第2話 見えないんじゃなくて、見たくない
ピピピピっ、ピピピピっ
目覚まし時計のアラーム音が鳴り響く。
どこか聞き覚えのある音だ。
とりあえず目覚まし時計を止めて今起きている状況を確認する。
俺は確かホテルの一室で睡眠薬をたくさん飲んで死にかけて、そこで「使者」に会って「過去」か「未来」を選ばさせられて、俺は確か…。
そうだ!俺はあの時に「過去」を選んだ。つまり、ここは過去???
「黎、黎、起きなさい!!!早くしないと学校に遅刻するわよー。」
と一階から聞こえてくる懐かしい声の持ち主は、他でもない俺を生んだ母親のものだ。間違いない。
俺は「過去」にいる。
でも、流石に何年前にいるかまではまだわからない。当たり前だがこれは調べるしかない。
「過去」生きるに当たって情報収集は必須事項だ。
ベッドからでて、部屋に置いてある思い出深い学校の制服を着る。
何年ぶりだろうか、学校の制服を着るなんて。見たところこれは俺が高校生の頃に通っていた高校のものだ。
つまり俺の年齢は、15から18。
でも、ある程度着こなさられている制服の様子から高校二年から三年と伺える。
制服に着替えてから部屋を出てから洗面所に向かう。いつもしていたことだからか体が自然と動く。
それにいつもより体が軽く感じる。どうやら体は高校生の俺で中身だけここから見た「未来」の俺になっているらしい。洗面所で自分の顔を見てもやはり高校生の俺だ。
階段を降りてリビングに行くとそこには、温かい朝ごはんが置かれていた。手作りされたご飯は久しぶりだ。
借金に追われるようになってから朝ごはんを抜くことが増え、良くてもコンビニのおにぎり一つだ。炊き立てのご飯、熱い味噌汁、焼かれた魚。食べることは愚か、準備までされている。一見当たり前に見えても、それが当たり前ではないことを今になって痛感する。
「ほら、何ボーッとしてんのよ、早く食べちゃいなさい。」
「うん。」
席に座って机の上に置かれた炊き立てご飯を頬張る。その中に味噌汁を流し込む。たったの二文で語れることだけれど、それがとても嬉しくて、涙がてできそうだった。
人生の最後には、寿司とか高級肉とか美味しいものを食べたいと思っていたけれど、そんなものよりも食べ慣れた炊きたてのご飯と、温かい味噌汁の方がいいとのかもしれない。
食べ終わった皿を片付けて、テレビで日付だけ確認して荷物をもって玄関に行く。
すると、母から「いってらっしゃい。」と声をかけられ「いってきます」と応じて玄関から出て、立てかけてある自転車にまたがり、学校へと出発する。
高校生の俺には、当たり前だったことも今の俺には温もりを感じさせる。
借金に追われる毎日にはない、温もりを‥‥。
俺の実家は、随分と田舎の方にあり高校の通学に自転車は必須で、車も一家一台では足りず、一家二、三台は普通だった。ちなみに俺の家には、母と父、それぞれが使う用に計2台の車があった。
自転車を走らせる中見えてくるのは、田んぼ、田んぼ、、田んぼ、、、と田んぼばかりであまり景色の変わらない通学路であったけれど、今の俺には、飽きることのない景色だ。
自分は一度死んでいること、そして今再び高校生として地上にいること、「使者」が言っていた俺にとっての「後悔」のこと、色々ありすぎてついていけない。考えることを放棄して、ひたすら自転車を漕ぎ続けた。
気付くと俺の通っていた高校が見えてきて多くの生徒が登校している。
高校の友達と会ったのは、成人式の時が最後だ。
その時は、みんなスーツ姿だったから高校生より大人の姿で、久しぶりに制服姿を目にすると、どこか幼さを感じてしまう。
きっと、彼らにはこれから、社会の厳しさを学ぶと同時にうまく生きる方法を見つけ、いずれ家庭を築き幸せな未来を生きるものもいれば、俺のように落ちるところまで落ちる奴もいるだろう。
そうであったとしても様々な未来があること自体が羨ましくて、眩しかった。
まぁ、俺は未来そのものを捨ててしまったけれど…
「よう!黎!」とボロいママチャリに乗って声をかけたのは、高校生の時の親友の岸田 白(きしだ はく)だ。白とは、高校一年生の時からクラスがずっと同じだった唯一無二の友だ。
けれど、大学に入ったあとは、1度も会っていない。 連絡を取ろうとしたが、電話もメールも繋がらず、他の同じクラスメートに白の近況を聞いても、知らないというのがほとんどで、帰郷した時に周りに聞いても田舎には帰ってきてはおらず、白の両親ですら行方を知らないという。
だから、高校生の白を見ても懐かしいとかいう感覚はなく、むしろ変わらない姿にしっくり来ている。
「白は、白だな。」
「なんだそれ?」
「いや、何でもない」
「黎、今日なんか変だぞ?」
「寝不足かなぁ...」
「分かった!昨日変なDVDでも見たんだろ?」
「見てないって」
「ホントかー?」
「ホントだってば!」
「まぁ、いいや。早く行こうぜ。遅れちまうよ。」
「お前が、ベラベラと話してるからだろ!」
「まぁまぁ、先行くぞ!黎!」
「おい、こら、待て!話はまだ終わってない!」
「文句があるなら捕まえてみろ!」と言って白は、ケラケラ笑いながら走り出す。ボロいママチャリのくせにやけに速い。
俺もそれに追いつこうと、ペダルを蹴り出す。
大人になってからは、いろんなペダル空回りして走り出すことすらできなかった。どうしてかは、ホントは自分が1番分かっている。
でも...見たくない。
それが俺にとっての未練なのかもなぁとうっすら感じつつもそんなことは、得意の後回しで、とにかく今はと、白を追いかける。
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