眩しく差す光

▽side.Sun


 恋という病に頭を抱える美少年――、ううん、字面だけならロマンティックが始まりそうだけど、実際にはそうもいかないんだよなあ。

 昨日、宮村ちゃんを目撃した瞬間から、俺の恋は難易度が上がっていた。

 彼女の顔が頭から離れない。次いで彼女の父親の顔と、彼女と同じ学校の男子高生の顔が浮かぶ。

 前者は宮村ちゃんの敵、後者は俺の敵。いや、今後を見据えると前者は俺の敵にもなりえるな。

 昨日の雰囲気はただ事ではなかった。宮村ちゃんとお父さんとの間には、何か確執があるんだろう。そして、俺はそれを知らないけれど、あの男はそれを知っているのだ。

 俺の知らないことを、知っている。

 

「和屋」

「……小関? どしたの?」


 俺と小関は学校は同じだけどクラスは違う。

 お昼休み。俺の元に現れた小関は深刻そうな顔をしていた。いつでもポジティブ正義漢である彼のこんな顔は初めて見る。


「顔色が悪いな。仕事が忙しいのか?」

「いやいや。顔色を言うなら小関こそ! 俺は写真集の撮影終わって、今はそう忙しくもないよ」

「そうか。それなら、今日、ちょっと時間をもらえないか」

「いいけど」


 正直なところ、俺からモデルを抜くと割と暇な高校生という肩書が残る。

 高校では部活にも入っていないし、もちろんバイトもやっていない。遊びに誘ってくる友達はいっぱいいるけど、中学の時と比べるとあんまり遊び歩かなくなってしまった。

 一人でふらつく時間が最近は何よりも大事だった。


 小関と二人、御用達のハンバーガーショップで顔を突き合わせる。

 俺はここのしなしなの細いポテトが好きで、バーガーセット食べるなら、ポテトを二つ食べたい――そんな中身のない会話をすることも憚られた。

 小関の顔に浮かぶ深刻さは昼休みの比ではない。


「なんかあった? 悩み事?」


 人に悩みが無さそうで羨ましいと評され続けてきた俺は、人の相談に乗ったことがない。

 悩みがないとは言わないけど、皆と比べれば断然にない側の人間だ。っていうか、皆は何がそんなに不安で不満なのかが俺にはさっぱり分からない。俺くらい人目を引くならまだしも、皆のことなんて誰もそんなに気にしてないよ。と、こういった回答を続けていたら、誰も俺に相談事を持ってこなくなった。


「宮村のこと、なんだが」


 ぐ、と喉が締められる。

 え、宮村ちゃんのこと? それでそんな顔してるの?

 宮村ちゃんと小関が俺を介さずに何度か会っているらしいことは察している。それがどういうきっかけで発生しているイベントかは知らないけど、生活圏が変わってしまった彼女と会うには、どちらかがどちらかの元へ向かわねば難しい話だ。

 どっちがどっちに収まっても、俺は平然としていられる自信がない。すでに足ががたがた揺れている。


「和屋は宮村とつるんでいる男を知ってるか?」

「――はい?」


 予想を反した話題の切り出しに俺の頭は一瞬、白に塗り潰された。

 そして、空っぽの頭に浮かんだのは、宮村ちゃんと同じ高校に通うあの男だった。


「たれ目で、黒髪の――」

「そうだ。あの不快な笑い方をする男」


 笑った顔を見てはいないから分からないが、小関の表情をそのまま信じるなら、本当に不快な笑い方をする男なのだろう。

 本当に嫌そうだな。小関はあの人に何か嫌がらせでもされたのだろうか。俺はされた。俺の前で宮村ちゃんをかっさらっていた昨日を、俺は寝ても覚めても忘れられない。


「その人が、どうかしたの?」

「宮村の付き合いのある奴らしいんだが」

「……か、彼氏、じゃない、よね?」

「さあ。聞いたことはないから知らない」


 なんで聞いといてくれないの!

 いや、落ち着け、司。宮村ちゃんのことならよく知っているはずだ。彼女は恋人を作るよりも、獲物を狩ることに時間をかけている子だろ? 

 それでもって、心根は一途な子だから、恋人がいたら俺と二人でお茶したりなんて絶対にしてくれない。大丈夫だ、信じろ、宮村ちゃんに恋人はいない。俺調べ。


「あの男、宮村に暴力を強要してるんだ」

「……はい?」

「この前、宮村とあの男が路地裏で喧嘩しているところに遭遇した」


 いや、小関は偶然でしたみたいな口調だけど、喧嘩の雰囲気を嗅ぎつけ、ロケットのように突撃して爆発したに決まってる。


「それで?」

「宮村と一緒に暴力を働いていた」

「あの人も喧嘩とかするんだ」


 宮村ちゃんといい、人は見かけによらない。あの人、喧嘩が強そうには見えなかったけど。どちらかというと、なよっとした優等生って感じの雰囲気だったのに。

 ああ、でも、あの二人が並んで暴力を発散しているのか。それはなんだが、悔しいけれど、絵になる気がする。殴る蹴るを推奨する訳じゃないんだけど。まるで、作り物の物語のようだ。


「宮村は人助けに暴力は振るうかもしれないが、自分勝手に暴力を振るうことはしてないだろう」

「へ?」

「あの男に強要されてるんだ」


 いや、彼女は自分勝手な暴力をするよ。

 確かに、俺と小関はいつも助けられているから、宮村ちゃんが正義のヒーロー然としているところをよく見る。小関の口振りからすると、彼は宮村ちゃんのそういうところしか見たことないのかもしれない。

 でも、俺は彼女が意味なく暴力をぶつけている姿を知っている。

 まるで野犬のように獲物をなぶり、餌のように並べ置く姿は何度も見てる。


「僕は宮村をあの男から解放したい」


 小関の決意に燃える目を前に、俺は彼女の本当の姿を言葉にできなかった。

 

 ――小関は本当の彼女を知らないのだ。俺は知っている彼女の姿を。


*****

▼side.Dog


 今の私は思い付きのままで家出中である。

 友達もいない、親戚なんてよく知らない、連泊できるお金もない。そんな私が駆け込める場所は一つしかなかった。


「高校生の男と女が二人で一つ屋根の下。お前のオトウサマが聞いたら発狂しそうだな」

「どうでしょうね」


 飾先輩の家。実家も近いくせに、高校生の分際で一人暮らしだ。

 飾先輩は見た目の優等さと気品あふれる雰囲気を裏切らず、お金持ちの家のお坊ちゃんである。

 彼の外面は信頼できる誠実な男というもので、制服を返り血で汚している気配など微塵も感じさせない完璧っぷりだ。家族の前でも、学校と同じく絵に描いた好青年を突き通しているらしい。それで許された一人暮らしだそうだ。

 彼が色情に軽薄な男であればこの選択肢は存在すらしなかったが、なぜか分からないが私は彼の特別である。手を出して壊すくらいなら、世話をして保護をする対象であるらしく、私は捨て犬よろしく拾われた。


「とうとうやってきた反抗期ねェ」

「……」

「そうぶすくれんなよ」


 けらけらと笑う飾先輩は、制服からグレーのスウェットに着替えていて、ごろごろとソファーの上でくつろいでいる。

 それから、私にも着替えるようにとジャージを押し付けた。

 女物の洋服がこの家にある理由を尋ねるのはやめておこう。とはいえ、下着までは出てこないだろうから、それくらいは買ってこなければならない。出てきたとしても着ないし。


「買い物に行ってきます」

「あ、俺にもなんか甘いもの買ってきてェ」

「分かりました」


 財布だけを持って外に出れば、丁度、夕焼けが綺麗に空を橙に染めていた。

 飾先輩は甘いもの、なんて言っていたが、夕飯はどうするつもりだろうか。

 夕飯、なんて呑気な心配だ。冷静になってしまうと、私にはもっと心配しなければならないことばかりだと思い出してしまう。

 世間体を気にする義理母と義理姉は、私が家に帰らないからといって通報はしないだろう。

 父も通報をしない、という点では奴らと同じだ。

 父は自分の非になる者には容赦ない。

 私が家出をしたと判断した瞬間、間違いなく家を追放されるだろう。まず、全寮制だとかで行動が制限される学校に押し込められる。そして、学校に通ってるうちに許嫁が決まっていて、卒業と同時に結婚をさせられる。

 宮村と名乗るうちは隔離し、社会に出すときには違う姓を名乗れという命令。

 父はそういうことをする人だ。


 それでも、私は父が嫌いではない。

 嫌いになる機会を失ってしまったとも言える。

 今回の件はさすがに看過できなかった。父に裏切られた気になり、がっかりしていた。それが多分、今の私の心を表すのにしっくりくる。


「宮村!」


 人混み、というほどでもないが、まばらな通行人の中、向かい側から聞こえてきた声に私はちょっとだけ眉を顰めた。


「――、小関。こんなとこで何してんだよ」

「そっくり返す」


 小関と会うのは、飾先輩が上機嫌に路地裏で暴れまわってた日以来だ。

 あの日の裏切られた小関の顔は、ふとした時に私の頭の中を過った。

 そして、今の状況に更に気まずさは集っていく。

 頼れる友達はいないから、飾先輩の救いの手を取った。でも、今の私には和屋と小関という友達がいたではないか。なんで、思いつかなかったのだろう。でも、選択肢に二人が思い浮かんでも、二人の手は取れないだろうな、とすぐに頭を振った。

 二人とは対等でいたい。私の狂った家族関係も、身に沁みた醜い習慣も知られたくない。


「君は何に囚われてるんだ」


 道端、真剣な顔をする小関に、私は大きく肩を揺らしてしまった。

 まるで、頭の中を覗かれているのかというくらい、タイミングの良い言葉だ。何に囚われてる、ね。


「なにそれ」

「宮村。君は何に害されてるんだ」


 小関は私の手を取ると、ぎゅうと力強く握った。骨と骨が軋んで嫌な音が鳴る。

 彼は私のことなんかを気にかけてここまで来たのだろうか。

 偶然だとしても、見過ごせないから声をかけてきたのだろう。それだけで、私には有難いことだ。見捨てないでいてくれる人がいる。


「……小関には関係ない」

「僕は君の友人だ。君は僕を守ってくれた。僕だって君を守りたい」

「気持ちだけで充分。ありがとう、小関」


 小関は本当に眩しい。

 私はこんなに力強い言葉を他人にかけてやることなど、絶対にできない。そう実感すればするほど、自分が惨めで仕方がなかった。


「君は強い。暴力に負けないでくれ」

「あんたが見てるのは私じゃないよ」


 小関の言葉は私には暖かすぎて、痛すぎる。


「――弱いから、向き合えないんだ」


 小関の手を振り払い、私は背を向けた。

 買い物とか、そういう目的も忘れてしまうほど、心が限界を訴えていた。

 友達と顔を合わせて、言葉を交わしただけなのに、私はなんでこんなに泣きたくなっているんだろうか。なんでこんなにつらいんだろうか。


「宮村!!」

「気をつけて帰れよ」

「僕は絶対に君を助けるからな」


 ――助ける、って何から。

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