっ……」


 今は朝の何時だ。

 始発で出勤して、会社に着いたら掃除して、上司や皆んなが来る前に一通り全員のスケジュールを確認しホワイトボードに書き出して……。

 遅れたら困るのは自分だ。

 まさか、始発に乗り遅れるなんて事はないよな?

 時間を確認する為にいつも枕元で充電している携帯に手を伸ばす。


「あれ……?」


 枕元を弄っても、携帯がない。

 いや、それよりも枕元もない。

 一体、どうした。

 何処で寝ているんだ。私は。

 私は……、私は……。


 私は、死んだはずではなかっただろうか。


「痛っ!?」


 ガバッと起き上がろうとすると、割れんばかりに頭が痛い。

 二日酔いの時とは明らかに違う痛み。

 何を言うか。私はこの世界では未成年だ。

 酒など、飲んではないだろう。

 何があった。何で、寝ていた。この痛みは何だ。

 見覚えのない酷く薄暗く、埃っぽい空気に顔を顰めながら手元にある布を掴む。

 布?

 よくよく見れば、白い布だ。

 少なくとも、ここで人が生活している気配はないのに、この布だけ酷く目新しく綺麗である。

 私の下に、何故布が引かれているんだ?

 まだ完全には動いてくれない頭を傾けながら、布を見ていると足跡が聞こえてくる。

 誰かいるのか!?


「起きたか?」


 ぼんやりとした薄暗い視界に入って来たのは、何故か上着を脱いだアスランである。


「アスラン、様?」


 何故、アスランが?

 そう考えようとした瞬間、あの校舎のはずれでアスランとの会話が蘇って来た。

 そうだ。私は、アスランと話していて、頭に強烈な痛みを覚えて……っ!

 ふと、頭に手を触れれば、コブのようなものが出来て腫れ上がっているではないか。

 殴られたのか?

 背後から、足音もなく何者かに近づかれ、頭を殴られたのか?

 それならば、この痛みも意識が急に途切れた事も説明がつく。


「アスラン様、ここはっ!?」

「学園のはずれの今は使われていない焼却炉だ」

「焼却炉?」


 何故、そんな場所に?

 私が問いかける間も無く、アスランは口を開く。


「俺たちが話していたら、急に男達に襲われた。何とか戦ったが、数が多くてこのザマだ。お前を盾に使われて、ここに閉じ込められた。扉も硬く閉じてあきやしない」


 そうか。私たちは襲われたのか。

 そして、アスランは戦ったのだが分が悪く敢え無く二人とも捕まってこのザマと。

 成る程。


「アスラン様、この布、貴方の制服では……?」


 私の下に引いてある白い布を持って私が問いかければ、彼はぶっきら棒にこう答えた。


「女の服が汚れるのは、困るだろ」


 何と言う細やかな気遣いだろうか。

 シーツが汚れると、血まみれの私をくるんで下にいるランティスに投げつけたタクトには実に見習って欲しい。

 彼のおかげで、私の服は煤で汚れていないのだから。


「ありがとう、ございます」

「守り切れなかったんだ。礼は言うな」


 漢気溢れる回答だな。

 しかし、漢気だけでは何の解決にもならない。何故私達がこんな目に会わなければならないのか。


「閉じ込められたと言う事は、アスラン様は襲った人物を見ましたか?」


 一体誰が何の目的で?


「あ、いや。襲った奴は顔を隠していたからな」


 襲った奴は顔を隠していたのか。

 成る程、成る程。


「何かアスラン様に心当たりは?」

「……誰にでも喧嘩を売られればかっていたからな。怨まれてても不思議ではない」

「そう、ですか……」


 ゲームでは不良キャクターと言う位置づけだ。

 現実でも、確かに彼は様々な喧嘩を起こしていたようだ。

 そして、どうやら勝っていたのだから、負けた奴らの報復と言われた所で納得は行く。

 どれ程恨みを買えば、こんな場所に閉じ込められるのかは知らないが。


「犯人なんて、今はどうでもいいだろ。早くここから出る方法を見つけなきゃ二人とも死ぬぞ」


 酷く、焦った様にアスランは私に言った。

 閉じ込められているのだ。

 そして、ここは使われていない人気のない焼却炉。確かにこのままでは、我々は誰にも気付かれずここで死んでしまう事にはなる。


「ごめんなさい。こんな事、初めてなのだから気が動転してしまって……。外に人は居ないのですよね?」

「助けを呼ぼうと思っているのか? 無駄だな。早々ここに人は来ないだろう」


 大声を張り上げたとしても、体力を消耗するだけか。


「扉は、どちらに?」

「……見てどうする? 硬く閉じてると言っただろ? 俺が嘘を言っているとでも?」

「まさか。そんな事は思ってもいませんよ。ただ、近くに何かないか見て確認したいだけです。私もこのまま二人で飢え死していくのを黙って待っているだけは嫌なのですから」


 私がそう言えば、渋々アスランは私に扉の方に誘導した。

 薄暗い中にも、一人が屈み込めば大人一人が入れる様なぶ厚い鉄の扉がある。

 試しに押したり引いてみたが、アスランの言う様にピクリともしない。

 そりゃそうだ。

 私が押して開く様な扉なら既にアスランはここから出ている事だろう。


「気が済んだか?」

「ええ。開かないですね……」


 さて。どうしたものか。

 このままだと、本当に二人ともここで誰にも気付かれず飢え死するぞ。


「アスラン様、ここは使われていない焼却炉なのですよね?」

「ああ。老朽化で新しい焼却炉が出来ただろ?」

「そうなんですか。存じ上げておりませんでした」


 焼却炉と言えば、小学校に備え付けててあった大きめなドラム缶の様な焼却炉を思い出す。

 それに比べればここは随分と大きな焼却炉だ。

 広さはざっとみて、5畳分弱。高さは身長百八十ちょっとあるアスランが屈まずに歩けるぐらい。二メートル半はあるだろか。

 最早小さな部屋の様だ。

 上を見上げれば、小さな穴から青空が見て取れる。

 煙突か。

 光を取り込める場所があるからこそ、本来ならば暗闇である焼却炉の中でも薄っすらとする程度に光が入ってくる。


「何を見上げている?」

「いえ、焼却炉ならば上に煙突があるなと思いまして」

「はっ。登る気か?」


 少しだけ馬鹿にした様に、アスランは笑う。

 彼だってそれぐらい分かっているだろうに。


「登るのは、無理がありますね」


 煙突と言っても、家にある暖炉の為に備え付けている煙突ではない。

 あくまでも焼却炉の煙突だ。

 人が入れる程広くもなく、直径でも私の頭よりやや小さいだろう。

 登れた所で入ることすら叶わないだろうな。


「ここ迄連れてこられた時に、誰かに会いませんでしたか?」

「そんな訳がないだろう。誰もいなかった」

「では、ここに私達がいる事を知る外の人物は我々をここに閉じ込めた輩のみと言う訳ですね」

「ああ」


 成る程、成る程。

 成る程。


「そうなると、外からの救助は絶望的だと思った方がいいな……」


 フィンには置き手紙をしてあるが、最悪な事にその場での待機を頼んである。

 時間が経てば、異変に気付いて探してくれるかもしれないが……。


「くそっ! どうしようもないのかよっ」


 アスランが壁を殴りながら嘆いている。

 どうやら、そう言う訳だ。

 フィンに期待をするのはやめておいた方がいいな。


「太陽は、真上にないのか……」


 上を見上げながら私は呟く。

 小さな穴から見えるのは、先程も言った様に青空だ。

 スカイブルー一色である。


「アスラン様。私は、どれ程寝ていましたか?」

「え?」

「私が眠っていた時間は、どれ程でしたか?」

「三十分くらいだと思うが?」

「三十分か。昼にもなってない、と」

「ああ。それがどうした?」

「いえ、少し気になって」


 私の切れる手札は今、とても少ない。

 そして、何とも心もとない手札である。

 勝負に出るのは少々リスキーだ。

 ならば、ここでやらねばならない事は一つ。

 手札を増やす事である。

 私は周りを見て回る。


「燃えカスが多いな……」


 いつから使われていないかは知らないが、足元は多数の燃えカスが散らばっている。

 中には、形を残したまま炭になった廃材も転がっていた。

 そして……。


「……成る程、ね」


 極力アスランに聞こえない様に、私は小さな声で呟いた。

 燃えていない廃材が、置かれている。

 所々がキラリと光っているのを、私は細い目で見つめて居た。

 きっと、新しい焼却炉が出来るまでの間と、ここに置かれて居たのだろう。

 所々痛んで薄汚れている廃材は、誰もが忘れ去ってしまって居たと言うところか。


「……さて、と」


 現代ではダイオキシンなどの問題でゴミの分別がうるさく言われて来たが、この世界に塩化プラスチック系のゴミがある訳でもなく、またそんな知識もない。

 ゴミの分別と言う認識などない。何でも燃えるし、何でも燃やせだ。

 そして、この焼却炉の作りを見る限りではそれ程高温の熱は保てない。精々千未満、数百度と言った所だろうか。

 焼却炉の作りを見るとと、玄人の様な事を言っているが、特に焼却炉についての知識などはない。素人も同然である。

 本やテレビでうっすらと覚えた知識の付け焼き刃だ。

 本当かどうかも、怪しい。

 だが、今はそんな事はどうでもいい。私の記憶と知識が正しいのか正しくないかなんて、何の問題でもない。可能性があるからこそ、探す意味はある。

 探し出せたら、私の知識が正しかったと言う事だ。

 私はしゃがみこみ、辺り一面を手探りでお目当ての物を探し始めた。

 あれば、随分と役に立つ。無かったら、どうするか。それがいちばんの悩みどころだ。

 出来れば見つかって欲しい。欲は出さない。一つだけでもいい。

 少しの間無心に地面を弄ると、何か硬いものが手に触れる。

 薄明かりであるが、やはり足元は随分と暗い。

 それに、灰だって、燃えカスだって、大量に乗っている事だろう。

 私は手が傷付く事も厭わず、それを持ち上げた。

 当たりかハズレかと言ったら、それのちょうど真ん中。


「鍬か……」


 よく、農作業などで見る鍬の先端が灰の中に埋もれて居た。

 随分と薄汚れているものの、熱で溶けた様子はない。

 どうやら、私の付け焼き刃は良い仕事をした様だ。

 勿論、持ち手は随分と焼けてしまっているが……。

 これぐらいはどうとでもなるだろう。

 取り敢えず、第一関門はギリギリ突破だ。

 次に……。


「何かあったのか?」


 私がキョロキョロと周りを見渡していると、アスランが此方へやって来る。

 私は咄嗟に鍬の先端を背中に隠し、顔を上げた。


「何か下にでも扉がないか調べているのですが、何処にも……」

「……はぁ。焼却炉に地下に繋がる扉なんてある訳がないだろ」


 なんて常識がない馬鹿なのかとアスランは首を振る。

 前回は賢さを見せつける必要があるが、今回は、いや、今だけは少しだけ馬鹿だと思われていないと話が進まない。

 そこに少しぐらい違和感を覚えてしまうのではないかと危惧していたが、アスランはそんな事など露ほども思っていないのか呆れた顔だ。

 不本意と言えば、不本意だが、本意と言えば本意。少々複雑な気分だが、今だけは致し方ない。


「アスラン様は、何か見つけられまして?」

「いや、壁を殴ってみたがビクともしない」


 それには、こちらも呆れ顔になってしまいそうになるが、ここは我慢だ。

 しかし、強ち間違いでもないんだよな。

 考える事は同じなのだから。


「レンガで作られて居ますものね。アスラン様の強い力でもダメなのですか……」

「ああ。くそっ、お前だけでも、助かる方法を探したいのにっ!」


 私だけでも?

 成る程、成る程、成る程。

 成る程ね。


「アスラン様、そんな、私だけなんてっ!」

「お前はフィシストラの友人だ。お前が居なくなれば、フィシストラが悲しむ。それに、お前を巻き込んだのは俺のせいだ。お前だけでも、俺は逃がしたい……っ!」

「そんな、ダメですっ! 私だけ助かっても彼女は喜びませんっ!」


 私は出来る限りの大声を張り上げるが、矢張り響いてはくれない。


「俺は、フィシストラから友人も取り上げてしまうだなんて、我慢ならないっ」


 私の言葉も届かず、彼は己の手で顔を覆う。


「アスラン様、顔を上げて。自分を責めないで」


 綺麗な手だ。

 まるで、公爵令嬢の様に。

 どうやら、私のカードは揃った様だ。

 私はアスランの手を灰や消し炭で黒く汚れた手で優しく触り、彼に笑いかける。


「責めるのは、私の役割ですよ。アスラン様?」


 今回は時期早々でも何でもない。

 下調べもこれでもかと言うほど終わっている。


 さあ、アスラン。前回のリベンジと行こうではないか。





_______


次回は9月18日(水)23時頃に更新予定となっております。お楽しみに!

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