第5話


「おっかしぃなぁ……、絶対ここにCD入れておいたはずなんだけど」

「そういや、今度交通整理のバイトすんだけど、一緒にしね?」

「ほら、やっぱり『薔薇蜘蛛座』と公演日時被ってるよぉ、うわぁ、あたし観に行きたかったのにぃ!」

「ていうか、一般教養ぱんきょー何取った? 俺、一個抽選漏れしてさ」


 そこそこに広いフローリングの部屋に、わらわらと十人少しの人たちがいらっしゃる。堂々と他の人の話しているのが上級生で、そわそわと周りを伺いながら話し合っているのが私と同じ新入生かな?


「おっす、びっくり箱、おはようさん。後ろの子は新入生?」


 金髪と銀髪、なんと左右で色が違うド派手な髪型の男の人が私たちに近づいてくる。あ、この人土曜日の飲み会で幹事してた人だ。名前は、えっと、確か……。


「おはよ。せやで、ちょうど下で会うてな。一緒に来たんよ」


「はは、ナイスだ。入り口で他のサークルがうじゃうじゃしていやがるからな、俺らも派遣するかって話になってたところなんだよ」


「えー、話す暇あったらちゃっちゃと行きなさいよ、もぉ」


「あ、ポチさんだ」


「え? おお、よく見たら飲み会に来てくれた子じゃん! え、なになに俺の名前覚えててくれたのぉ? いやぁ、嬉しいなァ!」


 必死で思い出した目の前の男性の名前を思わず零してしまえば、ふにゃぁと人懐っこい笑みを浮かべてポチさんは喜んでくれる。見た目が派手なこの方はその実とても純朴な性格の持ち主で、色々含めて大学デビューなんだよと飲み会でも笑いを取っていた人だったはず。


「す、すいません……、あの私、山坂といいます、山坂千晶です」


「そうかそうか、ちなみに今日は見学? それとももう入るの決めてくれたのかな?」


「入ります! 私ずっとここに入りたかったんです!」


「そうよ! 山坂ちゃんはこのあたしが見事看板女優へと成長させてみせるんだから!」


 むぎゅっと橘さんに抱きしめられる。


「この馬鹿は何を言っているんだ?」


「ウチもそろそろどないしょうか悩んでいるところや」


「ちょ、ちょーーいッ!」


 真顔で言い合う二人の先輩に橘さんは慌ててツッコミを入れる。その動作は流れるようで、きっともう彼らの中でいつものになっていることなんだろうな。


「ま、良いか。おーい! 新人一人追加ッ! 山坂さん、あそこで固まっている三人が君と同じで新入生の子たちだよ」


 ポチさんがみんなに叫べば、わっ! と空気が盛り上がる。少し離れて様子を伺っていた他の先輩がたに一気に囲まれてもみくちゃにされてしまう。


「わわわわっ」


「ああ、もうコラ! 離れんかい、ド阿呆どもっ!!」


「こらーっ! 山坂ちゃんはあたしのモノよ!」


「それも違うわ、マックスド阿呆!」


 愛菜ピーさんに助けてもらい、なんとか私は部屋の隅で大人しくしていた新入生のもとへと逃げることが出来た。

 先輩方は愛菜ピーさんが説教しているため、いまのうちに同期になるかもしれない彼らと交流を……!!


「あの、初めまして……! 私、外国語学部一年の山坂千晶っていいます!」


「俺、新藤清志、理学部の一年、んでこっちが」


「僕は新藤正志です。同じく理学部一年です」


 自己紹介を返してくれた男の子二人は、服装や髪型に大きく違いはあれど、顔のパーツの一つ一つがとても似ていた。それに苗字も同じだし……。


「双子?」


「そ。一応俺のほうが兄貴」


 ええ、と確か清志か。活発そうな雰囲気のまさにスポーツマンと言った風貌が清志でお兄さん。で、逆に大人しそうなほうが正志で弟、と。なるほど。


「ごめん、多分しばらく間違えるわ!」


「おいおい……、いきなりぶっちゃけすぎだろ……!」


「でも、適当言われるよりは良いんじゃ、ないかなぁ?」


 あっはっは、と笑って誤魔化せばがくっと呆れる清志と、くすくすと笑みをこぼす正志。


「で、ええと……」


「わたし、坪井加奈っていいます。法学部の一年で、あの……、どうかしました?」


 言葉の途中で不安な表情を浮かべながら私の方はおずおず確認してくれている。心配させてしまっているところ申し訳ないのだが、それよりも、


「び、美少女ぉ……」


「え?」


「すっごっ!? え、本物の美少女じゃん! うわ、私初めて見たッ! ええ、すっごい!!」


「え、あ、え、ええと……?」


「ぶはっ!? 山坂、おまっ、あれか、馬鹿なんだ、お前!」


「兄貴もぶっちゃけ過ぎ、でもうん、……山坂さんもいきなり何言っているのさ」


 いやいやいや! あんた達は男のくせにどうしてそんなに落ち着いていられるのさ! 目の前にいらっしゃる坪井さんの可愛らしさが分からないというの? そんじょそこらのアイドルなんか鼻で笑ってゴミ箱にポイできるほどに彼女の可愛らしさは群を抜いて素晴らしい! お姉ちゃん以外にこれほどまでの美少女がこの世にいるとは驚きで感動を隠せない! それだと言うのに男であるこの二人はどうしてこうも落ち着いて、はっ、なるほど。


「兄弟による禁断の愛か……」


「待てこら、どうしてそうなった」


「うぅん……、思考回路が謎過ぎる」


「禁断……ッ」


「え?」


「ぁ、う、ううん!? なんでもないのっ! 気にしないでッ!!」


 一瞬坪井さんの瞳が怪しく光ったような気がしたけど気のせいだろうか? まあでもそんなことはどうでも良いか。うわー、見れば見るほど美少女だなぁ、あー、癒されるぅ……。


「出会ってすぐこういうこと言うのもあれなんだけどよ、女と言うか人がしちゃ駄目な顔になってんぞ」


「完全に痴漢とかのそれだね」


「あ、あのぉ……!」


「はっ、おっといけねえ。すまねえな、ヤス」


「清志だ」


 落ち着け私。いつもの空気を全開にして今朝失敗したばかりじゃないか。少しはセーブしなければ……。


「鎮まれ、私……」


「お前はなにかヤバイ生き物でも体内に宿しているのか?」


「なんか、本当にすごいね山坂さん」


 完全に呆れている清志に、どこか嬉しそうな正志、そして困惑し続けている主に私のせいで坪井さん。彼らがサークルに所属するのかは分からないけれど、少なくとも今日はとても楽しく過ごせそうだ。

 エレベーターでのことなどすっかり忘れて、私はとても上機嫌だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る