第17話
「そんなわけで今日は大成功だったわけだよ!」
「そうか」
「一年生に頼って、ってのが情けないところだけど、まずは結果オーライだよね」
「そうだな」
「練習の後のごはんにもほとんど残ってくれてさ。結構良い感触な子もそこそこ居たよ」
「そうか」
「せめて十人くらいは新人が欲しいよねぇ」
「そうだな」
かれこれ三十分以上、たっちゃんさんと課長さんの会話。……会話? は続けられているのだけど、九割以上話しているのはたっちゃんさんだった。ていうか、課長さんは相槌しか打ってないし。
「これはもう功労者を労わらないと罰が当たるとなったわけで、そうなったら行きつけの良いお店を教えたくなるのが大学生ってものでしょ」
「そうだな」
「という名目で働いている課長を見に来ただけなんだけどね!」
「そうか」
「あのぉ……」
変わらない仏頂面のせいで、たっちゃんさんとの会話に嫌気がさしているように見えるし、でもきっちり相槌は打っているしで判断の付かない二人に根負けしたのか、正志くんが姫さんにこっそりと話しかけた。
ちなみに、清志くんはよっぽど美人が苦手なのか、正志くんの更に向こう側に座って姫さんのほうをちらちら見ては顔を紅らめている。
「うん? どうかしたのかな」
「やっぱり、僕たちが来たの課長さんは怒ってたりとか……」
「え? ああ、大丈夫大丈夫! あれで彼も喜んでいるから。ね、課長くん」
「悪い、聞いていなかった。何の話だ」
「ちょっとー、課長はオレとしゃべっているんですけどぉ?」
「そっちで店長が寂しそうにしているわよ」
「普通彼氏を差し出すかな? 別に良いですよーだ! 店長! この間の続きしよーよ!」
あれだけ派手に登場した割には、課長さんが飲み物を提供しだすと途端に静かになった店長さんが、たっちゃんさんに声を掛けられてとても嬉しそうに何やらボードゲームを取り出してプレイを開始した。あの筋肉で趣味がボードゲームなんだ……。
「それで、一体何の話だ」
空になった姫さんにグラスをさり気なく回収しながら、課長さんが私たちに意識を向けてくる。呼んだのはこちら側ですが、出来ればずっとたっちゃんさんと話していてほしかったな……ッ!
「いい加減貴方も後輩と仲良くならないといけないって話」
「……」
ひぃッ!?
課長さんのこめかみがぴくっ、と動いた!!
「またそんな顔する。ほら、三人が怖がってるじゃない」
「そッ!! んなことはないで、ねえ、兄貴ッ!!」
「俺!? いや、え、まぁ、えとッ!! 山坂!!」
「この紅茶美味しいなー」
「お前ずるいぞ、それ!」
「女の子に話を投げるあんたには言われたくないわよ!!」
「お前だからだよ!」
「特別扱いされれば誰でも喜ぶと思うんじゃないわ!」
「……確かに」
「「「ッ」」」
ちょっとした喧嘩に持ち込んで場を流そうとしていた私たちのチームプレーは、課長さんのたった一言で崩れ去った。これが、一騎当千の強者というものだというのか……!
「少しは交流を取るべきだとは思っている」
絶対嘘だ。
「ありがと。でしょ?」
課長さんから次のお酒を受け取った姫さんが、とても大人っぽい動作でお酒を唇に付ける。
絶対に交流したいなんて思っているように見えない顔で言うということは、もしかして強面な課長さんも美人には弱いということなのだろうか。
「じゃあ、じゃあ! 千晶ちゃんとかどう!」
「……へ?」
腕を取られて距離を詰められる。おうふ、やっぱり美人さんは良い香りが……、じゃなくて! この人、いま何を言いまして?
「話が見えないんだが」
「千晶ちゃんったら、今日貴方が居なかったから寂しかったらしいのよ!」
言ってませんんんッ!!
そんなことは一言も言ってませんし、何なら安心しきっておりましたがァ!?
「追い詰められた兎みたいな顔しているぞ」
「図星を突かれて恥ずかしい乙女心よ」
まずい、姫さんを止めなければ。ぐっ! ちょ、え? この人、見かけに寄らず力強……ッ! うそ、この私がッ!! こうなったら、新藤兄弟!!
「明日の授業だけどさ」
「一限じゃないのはありがたいよな」
お前らぁぁぁ!! 何を兄弟で話しておりますオーラを出しとるんじゃぃ!!
「それとも、千晶ちゃんが可愛くないと?」
「そういう話はしていないだろう。お前にしては酔うのが早すぎないか」
「仲間を心配する気持ちよ。ずっとそのままで居るつもり?」
「水でも飲んで少し落ち着け」
「またそうやってはぐらかす」
新藤兄弟が当てにならない以上、私に出来るのは可能な限り空気になることだけだった。ていうか、課長さんと姫さんの会話内容についていけていないもん。付き合いが長いから分かる会話されてしまっても、私にはちんぷんかんぷんです。
「山坂」
「はいッ!」
「……。姫の言葉は話半分で流しておけよ」
「え、あ……は、はい……」
「千晶ちゃんは課長くんの言葉には素直に頷くんだぁ」
「水でも飲んでろ」
ま、まずい……気がする。
険悪ってわけじゃないけど、課長さんから少し面倒くさいオーラが出ている気が、する。さっきたっちゃんさんと話していた時とは比べ物にならないほど会話しているはずなのに。
「だ、大丈夫です!!」
ここは、
「は?」
「うん?」
「仮に何がどうなろうとも! わ、私が課長さんとどうこうなることなんてありえませんから! ええ、あり得ませんから!」
すでにどうこうなっているのは棚に上げておこう。こういうのは勢いだと原始時代から決まっているのだ。
「振られちゃったね、課長くん」
「そもそもそういう話でもないだろうが」
「だって私ですし! こ、こんな感じですし! 坪井さんみたいに可愛くもないですし!」
お姉ちゃんの出涸らしだと言われることには慣れているので、別段私にとってはあまり意味のある言葉ではなかったのだけど。
「山坂」
「千晶ちゃん!!」
「「そういうことは言うな(言っちゃだめ!)」」
二人にステレオで怒られた……。
いや、あんたらが空気悪そうだったからはっちゃけただけなのに……。
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