第三章 村人の証言3
「この先に大蛇がいるのか?」
「そう聞いてる。見たことないけど。」
二人は山の中を進んでいった。
相変わらず乱雑な生え方をした木々ばかりだ。山道は登るにつれて暗くなっていく。頭上は伸び放題の枝が日光を隠している。道行く者を洞穴の中を通っている気分にさせる。
「無事に帰れるのか?」
急に鷹助が弱気になりだした。人里では味わえない異様さに怖気づいてしまった。
「道から外さなければ大丈夫。ほら、そこ見て。」
よもぎの指さす方向を見ると明かりが大きく見えた。
泉を覆う木は辺りには見られなかった。
深見山の森は円状の穴が開いたように、そこだけ木が生えてなかった。その円の真ん中に泉があった。そのため、日の光が水面に反射し鏡のように輝いてる。
「これが大蛇の泉か…」
鷹助は呟いた。
「こんだけ綺麗だったら戦に使うのはもったいないな…」
鷹助は泉の前に立ち前かがみに覗き込んだ。
水は澄んでいるが何故か泉の底は見えない。底で大蛇が棲んで暮らしている姿が見えないように妖術でも掛かっているのだろうか。そう思うと戦には、この泉は使用しては罰が当たるような気がした。神秘さと禍禍しさの両方を感じ取った。
「大蛇でも見えた?」
よもぎが鷹助の隣に並んだ。
「いいや。でも確かに大蛇が棲んでいるって言われてもおかしくないよな。」
「おまけに変なことも起きるしね。」
「雨が突然都合よく降った時のことか?」
鷹助はたえの遺体を引き上げた時のことを言った。よもぎはふふっと笑う。
「小さい頃にもここに来たことがあるんだけど…」
そっと静かに語りだした。
「母さんが泉にいるって聞いて、誰にも言わずに一人で来たんだけどさ。その時、泉の中をよく見ようとして落っこちたの。」
「落っこちた?どうやって上がって来たんだ?思ったより浅いのか?」
鷹助は矢継ぎ早に質問した。
「覚えてない。でも水の中で溺れて、赤いものを見たような気がするんでけど…。全然思い出せない。」
「どうやって助かったんだ?」
「気が付いたら、ここら辺で寝てた。」
そう言って今立っている場所を指さした。
「夢でも見たんじゃないのか。」
鷹助がからかい始めた。
「それが着物が濡れていたんだよね。」
「漏らしたのか?」
「鷹助」
よもぎは一喝した。
「真面目に聞かないなら、あんたの手伝いやめるから。」
「はは…すまん。」
鷹助は苦笑しながら謝った。その様子は本当に聞く気があるのか疑わしかったが気にせずに話を続けた。
「着物が泉の水で頭から足まで濡れていたわけ」
よもぎは泉の水でとしっかりと強調した。
「それで村に帰ったら一人で大蛇の泉の所まで行ったのがばれて父さんに怒られたっけ。『子どもが行くところじゃない』って」
「今はここに来ても大丈夫なのか?」
「もう16だしね。それに他の人も薪を取るために登っているしね。といっても奥まで、しかも泉の所まで来るのは私くらいかな…」
そう言ってよもぎは話を終えた。
「しかし…人柱を立てた村か…」
今度は鷹助が話し始めた。
「お前、村を出たいと思ったことは無いのか?」
「生まれ育った場所だしね…」
「…そうか。」
「でも…」
何かを付け足そうとしている。鷹助は黙って耳を傾ける。
「たださあ…何かと可哀そうって憐れんだ目で見るのはさあ…。物心つかない内に母親が人柱にされたからって気を遣いすぎなんだよね。村の人たちは…」
鷹助はつると与五郎、きよの会話を思い出した。
「火事で焼け出されたり、身内を失ったっていう人は他にもたくさんいたのに私と父さんにばっかり同情したりして…。正直、りんも私と変わらないと思うんだよね…」
「りんもって…どういうことだ。」
「りんは火事で母さんと姉さんを一人亡くしてさ…。赤ん坊の時に同じく身内を亡くした身だっていうのに…。りんの父さんは『あの子は母親が人柱にされたから優しくしてやれ』って言ったことがあるの…」
よもぎは話しているうちに途切れそうになりながらも続けた。どう言葉で言い表したらいいのかも迷った。
「他の人たちも同じように私とりんを並べてみたら私のほうを憐れもうとするんだよね…」
鷹助は黙ってよもぎを見た。少しうつむいているように見える。
「そろそろ村に帰ろう。」
よもぎは笑って言う。鷹助は黙って従った。
鷹助は登ってきた山道に入るため、つま先を道へと向けた。帰りに最後に一回だけと振り返り泉を見た。
「んっ?」
唐突に変な声を出し立ち止まった。
「どうしたの?」
よもぎは鷹助の様子に不審を抱いた。
泉を見つめたまま立ち尽くしている。
「今さ…俺の見間違いかもしれないけど…」
非常に言いにくそうな様子で言う。
「水面が揺れたように見えてさ…それに水の中で…大木みたいな影が見えたんだ…まるで泳いでいるみたいに…」
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