第22話 貴方の為に頭痛の種を
「ローラ!」
私が眠気を噛み殺しながら教室に入れば、直ぐ様リュウが駆け寄ってきた。
肩に掛かるほど長いリュウの髪を見ると、なんだか大型犬が駆け寄って来る様である。
「昨日は大丈夫だったのかい!?」
そう言えば、昨日ランティスに連れていかれたっきり、リュウとは会っていない。
朝一にそんな話が出ると言うことは、それなにり読書仲間の心配はしていた様だ。
「おはようございます、リュウ様。ええ、お陰でこの様に無事に登校できておりますわ」
無事と言えば無事だが、昨日からの急速なドタバタ具合は流石に疲れを覚えるものである。
あのあと、フィンと共に寮へ戻り湯浴みを終え、休む暇もなく朝食を頬張る。
寮母手伝いに顔色が優れないと言われて、咄嗟に出てきたのか悪夢を見て寝れなかったと来たものだ。
アリス様の様な清らかで美しい少女がそう笑うなら兎も角、目つきも悪く鼻も低い雀斑不細工が言うと、呪われているのでは? と、言われる始末。徹夜明けの朝に、とんだ現実を突きつけられた気分である。
呪われているのらば心当たりがあるので笑っておいたが、その呪いの元凶の事を昨日少しでも彼らに聞いておけば良かったと思うが、もう遅い。
「はぁ。俺は寝れぬ程君を心配していたと言うのに!」
「大袈裟ですわ。ランティス王子も、話せば分かってくれる方ですもの」
「しかし、女性にあの態度は如何なものかと俺は思うねっ! 随分と乱暴だったが、怪我はないか?」
あれで乱暴に入るのならば、ティール王子に首を差し出したとリュウが知ればひっくり返る事だろう。
それにしても、随分と心配を掛けていたようだ。一言ぐらい声を掛けておけばよかったな。悪い事をしてしまった。
「ええ。私、見た目通り頑丈ですので」
「体の話はしていないよ。全く、君は」
否定はしないんだな。
まあ、女好きで遊び人と言われても中身はただのお化けメンタル読書オタクだ。今思えば、女性を喜ばす事に特に長けた所を見せられた事もない。あれはただ、声をかけ慣れてるだけの話だったわけだ。
まったく、今日は嫌でも現実を見せられる厄日なのかもしれない。
ここ連日、厄日続きだ。そんな厄日が来たところで驚くわけないが。
「君はもっと、自分を主張した方がいい。君は思った以上に有名なのだから」
どうやら、私の読み通り、私達の関係を聞きたがる人が後を絶たなかったらしい。
そこら辺は、主張しなくて良かったと心の底から思う。でなければ、此方にも来ていたのかもしれないだろう。そんな厄介は、いくら厄日でもお断りだ。
「ええ。検討しておきますわ」
「真面目に取り合ってくれよ」
呆れたようにリュウに言われるが、今はそれで良い。
私の動きにまで制限が掛かれば、私達の目的に支障が来す事だろう。
「私はいつも真面目ですわ」
「真面目な人は自分でそう言わないものだよ」
「あら、手厳しい」
リュウがそれらの人々になんと答えたかは聞かないでおこう。
そうこうしている内に、教師が教壇に上がって来る。
さて。前世では一度もしなかった居眠りをここでするのかしないのか。
我ながら見ものである。
どうやら、私には居眠りを出来るほどの器用さは持ち得て居なかったらしい。
お陰で、昼休みに入り、生徒達が疎らになった教室でぼんやりと座っていた。
本来ならば、アスランの尾行をしたい所だが、今日ばかりは体が動かない。
そもそも、まだアスランを疑ったままでいいのかも疑問が残る所である。
新しい情報が次から次へと出てきてしまい、方向性を完全に見失っている。アスランを疑った所で、本当に犯人に辿り着けるのか、今はその可能性すら低いように感じるのだ。
ここらで一度、整理するべきじゃないだろうか?
そう言えば、当初の目的でもあったランティスとの情報共有も満足に出来ていないじゃないか。昨日は折角私の所に訪ねてきたのに、あの騒動でそこまで話がたどり着けなかった。
確か、彼はリュウに連絡を取り次いでもらえと言ったが、リュウの姿は既に教室にはなかった。彼の事だ。新しい布教相手の所にでも行っているのだろう。
朝から頭が働いて居てくれれば良かったのだが、最早後の祭りである。
かと言って、今からリュウを探しに動くのも億劫と言えば億劫だ。
同じく徹夜したはずのフィンは、アリス様の監視をしてくれているし、そこからわざわざ呼び出すのも悪い。
果てさて、どうしたものか。
などと、御託を並べているが詰まる所、今日の私にはやる気が無いのだ。
自室に戻って、寝てしまうか。そんな随分と堕落的な事さえ考えしまう程に。
前世では徹夜で仕事を片付けたりしていたものなのに、その気力まではコンテニュー出来なかった様だ。まあ、あの頃は休むと言う選択肢が死と直結していると思って居た所為でもあるが。
可笑しな話だ。
現代よりもセキュリティが甘く、治安だったてそれほど整っておらず、医療も発展して居ないこの時代の方が物理的に命の危険は高いはずなのに、前世よりも私は肩の力を抜いてしまう。
肩の力を抜いて振り返れば、気を張り詰めて、本当に生きるか死ぬかと生命に直結するわけでも無い事務仕事や雑用を、上司や同僚になにも言われたくなくて命がけでやってきたなんて、本当に馬鹿馬鹿しい。
本当に、私の前世は何が意味があったのかと疑いたくなるぐらいだ。
「はぁ」
私は短いため息を一人吐く。
いけないな。疲れた頭はろくな事が思いつかない。
矢張り今日は自室に戻って寝てしまおう。
自分も狙われているからと、昨日の夜は怖かったが、矢張り人間、恐怖は欲には勝てない。
眠気の方が先だ。
私が狙われているかもしれない。一人で部屋で休んでいたら、暴漢達が来るかもしれない。
一度は思い過ごしかと思われた、私が狙われている説も、タクトのお陰で急速に熱を持ち直して仕舞った為に、そんな心配だって出て来るが、眠気の前にはそんな危機感すらどうでもいいと思ってしまう。
ブスは暴漢に強いと昔誰かに笑われたな。
その言葉、今だけは信じさせてもらうぞ。外れたらそいつを呪い殺してやる。覚えておけよ。お前の顔は二度と忘れないからな。
そんな事を考えながら教室を出れば、誰かが私の肩を叩く。
「あら、何かし……」
フィンだろうか?
振り返ると、そこには信じられない人物がいたのである。
そう、私の眠気が全て吹き飛ぶぐらいの大物が。
「ティール王子……っ」
思わず私は、飛び上がり王子との距離を取る。
周りに、助けを呼べる人はいないかを見ても、今は昼休み。皆、食堂へと食事をとりに行っている頃合い。
昨日の今日で、一体なんだと言うのか。いや、心当たりは大いにあるし、一応は気にしていたのだ。気にしていたが、それよりも気になる事が多過ぎて、結果ランティスにもタクトにも様子を聞くのを忘れていただけである。
しかし、まあ、あれだけの事をしておいてよく当事者の前に姿を現わせるものだ。
リュウとは違うベクトルでメンタルが強いのか。矢張り、リュウは王族なのでは? ランティスよりも、リュウとティール王子が兄弟と言われた方が随分としっくり来るぞ。
「御機嫌よう、王子。一体何の用かしら? 私が犯人という証拠が見つかりまして?」
いや、それより今は王子の目的だ。
王子のメンタル強度なんて糞ほどどうでもいい。 何故、王子が私に会いにきたのかだ。
最悪、昨日首を刎ね損ねたので来ましたと言われた場合の事を考えて、いつでも走り出す準備はしてある。
この王子の事だ。何を言い出してもおかしくない。
「ローラ。君は、僕の事が嫌いなのか?」
「……は?」
思いもしない方向の質問に、構えてた私からは間抜けな声が出る。
何を言い出してもおかしくないとは言ったが、こうじゃない。決して、こうではない。普通におかしいだろ。
「何を、言ってらっしゃるの?」
これ以外、本当に言葉がないし、出ない。
お前は何を言っているんだ?
「昨日、話し合いをしただろ?」
「話し合い?」
「君は、そんな事を忘れるぐらい、僕が嫌いなのか?」
ちょっと待て。
だから、いつ話し合いの場なんて設けてくれたのか。
忘れるぐらい嫌いと言うか、忘れるも何もそんな記憶は何処にもない。
「その話し合いの場で、君は僕の事を好いていると思っているのかと怒ったじゃないか」
「は? ……いや、待ってください」
まさか、王子の言う話し合いとは……。
「それは、昨日の昼の廊下での話でしょうか?」
「ああ、そうだ。それ以外に何がある」
無いから困ってたんだ。
あれが話し合い? 巫山戯るなよ。どう思い出しても、あれは弾糾の場だっただろうが。
どうして、話し合いなんて綺麗事を言えるのか。いや、言えるか。こいつは、当事者じゃない。他人事だもんな。
それで納得出来るかと言えば話は別だが、これ以上ここで王子と話しているつもりはない。今は見ぬふり聞かぬふりだ。
「ああ、有りましたね。それが?」
どうしたと言うのだ。
「僕が君に何かしたのか、聞きたくて」
はぁ!?
思わず力の限りそう叫ぼうとしたが、なんとか喉の奥へと押込めれたようだ。
眠気のせいか、王子のせいかはわからないが、頭痛までしてきたではないか。いや、王子のせいだ。何でも眠気のせいにしたら眠気が気の毒である。
「僕は、昨夜寝ずに考えた。ローラの事を」
目には、これ見よがしにクマがついている。
奇遇だな。私も昨日は徹夜だったんだ。
「それは、どうも。では、これで私は失礼します」
お互い疲れているのだから、これにて解散だ。異論は無いだろう。
私にはない。
「何故、逃げるんだ!」
嘘だろ。どうして、その言葉が出てくるのが、お前が費やした一晩は何の為にあるんだよ。
「逃げるも何も、私には王子に話はありませんので。私は言いましたわよ。次会うときは、証拠を持ってくる時だと」
明らかに、これは時間の無駄である。
大体、一晩考えたならば、会いに来ないだろうに。今迄どれだけ迷惑をかけたのかと言う話になってくるはずだ。
恥の上塗りではないが、迷惑の上塗りをしに来る思想にはならないはずだろ。
「アレは、本当に君ではないのか?」
しかも、まだ疑っていると来たものだ。
「昨日お話ししたように、私が出来るはずがございません。それでも疑うのであれば、是非ともタクト様達とご相談の上、証拠を持って私の元まで来て下さい。逃げも隠れも致しませんわ」
「では、君は何故今まで罪のない令嬢達を虐げていたんだ!」
はい。解散。
「ええ。その事について、出来れば一晩考えて頂きたいところでございます。それこそ、私がやったと言う証拠を出して頂きたい。お聞きしますが、伏せた令嬢や死に至った令嬢が誰か、ご存知ですか? 王子」
「ああ。勿論だ」
「それは良かった。では、お名前を教えて下さいませ。勘違いを生んだ謝罪ぐらいは馳せ参じたいと思いますので」
「名前は、知らない」
はいはいはい。解散、解散。
「では、何を知ってらっしゃるのかしら?」
「誰の友人であったかは覚えている」
「では、そのご友人にお聞きください。一体、誰かと。名を出せと。それが出来たらお話しの続きを致しましょう。では、失礼致しますわ」
「ローラ、何故君は僕が好きでもないのにそんな事をしたんだ! 君には答える義務がある」
「無いです」
「何故だ!」
「やってない事を、説明出来るはずがございませんでしょうに」
「……へ?」
何だ。その間抜けな声は。
完全に自分の事を棚に上げているが、そんな事を気にするよりも、飽きれる方が先だ。
「兎に角、もう一度王子考える事をお勧めいたします。何を調べて、何を信じるかを」
王子が唖然となっている内に、さっさとこの場を離れるのが吉だ。
これ以上構ってられるか。阿呆らしい。
私はそれを言い残し、王子に背を向け寮に向かう。
はぁ。これが夢ならどれだけ楽か。
さっさと、寝てしまおう。こんな日は寝るのに限る。
そう思って廊下を歩いていると、ふと私を呼び止める声があった。
「マルティス様」
「学園長……」
振り向けば、学園長の姿がある。
「お急ぎですか?」
「いえ、寮に戻り本日の復習をしようかと思っていた所です」
勿論嘘だが、流石に本当の事など言えるはずもない。
「では、申し訳ないが少しお時間を頂けますかな?」
「ええ、喜んで。何の用でしょうか?」
「あの小瓶の結果が、今朝方届きましてね」
タクトか。
相変わらず、仕事が早い。
あの人も寝ていないだろうに、頭が下がるな。話を聞いたら私は寝るけども。
「小瓶の結果が!?」
取り敢えず、私がリアクションを大きくすれば、学園長もコクンと顔を小さく縦に振る。
タクトは学園長に真実を伝えているはずだ。そして、私が怪しいと助言している。
それは、犯人がまだ我々が動いている事を悟らせない為にである。
どれ程の傲慢さを許す頭かは知らないが、それ程ご自慢ならばこちらはこちらで警戒させて頂こう。
学園長の動き一つで、気付かれてもおかしくはない。敵を騙すならばまずは味方からと言うわけだ。
「ええ。そして、少しお話が……」
私を疑っているのならば、そうなるだろうな。
「ええ。私に出来る事でしたら、何でも」
悪くない。
筋書き通りだ。
ここの所、数々のシナリオを潰されてきたのだから、今日ぐらいは上手くいってくれなきゃ困る。
「では、今から部屋に伺い……」
「ローラ、待ってくれ!」
その時だ、どうやら私を追ってきたらしい王子が私達の姿を捉えたのは。
おい、待て。
嫌な予感がする。
「これは、王子」
「ああ、学園長。お久しぶりでございます」
「ええ。本来ならば最近はどうだと話を聞きたい所ですが、申し訳ないがこれから用がありましてね」
そう言って、学園長はちらりと私を見る。
私が居れば、王子がまけるものだと思っているのかもしれないが、残念ながらその効果は昨日で切れてしまったらしい。
「用とは、ローラとですか?」
「え、ええ。まあ、そうですな」
「それは良かった! 僕もローラと話があります。同席致しますよ!」
何も良くないだろ。何も。
どうしてこの男は、いつもタイミングを見計らったように最悪な所に湧いて出てくるのか。
本当に、呪いか何かか?
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次回は5月16日(木)22時頃に更新予定となっております。お楽しみに!
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