第12話


「づっ! がれだぁぁぁああ!!」


 本当にこの広い構内を走り回ってきたらしいたっちゃんさんは、私たちが準備運動なり筋トレなりを終えて休憩しているタイミングで戻って来てそのまま倒れ込んでしまった。


「あ、あのぉ……大丈夫ですか?」


「あぅぁぅ……、坪井ちゃんは優しいねぇ……」


 慌てて駆け寄る坪井さん。さすがは美少女は心も綺麗だなァ!


「それに比べて、一年以上一緒に居てるくせにまったくもって心配とかしないのかお前らはッ!!」


「一年以上一緒に居るから心配しないんスよ」

「てか、たっちゃんさんが勝手に言い出したことだし」

「たっちゃんさんが構内ダッシュ程度で倒れ込むとかありえないから。坪井さんが心配するんでその嘘倒れやめてくださいよ」


「先輩に対する愛がない! ほんっとうにない!!」


 ぷんぷん起こりながら立ち上がるたっちゃんさんは、さっきまでのヘロヘロ状態が嘘のようであり、え、ていうか


「いまの演技だったんですか?」


「後輩たちに傷つけられてショックなのは演技じゃないよ」


「あ、そういうのは良いんで」


「見てよ! すでに山坂ちゃんのオレに対する対応がこうなっているじゃないか!!」


 自業自得だ、と口々に言い合う二年生のなかに飛び込んでいくたっちゃんさんを見送りながら、なんだかんだで本当に演技上手いんだな、と感心してしまう。


「……騙されてしまいました」


「あれは、騙されるよ。見てよ、あんなにかいてた汗までもう引いているし」


「二年であそこまでなれるんですかね?」


「ど、うなんだろう……」


「あいつの演技の巧さは抜きん出ている。あそこまでになるのは少し特別だ」


「あー、やっぱりそうなんですね。まあですよね、あそこまで上手なの……って」


「どうした」


「ナンデモアリマセン」


 し、んぞうが止まるかと思ったッッッ!

 なんで? どうしてあなたが居るのよ課長さん!? ていうか、いつ来た! いつ来たのどうしてするっと会話になんでもないように入ってくるの! あなたはそういうキャラではないでしょう!

 見てよ、坪井さんの瞳がキョロキョロと明後日の方向に動きまくっているじゃない! 私の坪井さんになんてことをするのとちょっと文句をすいません嘘です無理ですごめんなさい偉そうなことを言って本当にごめんなさい許してください!!


「あ、課長! おっつかれ~! どうだった?」


「詳細はあとで話す。とりあえず残りの期間の使用権は抑えたから今日みたいなことはないはずだ」


「さっすがァ! 課長に任せてやっぱ正解だったよね!!」


 課長さんがたっちゃんさんのほうへ行ってくれたおかげで、私と坪井さんは重い空気から解放された。

 それにしてもどうやって抑えたんだろう……。やっぱり、学生会館の人……。何人か海に浮かんでいるのかな……。それとも、沈んでいるのかな……。


「び、……びっくり、しました」


「私なんか死んだかと思った……」





「よぉっし! せっかく新入生は山坂ちゃんと坪井ちゃんの二人だけだから予定変更しよっか!」


「何するんスか」


 昨日と同じく発声の前の喉の準備運動をしていると、元気よく宣言するたっちゃんさんに、ポチさんが疑問の声を投げかける。ちなみに、課長さんは全体が見える一番後ろのポジションをキープしている。粗探しだろうか……。駄目な部分あったら目の前の池に押し込まれるんだろうか。


「今日も喉の準備だけのつもりだったけど、もうこのまま発声までいっちゃおう! てなわけで、まずはハウリングかな! 別名を犬の息! ということで、ポチかもーん!!」


「はいッス」


 こうして、遂に……といってもまだ二日目なんだけど、ちゃんと声を出す稽古に取り組むことになった。

 実際少し恥ずかしかったのは本音だけど。みんなでやれば怖くないというか、先輩方の声量が本当にすごかった。隣に居る坪井さんの声より、離れたところに居る先輩の声のほうが聞こえてくるんだからさすがは先輩なんだ、と実力を見せつけられた気分だった。


「じゃあ、そろそろ良い時間だし、早口言葉で終わろうか。一応、ここまでのが準備運動ということになるよ。だから、本格的にうちに入ってくれて舞台に向けた稽古が始まったら最初の一時間くらい使ってここまでしてから、それぞれの劇の稽古に入る感じかな」


 私と坪井さんがヘトヘトになっているのに、先輩方は少し疲れている様子はあってもまだまだ大丈夫そうであった。体力に自信はあるのに普段やらないことすると疲れる……。


「早口言葉だけど、まずはお題を出す人がゆっくり一回言ったあと、みんなでゆっくり一回言います。そのあと、お題を出した人が三回連続で早口で言って、みんなも。ってのがうちのやり方なんだ。じゃあ、まずはオレからいくねー!」


 とても楽しそうに腕をぐるんぐるん回して、たっちゃんさんが張り切っている。


「あのたけがきにたけたてかけたのはたけたてかけたかったからたけたてかけたのだ! はい!」


「え? あのたけが、え?」


 ちょ、ちょっと待って。いまなんて言ったの!?

 坪井さんも困惑しているみたいだから、分からないの私だけじゃなかったみたいだけど。


「たっちゃん、さすがにいきなりは難しいだろ。少しなんて言ったか解説してやれ」


「おっと、オレとしたことがごめんごめん!」


 うぉッ! びっくりした!

 いままでずっと黙っていた課長さんがいきなり話し出すんだもん、ああ、もう心臓に悪い。


「えっと、あそこの、竹垣にね? 竹を、立てかけたんだよ。それは、竹を立てかけたかったから、だから、竹をたてかけたんだ。ってやつなんだけど。それを早口言葉風に言うと、あの竹垣に竹たてかけたのは竹たてかけたかったから竹たてかけたのだ。ってなるんだ、一度ゆっくり言ってみて」


「あ。のたてたて……、じゃない、たけがきに……ええと?」


「あのたけがきにたてがきを、あれ……?」


「あの竹垣に。竹たてかけたのは。竹たてかけたかったから。竹たてかけたのだ」


 ふぉぉぉ! わ、からねぇ! いや、分かるんだけど! 分かるんだけど、実際に口に出すとどこかが変になる……! 早口言葉って案外難しい……!

 先輩方に必死にフォローしてもらいながら、なんとかかんとか私と坪井さんは早口言葉をクリアするのでした。

 く、悔しいぞこれ……!!

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