第18話


「よくも見捨てたわねっ!」


「お前だって俺たちが店長に絡まれていたのを助けなかったじゃねえか!」


「馬に蹴られたくないのよ!」


「愛もくそもあってたまるかッ!!」


「二人とも、夜中なんだから声のトーン落としなよ」


 あれから何が大変だったかといえば、酔いだした姫さんの相手がなによりも大変だった……。見るに見かねたたっちゃんさんが間に入ってくれたけど、あんなに美人なのに酒乱なんだなぁ……。


「ていうか、お前は課長さんと一緒に帰らなくて良かったのかプラっ!?」


「ほほう? そんなに殴られたいってんならその喧嘩買ってあげましょうか?」


「殴ってから言う台詞じゃねえだろ!?」


 道端に積まれたゴミ袋の山から這い出てきた清志くんの頭には漫画みたいに魚の骨が乗っかっていた。

 ダウンしてしまった姫さんをたっちゃんさんが連れて帰らなければならなくなったので、そのまま私たちも店を後にした。清志くんの言葉は、その際に、


『お前らはもう少し飲んでろ。あと三十分であがるから送っていってやる』


『『『迷惑かけれませんので帰りますッ!!』』』


 きっと親切で言ってくれたと思う。思いたい。そんな課長さんの台詞があったからだ。いや、絶対に親切で言ってくれているのは分かるんだけどさ。どう見ても、暗がりで今日見たことを忘れさせてやる、てか、消す。と言われているようにしか見えないんだって……。


「確かに、こんな夜更けに女の子一人で歩くのは危険だけどさ」


「相手がかぼッ!?」


「兄貴、雉も鳴かずだってのに……」


 ゴミ箱に頭から突っ込んだ清志くんが生臭い香水をかぶって這い出て来た。うん、根性は認めようかな。


「兄貴じゃないけどさ。本当に送らなくても良いの? 僕たちは気にしないよ?」


「良いって、方向逆じゃん。もう遅いし、それにここからうちまで結構道も明るいから平気平気」


「そう? そこまで言うなら……」


「清志くんは正志くんの優しさを見習うべきだね」


「お前は坪井さんのおしとやかさを見習えッ! じゃあな」


「また明日ね、山坂さん」


 最後まで口の減らない清志くんだけど、ちらちらとこっちを振り返るところをみると心配してくれているみたい。もっと素直に言えば良いのに。

 あ、正志君に頭を叩かれてる。ざまぁ。


「んじゃ、帰るか……、あ、そうだコンビニでマヨネーズ買ってから帰ろっと」


 コンビニで買うと割高になるんだけど、明日卵サンドを作る時にマヨネーズが欲しいんだよね。ついでに立ち読みしたいという本音もある。


 二十四時間で年中無休の防犯カメラで安全なコンビニ。親が寝ているどころか一人暮らしだからやりたい放題なコンビニ。


「しかし恐ろしい魔窟でもあることよ」


 予定していなかったプリンまで購入させられるのだから。

 清志くんたちは心配してくれていたけれど、街灯もあって、コンビニみたいに夜中でもやっているお店もあれば夜道と言っても明るいものだ。

 そもそも、危ないのは誰が見ても吸い寄せられてしまうほど可愛い坪井さんとか、振り返ってでも二度見したいほど美しい姫さんとかにとってであって、私みたいなのはちょっと気を付けておけばどうってことがないわけよ。


 勿論、女として生を受けていままで痴漢に遭ったことがゼロだとは言わないけどさ。電車で触られた時とかも全力で捻りあげて、逃げようとした背中にドロップキックをかましては駅員さんにやりすぎだと注意された私なのである。


 だから。

 なんだ。


「…………」


 ――こつこつ


「…………」


 ――こつこつ


「…………」


 ――こつこつ


 ……何か、居る。

 コンビニを出てからずっと後ろに、誰かがついてくる音がする。気のせいだと思うには、何度か曲がってもずっと一緒なのは気持ちが悪すぎる。


 ダッシュで逃げても良いんだけど、こういう変態を放置していつか私の坪井さんが被害にでもあったら……、よし、潰そう。


 思いついたら即実行!

 私は勢いよく走り出して角を曲がって、すぐに身を隠した。これで向こうはいきなり走り出した私を追いかけるために慌てるからそこを突いて一気に投げ飛ばしてやる!


 ――こつこつ


 って、あれ?

 てっきりすぐ追いかけてくると思っていた足音が早くなる気配がしない。……これは、もしかして私の勘違い? 本当に偶然同じ方角だっただけ?


 さっきまで漫画を立ち読みしていたのがいけなかったか……。考えてみれば、確かに私にそんな展開があるはずがないもんね。あー、なんだ、良かっ、


「何をしているんだ」


 ――ドゴっ


 曲がり角から現れた男性の姿に、反射で身体が下がった私は、誰かの家の塀に思いっきり後頭部を打ち付けた。


「お……ご、……っ」


「ぉ、おい!?」


 珍しく慌てる課長さんの声。

 失っていく意識のなかで、目にする彼の姿はやっぱり。


 とても怖かった。



 ※※※



「……年期、入ってるなぁ…………」


 ここは、どこだろう。

 どうして私は見たこともないぼろい天井を眺めているのだろう。

 どうして私は見たこともないベッドで寝ているのだろう。

 どうして私は、


 床で課長さんが寝ているのを目にしているのだろう。


「…………ぬぉぉお!?」


 寝起きドッキリにしてもひどすぎる! 心臓がっ! 心臓が痛、じゃなくて、頭痛いッ!?


「あぐ……ゥ!  ぁ、そうか、私昨日……」


 思いっきり頭を打ち付けて気絶しちゃったのか。ていうことは、もしかしなくてもここは……。


「ん……、ぁぁ……、朝っぱらから…………」


 私の悲鳴が目覚ましとなる。

 目を閉じていても怖かったのに、目を開けた課長さんは寝起きだということも加わって。


「ごめんなさい、すいませんでしたァ!!」


「叫ぶな」


 めちゃくちゃ怖かった。

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酒は呑んでも @chauchau

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