四章 夢の守人ー2
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木場老人の捜索は日没をもって打ちきられた。
篠山博士のくだした結論は入水による自殺。死体は波にさらわれた、ということになった。
木場には家族もいなかったし、政府は力仕事にむかない老人の異端者の一人や二人、いなくなっても気にも止めない。
しかし、その非情を、忍はなげかなかった。
木場がほんとはどこへ行ったのか、忍は知っていたから。
それよりも忍が気になっていたのは、あの夢にガーディアンは何人いるのだろうということだ。
木場も有田も、夢に存在していることを、忍は最初のうち知らなかった。
彼らの夢じたいは、忍の夢と同様に、ずっと前から存在していたはずだ。忍がその存在を認識していないだけ。昨夜になって初めて、木場と有田の夢が忍の夢とクロスしたのかもしれない。夢がインタラクティブに働いたというか。
ということは、忍の知らないガーディアンが、まだ大勢いる可能性はある。現に室谷とは、まだ夢のなかで会ったことがない。
もしそうだとすると、それらのガーディアンの夢の内容を調べれば、何かがわかる。共通点を探し、原因を解明できれば、夢の世界に消えた人々も帰ってくるかもしれない。
木場老人や有田は、むこうの世界のほうが好きなのかもしれないが、彼女は違う。彼女というか、こっちの世界では、やはりまだ“彼”なのだろうか?
金色の髪の、あの人。
あの人をとりもどすことができるなら、なんでもする。
明日からは、かたっぱしから収容者たちの夢を調査して、ガーディアンを探そうと、忍は心に決めていた。
今日のところは、すでにガーディアンである可能性がもっとも高い室谷から話を聞きだすことにした。
他人に聞かれたくない内容だったので、忍は収容者が食堂に集まる時間をねらって、室谷一人を呼びだした。ロビーにつれだすと、あたりには忍と室谷のほか誰もいない。
室谷は緊張のあまり倒れそうなほど、オドオドしている。
忍は近ごろ変な夢を見ないかと聞きたかっただけだが、こっちもあせっているので、室谷の胸中をおしはかることまでできなかった。
「折り入って話がある」
「でも、その……まだ夕飯が……」
「正直に話してくれれば、じきに終わる」
忍の切りだしかたがよくなかったのだろうか。
すると、とつぜん、室谷の目つきが変わった。
さっきまで青ざめて死にそうな顔をしていたくせに、急にかみつくように言葉をたたきつけてくる。
「いいかげんにしてくれ! あんた、おれに目をつけてるみたいだけど、あんなこと、誰だってやってるんだよ! やばいドラッグ売りまわってるヒラよかマシだろ?
いいかい。大尉。これ以上、おれにしつこくするなら、あんただって覚悟しないといけないんだぜ? あんまりウルサイと、これ、バラまいちまうかんな?」
ポケットをゴソゴソして、室谷がつきつけてきたものを見た瞬間、忍は凍りついた。
室谷の手のなかの小型映写機に写っていたのは、ナスビ畑で新島に組みふせられている忍だった。押し倒され、むりやり唇を押しつけられるようすが、一部始終おさまっている。
沈黙する忍を、室谷はいやらしい笑みでながめていた。
「おれはさ。盗撮ってやつで捕まったんだよ。一回や二回じゃないんだ。何度もね。やめられないんだよねぇ。性分なんだろうね。おえらがたの秘密とか、キレイな姉ちゃんの恥ずかしいカッコとか、撮りたい。そんでもって、バラしたい。放火魔といっしょなんかねぇ? おもしろいやつを撮るとさ。ムズムズするんだよ。誰かに見てもらいたくってさぁ。だから、そういうソフト作ったら、収容所送り。ついてないよなぁ。
でも、ここのほうが楽しいね。おれは新島みたいな趣味はないけど、ここって変な趣味のやつ多いしさ。被写体には困らないし、撮ったやつを欲しがるやつらも多いんだよね。
ほら、あんたのやつも、よく撮れてるだろ? 仲間にメカ類にスゴイやつがいてさ。監視虫と受信機をセットで作ってくれたんよ。おかげで、いい絵がバカ撮れでさ。嬉しい悲鳴っての? あんたが言うこと聞いてくれないと、これ、売っちゃおうかなぁ? それとも、公安局に送っちゃう?」
忍はだまって室谷をにらみつけた。映写機をうばいとろうとしたが、室谷はとびのく。
「やめてくれよぉ。そんな、おっかない顔すんなよ。小便といっしょに心臓がもれだすかと思った。これ、とっても、バックアップが部屋にあるよ?」
忍は悔しさに歯がみした。
室谷はあざわらいながら、映写機で忍のほおをピタピタたたいてきた。
「わかったみたいだね。いい子にしといてくれよ。そしたら、これはナイショのスペシャルプレミア映像にしといたげるよ」
去っていく室谷を、忍はひきとめることができなかった。
*
その夜は、なかなか寝つけなかった。
室谷はあの映像をどうするつもりだろうか?
自分をゆするつもりだろうか?
まさか、ひそかに売ったりはしないだろうか?
そうなれば、忍は終わりだ。
教官から異端者へ早変わり。
人生の墓場だ。
追いつめられた獣の気分。
いっそ、あいつを殺してしまおうかと、ふと考えて、自分で自分におどろいた。
だから、眠りに入ったのは、夜中の二時すぎだっただろうか?
気がつくと、丘の上の研究所の前に立っていた。
「キューティーブロンド!」
空を見あげながら叫ぶ声が、むなしくひびく。
キューティーブロンドをとらえたヘリは、とっくに見えなくなっていた。
ドクター・リッパーが研究所の窓枠をこえて、やってくる。
「なんてことだ。あれはジャンクシティーの奴隷狩りだ。話には聞いていたが、まさか、こんなところまで来るなんて」
「ジャンクシティー? 奴隷狩り?」
ナインスドラゴンが聞くと、切りさき博士は名前に似合わず、理知的な表情でうなずいた。変態的な研究意欲につき動かされていないときは、おだやかな人柄のようだ。
「うむ。君は知らないのか? ナインスドラゴン」
「私はこの数年、帝都から出たことがないんだ」
「わがはい、知ってるニャー」
どこからか声がした。
おどろいて見ると、ナインスドラゴンのポケットから、キメトラが顔を出していた。ポケットはキメトラが入っていられるサイズではないのに、不条理にもそこから、よっこらせっとおりてくる。
「わがはい、知ってるニャ。ジャンクシティーは近ごろになって、オオサカシティーの近くにできたゴロツキの街ニャ。街を大きくするために、あちこちで人をさらって奴隷にしてるニャ」
「キメ! いつのまに?」
「ナイドラがわがはいの家を持ってるからニャ。わがはい、これからはずっと、ナイドラについてくニャ」
ナインスドラゴンは困惑した。
すると、スチャッとメガネを押しあげて、ドクターが教えてくれた。
「ドラゴン。君、牙じいさんから、ドール使いの技を伝授されただろう? ちょっとポケットのなかを見せたまえ」
ポケットに手を入れると、たしかに手のひらサイズの薄型ケースが入っていた。アンティークなもようが彫刻されている。厚みは三センチほどだが、ふたをあけるとガラス張りのドールケースになっていた。
なかは木枠で上下四つずつ計八つに仕切られている。
一つの枠は三センチ四方。左端の上段には家具が飾られて、使用済みになっている。
「ドール使いか。聞いたことがあるな。世界中の精霊をドールとして封じ、自由に召喚できるという技か」
精霊とはガーディアン以外の生き物のことだ。
つまり、世界人口の九割以上をドールに変換できる。
ただし、心の通じあった相手か、戦闘に勝利して屈服させた相手しか、ドールにはできない。
キメが左端の枠を丸っこい手で示した。
「わがはい、ここに住んでるニャ。ナイドラがピンチのときには、いつでも出てくるニャ。わがはいの得意分野は、情報収集と匂いかぎわけニャ。あと、雑用もしてあげるニャ。パシリってやつにゃね」
自分でパシリというあたり、戦闘には期待できない。
だが、もちろん、この愛らしい生き物を戦闘に使役するつもりはない。
「キメといっしょなら、旅も心強いな」
「にゃあーん。わがはいも嬉しいニャー」
抱きあっていると、むむむ、とドクターがよこで考えこんだ。
「むーん。君がドール使いになったなら、フランケンを蘇生できるかもしれないな。僕のかわいいフランケンがムダに死ぬよりは、君がキューティーブロンドをとりもどすために役立つほうが喜ばしい」
「あんたはキューティーブロンドを実験に使いたいんだろう? 私が彼女を奪還したあと、フランケンによこどりさせる気じゃないのか?」
「安心したまえ。ドールはドール使いの命令しか聞かないよ。僕のキューティーブロンドが荒くれどもの奴隷にされて、貴重な細胞を浪費させてしまうよりは、君がとりかえしてくれたほうがいい。そのほうが、まだしも僕にも彼女の細胞を手に入れるという望みが……いやはや」
やはりまだ心配なところのあるドクターだが、ドールがドール使いの命令しか聞かないのは真実だ。つまり、フランケンもドールにしてしまえば、ナインスドラゴンの言葉にしか従わない。
ナインスドラゴンはドールケースを液状のドロドロのフランケンの死体にかざした。
蘇生がまにあわないのではないかと思ったが、ドクターの願いが通じたのか、フランケンの死体はあわい光に包まれ、ドールケースのなかにコロリところがった。
ドールはドールケースのなかに入ると傷がいやされる。いずれフランケンも元気になるだろう。見ためはグロテスクだが、強いことは強いので、戦闘には役に立つ。
「フランケン。達者で暮らすんだよ」と、ドクターの目に涙が光る。いちおう、親心は本物だ。
ナインスドラゴンは宣言した。なんだか、そう言わなければいけないような気がしたのだ。
「では、次はジャンクシティーだ。キューティーブロンドをとりもどす」
言ったとたん、頭上でおぼえのある音がした。
パラリロパラパラチャラリララン。
例のゲームステージをクリアしたときの音だ。
「一面クリアしたらしいな。レベルも上がったようだ。ここから新章スタートか」
「ドールはドール使いのレベルで体力が上がったり、使える技が増えるニャ。ナイドラもいっぱいレベル上げたほうがいいニャ。ジャンクシティーは、つわものぞろいニャ」
「このゲーム。まだ続いてたんだな」
「それは夢のまざりぐあいだから、思いだしたみたいに、ときどき出てくるニャ。でも、おかげで、わがはい、ナイドラと旅に行けるニャ。嬉しいニャ」
「そうだな。感謝しよう。ところで、ジャンクシティーへ行くには、どの方法が手っ取り早いだろう? やはり、メトロでオオサカシティーまで行くべきか?」
ドクターが失笑した。
「ナインスドラゴン。君は竜だろう? なんのための立派な羽だ」
「羽?」
言われて、ナインスドラゴンは自分でも失笑した。
「そうだったな。私には竜の羽があった」
「今夜は風向きがいい。追い風になる」
「では、さっそく行くよ。もし牙じいさんに会ったら、よろしく伝えてくれ。それと、約束どおり猫たちを傷つけないようにな。ニャック・ザ・リッパー博士」
「ニャックじゃない! 君までニャゴヤ弁で呼ぶのはよしてくれ。僕の名前はニックだ。ニコラス有田!」
「…………」
ニックだったのか。キメたちのペースにハマって、すっかりニャックだと思っていた。
「……とにかく、行くよ。じゃあな。ドクター」
「僕のキューティーブロンドをよろしく」
最後まで“僕の”で通している。
ナインスドラゴンはキメトラとケースをポケットに入れると、羽を広げた。夜空に浮かぶ月にむかって羽ばたく。上昇気流をとらえ、みるみる高みへのぼっていく。
ニャゴヤのノスタルジックな街の明かりが、いちめんに眼下に見渡せる。
「きれいニャー。空から見るのは初めてニャー」
ポケットからキメが顔だけ出して感嘆していた。
なんだか、ひさしぶりの解放感だ。
空を飛ぶのは、ずいぶん、ひさしい。
ファントム将軍が権力を持ってからというもの、竜族は空を飛ぶことを禁じられたから……。
「いいニャー。ナイドラは。わがはいも羽があったら、毎日、飛ぶのにニャー」
「うん。私も、そう思う」
キメの頭をなでてから、ナインスドラゴンは西へむかった。
空の旅は快適で、ジャマするものなど何もない。
風を切る心地よさに、ナインスドラゴンは酔った。
ずっと、こんなふうに自由に飛びたいと願っていた。
窒息しそうなほど縛りつける、地上のあらゆる戒めから解き放たれて。
(誰だった? そんなことを誰かが言っていたような気がする)
思いだせない。
思いださないほうがよいのだ。
今、ここにいるときだけは自由なのだから。
追い風に乗って飛行を続ける。
しだいに空が明るんできた。
数百キロの旅も、羽を使えば、ほんの
夜明けの光のもと、ナインスドラゴンはその街を見た。
朝のすがすがしい光が、これほど不似合いな街もめずらしい。
空からだと、大きなガラクタをつみかさねた、不燃性粗大ゴミの集積場にしか見えない。
しかし、よく観察すると、街を包む城壁は堅固で、あちこちに高射砲までそなえつけている。意外にハイテクな街だ。
上空から観察すると、外周に行くほど雑然として汚い。
中央あたりは、そこそこ街らしく見える。その中央と外周を二分するように環状道路が円形に伸びている。
外周はいくつかのセクションにわかれていて、ゴミまみれながら人家らしきもののある区域や、工場、飛行場などがある。
それだけ見て、ナインスドラゴンは街の飛行場兼荷おろし場へむかっていった。
あのパイプにブリキ板を張りつけたようなヘリが五、六機、身のほぐれた魚のようにならんでいる。今しも一機は、狩られてきた奴隷を檻から出しているところだ。
ナインスドラゴンが飛行場に着陸しようとすると、近くの高射砲台からレーザー砲が発射されてきた。同時に捕獲ネットが降ってくる。
「気をつけるニャ。よそものは捕まると、みんな奴隷にされてしまうニャ」
ナインスドラゴンはレーザーの光線と光線のあいだをすりぬけ、捕獲ネットをかわして進んだ。ニードルショットをかまえ、高射砲をあやつる狙撃手を撃ち落としていく。
飛行場内には警報が鳴りひびき、あわただしく警備兵が走りだしてくる。ブリキの兵隊だ。いかにもポンコツだが、見ために反して、ニードルショットの針をはねかえしてしまった。
「あれに捕まると、やっかいだな」
「街のなかにまぎれこむニャ。どうにかして身分証を手に入れて、市民になりすますニャ」
「こんな街でも市民権はあるのだな」
上空から見ただけでも、すでに飛行場にキューティーブロンドの姿はなかった。もう別の場所に運ばれてしまったのだ。
ナインスドラゴンは飛行場をあきらめ、外周の城壁に近い建物のかげに着地した。
街なかに入ると、ほんとうに汚い。
人家もなくはないものの、鉄骨や鉄板をよせあつめ、どうにか建物の体裁をとっているのは、まだいいほうで、大部分はトタン屋根をがれきにさしかけた、小屋というのもためらうような代物だ。
気の滅入るような、すさんだ光景である。
「こんなところに人が住んでいるのか?」
あきれてつぶやいたときだ。
コホンとせきばらいがして、ボロ布だとばかり思っていたかたまりが、モゾモゾとトタンの下で動いた。
「おるよ。こんなところに巣くっとるのは、ガラクタの街のなかでも、とくにガラクタの連中ばかりじゃがな」
恐ろしく小さい老人だと思えば、小人族だ。北の地にかくれすむ、コロポックルとか座敷わらしとか言われる種族だ。キャットピープルより、さらに半分以下のサイズだ。ナインスドラゴンも見るのは初めてだった。
「おどろいた。小人族は、めったなことでは自分たちのテリトリーから出ないと聞いたのに」
「うん。もちろん、自分で出てきたんじゃない。むりやり、つれてこられたんじゃ。手先の細かい作業には小人族が適しとるなんぞとぬかしおってな。
このとおり、年とって手がふるえるようになったら、すてられてしまったんじゃ。こんなゴミ捨て場にころがっとるのは、みんな、そんな者ばかりじゃわい」
やはりゴミ捨て場だったのだなと思い、もう一度、あたりを見まわした。
あっちにもこっちにも、ボロ布のかたまりが、がれきのスキマにうずくまっている。小人族にかぎらず、あらゆる種族がいる。みんな、生きることに疲れている。
「なるほど。さらってきて働かせるだけ働かせて、用なしになるとすてるのか」
「もっと悪どい連中は、すてるかわりに殺して、ほかの奴隷の食料にするがの。生かされとるだけマシかもしれん。じゃが、今さら自由にされても、わしらにゃ、もう故郷に帰る力もない。このまま、ここで老いぼれていくだけじゃ」
ナインスドラゴンは怒りでヘドが出る思いがした。
「誰だ。そんなことをしているのは?」
「誰と言っても、ゴロツキどもじゃよ。あちこちから流れてきおる。腕だけをたよりにした連中じゃな。この街じゃ、強いヤツらは何をしてもいい。殺しあいながら自分の縄張りを広げ、奴隷をさらってきては、ますます私腹を肥やす。じゃが、一番の親玉は、アイツじゃ」
親玉は誰だと聞こうとしたとき、老人は低くうめいて口をつぐんだ。サッとがれきのかげを、小さなネズミが走っていく。
そういえば、さっきから、いやにネズミが目につく。
ゴミ捨て場のせいかもしれないが、ネズミの多い街だ。
「どうした? ご老体。親玉が誰だか聞かせてほしい」
老人は恐ろしげに首をふった。
それ以上、どんなにたずねても、ひとことも答えてくれなかった。
「お若いの。この街で腐りたくなければ、あんたも早く出ていくことじゃ。あんたはキレイな、いい目をしていなさる。こんなところにいる人じゃない」
「いや、私は大切な人を探している。奴隷狩りでさらわれてしまったんだ。彼女を助けだすまでは、この街を出ていくわけにはいかない」
老人はだまってナインスドラゴンを見つめていた。そして、しかたなさそうにつぶやく。
「奴隷市場へ行きなされ。さらわれてきた奴隷は、そこで競りにかけられる。ただし奴隷市場へ入るためには、市民権が必要じゃ」
「市民権はどうやったら手に入る?」
「住民管理局で住民登録し、身分証をもらうんじゃ。なに、住民管理局なんぞといっても、ならず者じゃ。金で話をつけられんでもないが、金があると思えばおそってくるし、ないと思えば、これまたおそってくる。腕ずくが一番さのう」
老人は管理局のある方角を指さした。
「ありがとう」
「礼にはおよばんよ。管理局の用心棒は強いでな。気をつけるんじゃよ」
ナインスドラゴンがうなずくと、老人は力なく、がれきのなかによこたわった。毎日、このゴミ捨て場でゴミをあさりながら、ほそぼそと生きているのだろう。
なんとかしてやりたかったが、今はキューティーブロンドを助けることが先決だ。急がなければ、キューティーブロンドの身にも、今まさに危機が迫っているかもしれない。
ナインスドラゴンは感謝と謝罪の念をこめて、頭をさげた。
「にゃあ。これ、わがはい秘蔵のシャチホコせんべいニャ。じいちゃん、食べるニャ」
キメトラがポケットから顔を出して、老人に小袋を渡した。老人は涙ぐんだ。
「おお、こいつは、ありがとうよ」
老人と別れて、教えられた道をめざし、がれきをふみこえていく。初めは道なき道だったが、そのうち、いくぶん街の体裁がととのってきた。道ができ、道端には、あばら家ながら商店がつらなる。
たしかに、ゴロツキが五万とウロついている。
多くは上半身が獅子だったり、下半身がヤギの足だったりする獣人だ。
獣人は種類が多く、たくましく、繁殖力にもすぐれている。世界中で、もっともありふれた生物だ。世界人口の八割は獣人であろう。
あとの二割は、小人族など数種の完全な人型のピュアピープルと、四大元素などの形を持たないエレメンタル族、竜人族、カラクリ族、ファントム族などが少数ずつ。
じっさいには二つ以上の種族の特性をあわせもつ種族などもいて、厳密には区別しがたい。たとえば、キャットピープルは、人手によって作られたものが魂を得たカラクリ族と、獣人族の両方の特徴を持っている。
特別なのは、ガーディアンだ。
ガーディアンはどの種族のなかにも一人ずついる特殊能力者である。生まれつき、自分の種族を繁栄させる力を持っている。ガーディアンがその力を発揮できないと、その種族はすたれていく。
ナインスドラゴンもガーディアンだが、自分の力がふるわないので、竜族は戦闘において、全種族のなかでも特別に優れた力を持ちながら、衰退していく一方なのだと思った。
火、水、風、土、雷、毒、聖、光、闇の九つの竜の種族の守り神として、この名をあたえられたというのに。
かつて、竜族は世界中のすべての都市の長か、長でなくても長を補佐する役目にあった。繁栄をきわめていた。
帝都の王族を守護する国王軍の総大将も、かならず竜族がつとめていた。ほんの数十年前、ファントム将軍が帝都にやってくるまでは……。
通りを行きかう人々をながめながら、そんなことを考えているうちに、管理局の前まで来た。
小人族の老人がすぐにわかると言ったとおり、管理局は環状線の内側へ通じる大通りをふさぐ形で建っていた。
門の前に巨大な鉄の金棒をにぎったミノタウロスと、長槍を地面につきたてたケンタウロスが、仁王立ちになっている。
「おいこら、にいちゃん。見ない顔だな。こっからさきは身分証がいるんだぜ」
「出してみせな」
二匹の獣人はニタニタ笑いながら、ナインスドラゴンの前に立ちはだかった。
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