第15話
その日の練習は大成功だったと言えるんじゃないだろうか。
坪井さんが連れてきた人たちとか、室内練習ならと昨日は帰ってしまった人たちとかで最終的には一年生だけで十名は軽く超えていた。若干私のガラスハートにヒビが入っていたけれど。
先輩方も昨日、一昨日と見たことがなかった人たちはやっぱり三年生だったらしく、それなりの広さがあるはずの中会議室が狭く感じるほどだった。
そして、これだけの人数が集まったと成れば。
「かんぱぁぁいい!!」
練習のあとは飲み会を開くしかないってわけですよ!
とはいえ、居酒屋での飲み会ではない。学生会館から少し離れたところにあるサークル棟の前で行われるごちゃごちゃした宴会だ。
「あの授業取ったんだ、去年の過去問あげよっか?」
「絶対にうちにおいでよ! 君、絶対に映えるから!」
「一番! 橘唯、歌いまーすッ!!」
たっちゃんさんの号令で始まった宴会は、最初からクライマックスで、最早訳が分からないほど混乱を極めていた。
「お前、どんだけ飯取ってんだよ」
「出たわね、裏切者」
「意味わかんねえし」
練習には参加しないで宴会の準備をしていた先輩方が準備してくださっていた大量の焼き飯や焼きそば、から揚げに麻婆豆腐。まさしく日本風な中華を紙皿いっぱいに取っていたら声を掛けてきたのは、缶チューハイ片手の清志くん。もとい、裏切者。
「あんたも……ッ! あんたも私と一緒で友達出来ない組だと信じていた!」
「勝手に巻き込むな」
分かるだろうか。
坪井さんは美少女なので良いとして。正志くんは礼儀正しいから良いとして。清志くんも面倒見が良さそうだから良いとして。
じゃあ、良いんじゃないかって? 正論なんか聞きたくないんだ!!
「むしろお前に友達が居ないほうが意外だよ」
「高校までは普通に居たんだけどさぁ」
「ふぅん……、まあでも、そのなんだ……」
「俺たちが居るだろ? 的な台詞なら間に合ってまーす」
「こいつ……ッ!!」
「おやおやぁ? くんかくんか、青春の香りがするぞぉ!」
ぷるぷると怒りに震える清志くんを後ろから抱きしめるのはたっちゃんさん。缶チューハイの中身を零さなかったのはナイスだ。
「意味わかんないってか、重いっすよたっちゃんさん!」
「これが先輩の重みである」
「なおさらに意味わかんねえ!」
傍から見るとイチャついているように見えるのでとりあえず写真を撮っておこう。いつかの脅しのために。
「あれ? 山坂ちゃんは飲まないの? 飲めないってわけじゃないよね」
「あー……、ちょっとまあ」
「別に良いんだけどね! むしろ飲まないほうが良いんだよ、こんなものは!」
「たっちゃんさんが持っているものはなんすか」
「ウイスキーだよ? 飲む?」
乾杯して速攻でウイスキーに手を出すとか、どんな飲み方しているんだろう、この人は普段。
「それはそうと、今日は二人ともありがとうね」
「はい?」
「何すか、急に真面目に」
「昨日のことで色々動いてくれたんだって? そういうのはこっちがしなきゃいけないのにさー! いやもう先輩として情けないのなんの、うっうっ」
「泣きながら酒飲まないでくださいよ」
「きよっちゃんは真面目だなー、課長みたい」
「ごふッ」
突如現れたパワーワードに、口にしていたオレンジジュースが変なとことに入ってしまった。
「課長って、水日がバイトでさー。せっかくの宴会なのにもったいないよねぇ? ねえ、山坂ちゃんも課長が居なくて寂しいよね」
「げほ、……え。ええと、その、まあ。そ、そうですね?」
お酒の香りとあの人の名前を聞くと、どうしてもあの日のことを思い返してしまう。
これで少女漫画、いや、女性向け漫画か。みたいに赤面すれば恰好も付くんだろうけど、私の言動がひどすぎてむしろ血の気が引いてしまいそうだ。
「顔色悪いぞ……」
引いてしまっていたらしい。
口は悪くても誰よりも先に心配してくれる清志くんはやはり面倒見が良い。きっと……、苦労するだろうな。
「このタイミングでどうしてそんな慈愛に満ちた目になるんだ、お前は」
「あっはっは! やっぱり山坂ちゃんは面白いなぁ!」
「あっ! その子が噂の山坂さん?」
笑うたっちゃんさんの声に釣られて私たちの輪に一人の美女が加わった。ええと、確か。
「そそ、きっと姫も気に居るよー!」
田中姫さん。
かもめのお箸の最高学年、つまりたっちゃんさんと課長さんの同期で、そして。たっちゃんさんの彼女。
可愛い方向に美少女な坪井さんとはまた違う、美しさ方面に特化したモデル顔負けの美人さんだ。まあお姉ちゃんには負けるけどね!!
「練習ではチームが違うからあんまり絡めなかったんだよねー、こんばんはで初めまして、三年の田中姫です。苗字が好きじゃないから、姫って呼んでね」
「はッ! はじめましてっ!」
「何を緊張してんのよ、何を」
「だっ! ばっ!」
これだから男って奴は。
「そういう山坂ちゃんも涎零れているっていうのがね」
「本当……、この子才能あるわぁ……」
「山坂千晶! 美人には目がありません!!」
「度胸もあるわぁ……」
「ふっふーん! 姫はオレの彼女だからあげないよーん!」
「ええ!?」
「待とうか、どうして姫が驚くのかな?」
「彼女!?」
「そうだよね!? もう一年以上になるよね!?」
「ええ!?」
その後もたっちゃんさんが何を言おうとも驚き続ける姫さんは、なかなかに良い性格をなさっているのだろう。だが問題はない! だって美人だから!! むしろご褒美みたいなものですよね!!
「それで、何の話をしていたの?」
「ああ、課長が居なくて山坂ちゃんが寂しがっているって話」
あれだけ二人の世界を展開しておいて、普通に帰ってきたよこの二人。ていうか!
「まぁ! あらあらまあまあ!」
「恰好のおもちゃを見つけたみたいな目をしないでください! ていうか、たっちゃんさんも嘘を言わないでくださいよ!」
寂しいどころか、今日一日申し訳ないけれどとても安心出来たというか……。悪い人じゃないことは分かるんだけど、あの顔が……。
「あのぉ……、課長さんって、どうしていつもあんな感じなんですか……?」
「あんな感じって?」
ある意味勇者と言えようか。清志くんの意を決した質問に、たっちゃんさんは……、なんだかとても嬉しそうだった。
「えと、えー……」
「怖い?」
「……はい」
助け船どころか、重火器でぶっ放す姫さんの言葉に清志くんは素直に頷くしかない。
「顔は生まれつきだからだけど、課長のあれはもうただの性癖だよね」
「もう少しマシな言い方しなさい。真面目で心配性で優しいのよ、彼」
「俺の次にね!」
「ええ!?」
「まだそれ続ける!?」
姫さんの言葉は、否定しにくいところがある。確かに、あの日も助けてくれたし、怖いけど練習の時もいつも周りを見ていた気がする。だから余計に怖いんだけど。
「とはいえ、怖がられているのは考えものよね」
「二年もだけどね、いい加減に慣れたら。あ、そうだ!!」
私の勘が告げている。
そうだ、と手を鳴らしたたっちゃんさんの案が絶対に碌なわけがない。というわけで。
「あ、私ちょっとごはんを……」
「俺もそろそろ正志のところに」
「このあと
逃げられない。回り込まれてしまった。
すっごい笑顔で私たちを掴んで離さないたっちゃんさんと姫さんに、私と清志くんは青ざめるしかなくて。
「はっくしょん!!」
「うわ、どないしたんや正志くん!」
関係ない所に巻き込まれた正志くんがくしゃみをしたとかしなかったとか。
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