第6話
「はい、全員ちゅうもーーくッ!」
パンパン。
打ち鳴らす手の音に視線を向ければ、部屋の中央で仁王立ちする愛菜ピーさんの姿。彼女は全員の視線が集まったのを確認し、話し始める。
「ほんまやったら、三年の座長が今日仕切る予定やったんやけど、ちょい遅れてしまうらしいから先に自己紹介だけでも進めておこう思います、新入生はこっちへ。他はそのへんに適当に並んで」
「こっちの扱い雑じゃね?」
「うっさい、ポチは黙っとけ」
「ひでぇ!」
どっと笑いが起こりながら、全員が指示された通りに分かれていく。私を含めた新入生四名が愛菜ピーさんの隣に並んでいき、先輩方が私たちをわらわらと取り囲んでいく。
「いきなり自己紹介言うても、あれやからまずはウチからな。ウチの名前は嶋井愛菜。経済学部二年やから、あんたらの一個上。演劇は、大学になって初めてやったから実際まだ一年しかやってへん」
「そしてあだ名は愛菜ピー!」
彼女の言葉を遮るように、橘さんがよく通る声を出す。
「どやかましいッ! はぁ、まあ今の阿保とよう組んで色々やったせいで、びっくり箱コンビと不名誉な名で知られてはおるわ。そんなわけで、よろしゅう」
「あれ? 普通じゃん、全力スピーチとかでしないの?」
「ほならポチは強制な」
「すいません、許してください」
「この阿呆も放っといて、ほな、このまま先にウチらから自己紹介しよか。言うて、いまここに居るんは全員二年でな。三年はあとで座長が来るわ」
そこから、二年の先輩方が自己紹介をしてくれた。ポチさんの番になった時に、全力スピーチでやれという合いの手が入り、必死で断るポチさんであったが、多勢に無勢で負けてしまう。新入生組は全員全力スピーチの意味が分かっていなかったのだが、つまりは、話す内容を全て自分が持てる最大のテンションで、かつ、最大のボリュームで、更には身振り手振りも内容に合うように最大で演じるという……なんとも苦行であった。
しかも、その場の全員が審査員になるようで、少しでもテンションが落ちてきたと思われれば野次が飛ぶ。伝えてくる内容は他の皆さんと同じだったのだが、その熱の高さに圧倒されてしまい、
「ど、どうだった……? ぜぇ、ぜぇ、……!」
「逆に内容を覚えてません」
「ちきしょぉぉおお!!」
部屋の隅へ泣きながら走っていくポチさんにはなんだが悪いことをした気分になってしまった。
「よくやったわ、山坂ちゃん」
橘さんには褒められた。
その後、私たち四人も無難に自己紹介を行って、座長さんとやらが到着するまでに先に着替えようかということに話はまとまった。
「着替え室とかはあらへんから、申し訳ないけど女子はトイレ。男子はここで、嫌やったらトイレで着替えて。ほなら一回解散」
「よぉし! 女子二人はこの看板女優唯様についてきなさい!」
愛菜ピーさんの号令が下ると慣れたもので皆さんすぐ行動していく。女性陣は持ってきた着替えを持って部屋を出て行くし、男性陣はその場ですぐにパン一になってしまっている。
中学生の頃に、女子を虐める男子をすっぽんぽんにひん剥いて校門に縛り付けたりしていた私にとっては男の下着姿などどうでも良いことだが、美少女の坪井さんとかは照れてしまうのではないだろうか! 美少女の照れ顔とか超見たい!!
「…………」
「あれ?」
「え? ぁ、は、早く行きましょう!」
おかしいな。目の前の坪井ちゃんが一瞬血走った目で服を脱ぐ先輩方を睨みつけるように凝視していたような気がしたんだけど……。
「どうしたのー! 二人とも行くよ!」
「ほら! 橘さんも待たれてますし! はやくはやく!」
「お、おおおっ」
「つ、坪井さんその恰好は!!」
「あ、あはは……、引っ越してきたばかりでまだ服もあまりなくて。高校の時の体操服なんだけど、ダサいよね……?」
美少女in芋ジャージ!!
なんということでしょう。普通であればだっさいの一言で終わってしまう紺色のジャージを美少女が着ることによって生まれるギャップ! この可愛さの前にはパリコレクションだって裸足で逃げだしてしまうよ! もう焼肉のタレなんて目じゃないくらいにこの光景だけでごはんが進んでしまう! ああ、もう!
「ごはん三合にしておけば良かった……!」
「何の話……?」
もしかしたら終わったあとみんなでごはんに行くかもしれないと二合しか炊いていないのに。いったい私は何を食べれば良いというのだろうか。
「食パンか……」
「ね、ねえ!? いったい何の話!?」
「なんやろうな……、この子からも若干の唯と同じ香りを感じる」
「え? 美少女臭?」
「無味無臭やんけ、はいはい、戻るでー」
部屋に戻れば、男性陣は当然として、他の女の先輩方も皆さん戻っていた。さすがは慣れている早い。
「座長、まだ来てへんの?」
「さっき会館に着いたって連絡着た、もう来るはず、お」
「はーーい! みんな遅れてごめんねぇ~? 座長のたっちゃん登場だよーッ!」
細目のキツネ顔な茶髪の男性が、高いテンションで扉を開けて部屋へと入ってくる。若干軽そうだけど、優しそうで良い人そ、げッ。
「おはよう」
座長のあとに入ってきたのは、明らかに場違いな恐怖を全身から放っている課長さんだった。そういえば、あの人トイレに行くと言ってたけど、まさか今までずっとトイレに行っていただろうか。
座長に、遅いっすよー! と軽口を叩こうとした男の先輩は、そのあとに入ってきた課長さんの顔を見て、手をあげたまま硬直してしまう。あの人一年一緒に居た後輩にもここまで怖がられるってそこんところどうなのよ……。
「お、はようございます! たっちゃんさん、課長さん!」
「ごめんねぇ、教授の話が全然終わらなくてどこまで進んでる?」
「あ、ああ、……、はい、えと、自己紹介は終わって、いま着替えて来てもろうたところです」
私たち新入生四人組も、固くなった空気を感じ取って出来るだけ目立たないようにまとまって小さくなっていた。
「おっけ、おっけー! ありがとね、愛菜ピー! ほんじゃあ、申し訳ないけど先にオレらの自己紹介済ませちゃおっか! ほら、課長も隅に行こうとしないでこっち来る!」
ひぃぃ! 座長さん、あの課長の腕を掴んで無理やり引っ張って! 見てよ、あの不機嫌面……! あの人あとで殺されるんじゃないの!? 大丈夫なの!?
「こほん! オレは、木下拓哉! ひと呼んでもう少しでキムタクになれた男! 『かもめのお箸』の第五十六代座長にして、理工学部の三年生! 役者もするけど、演出のほうが最近は多いかな? あと、裏方としては照明をしてるから新入生はぜひ照明へ! もう本当に楽しいからぜひ照明へ!! ていうか全員もう照明で良いよね!」
「ちょ、こらァ!? ずるいぞたっちゃんさん!」
「そういう抜け駆けは禁止って言ってたじゃん!」
「しかも言い出しっぺあんたのくせに! 最低だぞこの座長!」
「それが良いなら音響! 音響のほうが楽しいよ! もう音なくして劇なんか成り立たないから!」
「阿保か! それいうなら舞台だろ!」
「あ? おま、舞台美術なくして、そもそも舞台が出来ると思ってんのか!」
座長さんが話し始めると、その場の空気が明るくなっていく。見た目もそうだけど、なんだろうか声を聞いていると安心する人だなぁ……。
「えーい、鎮まれ! 鎮まれ愚民共!」
「「「誰が愚民だ!!」」」
「あっはっは! まあ冗談は置いといて、いま聞いてわかったと思うけど、あだ名はたっちゃん。たっちゃんさんでも、座長でも、イケメンでも、スーパーヒーローでも好きに呼んでちょーだいね!」
「「「イッケメーーン!」」」
二年の男の先輩方による低い声が響く。
「やめなさい。まじでやめなさい。さて、ほんじゃあ次ね」
ごくり。
じゃじゃーん! と軽やかにたっちゃんさんによって紹介された課長さんは、え? さっきのやり取り聞いていた? どうしてそんなテンション低いの、ていうか、顔怖いよなに考えてんの。と全力で叫びたいほど恐ろしい顔で私たちのほうを睨みつけてくる。
「三年の加藤朝二だ、よろしく。短い間かもしれないが、仲良く出来ると嬉しい」
嘘つけぇ……!
仲良くする気がどこにあるんだその顔に!! 誰か、誰か突っ込んで、無理ですよね、ごめんなさい!
「演劇経験者が居るのかは知らないが、あまり無理をして怪我をしにゃ」
にゃ?
とうとう私の耳と脳が壊れたかと思えば、壊れたのは目のほうだった。
まるで、たっちゃんさんが課長さんの頬を後ろからそぉっと手を伸ばしてびよ~んと伸ばしている風景が視界のなかにってぇえええ!!
「みてみて~、課長のほっぺたぷ~にぷにぃ!」
ひぃぃいい!? あな、あなたいったい何をして、!? そんなに命が要らないんですか!?
「にゃにをふふ」
「ぶはっ! にゃにをふふだって! ねえ、みんな聞いた? もう、傑作!!」
いやいやいやっ! たっちゃんさん気付いて! 周りの皆さんの顔色気付いて!? なんかもうこの世の終わりみたいな顔に皆さんなっちゃてるから! もう本当に危ないから!!
「ていうか、課長のほっぺたまじで柔らかいんだけど、え、なに食べたら成人男性がこうなれるの? ちょっと引くんだけど」
「おひ、いいはへんにひほ」
ああ、ダメダメダメ! 課長さんの眉間に怒りマークが浮かび始めているのが分かるよぉ! そもそも怖い顔だけど!
「そおそおおおいえおおふお」
「聞っこえなーい! ほら、ほらみんな面白くない? 面白いでしょ!」
ていうか、こぉなんというか……!
ありえない光景を延々と見せられ続けると……その、むしろ絶対に笑ってはいけないというこの雰囲気が、ッ!
「はい、タコさんぶちゅぅぅ」
「(ほっぺた潰されてぶちゅぅぅぅ)」
!!
「ぶはッ! あ、あはははは! あは、あははは!!」
「お、やりぃ! 一人陥落!!」
「…………」
「あはっ、あははは! ちょ、おなか痛い! も、無理……! あは、あははは!」
「や、山坂さん!」
「おいおいおい、山坂ッ」
「うわぁ、これ駄目なんじゃないかな……」
三人の同期の声も耳に届かないほどに笑いのツボに入ってしまった私は笑い続けるしか出来なかった。
ひとしきり笑うだけ、笑い。痛むおなかを抑えて視線をあげれば、
「あっはっはっは! あの子最高! ほんと最高!!」
私を指さして爆笑するたっちゃんさんと、
「…………」
鬼が居た。
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