心を彩る色
▽side.Sun
中学三年の冬。
俺は姉ちゃんの仕事の関係で、一度だけ、雑誌のモデルというものを経験した。
俺はいつどんな表情でも格好良く、足も長いし、スタイルもいい。
小さな頃はご近所でも有名な天使だった。いや、今だって和屋さんちの
モデルという仕事は、俺にとってとても心躍るものだった。
着飾ることは嫌いじゃないし、褒められることも好き。しかも、賃金まで発生するときたら、一度で終わらせてしまうのは惜しい気しかしなかった。
「――というわけで、俺、モデルとして頑張っていくことにしました」
「へえ、そう」
「宮村ちゃん反応薄っ!」
俺と宮村ちゃんの関係は、俺から一方的に声をかけることで何とか続いている。
道端で出会えば挨拶をし、お互い暇ならお茶でもするかというものだ。
連絡先は知っているが、聞き出すまでに随分と時間がかかった。何度断られたか覚えていない。
まあ、連絡したところで返事があったことはないので、本当に知っているだけのそれなのだけれど。
「和屋、顔は綺麗だしな。誰にでも特技はあるもんだ」
「でしょ。俺って存在だけで価値があるから」
「……ほんと相変わらずだな」
宮村ちゃんと俺の通っている中学は違う学校だ。しかし、学校同士の距離はそこそこに近いので生活圏はやや被りしている。
しかも、宮村ちゃんはよく街で不良相手に喧嘩しまくっているので、探そうと思えばわりかし簡単に見つけられた。
今日も路地から出てきた宮村ちゃんとばったり遭遇し、そのまま彼女をひっ捕まえて、近くのコーヒーショップへと飛び込んだのだ。
「なんか感想ないの?」
宮村ちゃんの手元には、雑誌が開かれている。付箋のつけられたそのページは俺の初仕事だ。
ティーン向けファッション誌のとあるコーナーの一画。可愛いと思う女の子のついて語る文章と一枚の写真。
正直、そのコーナーに乗るどの男よりも俺は格好良かった。
「周りといざこざ起こさないように気をつけろよ」
「なあにそれ」
「あんたの場合、仕事の出来不出来よりも、仕事をする上での人間関係の方が問題ありそうってこと」
宮村ちゃんは責めるような視線で俺を射抜いていた。
言っている意味はよく分からないけれど、心配をしてくれているのは分かる。やっぱり宮村ちゃんて優しい。
「ありがとう、宮村ちゃん」
「…………、どういたしまして」
「あのさ――」
「理緒の彼氏?」
急に割って入った声に、俺は続けようとしていた言葉をのんだ。
いつの間にか、俺と宮村ちゃんの座るテーブルの横に、高校生のお姉さんが立っていた。見たことない顔、知らない人だ。
俺にとって、知らない女の子に声を掛けられることは珍しくない。面倒くさい女の子だったら嫌だなと思いつつ、おや、と思った。
こういうときの台詞は決まって「この子、司の彼女?」だったはずだ。
理緒って誰。
「そんなわけないよね。こんな暴力女と付き合う男なんていないもの」
ここでようやく俺は理緒というのが宮村ちゃんのことだと気づいた。
そして、お姉さんを嫌な女だと認定した。
確かに、彼女は暴力を得意としているが、性格が悪いわけではない。宮村ちゃんに恋人がいたって、別におかしな話ではないだろうと思う。
少なくとも、俺は彼女のことを好意的に思っている。
「分かった! 脅されてるんでしょ!」
お姉さんの言葉に俺は疑問符ばかりが浮かんだ。
脅されている? 俺が? 誰に?
「言うこと聞かない奴は殴る蹴るで本当に怖い女よね」
「……」
「もう大丈夫よ、こんな不細工と関わることないわ! 私と行きましょ!」
手に触れられて、俺は反射的にそれを払い落としていた。
ぞっと背筋を這いあがる嫌悪感。自分の御託ばかりを並べて、馴れ馴れしい女って本当に嫌い。
加えて、俺の友達を暴力女だの不細工だのというのが、ますます気に入らなかった。
「宮村ちゃんは可愛いよ。強くて優しいし。っていうか、あんた誰?」
俺の言葉にお姉さんは一瞬だけ怯んだ。
それから、お姉さんはきつい目で宮村ちゃんを睨んで、すぐにその場からいなくなってしまった。一体何だったんだ。
事情が何も分からない俺に、宮村ちゃんは眉間を抑えながら「あれ、義理の姉なんだ。悪かった」と一言だけ謝った。
別に宮村ちゃんが謝ることはないと思うんだけど。しかし、自分の姉が自分の友達を相手に悪口を披露する奴だなんて、宮村ちゃんは大変だ。
――この時の俺は、宮村ちゃんの抱えてるものなんて、何一つ分かっていなかった。
*****
▼side.Dog
中三。冬。私の運命はこの時から、少しずつずれ始めた。
私には友人がいない。
社会的体面というのがあるから、学校ではおとなしくしているし、暴力だって人目がつかないところで振るうようにしている。父親にばれるようなへまはしていない。
挨拶を交わすクラスメイトはいるが、友人かと問われれば答えは否。一匹狼、というのが私の立ち位置を示すのにふさわしい言葉だった。
私が関わろうとしないから、周りも私に関わろうとしない。
そんな私に全力でぶつかってくる男が一人だけいる。
「宮村ちゃん、俺の救世主様」
和屋という男は、私が人生で巡り合ったことのないタイプの人間だった。
とにかく人懐っこい。そして、いちいち癪に障る性格なのだが、何故か不思議と許せてしまうような奴だった。
「和屋ァ、少しは学べよ」
「俺、悪くないよ。急に彼女に振られたのはお前のせいだーって」
「だとしても、すぐ逃げるようにしな」
形の良い額を指で弾くと、乾いたいい音がした。和屋は兎のように跳ねたかと思えば、ゆっくりとうずくまる。
呻き声をあげて悶える姿は惨めだが、その綺麗な顔をぼこぼこに腫らすよりはましだろう。
和屋との付き合いも、もう三年目に突入している。
これもひとえに和屋の人間性の賜物だ。よく分からない連中に頻繁に絡まれる。一種の才能。
和屋が絡まれるのは単に性格が悪いからだろう。本人に自覚はないが、この綺麗な顔にすっとぼけたことを言われれば、いけ好かないと判断する奴は多いはずだ。
和屋は額をさすることを止めると、ふらふらと、頬を腫らした男子学生のもとへ寄って行った。
――今日、暴力を振るわれていた相手は和屋一人ではなかった。
「助けてくれようとして、本当にありがとう」
「いや、僕は結局何もできなかった」
「いやいや、俺のせいで殴られただろ? ごめんな!」
今日の舞台は公園。
騒がしさに目を向けれた先では、殴られる男と倒れていた和屋。
和屋とのばったりな遭遇率が高いのは、私が喧嘩をする場所と、和屋がボコられる場所が大体同じだからである。
それじゃなきゃ、こんなに奴と街のあちこちで顔を合わせるのはおかしい。
「俺、和屋司。よろしくね」
「
小関と名乗った奴は和屋と同じ制服を着ていた。体格はよいが、よくある不良のやさぐれた感じはしない。
むしろ、人の良さそうな雰囲気だ。
和屋の隣に立つとどんな人間も霞むが、そんな不利な立ち位置でも、彼には何か目を引くものがあった。
「こちらは宮村理緒ちゃん!」
「君は強いんだな」
「あんたよりはな」
弱いなら黙っていればよいのに。
自己紹介なんぞをしてたってことは、和屋とは知り合いではなかったはずだ。
「こう言っちゃなんだけど、喧嘩とかするようには見えない」
「ああ、僕は喧嘩なんてしない」
「じゃあ、なんで和屋のこと助けにいったわけ?」
「困っている人がいたら助けるものだ」
驚いた。
こんな絵空事みたいな台詞を本当に声にする奴がいるだなんて。
私には小関が和屋よりもけったいな生物に思えた。困っている人がいたら助ける? そんな馬鹿な。それなら、私はとっくに救われているはずだ。
「君だってそうだろ?」
そう尋ねられて、私は思わず閉口してしまった。
和屋との出会ったあの日、確かに私は和屋を助けた。しかし、それは結果論で、目的は喧嘩がしたかったからだ。むしゃくしゃしていた。
しかし、今、私が喧嘩に分け入ったのは、絡まれていたのが和屋だったからだ。
「どしたの、宮村ちゃん。顔真っ赤だけど」
――父親と自分以外のために暴力を振るっていたことに初めて気が付いた。
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