第4話 レポートと同僚と

 午後6時。

 この時間になると、基本的にお客さんはパークから出て各自家路につくか、セントラルにある宿泊施設に入るかの選択を迫られ、ある者は港から本土行きの船に乗り、ある者はパーク内のホテルに泊まる…といった感じに人の動きが分かれる。

 おかげで、セントラル及び都市エリアを除く各エリアの活気は消え去り、整備された道を薄暗く照らす街灯の明かりがぼんやりと浮かぶほどに寂しくなる。

 フレンズも各自自分の住処に戻り、やって来るのは巡回の警備員だけ。


 …暗闇の中に一つの明かりがぽつんと現れる。警備員だろう。左へ右へと動いていた明かりが、斜め右下を向いて止まった。

「なんだこれ?落とし物か…?」

 明かりが不自然な動き方をする。警備員が何かを拾ったのだろう。

 そして、そのまま警備員は、再び闇の中へと消えていった。



 ………



 同時刻、パーク本部。

「…では、この書類をこれから毎日書き込んでいって下さいね」



 今日、新たにパークの一員となった敬は、サバンナエリアで担当となるカラカルの親友、サーバルとの面会を果たした後、閉園時刻(午後6時。閉園と言っているがパーク内にあるホテルに宿泊する客は合法的に残れる)ごろに本部から呼び出しを喰らっていた。

 てっきりなにか身に覚えのない何かで叱られるのだろうかと身構えていたが全く違っていた。


 飼育員の仕事の一つとして、担当となったフレンズの様子やらなんやらを毎日ちょっとしたレポートにまとめる、ということだ。多分、パークの中で最も飼育員らしい仕事だろうか。

 レポートと言ってもそんな堅苦しいようなモノでもなく、ただの日記のようなモノだ。その日1日フレンズと接して、特有の習性を見つけただの、ちょっと違和感を感じただの、そういう程度の書き方で良いらしい。ただ、ケガやら病気やらの疑いがある場合は急いで検査をする必要があるため見過ごされるわけにはいかないが…。


 ………


 本部棟2階、飼育員共同オフィス。

 毎朝飼育員はここに集まり、1日の始まりである朝礼や、1日の終わりのレポートまとめをここですることになっている。なお、フレンズとどこかしら泊まりがけで出掛ける際は一応顔は出さなくてもいいという扱いになっている。事前に申請は必要だが。


「お疲れ様ですー…」

 静かに共同オフィスのドアを開け、指定された席に着く。既に多くの飼育員が集まって、各々のレポートをまとめている。それに合わせ、敬もレポートまとめを開始する。


 てっきりみんな集中してまとめているのだろうと思っていた敬だが、実際は多少の話し声が絶えないようだ。園長さんが寛容だかなんだかで、多少の賑やかさなら問題無いというか、むしろ同僚もしくは先輩後輩の中で親睦を深めることは必要だと思っているらしく、積極的に会話を推し進めているらしい。


 …という情報を、隣の席に座っていた、(自称)5年前にパーク入りしたという戌田いぬださんから聞き出した。

 彼はとても明るい人で、しかも面白い。敬が興味を持つジャンルの話題に詳しいらしく、あっという間に仲良くなった。

「(飼育員生活1日目だが…同僚で仲のいい人を作れたのはいいことだよな)」

 そう思いながら、敬はレポートをまとめる手を進める。



 数十分後。

「レポートってこんなもんでいいんでしょうかね?」

「どれ見せてみ… お、いいんじゃないか? しっかしお前さん、1日目にしてはしっかりとフレンズのことを見てやったんだな。細かく書けてら」

「はは、ありがとうございます」


 すると、オフィス入口のドアが開く。入ってきたのは、薄いピンクのような髪をし、緑のパーカー…?を羽織っている女の子だった。見た感じ、まだまだ若い。

「女に年のこと言っちゃあかんぞー」

「ナレーションにツッコむのは無しでお願いします」

「まあ、冗談はおいといて。あの子も、今日パーク入りした子らしい。名前は…えーと、誰だったかな…」

「あの人だったのか…」


 密かに今度話をしてみたいなと思った敬である。



 ………



「それで、だ。敬、お前さんアレだろ?飼育員専用の寮生活じゃないんだろ?」

「え、はい、そうですけど」

 

 それは、もう、いきなりのことであった。


「えーと、いきなり、なんです…?」


「えーとな、飼育員ってだいたいの人がここの寮に住み込みで働くんだ。ただ、同じくパーク内である都市エリアに引っ越すことが推奨されているらしい。そっちの方が生活基盤も整っているからな。なんでも、そろそろ寮の容量がキツイらしい。まあ、お前さんは都市エリアの住民だし、この手の話はさほど関係無いだろうけどな」


「そうだったんですね…」


 実際、園長は寮生活を希望する飼育員の数が多くて頭を抱えてるらしい。今現在、パークに通い詰めてる人の内、都市エリアからの通勤客が5割ほど、寮に住んでいて直接出勤してくる人の数も5割ほどらしい。そんなに沢山の人が寮に入るとなると、そりゃ対応も大変になるだろう。


「まあ、俺も電車通勤の一人なんだけどな! どうだ、今日は一緒に帰らねえか?」

「はい、いいですよ。あと、最寄り駅って…」

「あ、最寄り? 中央二丁目だが…」

「え、同じじゃないですか」


 ………


 ジャパリパーク・ゲート付近。

 本部棟から歩いて少しの所に、都市エリア方面行きの電車が発車する『ゲート入口〈ジャパリパーク本部前〉』駅がある。今朝もここで降り本部棟に行ったわけだ。

 カバンから定期券を出し、改札を通る。次の電車は…5分後のようだ。意外とスムーズに乗れそうだ。


『ぇ1番線到着電車はぁ先発のぉ都市エリア方面のシティー・セントラル行きでぇございます』

 シティー・セントラルとは、まあそのままの意味で、都市エリアのど真ん中のこと。基本的にいつでも人で賑わっている。ただ、住んでいる人は基本的にパークの関係者ばかりだそう。


 なんでも、都市エリアの方にはフレンズに関係する重要な研究所があるらしい。昔から都市には住んでいるが、内部機密なのか、詳しい話は聞いたことがない。


 パークとは独立した都市と思えるかもしれないが、仮にもジャパリパークの一角。フレンズや観光客も入ることが出来る。やはり電車を使うことになるのだが。もちろん、観光客向け施設も都市エリアには揃っている。そして移住も受け付けており、よく新しく人がやって来ることがある。


 二人の最寄り駅はシティー・セントラル駅の一つ手前、中央二丁目。同じく都市エリアの中心的な位置づけの場所。



「電車来ましたよ、乗りましょう」



 ドアが開くなり、二人は電車内に吸い込まれるように中に入り、車両端の座席に腰掛ける。ほどなくしてドアが閉まり、二人を乗せた電車はシティー・セントラル方面へ向け、闇の中を駆け抜けてゆく。



 1日が終わる。

 敬は、明日はどんな1日になるのか、期待と不安を抱いて窓の外をボーッと眺め続けている。

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