第四章 お堂の足軽たち1
「ありがとな…」
よもぎが包帯を巻き終えると寛平は礼を言った。その横で松之介が彼の怪我の様子を見ている。
「怪我の様子を見せてもらったが、もう治るみたいだな。」
「本当か。」
寛平は目を輝かせた。
「ああ、だが無理せんように。」
そう言い残すと松之介はすぐに別の怪我人の様子を見に行った。
残るよもぎは包帯と塗り薬を片付けた。
「そういや、あんた昨日見かけなかったんだが、どうしたんだ?」
寛平は不意に尋ねた。毎日、手伝いのためお堂に現れる彼女が昨日はいなかったので不思議に思っていた。
「えっ昨日?」
彼女の頭の中で昨日の記憶が駆け巡った。
(水の中で…大木みたいな影が見えたんだ…まるで泳いでいるみたいに…)
昨日鷹助を深見山の泉まで案内したら、そう言われた。
最初、ふざけているだけだと思い、あきれて彼の様子を眺めていた。しかし、鷹助が何度も泉の中を覗き込み、恐る恐る手を水に突っ込んでいる姿を見ていると本当のように感じられた。
(あんた本当に見たの?)
(見たんだ‼こう太くてうねうねとした動きで…)
二人はその場で黙り込んだ。
無言のまま来た道を引き返した。再び言葉が出たのは村に辿りついた時、鷹助が口に出した時であった。
(なあ俺が見たのって…。まあ…いいや…。もしかしたら俺の見間違いかもしれないし。この事二人だけの秘密にしようか。)
よもぎは大木みたな影の件は伏せることにした。
「昨日は…」
言い訳しようとしたが言葉が出ない。昨日りんが適当にごまかしておくと言っていたが、どのように具体的にごまかしたのかは聞いていなかった。よもぎは昨日深見山を降りた後、そのまま家に帰ってしまったことを後悔した。
「朝から目眩がして体もふらついていたんだよね。」
代わりに答えたのがりんだった。
「それより手伝って」
そう言うと彼女は無理矢理よもぎの袖を引っ張りお堂の外へ連れだした。
「ありがとう。りん助かった。」
よもぎは感謝を述べるが、りんは後ろめたいことがある顔をしている。
「それが…あんたの父さん騙しきれなくて…。朝はそんな様子ではなかったって言い返されて…ごめん‼あんたの父さんには全て話しちゃった‼」
りんは言い訳を述べて謝った。
「えっ‼」
よもぎは家に帰った時のことを思い出す。その時、松之助はやけに無言だったような気がした。
「でっ何か分かったの?」
りんは話を切り替えた。
「皆事故だろうって。でも庄屋さんが怪しまれてるって話をしたら、言われてみれば庄屋さん怪しいって言い始めるし…。大蛇の仕業だって言われたり。」
「皆言ってることはバラバラってわけか。でも大蛇って?」
「たえさんが弟亡くしたって大蛇を恨んでいたから大蛇の怒りを買ったんだって話。」
「ああ、なるほど。聞いた話じゃ弟を可愛がっていたんだってね。弟もたえさんに懐いていたみたいだし。」
その途端りんが何か思い出したようだ。
「そうだ。今日聞いたんだけど庄屋さんに妾がいたって噂。その時、たえさんの弟が『どこの女か探ってきてやる』って言ってたんだって。」
「そうなの。それ初耳。」
「それで、その頃の庄屋さんは夜中にこっそり出て行ったり、『天気が怪しいから外の様子見てくる』とか言って出ていくことがあったんだって。」
「それ怪しい。」
「ねえ。おまけに火事の後で、どこの女だが分からない死体があって。それが例の妾じゃないかって」
「絶対妾の死体じゃないの。」
二人は一緒になって同意した。
「おおい。よもぎ。」
後ろから声がした。松之介だ。よもぎとりんは同時に後ろを振り返った。
松之介がきょろきょろと当たりを見回している。彼女らに気が付くとこちらへ真っすぐ歩いてきた。
「こんな所にいたのか。」
「あっ父さん…昨日だけど…」
「それは後で聞く。それより包帯が足りなくなった。家から持って来てくれ。いらない布を裂いて作っていただろ。りんは吾作の手当てを手伝ってくれ。」
「分かった」
即答するとよもぎは駆け足で家に行こうとした。その時、松之介は付け加えた。
「それから突然だが、私は一段落したら家に帰って少しひと眠りをしたいと思う。代わりに、よもぎ今夜お前はお堂に泊まり込んでくれ。昨日いなかった分をするんだ。」
「はい…」
今度は力の抜けた返事をした。
桶には溢れんばかりの包帯が詰め込まれている。よもぎは桶を持って家へ出た。
たくさんあった方がいいだろう。そう思い桶の中に入るだけ詰め込んだ。さらにその上にも入りきらなかった包帯を重ねるようにして置いた。
(それより、どう謝ろう)
頭の中は父親の怒りを解くことで一杯だった。『お堂に泊まり込むこと』『昨日いなかった分を』と言われた。看病をさぼったことを怒っているだろう。りんは全て話してしまったと言っているがどこまで話しただろうか。お堂に着いたら聞かねばならない。
そう考えた時、足を止めた。
誰かが道で話している。
夕暮れでお堂へ続く道は人通りが少ななった。ここなら大丈夫だろうと高を括ったのだろうか。一体誰がと好奇心に駆られ道の脇の繁みの中に身を隠した。動くたびに繁みが揺れるが相手は話に夢中で気づいていない。
「間者らしき者は見つかったか?」
「いえ何も。ただ庄屋は伝吉とこそこそ話をしているようです。」
「そうか…」
万兵衛と鷹助だ。二人とも神妙な顔つきをしている。
「間者がいるかもしれん事を本軍まで伝えようとしたが失敗してしまった…。
そこで今度はお前自ら伝令として行ってくれないか?」
「私がですか?」
「ああ元々お前に頼もうとしていた事だ。」
「承知致しました。」
「詳しい話はまた明日する。」
「はっ」
二人はお堂へと歩いて行った。
よもぎは二人が離れていくのを確認すると繁みから飛び出した。そしてお堂を見つめた。
「はい。これ…」
うつむき加減で渡した。
「たくさん取って来たな。」
松之助は言うと同時に包帯を手に取り目の前に座り込む足軽の腕に巻いた。
「よもぎお前はどっか手が足りない所があったら手伝いに行ってくれ。」
「はい…」
足軽と村人の間をすり合わせ抜けた。その中で足軽たちを目で追う。怪我の痛みにうめき声をあげる者、やけに陽気に笑い声を出す者が入り混じる。その中から鷹助を探そうとしている。
「よもぎ」
りんの声にはっとした。彼女を見ると相変わらず吾作の前に座り込んでいる。
「どうしたの?」
「吾作の指がさっき少しだけ動いたの。」
「本当‼」
りんの顔を見ると非常にうれしそうだった。
「そりゃ良かったな。」
ヘラヘラした口調。鷹助だ。
「その内、目を覚ますかも…何だ‼」
「いいからこっち来て」
よもぎは無理やり彼の腕を引っ張て行った。お堂の外まで連れ出した。
「何だよ。」
鷹助は不満に引っ張られた腕を撫でた。
だが、よもぎは気にせずに口を開いた。
「私さっきまで包帯取りに行っていて…」
彼女の口ぶりは重々しかった。鷹助は思わず彼女の話に引きずられて黙りこんだ。
「偶然見ちゃったんだけど…あんたが頭と話している所…」
鷹助はピクリとした。
「間者っているの?」
鷹助は凍りついている。
「間者って中川からの?」
さらに聞くが鷹助は目をぱちぱちさせて返答に困っている。
「言えないならいいけど…」
「いるっていうか頭がそう思ってるんだよ。」
絞り出すような声が彼の口からやっと出た。
「俺たちが負け戦が続いたのは間者が紛れ込んでいて中川に情報を流しているんじゃなかって…」
「そう…」
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