第11話


「見てよこの空! こんなに晴れた空の下に居るのに、しかも新入生二人も居てそんなくら~い顔してたらオレまで悲しくなっちゃうよー」


「何かあったのか」


 その場でくるくる回り出すたっちゃんさんを押しのけて、課長さんが怖い顔を更に険しくして聞いてくる。


「ひッ、ぁ、いや。ええと、ですね……」


 しどろもどろになりながら、ポチさんが現状を丁寧に説明していく。

 その間、私と坪井さんは怒られないよう別に悪いことはしていないが小さく縮こまっていた。


「あちゃぁ……」


「またあいつか」


「それで、ポチ達はここに居たってわけだね」


「はい……、勝手に行動しても駄目だと思ったんで」


「いや、良いよ良いよ! その判断はナイス! ね、課長」


「ああ、そうだな」


「よぉっし! それじゃあ今日は外練に切り替えよっか! 課長!」


「ちょっと待ってろ」


 スマフォを取り出した課長さんがなにやら調べ物を始めていく。

 しばらくすると、彼のスマフォがぴこんぴこんと鳴り出した。


「亀池なら問題なさそうだ」


「おっしゃーい! んじゃ、ポチ! 君はその二人を連れて亀池を占領しに向かうのだ!」


「ラ、ラジャーっす!! よし、二人とも行こう!」


「え? あ、はい!」


「わ、分かりました」


 何が何やらといった感じだけど、返事をする。坪井さんも私同様にクエスチョンマークが浮かんでいたが、とりあえず素直にポチさんの後に付いていくことにする。


「ポチさん、亀池って?」


「あー、正式名称なんだっけ……、第一食堂の裏手に大きめの池あるの知ってる? あそこってウッドデッキがあるから軽くなら練習出来るんだよ。しかも申請とか必要なくてある程度の常識守れば使いたい放題」


「あ。では、たっちゃんさんが仰っていた外練というのは」


「うん、そのまんまで外で練習するってこと。ちょっと恥ずかしいかもしれないけど、どうせいつかは人前で演技披露するんだし逆にちょうど良いかな」


 なるほど。確かに少しだけ恥ずかしい気持ちはあるけれど、ポチさんの言う通りいつかは人前で演技をするのだから今のうちに慣れておいてそんはない、はず。それに第一食堂の裏の池といえば、あまり人も通る人も見たことないから想像しているよりは恥ずかしいこともない、かな?

 少し気になって後ろを振り返ると、課長さんが会館のなかへと一人で入っていくのを見てしまった。……、何かする気なんだろうか。怖いけど、確認する方がもっと怖いので見なかったことにしようと心に決めた。


 会館から少し歩けば、私たちは亀池へとたどり着く。思った通り、時々通過していく人が居るくらいでほとんど人は居なかった。そういえば、


「どうして亀池って言うんですか?」


「見た感じですけど、亀も居ないようですね」


「ああ、なんかむっかしにここで超絶でかい亀のボスが出た! って噂が流れたことあるんだって、だから亀池」


「え、それ本当に居たんですか!」


 居たのだとしたらちょっと見てみたい。


「んにゃ? 暇な連中が池の中漁ったらしいけど、普通の亀すら居なかったらしいよ」


「なんだ……」


「わたしとしてはそのほうが安心しましたけど」


 露骨にがっかりした私を見て、くすくすと坪井さんは笑う。

 そのあと、三人で適当に駄弁りながら待っていれば二年生の先輩達が集まってくる。でも、


「愛菜ピーさんたち、来ないね」


「うん……」


 どこかへ走っていってしまった愛菜ピーさんと追いかけていった橘さんがまだ戻ってこない。あのあとたっちゃんさんから場所変更の連絡はいっているそうなので、知らないということはないはずだけど。


「まあ、頭に登った血を下げる時間が欲しいんだよ。大丈夫、ユイが一緒だし」


 明るい調子でポチさんも言ってくれるけど、さっきからチラチラとスマフォを確認しているのを知っている。なんだかんだで心配なんだろうな。

 ほかの二年生の先輩達は、練習場所変更の事情をポチさんから聞いてからずっとあの天王寺さんの悪口を言っている。聞こえてくる話からするに、これが初めてではないみたいだ。本当に性格悪いんだな、あの人。


「はいはーーい! ごめん、待ったー? ううん、今来たとこ!」


「おはようございまーす」

「後半の台詞はせめてオレらに言わせてくださいよ」

「てか、天王寺のやつまじどうにかしてくださいよ、座長ぉ」


 一人小芝居をしながらやっぱり適当な感じでたっちゃんさんがやってくる、あれ?


「あの、課長さんは……?」


「ああ、課長はちょっと別件で遅れてくるよ。あ、もしかして居ないと寂しい? ねえねえ寂しい?」


「えぇと……」


「あっはっは! その顔正直でよろしい!」


 こ、この人……!


「たっちゃんさんそれうざいっすよ」


「ポチは一人でB棟前で全力スピーチけってーい」


「すんませんっしたァ!!」


 手本になるほど美しい土下座を決めたポチさんをスルーしてたっちゃんさんの号令の下、私たちは準備運動を開始する。ポチさんは涙を流しながらB棟へと向かっていった。……すごいなあの人。


「あの……」


「ほいほい、坪井ちゃん! どうかした?」


「今日は他の一年生は……」


「それがねえ、会館前に居た時に来た子に外でやるって言ったら帰っちゃってね。一応二年の一人に立ってもらってるけど、まあ君たち二人だけじゃないかな、今日は」


「そう、ですか」


「考えようによってはみっちり練習出来るってことさ! ものは考えようってね、てなわけで二年生諸君! 今日はこの二人をみっちり教えこむのじゃ!!」


 若干言動が鬱陶しいこともあるけど、確かに言う通りかな。このまま気分下がって練習したらあの天王寺さんの思うつぼだろうし。うしッ。


「そうとあっちゃ、私たちで盛り上げていかないとね、坪井さん!」


「そ、そうですね! 頑張ります!」


「おッ! 一年生がやる気満々だぞ!」

「こうなれば、我が右腕のこのへんに封じられている真の力を解放するしかないようだな!」

「ベッドから落ちた時にちょうど眼鏡があって怪我したやつな」

「怪我より眼鏡買いなおす金が痛い」


「おーっし! みんなその調子だ! じゃあ、このまま全員で構内ダッシュだ!」


「「「一人でどうぞ」」」


 泣きながら駆けていったたっちゃんさんを見送る。

 その後、暗い顔で戻ってきたポチさん達と昨日と同じく練習をするのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る