第3話


 時の流れは残酷にも生きとし生けるもの全てに平等に流れ続け、はい、ごめんなさい。難しく言おうと思ったけど自分でも何を言っているか分からなくなってきました。つまりは、月曜日になったので私は大学に登校しております。

 課長、こと先輩が出て行かれてから若干べたべたする身体をシャワーで洗い流し、シーツとかその他諸々を大型コインランドリーにぶち込んで、それから細々ことし終えてから私は産婦人科へと赴いた。

 レイプされましたと嘘をつくわけにもいかなければ、まさかサークルの先輩を押し倒しましたお酒って怖いですねと馬鹿正直に伝えるわけにもいかなくてさてはてどうするかと悩んだものの、悩む私になにを思ったかは知らないがお医者様は深くは聞かずにアフタープルを処方してくれた。薬の注意事項をしっかり伝えてくれたあと、私の手を握ってなにかあればどんな些細なことでも相談してくださいね、と微笑んでくれたおばあちゃん先生の優しさにちょっと泣きそうになったのは秘密である。いや、押し倒したの私なんですけどね。


 中高では、馬鹿の代名詞とまで言われていた私ではあるが、それを言い放ってくれていた友人連中の偏差値が高かったのかと言うと勉強を頑張った今の私であればこう言うだろう。どんぐりの背比べじゃ、と。

 要するに、中高時代の知り合いなんて居るはずもない私の大学生活における友人作りは一からのものである。だが、安心して欲しい。さすがは有名国立大学なだけはあり、全国津々浦々からやってくる猛者たちの多いこと多いこと。なかには数人すでにグループが出来ているのもいらっしゃるが、なぁに私の対人スキルを駆使すればすぐに仲良しこよしに、


「山坂さん、お手洗い行かない?」


「え? 私べつにトイレ行きたくないから今はいいや」


「え、あ、ああそう……?」


 どうして私は広い食堂に一人でぽつんと居るのだろう。いや、食事を取るためなんですよ? どうして居るのかって朝一から二限分もたっぷり講義を受けて減らしたおなかのSOSを受け入れたからなのだけれど、気になるのはそこに一人で居るという事実なわけでありまして。

 待って欲しい。ボッチ認定にはまだ早いよ、違うよ違うからね? しっかりごはんには誘われたんだよ。でもさ、でもなんだよ。


「山坂さん。私たち今からごはん食べに行くんだけど、一緒に行かない?」


「え? う、うん! 行く行くっ! 私もうおなかペコペコでさーッ!」


「ふふ、そうね。さっきもおなかの音してたもんね」


「あ、聞こえてた? いやー、すみませんなァ! でさ、どこ行くの? 第一? 第二? あ、大学の外にあるっていうお団子食堂とか!?」


「やだ、山坂さんったらそんなところ行くわけないじゃない。お団子食堂? は知らないけど、第一も第二も汚くて男の子向けの量重視のメニューしかないとこじゃない」


「……え? えー、じゃああとどこ、あ、もしかして他の外にある良い店知っているの?」


「うん。あ、でも外というか」


「そっかそっか! 楽しみだなぁ! あと私が知っているところなんて、キャンパスの端にある丘の上の山桜って食堂だけだもん。あそこってさ、無駄に高いくせに量が少なくておしゃれ気取りで食べた気にならないんだよねー!」


「……」


「味は美味しいから良いんだけど、やっぱりごはんはがっつり、……あれ?」


「あ、あの、その山桜に行く予定、なんだけど……」


「おうふ……」


「……じゃ、じゃあ四限目の講義で会おう、……ね」


 ま。私にかかればざっとこんなもんですよ。

 …………ま、まだいける、まだここから取り返しはきっとつく。大丈夫だ、私。まだ大丈夫だ……!

 どうしてか塩味の効いたカツカレー大盛りを平らげながら、三限に受ける一般教養の講義、つまり、他学部の子とも一緒に受ける講義で新たな友人を作ろうと模索するのであった。





 結論から言えば、出来なかった……。

 せ、正確には近くに座った子たちと仲良く講義は受けたんだよ!? で、早めに講義が終わったから四限が始まるまで適当なところで駄弁っていて、どこかの本で人間は失敗談を伝えると仲良くなりやすくなるって話を聞いたことがあったから小学校とかでの失敗談を伝えたらみんなドン引きし始めて……。

 ちょ、ちょっと激しい内容かな? とは思ったんだよ!? 思ったけど、そのほうがスリルがあって楽しいかなと思って、私は! ……、小学二年生の頃に六年生の男子三人相手に喧嘩で勝ったとか、四年生の頃に自転車で爆走していたらブレーキが効かなくなってそのまま走るトラックに轢かれたとか、六年生の頃に下級生を虐める男の子に威嚇するつもりで近くのブロック塀を蹴ったら崩れたとか。そういう話ぐらいはどこにでもあるじゃん! だって、高校の時とかバカウケ必死だった鉄板ネタなんだよ!?

 それが大学生になった途端に効果を発揮しないなんて思いもしないわけでして……。四限目になって自分の学部の講義を受ける時もごはんを誘ってくれた女の子達はどこか余所余所しいし、なぜか小さくゴリラ、とか聞こえてくるし……。


 ええい、起こったことを気にしてもしょうがない! 過去は変えられないけれど、未来は変えられるって偉い人かもしくは漫画の主人公とかも言ってたはず!

 そんなわけで、やってきました放課後タイム! 待ちに待ったこの時間、私は迷わず大学会館へと足を運んだ。

 一階が休憩所、二階が学生部の事務所があるこの建物は、三階から五階までがなんでも室になっており、色んなサークルが練習室として活用している、らしい。私がここに来たのは、今日ここで演劇サークルが練習を行っているからだ。この時期の練習内容は、実質が新入生確保のためのオリエンテーションであり、いままで演劇をやったことがない人でも楽しめるように遊びを交えた基礎を教えてくれるらしい。

 うきうきしながら大学会館へとたどり着けば、居るわ居るわ、新入生を確保しようと群れる上級生の数々。どうやってこれを切り抜けるか、と思案していればぽん、と軽く背中を叩かれる。


「おぉ?」


「やっぱり! ねえ、君、土曜日の飲み会に来てくれた子だよね? あたしのこと覚えてる? 我が校が誇る弱小演劇サークル『かもめのお箸』が誇る美人看板女優こと文学部二年の橘唯たちばなゆいだ、痛ぃッ!?」


「なにが美人看板女優じゃ、このスットコドッコイのド下手くそパワープレイ女優」


 振り向けば、天真爛漫とはまさにこの人のことかと思えるほどに満面の笑顔の花を咲かせた女性と、その女性の後ろであきれ顔なボーイッシュな女性。


「ちょっと愛菜ピー! いきなり殴るなんてひどいじゃない! 看板女優の顔に傷でもついたら、いひゃいいひゃいいひゃい、頬はやめておおああええ頬を引っ張るのは止めておおおいっあうおああええ


「多少はマシな顔になったやろ。と、ごめんなびっくりさせてもうて、ウチのことも覚えてくれてるかな? このアホと同じく『かもめのお箸』所属、経済学部二年の嶋井愛菜しまいまなや」


「そしてあだ名は愛菜ピー! つまり、彼女は愛菜ピーさん!」


「お前は黙っとけッ! ええと、確かあんたは……」


「あ、山坂です! 山坂千晶やまさかちあきといいます!」


 二人には悪いが、漫才のような掛け合いに本当に二人が仲良しなのを感じられて笑ってしまう。


「ほら見ろ、お前のせいでいきなり新入生に笑われたやんけ」


「あ、ご、ごめんなさい!」


「ええよええよ、こいつがアホなんはもう死んでも変わらん」


「ちょっとあたしの扱いひどくなーい?」


「そんで? もしかせんでも、ウチらの練習に来てくれたって思ってもええんよね?」


「はい! 山坂千晶! 『かめものお箸』に所属する所存です!!」


「よしッ」


「ぃやったー! 新入生確保ーッ!!」


「なんだと!?」

「どこのサーク、げぇ、『かも箸』かよ!?」

「君、人生を棒にふる前にテニスサークルに!」

「実質飲みサーは黙っとけ! そんなことより、囲碁部にっ」

「君の瞳は語っている! ともに天体について語ろうと!」

「電波組はどっか行っとけ!」


「へっへーん! この子はもうあたし達のものだもんねーッ! 逆立ちしたってあげないんだから!」


「はぐわっ」


 むぎゅ、と橘さんに抱きしめられる。おお、なかなかにお胸様が……。


「どけどけ有象無象共がッ! この子は今からウチらと一緒に練習するんじゃ、そこのけそこのけぇい!」


「くっ、諦めねえぞ! 俺たちはまだ諦めねえぞ!」

「だが、『かも箸』のびっくり箱コンビが相手だぞ、分が悪すぎるッ!」

「だからといって不幸になる新入生を見捨てるというのかッ」

「本音はッ」

「ここぞとばかしにかっこつけてあわよくば彼女に」

「せめてサークルに誘うとか言えや!」





「な? 大学生ってノリの良いアホばっかやろ?」


「皆さん全員演劇サークルですか、と聞きたくなりました」


 新入生確保の投網集団を先輩方のおかげで切り抜けて、私たち三人は仲良く大学会館へと入ることに成功する。

 さすがは大学生というべきか、入り口付近はあれほど騒がしいにも関わらず一歩中に入ってしまえば騒いでいる人は誰も居ない。まあでかでかと会館内での勧誘厳禁。破れば覚悟しろ、と学生部からのメッセージ性の高いポスターが張られているのが理由なのだろうけど。


「ちなみに、今日の練習室は四階らしいよ。さあ、山坂ちゃん! 階段ダッシュだよ!」


「あそこの角曲がればエレベーターあるから、あのアホは放置してウチらは文明の利器を使おうな」


「はい! 愛菜ピーさん!」


「あれ、すでに序列が出来ている気がする……」


 本当にこの二人は面白い。一緒に居てとても楽しい! ああ、やっぱり大学生活はこうでなくっちゃ! きっと他の先輩やまだ見ぬ同期も良い人ばかりで私のバラ色大学生活はここから花開くのね!


「そういや、あの飲み会ウチらは用事あって先に帰ってもうたけど山坂さんは最後まで居ったんか?」


「え? あー、はい、たぶん」


「多分?」


「いえいえっ、はい、最後まで居ました!」


 正直記憶が所々穴抜けになっていて覚えておりません、が、しっかり顔が怖い先輩を押し倒しました。なんて言えるわけがない。


「とても楽しくて、なんというか大学生活が始まったなー! って!」


「そうかそうか、そんなら良かったわ」


「風の噂で山坂ちゃんがあの課長と帰ったってありえない話聞いて少し心配してたんだよねー!」


「…………」


「ど、どないしたんや!? なんやねん、その尋常ではない汗は!?」


「ニッポンノサウナハトテモクールジャパン」


 よし、誤魔化せた。


「も、もしかして本当に課長と一緒に帰った、……の?」


 おかしい、なぜバレかけている。


「いやいや、ありえへんやろ。あの課長やぞ? いくらなんでも、それは……」


「そ、そうだよね! あり得ないよね、やだなぁ愛菜ピーったらぁ!」


「言い出したんお前やろ!」


「あ、あのぉ……、ちなみにその課長……さんって」


「え? ああ、三年の先輩でな。確か、名前なんやったけ」


「加藤……、あ、加藤朝二かとうちょうじだよ。だから縮めて課長かちょうのはず」


「その課長さんは、ええと……」


 怒らせてはいけない人であるとは言われているが、それはもしかしたら私に教えてくれた人にとっては、なだけかもしれない。他の人に聞けばきっと違う印象が。


「ええか、間違ってもあの人を怒らせたらあかんで」


 今日一番の真面目な顔で、私の両肩を掴んで愛菜ピーさんは言い放った。言い放ってくれちゃったよ。


「噂だけど、あの人まだ一年の時に馬鹿やる三年生を叩きだしたらしいよ」


「なんか学部でも気に入らん奴を海に沈めたとか」


「裏で口には出せない仕事をしているとか」


「そもそも家があれだとか」


「とにかく、山坂ちゃんは間違っても近づいちゃ駄目だからね」


「…………へ、へえ……」


 終わった。


「……まあ、演技は抜群に上手かったんやけどな」


「あー、まあ、そう、だね。それに仕事も丁寧だし」


 うん?


「上手、かった?」


「え? ああ、そうなんよ。なんでかは知らんけど、あの人去年の冬から裏方に徹しとるんよ」


「三年の先輩とかが出ようと誘っても絶対断るんだって。まあ、あの人仕事とっても丁寧だから裏方専門になってくれるとそれはそれでありがたいんだけど」


「ともあれ、下手に近づいても怖い思いするだけやから特に用事がなければ近づかんこったね」


「そそ、君子危うきに近寄ら……」


 先頭で角を曲がった橘さんの身体が見事に固まってしまう。それはもう本当に見事に岩のようになっており、漫画であればビキィィ!! と効果音が発生していたこと間違いないだろう。


「あ? おい、何突っ立ってんねん邪魔…………」


 固まる橘さんの肩に手を置こうとした愛菜ピーさんがその体勢のままに彼女まで固まってしまう。

 なぜだろうか。とてつもなく嫌な予感がしてくるわけで、可能であるのならばこのまま私だけでも回れ右をしてしまいたい気持ちにも駆られるが、仲間を見捨てるような奴になってしまえばお姉ちゃんが悲しむのではないかと意を決して私も角を曲がる。


 見捨てれば良かったと後悔した。


「…………」


 間違いなく小さい子であれば失禁間違いなしなほど恐ろしい見た目の課長こと加藤朝二さんがエレベーターの前に立っていた。

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