第23話 貴女の為に話し合いを

 ローラ・マルティスはゲーム内における悪役である。

 主人公のアリス・ロベルトと同じ、真っ直ぐ長い金色の髪に、同じ青色の瞳。

 だが、それ以外は全てが対照的だった。

 それは面白いぐらいに、まるで、白と黒、悪と正義、美と醜悪、天と地の様に、産まれた時から死に至るまで、彼女たちは背中を向けたままである。アリス様とは全てを対照的な人生を送った彼女は、婚約者である次期国王であるティール王子に随分と狂酔していた。

 ゲームの悪役なのだからと言われたらそれまでだが、何故ティール王子にあんなにも狂酔していたのか私には理解ができない。

 婚約を破棄されるのを恐れるならば分かるが、彼女の恐れはそこには無かった。

 明らかに、彼女は彼の視線に自分が入らない事を恐れていた。

 何故、彼に。

 ゲームの彼女だったらこの状況をどう思うのだろうか。

 そんな疑問が湧いてくるぐらいに、今の現状を受け入れられない私がいる。


「突然押し掛けて申し訳ない」


 今だけはローラに王子の狂酔出来る所を教えてほしい。

 何で、お前は普通に出された茶を啜れる神経を持ち合わせているんだよ。

 結局、あの後王子が同席を申し出たのを私と学園長がやんわりと断ったのにも関わらず、彼は現在私の隣で学園長から出されたお茶を啜っているのだ。

 一体、どんな神経をしているのか。これはリュウよりも厄介では?


「ローラも学園長にお礼を」

「あ、ええ。あ、有難う御座います……」


 何のお礼だ。何の。

 急に促されると、生前の癖からか疑問や抵抗を持つ前に体が動いてしまうのが憎らしい。

 いい子ちゃんはやめるんじゃ無かったのかと、思わず自分自身に呆れてしまう。


「いえ、マルティス様は私の方からお誘い致しましたので、礼は必要ないですよ」


 学園長がにっこりと笑ってくれる。

 中々の嫌味だが、王子はピンと来ていないようでそんな事はないと言い出している所を見ると、先ほどのと遠回しな断りは、きっも王子には届いてなかったのかと思い知らされる。

 一体、何が何やらわからない状態だ。


「それよりも、王子の御用はなんでしたかな?」


 呆然とされるがままになっていた私に変わり、この場では学園長がどうやら舵を切ってくれるようだ。

 先に王子の要件を終わらした後で、アーガストの話に入るつもりなのだろう。確かにそれが一番賢い手だ。王子がいる前で小瓶の話なんか出してみろ。拗れるにどころか大炎上間違いなしだろうに。

 馬鹿な話だが、大人が一人この場に居てくれるだけで何と随分助かるものか。自分も大人である癖に、今のところはこの王子に押されて完敗中なのだから。


「あ、いえ。僕の用はローラに」

「先程お話ししましたが、あれ以上の話であれば私はお聞きできません」


 出来ないではない。する事がないのだ。

 いや、それ以上に何で私に用があるだけで学園長との席に同席すると言う発想になるんだ。

 考えれば考えるほど、理解が想定の範囲外にありすぎて困惑するぞ。これは。


「ローラ、君は自分の立場をわかっているのか?」

「はあ、まあ。弁えていると思いますが?」


 お前よりは十分にな。

 

「王子、何故マルティス様とお話を? 王子は随分とマルティス様を敬遠なされていたでは御座いませんか」


 思わず、私は学園長を見る。

 それこそ、随分と失礼な事を言うではないか。相手は、王子だぞ。一生徒であるならば良いかもしれないが、そんな理屈が王族に通る訳もない。

 たかが、学園の長である初老の男が掛けていい言葉ではないだろう。

 下手な言葉で話せば、罰せられる事もあるだろうに。

 私は罰せられようが何をしようが、結末が変えれないのだから良いけども、私のせいで学園長までもが被害を被るなんてやめてくれ。


「ええ。お恥ずかしい話、こうやって彼女と膝を向けて話すのは初めての事なのです」


 膝は向けてないだろ。隣に居座ってるんだから。そんな野暮な事は突っ込まないが、王子は随分と学園長には敬意を持って話している。

 突飛もない事を考えてやる男だが、根は真面目なのだ。ここの一生徒である自覚があるのかもしれない。

 取り敢えずは、学園長を咎める事はしなさそうで良かったと、私は胸をなで下ろす。


「婚約者なのにですか?」


 おいおいおい。学園長はこの話を継続する気なのか。

 私にとっては、無駄な話の様にも聞こえるが……。


「ええ。貴方もご存知の様に僕は彼女を嫌っていた」

「王子、マルティス様が聞かれているのですよ。お言葉を選ばれます様注意して頂きたい」

「あ、いえ。私も分かっているのでお気になさらずに」


 そんな言葉で傷つく程若くもないし、そんな言葉よりも酷い言葉を投げられた方が多い。

 僅かとはいえ、淡い好意は既に色も無く散っている。逆に気を使われた方が何倍も気まずいだろうに。


「でも、僕は気付いたんです。僕は彼女を知らないと」


 今更何を言いだすかと思えば。

 呆れて言葉もない。

 学園長も同じだろう。言葉を発する事を放棄して自分で入れたお茶を飲んでいる。

 だから言っただろう。無駄な話になるのは分かりきっていた事じゃないか。


「僕は、ずっと彼女を悪しき者だと思っていた。母上が言う、心の醜さは外見にも現れる。心清くあれ。それが彼女には無いように思えたのです」


 頼むから、案にブスだと言ってる事にもっと自覚を持ってくれ。

 流石に学園長のお茶を飲む手も止まってしまったじゃないか。

 でも、何だ。ただ、単純にブスが嫌いと言うわけではなかったのか。最初、私と会った時、あの婚約者の挨拶で嘆いていたのは、この言葉のせいだったのか。

 だからと言って、失礼は失礼である。それは変わらないが、まあ、この王子は随分と人の言葉を鵜呑みにする事で有名なのだから、仕方がない事かもしれない。

 私も、生前子供の頃良く言われたな。心の醜さは顔に出ると。だから常に心を清く持ちなさい。今思えば、どこの親だって素直で優しい子に育って欲しい一心で言っていた言葉だが、私には最早呪いの様に聞こえていた。

 私は、心が醜いから、醜いのか、と。

 そんなわけがないのに。馬鹿な話だ。王子は、その馬鹿だった頃の自分によく似ている。だからなのか、馬鹿な情が湧いてしまったのは。


「でも、彼女は人を救った。僕は、初めて、彼女が声を荒げるのを見たのです。それが、自分のためでは無く、人の為に」


 ティール王子は、そう言いながら私を見た。

 その目は、アリス様の瞳に負けず劣らず美しい澄んだ宝石の様な目であった。

 やめてくれ。

 私を見るな。

 計算の内だ。お前を一人孤立させるがためにやったのだ。

 だから、そこに感動を覚えられても後味が悪すぎる。


「だから、僕は彼女を知りたい。余りにも、僕は彼女を知らな過ぎる」

「……王子。それは、余りにも身勝手ではありませんか? マルティス様は、貴方に分かってもらう為に自分を奮い立たせたわけではありませんでしょうに」

「学園長?」

「私も、彼女の事は噂で聞いておりました。その噂を信じた自分が、如何に愚かであったかと今は自責の念に駆られております」


 学園長は首を垂れた。

 きっと、私の入学に関しての話をしているのだと思う。

 でも、可笑しいぞ。

 学園長には既にタクトからの報告が上がっている。同時に、私についての疑念も。

 だからこそ、この場を設けたのだろに。

 何故だ。私を庇う? 王子を早く撤退させる為だならば、納得できるが……。


「彼女は、この学園に入ったばかりの日に、人を助けております」

「学園長?」


 今度は、私が学園長に声を上げる場だ。

 何を言いだす。ここで、その話をする気が? 正気を疑うぞ。


「マルティス様。貴女も一度、ご自分を見返す時だと私は思います」

「ご心配痛み入りますが、今は王子の話。私の話は後で良いのでは?」

「丁度いい機会です。彼も、この学園、いや。この国を治める者として、知るべき時が来たと私は思います」

「しかし!」

「貴女は、王子に、いや。本来ならば貴女の噂を知る者全てに貴女自身を知ってもわねばならない。貴女は、今、狙われているのだから」

「なっ!?」


 どう言う事だ?

 学園長は何を言っている?

 タクトが、計画を変えたのか? いや、土壇場で悪手になりそうな事をする男には見えない。

 それに、そんな話をして、はいそうですかと信じる方もどうかしているだろ。

 では、何故?


「学園長、それは一体どう言う事なのですか!? 何故、ローラが!?」


 どうする?

 どう動く?

 タクトがそんな悪手を指していないとなると、学園長が導き出した結果という事になる。

 下手に私が否定するのも、辻褄が合わなくなる。逆に、タクトと私が手を結んだ事がバレる事にも繋がってしまう。


「え、ええ。王子の言う通りです。何故、私なのですか? あの平民の少女が、アリスさんが狙われているのでは?」


 ここは一先ず、王子の出した手に乗っての様子見が安パイ。

 何故そうなったのか道筋を見極めなくては。


「王子、先日食堂で起きた騒ぎは覚えておりますかな?」

「ええ。ローラがアリスに粗相を働いた事ですね」


 粗相を働いてきたのはお前だと言いたいが、今は我慢だ。


「正確に言えば、何者かが、ロベルト嬢の食事に薬物を混入したのを彼女が身を呈して助けた事件です」

「ローラが!?」


 一々驚くのもやめてくれないか。居心地がどうも悪い。


「ええ。彼女は、自分の身の危険を顧みず犯人を追い掛けた勇敢さを持っております」

「学園長、おやめください。私はただ、人として当然の事をしたまでですので」

「貴女こそ、謙遜はおやめなさい。誇る事を誇るのが、人として当然ですよ」

「ローラ、何故そう僕に言わなかったんだ!」

「私に話す事を許さなかったのは、王子ですので」


 ほら見ろ。騒がしくなる。

 悪態を心の中でつけるのと同時に何故か、私は自分が酷く苛立っているのに気づく。

 こんな所でその話を王子の前で蒸し返す事をされたくなかったと思っているのか?

 今、この人に知られたくない。

 どうせなら、この人の中では悪い人のままでいい。最後まで、誤解するならばして欲しかった。

 自分でもよく分からない感情だ。

 悪い誤解があるならば、解いた方がいいのは世の常である。なのにも関わらず、誤解したまま違えたかったと自分は本気で思っているのだから。

 まるで、自暴自棄の様な気持ちが湧いて来る。

 何故?

 自分の気持ちすら、私は分からなくなったのか?


「……そうだ。僕はいつも君の話を聞いてこなかった。君が、何を言わない事を良い事に。だから、君は僕の事が嫌いなんだな」

「王子……。彼女は、それ程心の狭い人間ではありませんよ。彼女は、きっと何度も誰かを守っている。だからこそ、彼女が今狙われているのです」

「その話だが、一体誰に?」

「それは、私にも。だからこそ、彼女に心当たりを聞こうと思いましてな」


 そう言って、学園長は私に優しく笑ってくれた。私を問いただすためでは無く、私を守るために……。


「彼女が犯人から奪った薬物の分析結果は、まるで彼女を犯人に仕立て上げようとしているものでした。でも、彼女がそんな事を出来るはずがないのを私は知っております」

「その薬物とは?」

「アーガストと呼ばれる異国の植物の種を煎じたものです。この国には出回っておらず入手方法はありません。効果は幻覚作用があると聞きました。そして、分析者の話ではその植物はマルティス様にご関係があると教えてくれました」


 学園長の話を聞く限りでは、どうやらタクトは手筈通りに動いてくれた様だ。


「ローラに?」

「ええ。彼女の父親であるマルティス公爵であればその種を入手する事が出来ると」

「では、ローラが!?」

「まさか。彼女は、その薬を煎じなければならない時間、私と共に学園を回っていたのですよ。それに、入学したばかりの彼女が、どうして身知らずの人を狙うのですか?」

「それは、……僕とアリスが話していたから…。ではないんだよな?」


 王子がチラリと私を見るが、私は顔を横にふる。


「学園に来たばかりで、王子のご友人など知りようがございませんもの」


 それは入学からしばらく経った今でも、よく知るわけがない。

 どうやら、学園長が私を疑わなかったのは私にアリバイがある事を彼がよく知っていたからか。

 確かに、よくよく考えれば種を煎じてから三時間しか効果がない。限られた時間で用意が出来るものでもないし、冷静に考えればわかる話である。

 でも、それで何故私が狙われているという話になるんだ?


「学園長。私が犯人ではないと分かっていただいたのは嬉しいのですが、何故そこから私が狙われている事に?」

「何故って、貴女自身はお気付きではないのですか?」

「何をですか?」

「ここ数日で起きた事件は、確かに被害者はアリス・ロベルト嬢ですが、その犯人は全て貴女であると全て貴女に掛けた証拠が出てくる。その薬物も、ハンカチも、手紙も。という事は、犯人は貴女の失脚を狙っているのではないですか?」

「私の?」


 失脚だって?

 冗談はやめてくれ。ただの令嬢だぞ。誰も導いてもいないだろ。


「私は、誰かが貴女が王子から婚約破棄を言うように狙われていると考えております」

「そんなっ」


 馬鹿な話があるかと思っていたが、何故私が狙われるのか。

 確かに、婚約破棄は一番可能性がある理由である。

 王子が次期国王ならば、その婚約者は次期女王が約束されている。当たり前の話だが、それに憧れを抱くものだって少なくない。

 現在、私と王子の関係は悪化の一歩を辿っていた。婚約破棄も時間の問題だと囁かれていたぐらいだ。でも、王子は私を遠ざけるだけで婚約破棄を中々言い渡す事はない。

 痺れを切らした婚約候補者が、王子が私に破棄を言い渡す決定打を作ろうとしていると言われれば、筋通る話だ。


「だから、私は私の生徒を守ってくれた貴女を守りたいのです。マルティス様」


 そう学園長は、笑ってくれる。

 また、私の知らないところで、私を守ろうとしてくれている人を、私は知った。


「学園長……」


 信じて欲しいと叫んでも、誰も信じてくれなかったのに。

 助けてと泣き叫んでも、誰も助けてくれなかったのに。


「大丈夫。私は、貴女の味方です。貴女だけが、背負う必要はないのですよ」


 何故、こんなにも暖かい手を差し出してくれるのか。

 私は、思わず差し出された手を取る様に手を伸ばした時だ。

 隣からまるで私を引き止める様に王子の手が伸びてきた。


「えっ?」


 一体、何?

 そんな疑問が出る前に、ぐらりと王子が私に向かって覆いかぶさってくる。


「お、王子!?」


 何が起こったんだ?

 こんな所で抱きしめられるなんて、と、一瞬花畑の様な事を考えていた脳が、ガシャンと大きな音で我にかえる。

 音の方を見れば、学園長が机に向かって倒れているではないか。


「学園長!?」


 音の正体は、学園長が倒れた拍子に床に落ちたティーカップ。その音にさえ、学園長は反応していない。

 いや、学園長だけじゃない。

 まさかっ!


「王子、王子っ!」


 王子もだ。王子も意識がないっ!

 学園長も王子も意思が突然無くなったなんて、何があったんだ!?

 どうしようっ! どうすれば!?


 その時、ドアがトントンと叩かれた。


 部屋には私と倒れている二人。

 ちょっと待て。これは、非常にマズイのではないだろうか?




_______


次回は5月18日(土)22時頃に更新予定となっております。お楽しみに!

  

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