そして、人生は転換していく
狂気が混ざる
▼side.Dog
私の家出は長くは続かなかった。
結局、飾先輩の家に厄介になったのは一晩だけのことで、家族には家出だとも認識されていない。
「つまんねェな、理緒ちゃァん」
「つまらなくありません」
今、私は選択を迫られている。
このまま父の犬で居続けるか、父の手を離れて自由になるか。
現実逃避をしていては、父に断罪されて死ぬまで人生のレールを引かれる。それをされるくらいならば、自分で道を切り開く覚悟をしなければならない。
選択には勇気がいる。
ここで怯んではいけないのだ。不可能に思えたって、やるしかない。
父親の思うがままの操り人形だった今までの私では考えられない思考だった。
こんな結論を出せたのも、私にはない希望に満ちた選択肢を小関に教えられたからだ。あの眩しすぎる光に影響を受けている。
自分一人では絶対に辿り着かなかった。
「ほら、ぽきっとやっちゃえよ」
「やりません」
そして、あの日から私は少しずつ暴力を控え始めた。
今まで続けていた生活の一環を急にやめるのは無理がある。しかし、今のままを続ければ家出の結果と同じ道を行くことになってしまう。
堂々巡りの思考はどこにも辿り着かない。
「理緒ォ」
「甘えた声出しても駄目です」
「いけずゥ」
「なんとでもどうぞ」
私が父に抗うという未知の体験を実施すると同時、飾先輩が機嫌を損ねた。私が前向きに喧嘩しないのが面白くないらしい。
不機嫌とはいっても、彼の狂気は通常運転だ。
私が暴力を振るわないとはいえ、飾先輩と行動するのは変わりないので、傍目には私の努力は見て取れるものではない。
「宮村」
私が家出した日から、一つ、奇妙な習慣が生まれた。
正直言って、これに関しては私は全力で反対している。
「やァ、小関クン!」
「こんにちは、飾さん」
「小関、帰れって――」
「おいおい。理緒。人の客を勝手に追い返すな」
私と飾先輩の徘徊中、小関が乱入してくるようになった。しかも、飾先輩の言う通り、小関は飾先輩に会うために来ている。
飾先輩は小関との初対面に漂わせたぎすぎすとした空気を忘れてしまったらしい。いつも上機嫌で彼を迎えていた。
「小関、せめて怪我が完治してから来いってば」
「大丈夫だ」
「みえみえの嘘を吐くな」
「飾さん、喧嘩してください」
「イイヨォ!」
「よくありません!」
小関は飾先輩と喧嘩をするために足繁く通っているのだ。
小関は喧嘩が強いわけでもないのに、頑固なことで拳一つで先輩に喧嘩を挑んでいた。
打たれ強いというか我慢強いというか、小関の忍耐は常軌を逸している。
「へへ。毎日毎日、弱っちいな、小関クン」
基本的に先輩が一方的に殴る蹴るをして終わるのが毎日だが、小関は諦めずに通うことを続けていた。この行為にどんな意味があるかは知ったことではないが、心底今すぐにこの愚行をやめて欲しい。
友達が先輩に殴られる姿を見せられる私の気持ちも考えてくれというものだ。
「小関、飾先輩も。いい加減にしないと私だって怒りますよ」
「怒った理緒と喧嘩するのは、スリリングで楽しそうだなァ」
飾先輩だって弱い奴には興味ないくせに、どうして小関の喧嘩は買うのだろうか。基本的に一期一会で生きている飾先輩は、執拗に粘着されることを嫌っている。
前に飾先輩にうざ絡みしていた男は、指を一本ずつ折られながら、もう関わろうとしないと誓いの言葉を強要されていた。名も知らぬ男は二本目が折られた時点で無残にも降参したのだが、先輩は結局、すべての指をへし折っていた。あれから、彼の姿は見ていない。
「やっとくか?」
「やりません」
「ほーんとつまんねェの」
むっと唇を尖らせる先輩は表情こそ幼子のようであるが、頬を染める返り血のせいで恐怖の化身のようであった。私はもう慣れたものだが、この光景は何も知らない人間には随分とショックなものだろう。まあ、誰かに盗み見られるようなへまを先輩はしないだろうけど。もし、迷い込んだものがいたなら、そいつも先輩の獲物だ。
「じゃあ、また明日な」
「……はい。さようなら」
「二人とも気をつけて帰れよォ」
先輩以上に気を付けるべき危険人物を他に知らないけれども。
先輩は頬の汚れをハンカチで拭い、制服が赤で汚されていないかをを確認すると、さっさと帰路についてしまう。
小関との喧嘩が終わったら解散、ここ最近はこれが定番化していた。
「……また負けた」
「小細工なしで飾先輩に勝とうなんて正気じゃないからな」
確かに小関と飾先輩の相性は最悪だろうと思う。片や正義の光、肩や混沌の闇だ。
ほとんど毎日、殺し合いのような気迫で喧嘩しているが、飾先輩の方が何枚も上手だし、覆せない経験の差がある。先輩は騎士道なんて持ち合わせていないし、自分が楽しければ何でもやる。小関が付け入る油断も隙もない。
小関が毎日通えるように、飾先輩は手加減をして相手をしていた。そして、小関はそれに気づいていない。
聞いても教えてくれないから、小関の目的は分からないが、彼が飾先輩に勝つには正攻法では無理だ。姑息な手段を取った上で、過剰な武装をする必要があると思う。
――飾先輩と真っ向からぶつかろうなんて気が触れている。一体、何が小関をそんなに駆り立てるんだ。
*****
▽side.Sun
学校と仕事を繰り返していると、仲が良いとはいえ、クラスの違う友達とは中々会えなかったりする。二、三日くらい顔を見ないのは普通にあることだった。
しかし、久しぶりに見た姿がミイラ男よろしく包帯に巻かれた姿であることは珍しいことだ。っていうか、どうした。
「小関、なにその怪我!? 交通事故にでもあったの!?」
昇降口で久しぶりに見た小関の姿に、俺の口は「おはよう」よりも先にそう叫んでいた。
「おはよう、和屋。交通事故にはあってない」
じゃあ何があったんだよ。
元気そうではある。酷い怪我をしている、というよりは、小さな傷がたくさんあるのかもしれない。とはいえ、包帯の巻かれている範囲を見るに数が数だろう。
「またやばいことに首突っ込んでんの? 通りすがりのヒーローも大概にしないと――」
「宮村を放ってはおけない」
「宮村ちゃん?」
「ああ」
え? 小関は宮村ちゃんに殴られてるの?
「その怪我って……」
「飾さんと喧嘩してる」
誰だよ、カザリサン。
俺の顔に心の声が書いてあったのか、小関は二度頷いた後で、「宮村と連れ立っているいけ好かない男だ」と聞いていない疑問に解答をくれた。
それって、あの例の人だろ。優等生っぽい感じなのに喧嘩をするっていう。宮村ちゃんのことを脅迫している奴だと小関が勘違いしている人。
「……もしかして、宮村ちゃんのために、あの人と喧嘩してるの?」
「そうだ」
「ずっと?」
「そうだな、ここの所はほぼ毎日」
なんで、とは言えなかった。その先に帰ってくる言葉が、怖くて聞けなかった。
もし、小関が俺と同じ気持ちだったら。勘違いとはいえ、あの子のために身を粉にしているのだとしたら。
俺はとうに小関に置いて行かれている。
「小関」
「なんだ?」
「俺は、俺は――」
俺は宮村ちゃんが好きだ。だけど、彼女のためにできたことは何一つない。それどころか、今は会いたいけど会いたくないなど、独り善がりを主張して、彼女との関わりを絶っている。
俺が一人で悶々としている間に、随分と景色が変わってしまった。
「和屋?」
「俺は、今日、今この瞬間から――が、頑張るからな!」
「ああ、頑張るのはいいことだ。応援する」
――捨て台詞にもならなかった。
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