異世界冒険記 〜幼馴染は異世界の住人なのかもしれない〜
鬼天竺鼠
第1話 幼馴染の秘密
【0】
──君は一体誰だ?──
俺は目の前の近しいはずの存在に問いを投げかける。
──私は私だ‥‥‥それ以外の何者でもない──
──そんなはずはない‥‥‥俺は‥‥‥君を知らない──
──だが私はお前を知っている──
──‥‥‥‥‥‥──
──お前は今広がっている光景が全てだと思っているんじゃないか?──
──どういうことだ?──
──いや、やはりいい。お前にとっては今見えているものが全てだ──
──‥‥‥──
──ともかく私は私だ。これからもよろしく頼む──
──‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥──
このようなやりとりをしたのはもう何年前になるのだろうか‥‥‥
【1】
「ダリィ‥‥‥」
ほぼ無意識に発した言葉は音と共に魂までもを体外に排出してしまいそうだ。そんな嘆きと同時に俺は難敵の群がる机に顔を埋める。
ここは日本の中部に位置するとある市。都会からは離れたいわゆる「田舎」と呼ばれるような地域だ。四方を見回すと二千メートル、三千メートル級の山が目に飛び込んでくる。
八月中旬、まだ夏の暑さが肌を焼く日々の中、俺、
市の中心部と言っても都会のように高層ビルが空に向かって何本も伸びているようなことはない。大きな道路に沿って並ぶ、簡素な商店街が広がっているだけだ。その商店街にある図書館の勉強用スペースにて、俺は俺の最も苦手な教科、古典の宿題に立ち向かっていた。
「爽ちゃん、そんなんじゃ宿題終わらないよ~」
伏せた頭の前方から黄色をイメージさせる穏やかな声が飛んできた。
「……ったく、勘弁してくれよ」
そう言って顔を上げると、目の前には頬を膨らませ少し怒ったような表情を作っている少女がいた。
彼女は
俺と彩奈は地元にある同じ公立の小学校、中学校を卒業、高校も地元ではある程度名前の通った進学校に通っている。二人とも小学校中学校では勉強はできる方ではあった。
がしかし、似た道のりを歩んできた俺たちではあるが、高校に入ってからはくっきりと明暗が分かれる形となった。
普段から授業を真面目に聞き、授業前後に予習復習を行っている彩奈とは対照的に、ある程度の才能、いわゆる地頭の良さのみで勉強をこなしてきた俺は高校入学後、最初の定期テストで出題される問題に目を白黒させた。特に理系科目とは違い、地道な努力がテストの点数に結びつく国語や英語は、俺にとっては赤点の宝庫であった。
そして夏休みの宿題など半ばどうでもよくなっていた俺を心配した彩奈が図書館に誘ったのである。
「わかんないトコあったら教えてあげるからがんばろ!」
彼女は風船のように膨らませていた頬をゆるませ、微笑みながらそう言った。
その笑顔がわずかながら『あり、をり、はべり、いまそかり』などという名の強敵に立ち向かう勇気をくれる。
「わぁったよ~」
半ば投げやりになりながらも、夏休みという貴重な時間を俺の勉強のために割いてくれている彩奈への罪悪感もある。
ふぅ、と一息ついて俺はまた机上に広がる難敵に立ち向かった。
俺と彩奈は物心ついた頃からの仲であり、彼女のことはだいたい知っている。このすべてとは言い切れないだいたいという表現には深い意味がある。いや、もしかしたらだいたい知っている、ではなく本当はわずかしか知らないのかもしれない。というのは、彩奈には幼馴染の俺ですらも把握しきれていない『とある一面』があるからだ。
いや、その『とある一面』の存在を認識している点ではある意味把握していると言えるのかも知れない。
その『とある一面』とは────
図書館からの帰り道。電車で一駅行ったのちに田んぼ道を7、8分ほど歩いて家に帰る。夕方になると風もわずかながら涼しく感じられるようになり、煮詰まっていた頭の中にも爽やかな空気が入り込んでくるような気分になる。隣では彩奈が髪を馬の
「夏休みももうすぐ終わりだね~」
彩奈が伸びをしながらそう言った。
伸びをすることで強調される胸元の隆起に目を向けたい気持ちを理性で抑えながら、振られた質問に答えるべく、自分の夏休みを思い返す。
‥‥‥解答が見つからない‥‥‥
全く何もなかったわけではない。がしかし、夏休みの前半は補習。後半は学校の友達と集まったりはしたものの、そのほとんどはゲーム漬けの日々を送っていた。
故に夏休みに何をしていたかと問われると俺はその質問にふさわしい回答を持ち合わせていないのだ。
──ぼやかしておこう。
「‥‥‥俺のことはいーよ。それよりお前はどーなんだ? 最近会わなかったけど元気にしてたか──」
と問いかけたその時、彩奈の雰囲気が豹変した──
「まあまあと言ったところだな。最近は少し忙しくなってきたが、それでもまだ元気にやれてるよ」
返ってきた言葉は今までのおおらかな雰囲気からは程遠い、何か緊張感のようなものを孕んでいた。
その言葉を発したのは間違いなく目の前にいる彩奈だ。しかし、明らかにいつも通りの彩奈ではない。
普段のふんわりとした雰囲気ではなく、凛々しく、刺すような威圧感さえ感じる口調だ。
これが俺しか知らない、俺すらも把握しきれていない彩奈の秘密。
──『別人格』──
「そうだな、三日ほど前に‥‥‥‥‥‥」
そう言って話し始めた彩奈の話を俺はいつもと変わらずに聞く。
この『別人格』がいつから出現し始めたのかはもう覚えていない。気が付いたら半ば俺の日常の一部と化していた。
かつて、君は何者だ? と問いかけたこともあった。だが、
「私は彩奈だ。他のことは今は知らなくていい」
それがその問いに対する返答だった。本人から情報を得られなければ、俺はそれ以上、情報の発信源を知らない。つまりどうすることもできないのだ。
そういうわけで俺はこの謎の現象『別人格』を受け入れることにしたのだった。
その後彩奈の『別人格』と少し話をし、話がひと段落したところで普段の彩奈が戻ってきた。
「‥‥‥はっ! なんかぼーっとしてた。えっと‥‥‥なんの話だっけ?‥‥‥あぁ、夏休みどうだったかだっけ」
これがいつものパターン。『別人格』が出てきた時の記憶が彼女にはない。
以前、覚えていないか、と尋ねてみたこともあるが、どーやら普段の彼女の中では『別人格』の間の記憶はあやふやになっているらしい。つまり入れ替わっているという表現が一番しっくりくる。
だが周りに探りを入れてみても誰も『別人格』の存在を知らない。そして俺がたどり着いた事実が
──この入れ替わりは俺の前でしか起きない──
他にもこの現象について、いくつかわかっていることがある。
まず、この入れ替わりは不定期に起こる。もちろん俺の前でしか起きないことには変わりないのだが、入れ替わりの前触れは何もなく、入れ替わっている時間もまばらである。
そして『別人格』の言動は普段の彩奈の行動とは矛盾がある。というのも以前に『別人格』と話している時、
──昨日は何をしていた?──
というありふれた質問をしたことがあった。その時の『別人格』の答えが、
──弟と共に遠方へ出向いていた──
というものだった。
確かに彼女には弟がいる。しかし、その入れ替わりが起きた時、彼女の弟はその二日前から風邪を拗らせており、家で彼女が看病していた。その時に彼女が弟と遠くへ行った、などという事実は存在しないということがその後の彼女本人への質問でわかっている。
これらより俺は彩奈の『別人格』を本当に別の誰かだと思っている。
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