第14話


「おはようございまーす!」


 水曜日は三限しかない私は、講義が終わると同時に大学会館の中会議室へとなだれ込んだ。課長さんが何をしたのかまでは分からないけれど、今日はあの天王寺さんに邪魔をされることはなかったみたい。


「あ。山坂ちゃぁぁん!!」


「橘さふがッ!?」


 新藤兄弟が居たらまた怒られる勢いで入室してしまった私以上の勢いで、タックルしてくる橘さんに思いっきり押し倒されてしま、おおふ、いい匂い……。


「ポチから昨日のこと聞いたんだよぉ! ごめんねぇ! あたしが居ないでの外練なんて寂しかったよねぇ!」


「え、特に……」


「ガーン!」


 良かった。

 昨日の今日で少し心配だったんだけど、橘さんはいつも通りみたいだ。あとは……。


「……ごめんな、急に居らんなってもうて」


 やっぱり愛菜ピーさんのほうかもしれない。

 入り口付近で私を押し倒すなんて、分かり易いツッコミ案件に口を出すこともなく、少し距離を取ってまるで叱られた子どもみたいにしょげてしまっていた。


「あ、あの私は別に」


「そうだよ! 愛菜ピーが悪いんだからね! もっと謝って! あたしに!」


「……ごめん」


 これは重症だ。

 えへんと胸を張る橘さんにお前に謝るんかい! とツッコミを入れないだなんて、このままじゃまずい!


 でも橘さんに抱きしめてもらっているというご褒美から動けない私にどうすれば良いのか! ああ、なんかとっても良い匂、


「痛ぁああ!?」


「おはようござ、うわ!? どうしてンなところにいるんだよ、馬鹿!」


「なにかすごい音したけど、大丈夫? って。山坂さん? それに橘さんも何をしているんですか」


 アニメの如く私の頭上に星が輝いた。確かに入り口でごちゃごちゃしていた私が悪かったかもしれないけれど……。けど!!


「もうちょっと中のこと意識して扉くらい開けなさいよ!」


「そんな所で遊んでいる奴に言われたくねえわ! だいたいお前だってどうせ思いっきり扉開けるだろ!」


「当たり前じゃない!」


「じゃあ人のこと言う立場かッ!!」


 私の頭にたんこぶを作ってくれちゃった清志くんと、正志くん。

 そういえば、二人も三限で今日は終わりだって言ってたっけ。


「もぉ、二人ともそんなところで喧嘩したら駄目だよ? めっ」


「ちなみに、どうしてこんなところで寝転んでいたのですか?」


「え? あたしが山坂ちゃんを押し倒したからだけど?」


「……それ、元凶は橘さんなんじゃ……」


「ちょ、愛菜ピーさん! この馬鹿と橘さんに何か言ってやってくださいよ!」


「え、あ、う……えと」


 正志くんの正論と、清志くんからのヘルプに、愛菜ピーさんがおろおろとどうしたら良いか分からない状態になってしまっている。姉御肌に見えてもしかして逆境に弱いのだろうか。


「そういうこった」


 ぽん、と愛菜ピーさんの背中を叩いたのは今日も頭が二色に分かれた見た目だけは派手なポチさんだった。


「ポチ……」


「このままユイの馬鹿放置してたら溜まったもんじゃねえっての」


 ポチさんの言葉に、そうだそうだと頷きている他の二年生の皆さん。見たことない人も居るけど、もしかしてたっちゃんと課長さん以外の三年生だろうか。


「…………すまん」


「ふっふーん! そうだよ! このままあたしに自由にさせても良いっていうのなら、ていうかそもそもこのあたしを自由にしないことこそ人類にとっての損失と痛ったぁい!?」


「人が落ち込んでる時にはしゃぐなど阿呆!! だいたい一年押し倒すんもやし、入り口付近で遊ぶな馬鹿!!」


「ちょっとぉ!? いきなり復活し過ぎじゃない!?」


「ごめんな、山坂。ちょっと昨日のこと引きずり過ぎたわ」


 そう言って手を伸ばしてくれる愛菜ピーさんはまだ少しだけ無理をしているようにも見えたけど、でも、さっきまでよりずっと明るい顔をしていた。


「いえ! 愛菜ピーさんが元気になったみたいで良かったです!」


「山坂ちゃぁぁん……! あたしは? 殴られて可哀そうなあたしは?」


「自業自得かな、と」


「ヒドイッ! ひどいわ! うわぁぁぁぁ!!」


 泣き真似で駆けていく橘さんが、指差して笑うポチさんに飛び膝蹴りを喰らわせる。ああ、これだよ。これこそ私が好きな空気だよ。


「愛菜ピーさん。昨日のことは山坂さんと坪井さんから聞きました」


「あー……、情けない先輩ですまんなぁ」


「正直、聞いていて僕もムカつきました。ので」


 にっこりと笑う正志くんが、扉に手をかける。

 そういえば、昼ご飯の時に言っていたけど、なにか手を打ったのかな。


「出来るだけ声をかけてみました!」


 扉の向こうには、始めて見る男の子が三人も待機していた。


「え、誰なのこの人たち」


「俺と正志の友達」


「どういうこと?」


「盛り上げようって言ったじゃねえか。だからまだサークル決めてないやつらに声をかけてだな」


「じゃなくて」


「うん?」


 そういうことじゃない。

 清志くんが頭上にクエスチョンマークを浮かべているが、そんなことよりも!!


「どうしてもう学部に友達が居るのさァ!!」


「……お前、学部でどんな扱い受けてんだよ」


 私が、私がどれだけ友達作りに苦労しているというのか!

 性別か? これが性別の違いとでもいうのか!! そうだ、そうに違いない! きっと私が女で、彼らが男だからこれだけ難易度が、


「あ、そういえば坪井さんも四限が終わったら友達と一緒に来るって言ってたよ」


「げふッ!?」


「や、山坂!?」


 正志くんの何気ない一言が私にトドメを刺した。

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