第25話 貴女の為の眠りを

「何故、貴様がここにいる? 呼ばれたのは、候補生のみのはずだが?」


 タクトが言った候補生と言うのは、時期国王に使える大臣候補を指している。

 基本的には、大臣は血筋だ。無能有能関係なく、血筋で決まる。

 現代の視線から見れば何とも馬鹿げた話だと思うが、異世界を舐めてもらっては困る。この時代には残念ながら能力主義という言葉がないのだ。

 もしもの話になるが、如何に、私がチート級の力があったとしても、血筋が無ければただの平民でそれ以上にはならない。

 いくら、英雄になろうが、いくら、強かろうが、英雄の平民だ。平民に権利はなく、また平民が英雄になったところでという話になる。

 そして、血筋が尊重されるとなると、長男信教が幅を利かせてくる。女には権利がないと前にも話したと思うが、それは長男以外の男も同じだ。

 長男は家督を継げるが、次男三男などには兄が死ぬ迄自分の番は回ってこない。医学が発達していない世界の為、確率的には低くはないが順番が回ってこない事だって少なくはない。

 では、貴族の次男三男はどうしているのか。

 一般的に、貴族の嫁は沢山子供を産む事を良しとされる。それは、先に話した通り医療が発達していない為に長男がなんらかの理由で亡くなった場合のバックアップを用意する為である。

 言葉は悪いが、真実だ。ここに関しては私に苦情を言ってもらっては困る。この世界のこの時代の考えなのだから。

 しかし、バックアップが必要なのはもしもの場合のみ。もしもの場合が来ない時はどうするのか。

 パソコンのデータであれば、有無を言わさず削除をする所だが、今回はデータではなく人間である。

 一番理想的な彼らの未来は、娘しかいない貴族の婿として出されるか一族内で子供が居ない夫婦に養子に出される。だが、子を沢山産むのが正とされているのだ。それ程多い話でもない。

 では、どうなるのか。

 分家として、一から自分の力で成り上がって行く事が大半である。

 分家と言っても、それなりの地位は確立されている。流石に公爵家の分家だから公爵の爵位が分譲されるわけではないが、男爵から伯爵ぐらいの地位は持ってのスタートだ。一見悪い話ではないと思うだろう。

 しかしながら、そんなに簡単な話ではない。

 貴族でいる為には、金が掛かる。

 長男は家督の引き継ぎで親の金がそのまま繰り越されるが、分家になってしまえば限られた軍資金から、自分で金儲けを探して始めなければならない。

 才のある奴はいいが、残念ながら挙って温室でぬくぬくと育てられた彼らにそんな才などある訳がないだろう。

 その為、次男三男が自分の家の中で派閥を立ち上げ長男に対してクーデターを起こし、確執を深める家だって少なくない。

 また、現代で言う引きこもりも多い。成人になったら問答無用で家から叩き出される所もあるが、大半は結婚した後やら等の節目節目に家から出る。引きこもった彼らは、その節目を起こさない様に必死に息を殺して生きていると言うわけだ。

 働きたくないの最終形態であるが、残念ながら彼らは正しいだろう。惨めに死ぬか人生を殺すかの違いなのだから。

 ここで、ある疑問が出て来る。

 そんな未来だとわかっているのならば親は次男三男達に何故それなりの教育をしないのだろうか、と。

 私もそう思ったが、現実は厳しいものだ。

 親はどんな子でも可愛いとは言うが、大抵の彼らの親は家督を継いだ長男達だ。そんな彼らが子らに何を教える事が出来るだろうか。

 つまり、蛙の子はお玉杓子に蛙になる方法しか教えれないのだ。急に花や蝶になれと言っても教えられるのではない。

 さて、そんな貴族社会では兄弟の仲が悪いのは珍しくもない。寧ろ自然の理であると言っても良いだろう。

 だから、今ここでタクトとアクトの仲が悪いと言っても驚きはしない。納得出来る。


「兄さんが話を聞かないと、彼等に頼まれてここにいるんだよ、僕は。陰ながら兄さんの助けになればいいと思って」


 でも、話からすると、アクトよりもタクトの方が弟を嫌っている様に感じる。

 アクトなんて人物はゲームには登場していなかった。

 しかし、タクトの弟はゲームに登場している。立ち絵は少ないが、学園長と違ってちゃんとキャラクター絵が存在している。タクトルートに入れば、アリス様とのスチルもあるぐらいだ。

 確か、弟はまだ幼く十にも満たぬ歳のはず。名前は忘れたが、アクトと言う名ではない。

 一体、どう言う事だ。私のせいでこの世界とゲームの互換性がなくなったとは言え、流石に弟の存在を消すほどの事は出来ないだろうに。


「何を馬鹿な事を。この女の尋問は、我等候補生が責任を持って行う。行った後に正しい執行をしなければならない。お前が入ってくる余地などない」

「ほら、そうやって兄さんは直ぐに頑なに型に羽目ようとするんだ。だから、兄さんを、皆んな心配しているんだよ。皆んな、ローラ・マルティスの事をよく知ってる。兄さんは社交場嫌いで彼女の事を碌に知らないだろう?」


 アクトはまるで自分は知っているかと言いたい様な話し方である。

 残念だから、私の事はここにいる誰よりもタクトの方が詳しい。

 然し乍ら、多数決という点では分が悪かった。


「彼女と話して、万が一の事が起きたらどうするんだい?」

「そんな弱い心を持っている奴が、大臣職に付けるか。貴様等、何をしている。早くアクトを追い出せ。関係者以外はこの部屋に立ち入る事は許さんぞ」

「タクト、しかしアクトの言う事は正しいとは思わないか? それとも、君は既にローラ・マルティスに拐かされてるのかい?」

「何を馬鹿な事を!」


 これは些か不味いな。

 タクトが正当性を叫べば叫ぶほど、タクトの立ち位置が悪くなる。何故かと言うと、正当性は私を守る事にも繋がってしまうからだ。

 自ずと私との密通も疑われる。

 タクトと私だけなら何とか交わせても、何処からかランティスが来たら三人が三人口裏を合わせて言い逃れる事は奇跡に近い確率だ。


「私に尋問はなさらないと言う結論で、私は構いませんよ」


 ここは、一人犠牲になる方が後々の事を考えれば正しいだろう。


「貴様っ!」

「王子が意識を戻されれば、自ずと私の疑いも晴れる事でしょうに。それとも、タクト様は昨日の様に私の尋問で有る事無い事をでっち上げて打ち首にでもさせたいのかしら?」


 疑われているならば、こちらから疑いを晴らす方に動いた方が幾分か建設的である。

 それは、タクトも分かっている事だろう。

 私の挑発的な態度に何かを察したのか、タクトは舌打ちをして話に乗ってきたのが良い証拠だ。


「いくら証拠はないとは言え、貴様の容疑は晴れていないんだ。口を慎め、マルティス。主君等も、ここで時間を与えてどうする。問い詰めなければ、この女はまた良からぬ事を企てるぞ!」

「良いのですよ。証拠が無ければ、私をいくら捕まえたところで裁きは出来ない。精々お父様に知られない内に私の疑惑への証拠をかき集めて下さいませ」

「これこれは、マルティス嬢は強気だな」

「あら、心配していただけるのかしら。有難うございます。でも、アクト様はご自分の保身を考える事をお勧め致しますわ」


 私は座っていたソファーから立ち上がると、アクトの前に立つ。


「もし、何も無ければ私は真っ先に貴方の名を、父に伝えますので。お名前は覚えましたわよ、アクト様」


 少しだけ父の名を出すのは気が引けるが、今だけは許してほしい。

 どうも、この男はきな臭い。

 身の振り方を見れば、柔らかい人当たりに、優しさを含んだ言葉。この場面だけを見れば、兄であるタクトよりも人当たりもあり、人望もある事だろう。

 規律に煩く、自分にも他人にも厳しいタクトとは、正しく正反対だ。

 タクトが王子の右腕だというのならば、差し詰めアクトは候補生のリーダー的存在。おかしいだろ。候補生でもない彼がリーダーなんて。

 しかし、実質タクトはこの候補生たちの中では独立して行動している為か、些か浮いた存在である事は明白。候補生達の支持は何故か部外者であるアクトに向いているのだ。

 その証拠に、アクトがこれほど出張っていても候補生たちからの異論はない。アクトの意見が、自分達そのものの意見だと言うように。

 こう言う奴は、前世からの経験上信用は置けない。

 何故か?

 答えは明白だ。部外者だからだ。

 部外者が分を弁えずに出しゃばって碌な事になった試しはない。

 なのにも関わらず、候補生達のは皆アクトがここにいる事を許している。

 ならば、少しだけ脅して見なければわからない。

 ただのでしゃばり、仕切りたがりならいい。でも……。


「それは困った。タンスの申し込みを断る文句を今から考えなくちゃ」


 アクトがそう言えば、周りの奴らは声を上げて笑い出した。

 私とタクトだけが信じられないようなモノを見る目でアクトを見るが、きっと誰も気づかないだろう。

 嘘だろ?

 脅したところで引かないのか、こいつは。

 第三者の立場で突然不利益が出れば、皆迷わず手を引っ込める。当たり前のことだ。

 でも、アクトは違う。

 手を引っ込めるどころか、私の言葉を使って周囲を自分に引き入れた。率先して、輪の中に入って来やわけである。

 だとすると、とても面倒だな。

 舌打ちが許されるならば、大きくしたいところである。

 アクトは、何か思惑がある。何か目的があって、この様な事態に故意的に導いている。手を引かないと言うことは、そう言うことなのだ。


「アクト、お前っ!」


 ヤバいな。こちらもそろそろタイムアウトだ。

 私とタクトが同じ結論に至ったならば、タクトは皆の目も気にせずアクトに詰め寄ることだろう。

 大人気ないと呆れるだけならいいが、話はそれで終わらなくなる。

 アクトの狙いは分からないが、下手に時間を長引かせてランティス迄参戦して来たリスクを考えれば話は早い方が良い。

 まあ、アクトの狙いを定かにしたところで、見たところ兄弟間の確執なのだからアリス様や私には無関係だろう。やるならアクトと二人の時にでもやってくれ。


「タクト様、私の首を打ち損ねて残念でございましたね。それで、アクト様。私を閉じ込める鳥籠は何処かしら?」

「鳥にしては随分と大きめだね。でも、話がわかる人で良かったよ。本当はもっと怒るんじゃないかってドキドキしちゃって」


 にっこりと人懐っこい笑みをアクトは浮かべるが、こちらから見れば薄ら寒い笑顔でしかない。

 いい人を演じたいのか?

 兄の座を奪うためか?

 まあ、今はどちらでもいい。

 タクトには大体は話したのだ。後はタクトが調べてくれるだろう。

 私の出番はここまでだ。

 鳥籠でもなんでも、ゆっくり休めるところに連れて行ってくれ。

 でも……。


「ふふふ。タクト様より賢くないのは致し方ないですが、怒られる様な事をしている自覚はあるのですね。少しは賢くて安心致しました。でも、兄同様に愚かしい所はよく似ていらっしゃる。流石兄弟ですわ」


 わざとアクトが気に障りそうな言葉を並べてやる。

 タクトにライバル心を燃やすのならば、どうぞ勝手に。しかし、そんな事で私を巻き込んだ事は出来れば死ぬ程後悔してほしい。

 杜撰な魔女裁判をした借りは大きいぞ、小僧。お前が思っている以上にな。

 私がそうほくそ笑めば、一瞬氷の様に冷たい顔でアクトは私を睨みつける。

 なんだ? 図星か?

 そう言ってやろうかと思っていると、彼はすぐ様困った様な表情に顔を張り替えて照れて笑った。

 本当に、あの顔は一瞬の出来事だった。


「そうなんだ。兄さんは、凄いんだよ」


 思ってない言葉なのは疑うまでもない。

 本当に兄を慕っているランティスと比べれば雲泥の差というものだ。

 どうやら、アクトのタクトへのライバル心は根が深いみたいだ。


「じゃあ、本人も承諾した事だし、逃げ出されても困るから僕達が用意した部屋に入ってもらうね」

「ええ。出来れば、美味しいお茶も用意して頂きたいわ」

「聞きしに勝る我儘だなぁ」


 何が部屋か。

 どうせ、案内される場所はあそこだろ。

 残念ながら、私はこの後何処に連れて行かれるか見当が付いているのだ。

 硬い寝床は、畳だけにして欲しい。




「やっぱりね」


 誰もいないのがわかっているのに、思わず言葉が漏れてくる。

 案内された場所は、学園の地下にある監獄である。

 ここだけは、ファンタジー世界に出てきそうな石の壁に覆われた無機質な場所。高い天井に近い小さな窓からは仄かに夕日が漏れるが、それ以外の明かりはない。

 こんな所によく公爵令嬢を閉じ込めようと思ったものだ。

 何故、学園の地下に監獄があるかは知らないが、この部屋はよく知っている。

 なんたって、ゲーム内でアリス様が閉じ込められるからだ。

 そう言えば、ゲーム内で閉じ込められるのはローラの嫌がらせだったが、その発端はアリス様が王子と二人でお茶をした事が原因であった。

 今回は少しだけ類似はしているが、閉じ込められたのはアリス様ではなくローラだし、なにより二人でお茶ではない。私の場合はクソみたいな三者面談である。

 そこの相違は必要なのかと、思わず唸りたいが今はやめておこう。

 どうせ、近々でるんだし、ここから寮に戻る体力があるかと問われればノーだ。少しここで休んでから出よう。

 何故、私がこんなに気楽なのかというと、私はこの牢獄の仕組みを彼らよりも熟知しているからだ。

 なんとこの牢獄、内側から鍵を開けれる仕組みである。

 牢獄なのに、何でだと言いたいが開くものは開くのだ。致し方ないだろう。

 何というか、脱出ゲームの様な仕組みがこの部屋にはあるのだ。

 が、今からでは骨も折れるし何よりも、眠い。

 どれぐらい私が起きていると思っているんだ。実年齢的に既に活動限界ギリギリである。

 簡易的な木のベッドがあるのが有難いが、そこまで這うほどの気力もない。

 床でいい。綺麗か汚いかは知らない。そんな事を気にするぐらいなら、ここに連れてこられない様に散々喚き倒している。


「あー……」


 疲れた。

 本当に疲れた。

 怒涛の様な日々だった。

 普通なら、こんな所で油を売ってなんかいられない。アリス様の身に何かあるかもしれないと騒ぎ立ててる所だが、今はフィンが見てくれている。

 気の置けない仲間が出来た。

 わかっていても、一人でこんな場所に閉じ込められてたら寝る気だって本来なら起きないだろう。

 でも、今はきっと、タクトが必死に動いてくれている。

 前までは、誰も信じられないと思っていただろう。

 でも、ランティスが信じてくれた様に、私を皆んなを信じたいと思う。

 ごろりと大の字になり、高い天井を見上げた。

 一人で、戦うつもりだったのにな。

 でも、きっと、その決意のままなら私はアリス様どころか、王子も学園長も救えなかっただろう。

 昔の私なら、どうだったかな。今の私を見て笑うのかな。

 ゆっくりと目を閉じる。

 綺麗事ばかりと、捻くれて。馬鹿じゃないかと、嘲笑って。

 でも、きっと、羨ましいと思うんでしょうね。

 ゆっくりと、意識が遠のいていく。

 でも、昔の私にも、私を変えてくれた一人いたなぁ。

 眠りに沈む前に、ぼんやりと一人のシルエットが私の脳裏に浮かび上がる。


 先輩、貴女は今元気ですか?




_______


次回は5月22日(水)22時頃に更新予定となっております。お楽しみに!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る