第2話 謎の転校生
【2】
二学期初日。
学校に登校し、教室のドアを開ける。するとそこにはいかにも二学期の始めらしい光景が広がっていた。
教室のいたるところで夏休みの思い出についていろいろな会話が飛び交っている。肌をだいぶ褐色に焼いた者もいる。
そんな華やかな世界を横目に俺は自分の机にたどり着く。すると隣の席から不意に声がかかった。
「なんにも変わってないね、爽真は」
その聞き慣れた声に顔も振り向けずに、うっせ、と返事とだけつぶやく。
声の主はは
そして俺の中学時代からの友人だ。普段は飄々とした態度でつかみどころのない性格をしている。だが、いざという時は意外と頼りになる存在である。
「おはよう、爽ちゃん、聡志くん」
前から彩奈が歩いて来た。よっ、と軽く声をかける。
「おはよっ」
聡志もあいさつを返す。
「爽ちゃん、宿題終わった?」
お前は俺の母親か、などとたわいもないことを思いながらも、昨日なんとか終わらせた宿題を彼女に向ける。
「やっぱやればできるじゃん!」
優しい笑顔を俺に向けながら彩奈が言った。
「そりゃできるよ、天才だから」
勘違いするな。今の言葉は俺が発したものではない。横からの聡志の声だ。
「ったく、またかよ」
呆れ顔の俺に、ニッヒッヒ、と聡志が笑う。
こいつはなぜか出会ったときからオレのことを天才扱いする。しかしただ天才と言ってくるわけではない。聡志曰くオレは『残念な天才』らしい。
──爽真はあらゆる面で圧倒的なポテンシャルを持っている。が、あらゆる面でその才能を活かせていない──
というのが聡志の俺に対する俺の説明である。
俺自身、多少器用な方だとは自覚しているが、そんな天才扱いされるようなほどではないとも思っている。
なんにせよつかみどころのない聡志のことだ。深く考えたところで意味がない。
そんなことを思っていると担任のおばさん教師が入ってきた。それと同時に生徒たちがガタガタと席に着く。
ふと見ると担任の後ろには一人の少女がついてきていた。その少女の存在に教室内がざわつく。
「おはようございます。みなさん夏休みは‥‥‥」
担任が一通り夏休み明けの模範解答のような挨拶をしたのち、クラス大注目の少女の話題に触れる。
「そして二学期からはクラスメートが一人増えます」
そう言って隣にいる少女に挨拶を促す。
「
そう言って少女は挨拶を済ませた。
改めて見るとかなりの美少女である。スラッとした細身の体系に黒い綺麗な髪が腰近くまで伸びている。少しばかり目は鋭いが、整った顔立ちに良いアクセントになっているとでも言うべきか。彩奈のほんわかした雰囲気とは違った、いわゆるクールビューティという言葉がしっくりくる感じである。
しかし、俺はわずかながら違和感を覚える。彼女の表情には転校初日という緊張感とは少し違った、なにやら覚悟のようなものが表れていたのだった。
ホームルーム終わりから一限目の授業までの間、転校生の少女のもとには人だかりができていた。それもそのはずだ。このクラスでは今まで、容姿、性格などを総合すると彩奈がダントツで人気があった。彩奈自身は否定するが、まぎれもない事実だろう。
しかしそこに双璧になりうる超新星的存在が現れたのだ。みんな興味津々といった感じである。
「すごい可愛い子だね~」
今まで不動のトップを張っていた彩奈がこちらへ歩いてきた。だがその表情に嫉妬などは感じられない。いや、その純粋さが今までトップを張ってこれた所以か。
「たしかに、かなりの美少女だね。爽真、好きになっちゃったんじゃない?」
またしょうこりもなく聡志からの茶々が入る。
「んなことねーよ、まぁたしかに美人だけど‥‥‥」
などと話をしていると席に座っていた転校生が立ち上がりこちらへ歩いてきた。そして俺たちのいる場所まで来るとまっすぐな視線を彩奈に向けたまま立ち止まった。
「私、榊結衣。よろしくね、三ツ木彩奈さん」
突然の出来事で少し驚いていた彩奈であったが自己紹介をされるとすぐに笑顔になった。
「よろしくね! 結衣ちゃんって呼んでいい?」
さすが彩奈、その圧倒的なポテンシャルで転校生ともすぐに仲良くなってしまいそうだ。だがその問いを投げかけられた転校生の反応は意外なものだった。嬉しそうな表情とともに、わずかばかりの悲壮感が漂っている。
──なんだ? この表情は。
「ええ、私も彩奈って呼ばせてもらっていい?」
「うん! あ、こっちが爽ちゃんと聡志くんね!」
彩奈はそんな表情おかまいなしに俺たちのことを紹介する。
というか爽ちゃんじゃなくて本名を言え、本名を。
「僕は九鬼聡志、よろしくね」
「沢渡爽真、よろしく、呼び方は結衣でいいか?」
「いきなり呼び捨てなのね、まぁいいわ」
なにやら彩奈の時とは対応が違う気が‥‥‥
「それじゃ、一限が始まるから戻るわね」
そう言うと転校生は体を
「そういえば、彩奈が名乗る前からあいつ彩奈の名前知ってなかったか? 彩奈、あいつと知り合いか?」
「いや、初めて会うよ。先に名簿見て名前覚えてきてくれたのかな」
名簿か‥‥‥しかしあの表情はいったい‥‥‥。
昼休み。
俺と彩奈と聡志の三人で昼ご飯を食べようとしていると後ろから声がかかった。
「一緒にいいかしら」
振り返るとそこには転校生結衣が立っていた。一人で立ってはいるが背後には男子生徒たちからの憎しみのこもった視線を引き連れている。
まぁ、たしかに美少女転校生と昼ご飯を一緒に食べる機会が降ってきたのだ。周りの気持ちもわからなくはない。
「いいよ! 一緒に食べよ!」
彩奈が断るはずもない。なぜいきなり俺たちのところへ来たのかは気になるが、たまには新しいメンツが入るのもいいか。そんなことを思いながら弁当を食べはじめる。
「結衣ちゃんはどこから引っ越して来たの?」
「ここから遠く西の方にある街よ」
随分と抽象的だな。
「へぇ~、わざわざ遠くから大変だったね」
抽象的なのことには突っ込まないのか。
「そんなことないわ。それより彩奈はこの二人とは仲がいいの?」
「うん! 聡志くんは中学校のときからの親友! 爽ちゃんは生まれたときから大親友!」
「へぇ、どちらのことが好きだったりはするの?」
唐突な結衣からの攻撃に彩奈は頬を赤らめた。
へぇ、お堅いイメージだったが、意外と茶々を入れてくることもあるのか。
「そ、そ、そ、そんなことないよ! 二人は友達」
相変わらず彩奈はこういった話にめっぽう弱い。
「‥‥‥うらやましい‥‥‥」
え?
その瞬間、誰にも聞こえないような微かな結衣のつぶやきを、しかし俺の耳はたしかに聞いた。
「それよりさ、結衣さんはなんでクラスの他のグループじゃなくて僕らのところに来ようと思ったの?」
気になっていた質問をぶつけたのは聡志だ。感覚、勘、共に鋭いやつだからきっとこいつも結衣の違和感には気づいているだろう。もしかしたら何らかの推測さえ立てているかもしれない。
「この中に知り合いがいるとか?」
「‥‥‥別にそんなんじゃないわ。なんとなくよ」
否定はしているがこれはやはり何かあるな‥‥‥
そんなこんなで昼休みは終わった。やはり結衣は何かを隠していそうな感じがする。そしてそれはおそらく彩奈のことだろう。
まぁ、昔彩奈と会ったことがあり、それを彩奈が忘れているくらいのことだとは思うが、微妙に嫉妬のようなものも感じたので今後の関係が悪い方向に進まないよう少しは気にしておくか。
放課後。
帰り支度をしていると、教室に彩奈の姿がないことに気づく。いつもなら、爽ちゃん帰ろ、とニコニコしながら寄ってくるのだが‥‥‥。
「彩奈はどこいった?」
ちょうど近くにいた聡志に問いかける。
「彩奈さんは結衣さんと一緒に階段を登っていったよ」
階段‥‥‥ここは三階だ。上には屋上しかない。
わずかばかりの悪い予感に、俺はあとをつけることを決心する。
「ちょっと様子見に行ってくるわ。聡志はちょっと待っててくれ」
「はいよ~」
屋上に行くと彩奈と結衣がいた。俺は二人から見つからない場所に隠れ、様子を伺う。
「どーしたの? 結衣ちゃん」
結衣はなぜか俯いている。
「‥‥‥‥‥‥覚えて‥‥‥ない?」
弱々しい声で結衣が彩奈に問いかけた。
「え? なんのこと?」
「‥‥‥やっぱり覚えてないのね‥‥‥」
結衣のかもし出すただならぬ雰囲気に彩奈は困惑した様子を隠しきれていない。それと同時になにやら場の緊張感が高まっていく。
「ご、ごめん。なんの事かわからないよ」
結衣が半歩足を引く。結衣に
「ええ、あなたはきっとわからないんだと思う。けど‥‥‥それでも、私にはやっぱりあなたが必要だわ」
そう言うと結衣が目を閉じ、祈るように手を胸の前で組んだ。
とその瞬間、彩奈の雰囲気が変わった。
「やめろ結衣! それは絶対にやってはならないことだ!」
そう叫んだのは間違いなく『別人格』の彩奈だった。
なぜだ⁈ という思いを俺は抱かずにはいられない。
まず一つ、俺以外の前では一度も現れたことのなかった『別人格』がなぜ俺以外の前で現れた? そしてもう一つ、間違いなく『別人格』は結衣の名前を呼んだ。転校してきたばかりで接点などあるはずのない結衣の名前を。まるで知り合いであるかのように呼んだ。それに加えてあの結衣の行動はなんだ。とにかく色々な事がおかしい。
「約束破ってごめんね。彩奈。それでも私はあなたを‥‥‥あなたを助けたい」
俺は思わず走り出した。彩奈と結衣のいる方向に向かって。
なぜ走り出したのか、と問われれば何か明確な理由があるわけではない。ただ目の前の出来事は良い方向には向かっていない。場の空気が俺に危機を訴えかけてくる。だからこそ何か行動を起こさずにはいられなかった。
あと五メートル、結衣を止めるため腕を伸ばす──
同時に彩奈も結衣に向かって腕を伸ばす──
「結衣! やめr‥‥‥」
その刹那、結衣を中心とした真っ白な光が世界を覆い尽くす。
彩奈の最後の叫びは光の中へと掻き消えた──
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