第ニ夜 エイプリルフール広告
『〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇!』
刺激的なキャッチコピーが付いた広告の見本を見て、ぼくは我が目を疑い、次に言葉を失い、そして唖然としてしまった。このキャッチコピーの生みの親である、隣に立つ所長に問うような視線を向けると、所長は大変満足気な表情を浮かべていた。どうやら、このキャッチコピーをいたく気に入っているらしい。
食料供給研究所――。それがぼくと所長が所属している研究機関の名称である。その名前が示す通り、日本国内において国民にしっかり食料が滞りなく行き渡るように研究している機関である。
昨今話題になっている食品ロスの解決策についてが、目下、一番の課題であった。だからこそ、所長もこのような奇をてらったキャッチコピーを考えたのだろう。しかし、あまりにもセンセーショナルで、刺激が強すぎはしないだろうかと危惧せざるをえなかった。
「所長、もしもこのキャッチコピーの広告をこのまま新聞の全面に出したら、絶対に広告を見た読者から大量のクレームが殺到しますよ!」
ぼくは所長に懸念を示した。
「君は今の世界の食料事情を分かったうえでそう言ってるのかな?」
所長は落ち着いた声で逆に訊き返してきた。
「はい、それは重々承知しています。所長の言わんとしていることも理解しています」
現在、日本を含めた先進国では、毎日食べきれないほどの量の食品が作られており、食べきれなかった分は、そのまま食品ロスとして破棄されている。しかし、その一方で、毎日の食事に困るほどの国が地球上には今だに数多く存在している。いわゆる、発展途上国といわれている経済的にも貧しい国々では、飢餓や食料不足は一刻を争う問題なのだ。
国によって余りにも差がありすぎるアンバランスな食糧供給率の是正を、所長なりに世間に訴えたいのだろう。ぼくだって、その思いは十二分に分かっている。分かってはいるが――。
「ただ、このキャッチコピーはどうにも頂けないというか……」
再度、所長に進言してみた。
「これくらいパンチの効いたことを書かなければ、今の国民には分からないんだよ。毎日当たり前のように食事が出来る環境がどれだけ恵まれているのか、またどれだけ貴重なのかを、我々が教えなくてはならないんだ」
「でも、クレームがきたらどう対処するつもりですか?」
ぼくとしてはその点が一番の気掛かりだった。
「そんなものは少しも気にする必要はないさ。クレームがくるということは、それだけこの広告が沢山の人に見られたという証しになるんだからな」
「所長の拘りはよく分かりましたが、このキャッチコピーだと、いささか誤解を招くというか、もう少し柔らかい表現方法で訴えたほうが良いんじゃないかと……」
ぼくはなんとか所長の気を変えられないかと粘ってみた。
「きみはこのキャッチコピーと同じような題材を扱った映画があるのを知らないのか? 『食糧難』をテーマに扱っているその映画は、古典的な名作SFとして有名なんだぞ。その映画を見ても、誰も批判もクレームもいれなかったんだ。だから、この広告のキャッチコピーも分かる人ならば分かってくれるはずさ」
「そうですか……。所長がそこまで言うのならば、ぼくはもう反対はしません」
ぼくは結局、そこで折れることにした。これ以上ぼくが何を言ったところで、所長の考えが変わるとは思えない。
「分かればよろしい。では、この広告を『エイプリルフール』の新聞の全面にしっかり出してくれよ」
「はい、分かりました。あっ、所長、ちなみにさきほどおっしゃった映画のタイトルを教えてもらえますか? 時間のあるときに見てみたいので」
「そういう向上心は大事だぞ。映画のタイトルは『ソイレント・グリーン』だよ。きみもその映画を見れば、わたしの考えに賛同してくれるはずだ」
「分かりました。今度、ネットで探してみます」
「それじゃ、あとはよろしく頼むよ」
所長は軽い足取りで部屋から出て行った。
「まいったなあ……。クレームを入れられて怒られるのは、ぼくなんだからさ……」
ぼくはぼやきながら、もう一度、広告のキャッチコピーに目をやった。
「願わくば、このキャッチコピーを見て、激怒したり、不快に思ったり、意味を誤解したり、真意を曲解したり、あるいは、そんな人は絶対にいないと思うけど、本当の話だと勘違いしたりする人がでなければいいけど」
ぼくはやれやれと頭を振りながら、新聞社へと連絡を入れるべく、研究所の電話を手に取った。
――――――――――――――――
右手に朝食の乗った皿を持ち、左手にはポストから取ってきた新聞を持って、リビングに向かった。
「さてと、朝ご飯を食べるとするか」
オレは皿をリビングのテーブルに置くと、次に新聞紙を広げた。新聞を読みながら食べるのが、オレの食事のスタイルなのだ。
「また政治家絡みの事件かよ。もっと明るいニュースはないのか」
事件記事を斜め読みしていく。
「うん? 女性がまた行方不明? まあ、それはしょうがないさ」
さらに新聞を捲っていく。6ページ目を捲った瞬間、全面広告の文字が目に飛び込んできた。
「えっ! おい、これ本当なのか! おれの知らない間に、日本の研究者はこんな素晴らしい発明をしていたのかよ!」
オレは驚きの余り、口に運びかけていた骨付き肉を思わず落としそうになってしまった。
「まさか、こんな日が来るなんて……」
新聞に載っている全面広告から目を離せなかった。
毎日の食料を確保するために、今までどれだけの苦労をしてきたことか。オレは食料を得るために、人目を忍んで狩りをしている。しかし最近は、どこもかしこも監視カメラが設置されていて、狩りが上手くいかない日の方が多かった。今日の朝食に用意した肉も、昨日の夜にようやく手に入れたものだった。欲しい肉がどうしても手に入らないときは、仕方なく家畜の肉で飢えを凌いでいた。
「でも、これでもう狩りをする必要がなくなるんだな。もう警察に捕まる心配もなくなるんだ!」
オレはテーブル上の皿に目を向けた。
「それじゃ、オレが狩りをして取ってきた肉は、これで最後になるかもしれないな」
なんだか、妙にしみじみしてきた。
「あんたには悪いけど、このニュースが一日早ければ、昨日あんたを『殺さず』に済んだんだけどな。まあ、あんたもオレのことは恨まないでくれよな。生きていくためには、オレも食事をしなきゃならないんでな。でも、これからは街中で『狩って』こなくてもいいんだよな。店で『買って』くればいいんだからさ」
思わずダジャレまで出てしまった。オレは手にしていた骨付き肉を、改めて口の中に入れた。奥歯でしっかり噛み締める。『ゾンビ』のオレにとっては、やっぱりこの肉が一番だ。牛肉や豚肉では味わえない、この肉だからこその旨味が口いっぱいに広がる。
『 遂に人肉発売!
栄養価満点の完全食材!
これで世界的な食糧不足も解決へ!
食料供給研究所 』
新聞の全面に載った広告を眺めながら、オレは昨日狩ってきた人間の女の肉を食べ続けた。
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