第16話


「どうして僕まで」


「覚悟決めろ。俺はもう決めた」


「兄貴たちだけで良いじゃん!」


「お前は死地に向かう兄に優しさを見せられないのか!」


「無関係! 僕は確実に被害者!!」


 気持ちは分かるけれど、私を挟んで兄弟喧嘩をしないでもらえないだろうか。あと、絶対に聞き耳を立てている前の二人は新藤兄弟の喧嘩に笑っているし。


「まあまあ、別に課長もバイト先に来ただけで怒りはしないって」


「ほ、本当ですか……? 僕だったらバイト先に知り合いが来るとか嫌なんですけど」


「だぁいじょうぶだって! せいぜい、」


「精々?」


「ふふ」


「やっぱり僕帰るぅぅ!」


 気付こう、正志くん。たっちゃんさんが、君で遊んでいるだけだってことに。

 とはいえ、バイト先に知り合いが来るというのは確かにあまり面白いものではないかもしれない。たっちゃんさんみたいな人ならウェルカムで歓迎してくれそうだけど、相手はあの課長さんだ。


「千晶ちゃん以外も面白い一年が多くて今年も良いねぇ、ところで、双子くんたちは何か気付かない?」


 姫さんが微笑みかけると清志くんが分からないように少しだけ私に隠れようとする。こいつ……、かなり美人に弱いんだな。ちょっと待て、私には普通に来るのはどういう了見だ?


 それにしても。はて?

 何か気付くことはないかと言われても、私たちが歩いているのは駅前にある商店街だ。時間も九時を過ぎているので、食事系の店以外は閉まっていることを除けばどこにでもある普通の商店街。


「実は……、ちょっとだけすごい嫌な予感がしてます」


「実は僕も……」


 だというのに、新藤兄弟の顔色が悪い。

 姫さんの言葉に、やっぱりかと確証を得たのようにその顔色はますます悪くなっていく。


「え? なに? どうして二人だけ?」


「待て、まだ答えを言う気になれない」


「そうだよ、僕たちの思い過ごしなだけかもしれない」


 これはもう聞ける空気じゃない。

 やっぱり無理を言ってユイさんか愛菜ピーさんを連れてくるべきだったかもしれない。もっとも二人とも行先を聞いた途端に逃げるように帰ったわけなんだけど。昨日のことをあんなに謝罪してたのに!


「じゃじゃーん! 到着! ここが課長のバイト先だよ!」


「……バー、ですか?」


 商店街から一本だけ路地に入ったところに店を構える一軒のバー。路地に入ってすぐなために薄暗い印象もあまりない。

 店名に「Bar如月」と書かれているから、バーだと分かったけれど、もう少し雰囲気の軽い……、どちらかと言えばオシャレな居酒屋みたいだ。


「「ああああぁぁぁッ!!」」


 そして、どうしてこの双子は店を見るなり頭を抱えて蹲るのだろうか。


「え? なに? なにが二人に起こったの?」


「ふっふん、それは入ってのお楽しみ。ささ、山坂ちゃんは入って入って!」


「今日はわたしと拓哉のおごりだからね」


「はぁ……? って、待ッ! 私もまだ心の準備がッ!!」


 油断しきっていた私は、いとも簡単に三年生コンビに背中を押されて入店してしまう。そう、お客が入れば勿論店員さんが取る行動は……。


「……。いらっしゃいませ」


 ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ! 居たァァアアアア!!

 か、かか課長さん……ッ!! 奥にテーブル席が二つあるものの基本カウンターしかない小さな店内のカウンターの向こうで食器を拭いていたバーテンダースタイルの課長さん! 怖い! 何が怖いって、一瞬の間だよ! お前ら何来てんだ殺すぞ、って言ってた! 絶対に殺すぞって言ってたぁぁあ!!


「もぉ! 相変わらず不愛想だなぁ、げっ! お前らなに来てんだよ!! とかないわけ?」


「はろはろー、ごめんね課長くん、遊びにきちゃった」


 課長さんの殺人フェイスを気にも留めずに二人はずかずかと、って、私の背中を押しながら入るのはやめてくださぃぃ!!


「姫まで来たのか。好きな席に座れ」


「店長さんは?」


「裏」


 慣れた様子でカウンター席に座る二人に、課長さんがおしぼりを出す。結構来慣れているのかな。


「さっき外で新藤達の声がしなかったか」


「ああ、二人も来ているんだよ。まだ現実を受け止めきれてないみたいだけど」


「何の話だ?」


「こっちの話」


「ほら! 千晶ちゃんも立ってないで、ほらほら。ここ、わたしの隣に座りなさいって」


 このまま壁の精霊にでもなりたかったものですが、それを許してくれるわけがありませんよね。ええ……、ていうか、さっきから課長さんが私と目を合わせようとしないんですが。別に合わせたいわけではないけど、それはそれで超絶怒ってらっしゃるとしか思えなくて、もう泣きたい。


「オレはいつもの!」


「わたしもー」


「店員を泣かせる注文をするなと何度も言わせるな。……、お前は」


「ひゃぃ!?」


「……笑うな、たっちゃん」


 悲鳴に近い、というかほぼ悲鳴な私の返事にカウンターを叩いて爆笑するたっちゃんさん。と、彼氏ほどではないが肩を揺らしている姫さんも確実に笑っている……! ひ、他人事だと思ってぇ!!


「全員飯は食ってあるんだろうな」


「うん、いつもの頼々亭のテイクアウトだけどね」


「山坂、アイスティーで良いか」


「なんでも大丈夫です!!」


 たとえ泥水だろうと、出されたものはしっかり飲みます!! 死にたくないので!!


「ここのアイスティー美味しいのよ? 店長さんが水出しで作っている自慢なの」


「へ、へえ……」


 姫さんには悪いが、自慢だと言われたら課長さんの前では味が分からない自慢があるよ、私には。


「ちょぉっと派手な店長さんだけど、見た目はともかく良い人だから」


「山坂ちゃんならきっと気に入るね、絶対に」


「何ですか、その怖さしか感じられない紹介は」


「何と言えば良いか……」


「ちょっとぉぉ! これ見て! アタシの可愛いエンジャルちゃんが二人も落ちてたんですけどォ! これもうお持ち帰り? テイクアウト? どっちも一気に踊り食い!?」


「離せぇええ!」


「もう嫌だ……」


 新藤兄弟を小脇に抱きかかえた筋肉達磨でアフロなヒゲ男爵が扉を突き破らんばかりの勢いで入って来、もうこれじゃん!! これが店長で決定じゃん!!


「こういうこと?」


「あらァん! そこに居るハンサムボーイは麗しのたっちゅんに、小憎たらしい姫の介じゃなぁぁい!」


「はは、おひさ、てんちょー」


「そうでーす、拓哉を奪った姫の介でーす」


 すごい。なにがすごいって店長さんが話す度に全身の筋肉がグアングアンと動き回っている。まるで筋肉が振動して声という名の音を出しているみたいにも見える。


「二人とも全然来てくれなくてアタシ寂しい、あら?」


「は、はじめまして……」


 店長さんと目が合った。


「……」


「……」


 目が合った。


「……」


「……」


 目が、てか、凝視されているんだけど!!


「一年生かしら?」


「そぅ、うちの新人だよ」


「じゃあ、かもめのお箸に入るのね」


「そうだよ! 良いでしょ!」


「じゃあ、アタシが食べて良いのね」


「駄目かなー?」


「どうしてェん!?」


「これ、店長のいつもの冗談だから気にしないで良いよ。可愛い女の子見るといつもこれ言うんだけど、店長は男にしか興味ないから」


「は、はぁ……」


 では、いままさに貴女の彼氏さんが絡まれているのは良いのでしょうか……。

 うん? 男にしか? いや、なんとなくそうだろうとしか思ってなかったけど、それってつまり。


「新藤兄弟は……」


「手遅れなんじゃない?」


「遅れてねぇええ!!」


「ていうか、助けてくださいよ!! 店長もいい加減に離してください!!」


 ずっと小脇に抱かれたままだった新藤兄弟が大暴れする。すごいなあの店長、二人だって決してひ弱じゃないはずなのに、小脇に抱えるあの恰好からびくともしていない。


「駄目よ。休みの日に来てくれた貴方達が悪いの。今日はもう帰さないわ」


「じゃあせめて正志だけで良いだろ!」


「兄貴それは本気で見損なった!!」


「と、いうわけでネタ晴らし!」


 店長さんの腕の中で兄弟喧嘩を始めた二人を遮って、たっちゃんさんがじゃじゃん! と指を突き上げる。


「新藤兄弟のバイト先は、なんと! 課長のバイト先と同じでここなのでしたー!」


 あー……、だから嫌な予感。

 ていうか、いままで知らなかったのかな?


「聞いてねえぞ!! サークルの先輩がここに居るって!!」


「あらやだ。言ったら浮気するでしょ?」


「浮気もなにもあるかァァァ!!」


 店長さんが口止めしていたようです。

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