四章 夢の守り人
四章 夢の守人ー1
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そうだ。行方不明の有田だ。
なぜ、彼がこんなところにいるのか?
「その姿は、どうしたんだ? それに、この実験室は……」
とまどいながら、忍はたずねた。
有田の顔をしたクリーチャーは、姿に似合わぬ冷静な口調で答える。
「あなたのせいですよ。九龍大尉。あなた、異端者のソフトを使用しましたね? 僕の姿は、その男の趣味です。あなたの夢のなかに、そいつの世界がとりこまれてしまったから、こんなB級ホラーじみた姿にされてしまったんです。僕の名字が
「ここで何をしているんだ?」
「もちろん、実験ですよ。私の夢はね。新人類をこの手で生みだすことです。どんな劣悪な環境のもとでも生きぬいていける、優秀な人類を作ること。
まあ……多少、非合法な実験もありますが、科学の進歩のためです。ここでは規制する者もいませんから、好きなだけ実験できる」
「もしかして、そのための材料として猫たちを——」
「もちろんです。それ以外に使い道なんてない。あれは低脳で貧弱なクズだ」
忍はムッとした。
「こんな化け物より、私は猫たちのほうが、ずっと好きだ」
有田は腕をひと組み広げて肩をすくめながら、別の一本の手でメガネのまんなかを押しあげた。たしかに器用に使いこなしている。
「そこにならんでいるのは、まだ未完成体です。外見が麗しくないのは、僕も認めますよ。今のところ、そこまで手がまわらないのでね。
しかし、低酸素濃度の高所でも自由に行動できるよう、皮膚細胞にミトコンドリアを含有させ、光合成をおこなえるようにしました。そのとなりの実験体は、顔からぶらさがっている管で、有毒ガスを呼吸によって、ろ過できる。さらにとなりは、その両方の特徴をあわせ持ったもの。これによって大気汚染に関しては人体の数十倍の耐性を得た。
また、損傷を受けたときには、血液中の血小板の分泌量を増加し、細胞の分裂速度を高めることができる。
成長ホルモンのバランスを調整することによって、生後一年で成人させることにも成功した。まあ、成長については材料が猫だから、さほど手をくわえることはなかったが。ともかく、急成長のおかげで、改造人間どうしでの繁殖も、すでに完了している。初期データはおおむね、そろった」
「猫たちを実験に使うなと、牙じいさんが言っていたぞ」
「ああ。いいですよ。生きた臓物などの採取のために被験体が入用だったが、ここまで実験が進めば、もうあんなものは必要ない。ヤツらは死後数時間で木化してしまうから、被験体にはむいてないんだ。今後は猫たちは使いませんよ。大尉。約束します」
すんなり了承してくれたので、忍は安心した。が、有田は妙な薄笑いを浮かべたまま、忍たちのほうへ、にじりよってくる。
「ですがね、大尉。彼女は別だ。彼女だけは渡せない。僕の可愛い子どもをもっと強く、もっと美しく進化させるためには、どうしても彼女が必要なんだ。彼女の細胞のあの増殖力。回復するテロメア。無敵の免疫力。何もかも欲しい。君は最高だよ。キューティーブロンド」
カマキリの前足のような一対の腕をふりあげて、せまってくる。
忍はニードルショットを有田につきつけた。
「動くな。撃つぞ」
「おっと、大尉。勇ましいですが、それはダメですよ。僕はガーディアンなんだから。こうして僕がせっせとクリーチャーを作ってるから、この世界の人口は増えているんだ。この世界には、まだまだ僕が必要なはずさ」
「どういうことだ?」
「そのうちわかるさ。さあ、キューティーブロンドをよこしなさい。早く、よこせ!」
カマをふりおろし、おそいかかってくる。
忍は有田のカマの一本のつけねを狙って、ニードルを撃ちこんだ。うぎゃっと悲鳴をあげて有田がのけぞる。そのすきに、有田のよこをかけぬけた。キューティーブロンドの手をにぎって、暗いろうかを一直線にかけていく。
「待て——待ってくれ! キューティーブロンド!」
有田が追いかけてくる。だが、足どりは重いようだ。ニードルショットはきいている。
「お願いだ。キューティーブロンド。もどってきてくれ。どんな実験でもさせてくれると、君は言っただろう?
君の卵子で君のクローンを作ろう。クローン体をバラして、骨格、筋肉、臓器を僕の子どもたちに移植しよう。君のクローンの皮膚をかぶせたら、子どもたちも、きっと美しくなる。
それに、子どもたちの遺伝子と君の遺伝子をかけあわせたら、最強の人類が生まれると思うんだ。
わかるだろう? 君の細胞と僕の細胞が一つになるんだよ。僕たちの子どもだ。二人で素晴らしい人類を作ろう。新しい人類の父と母になるんだ。僕たちはアダムとイブなんだよ」
変態的なことを切々と訴えながら追ってくる。
「もう一発、撃ってやろうか?」
忍がたずねると、キューティーブロンドは首をふった。
「いいよ。有田が必要なのは、ほんとだし。あれでけっこう役に立ってる」
それは、すべてを知っている者の口調だった。
忍は聞かずにはいられなかった。
「牙じいさんをつれてきたのも、あなただと聞いた。いったい、あなたは何者なんだ? キューティーブロンド」
暗闇のなかでも光り輝くように美しいおもてが微笑をきざむ。
「それは有田がつけた名前だ。わたしの真の名前じゃない」
「君のほんとの名は?」
「あなたが本物だと思える名前が、ほんとの名だよ」
さっきまで真実だと思っていたものが、忍の手をすりぬけていく。深い混迷だけが、どこまでも続いている。
忍の困惑をはらうように、キューティーブロンドが言った。
「牢屋だ。ここまで来れば、階段をあがれば地上だよ」
そのとき、階段のよこから、巨大な人影が現れた。
人ではない。クリーチャーだ。
有田の実験室で作られた化け物だ。
さきほど、忍が見かけたのは、コイツだったのだ。
有田の命令がとんだ。
「捕まえろ、フランケン! 逃がすなッ」
フランケンという怪物が、こっちへ突進してきた。
忍はニードルショットを撃った。
巨体から白い人工血液が、どろっとあふれだしてくる。が、みるみる傷口がふさがっていく。損傷時における細胞の異常増殖。自己再生。これでは、きりがない。
だが、怪物は自己再生のあいだだけ動きが完全に止まった。
忍はニードルショットを連射して、怪物の動きを止める。そのすきに、キューティーブロンドを地上へ続く階段のほうへ押しこんだ。さらに連射して、自分も彼女のあとを追う。
「しつこいな。まだ倒れない。有田が自慢するだけあって頑丈にできている」
ときおり、ふりむきざまにニードルショットをおみまいして、怪物を足止めしながら一階まで逃げてきた。
見おぼえのあるドアは、猫たちがケージに捕まっていた部屋だ。そこにキューティーブロンドをつれて入る。ガラスの割れた窓を、忍は指さした。
「キューティーブロンド。君はさきに逃げてくれ。シャノアールで待っていて」
「あなたは、どうするの?」
「君が逃げだす時間をかせぐ」
ニードルショットの弾が切れた。弾倉を交換するヒマもなく、怪物がドアを体当たりであけはなった。声もなく無気味にせまってくる。
忍はニードルショットをホルスターにおさめると、大剣をぬいた。両手でかまえ、怪物に切りかかっていく。
怪物は間近で見ると、ゆうに三メートルはあった。皮膚は緑色で、顔のまわりに管がたれさがり、体じゅうに、つぎはぎのような縫いめがある。こぶのように筋肉が盛りあがり、腕など忍の倍の太さはある。
太い腕がふりおろされると、猫の入れられていた鉄パイプのケージが、グニャリとまがった。
ただし、動きは速くない。
忍は大ぶりの腕の下をかいくぐり、怪物の脇腹に両刃をうずめる。頑丈な筋肉によろわれた体は、さほど深く傷つけることはできなかった。が、傷がつけば、とりあえず動きは止まる。止まったところを、次々に、めった切りにしていった。
やがて怪物は大きく手足をゆらしてケイレンした。ぐなぐなと床に倒れる。
分裂回数の限度に達して、再生できなくなったのだ。皮膚や筋肉がドロリと溶けくずれてしまった。緑色の液体になって床に広がる。緑のゼリーのなかに、骨や臓物が溶け残っているのが気持ち悪い。
忍が剣をおさめていると、息を切らして、有田がかけつけてきた。ゼリーを見て悲鳴をあげる。
「ああッ、フランケン! なんてことするだ、大尉! フランケンは僕が作った人造人間のなかでも一番に優秀だったのに。フランケンにキューティーブロンドの細胞を組みこめば、無数の細胞分裂が可能な人類ができたのに……」
あの美しい彼女の細胞が、あんなおぞましいもののなかに入れられずにすんでよかったと、忍は心から思った。
だいたい、あの可愛い猫たちを材料にして、どうやったら、ここまでみにくい生物を作ることができるのだろう?
そういう点では、有田は天才だ。
忍は有田を無視して、窓枠をとびこえ外へ出た。
そのときだ。上空からバラバラとハデな音がふってきた。
見あげると、空に恐ろしくポンコツなヘリコプターが飛んでいた。
ヘリというか、妙な乗り物だ。
プロペラはついているが、その下の機体は薄い鉄板をつなぎあわせたもので、それも、なかばはむきだしの鉄パイプだけという、とんでもないものだ。
三輪車と巨大な檻をひっつけたようなデザインの物体が、堂々と空を飛んでいる。檻の床下に穴があいた。そこから放射状に爪のひらくクレーンがおりてくる。
「——危ない! キューティーブロンド!」
クレーンが狙ってるいのは、キューティーブロンドだ。
キューティーブロンドは忍が出てくるのを、少し離れた場所で待っていた。クレーンに気づいて、こっちへかけてくる。
意外にもクレーンの動きはすばやく、その爪がキューティーブロンドを捕まえる。
「ナインスドラゴン!」
クレーンのあいだから手を伸ばすキューティーブロンドの姿が、みるみる遠ざかり、美しい人は檻のなかへ入れられてしまった。
「キューティーブロンドーッ!」
忍の叫びをかきけし、騒々しいプロペラの音を立てながら、ヘリは北西の空へと消えていった。
*
次の瞬間、忍は自分の声におどろいて、とびおきた。
「キューティーブロンド!」
布団をにぎりしめたまま、はねおき、あたりを見まわす。
(ここは……どこだ? キューティーブロンドは? おれはドクター・リッパーの研究所にいたんじゃ……)
清潔で真っ白い四角い部屋。
ムダなものは何一つない。
巨大な月を背景にしたポンコツのヘリも、いかにもホラーアドベンチャー風の廃屋も、遠くに見えていたニャゴヤの華やかな街の灯も、どこにも影も形もない。
忍は気が狂いそうな気分だったが、枕元に置かれた自分の似顔絵を見ているうちに、だんだん現実と焦点があってきた。
写真用スタンドに入れて立てられている絵。
変な服を着て、髪を短く切った自分……いや、むしろ変なのは、あの目だ。
どうして、あんな獣みたいな双眸をしているんだ?
そう。たしか、誰かが……藤川がくれたんだ。
こんな目をしていたと言って。
気に入ったから飾っておいたが、あれはまだ昨日のこと……のはず。
昨日と考えて、忍はがくぜんとした。
あれからもう何日もたってしまったような気がする。
だが、あれから、ほんの一晩しか経過していない。
自分は長い夢を見ていただけなのだ。
なんだか回をかさねるごとに、夢と現実の境界があいまいになっていくようだ。
目ざめたとき、意識がハッキリと覚醒しない。
どこまでが夢で、どこからが現実なのか、わからない。
夢の世界が現実に近づいているというか、現実に皮一枚でひっついているような気がする。
忍は夢の世界をふりはらい、現実感をとりもどすのに、まだしばらくかかった。
時計を見ると、午前七時の五分前だ。昨夜は十時には寝たから、たっぷり九時間は寝たことになる。頭がぼんやりするのは寝すぎかもしれない。
「マスター。おはようございます。今朝も脈拍と血圧が高めですね。高血圧に注意して、塩分をひかえめにしたほうがいいでしょう。七時になりました。朝のしたくをなさいますか?」
ゾロメにうながされて身支度を始めたが、何か大事なことを忘れているような気がした。何か、あの夢に関することで……。
それがなんだったのか、思いだせないまま、忍は食堂へ行った。
職員があわただしい気はしていたが、夢の後遺症で、なんのやる気もしない。あまり気にとめず、いつもどおり農作業の監視に行こうとした。
とつぜん、警報が所内にひびきわたる。
忍はその場に立ちつくした。うしろにいた兵士がよけそこねて、ぶつかってくる。
「すまない。あれは何事だ?」
「非常収集であります」と、若い兵士が答える。
「非常収集? 何があったんだ?」
「逃亡者であります。本日未明、収容者が一名、自室より行方をくらましました。脱走と思われますので、全職員にて全島捜査を実施します。大尉も一階ロビーへおいでください」
どおりで、あわただしいはずだ。
教えられたとおり、中央管理棟の一階ロビーへむかう。
百人ほどの兵士が隊列を作って、外へ出ていくところだった。
忍がかけつけると、風間曹長がよってきた。
「大尉。お聞きおよびですか?」
「たったいま聞いた。収容者が脱走したって?」
「こんなこと前代未聞ですよ。ヤツら、ここをぬけだしたって行くところなんてないのに。まあ、ほんとのところは、どっかで自殺してるんでしょうがね。自殺者は、たまにありますから」
「そうなのか」
「内地にいるよりは、ここのほうがヤツらにとって、ずっとマシなはずなんですがね。なかには人生に絶望して、死にたがる者もあるのです」
風間曹長はしんみりした口調で続ける。
「行方不明の収容者もそうです。ときどき、医療室に抗うつ剤をもらいに来ていました。
若いころは腕のいい職人だったらしいのですが、年をとってから一家全員を事故で亡くし、自分だけが助かったのだそうです。以来、やたらに猫を増やして、家族の名前で呼んで……猫を死んだ家族だと思っていたわけです。精神的なショックが大きかったのでしょうね。
異端者といっても、ああいうのは哀れです。一人息子の夫婦と孫にかこまれて、幸せに暮らしていたらしいのですが。
愛玩動物の購入には、ものすごく評価ポイントを消費するし、奇矯なふるまいも増えるしで、けっきょく、ここへ送られてきたのです」
猫と聞くと、どうしてもキメトラを思いだしてしまう。
「その収容者の名前は?」
なにげなくたずねた忍は、かえってきた風間の答えに驚愕した。
「木場です。
「キバ……ジロー……」
牙じいさんだ。
あのキバは牙ではなく、木場だったのだ。
——わしゃ、もうずっと、ここで暮らすつもりだよ。なんせ、ここはまわりじゅう猫だらけだからな。
そう言っていた老人の言葉が脳裏によみがえる。
「木場のコンパートメントはどこだ?」
「大尉、どうされましたか? 顔色が真っ青ですよ?」
「その老人の部屋を調べたい」
「木場の部屋なら、担当教官がすでに調べているとは思いますが。第六グループなので、コンパートメントは七階です。私が案内しましょうか?」
「たのむ」
七階につれられていくと、照明が無人のろうかを閑散と照らしている。収容者たちは今日も通常の作業があるのだ。みんな、出かけていた。
収容者のコンパートメントには担当教官か所長、医療チームしか入れない。医療チームの風間のIDカードでハッチのロックをひらくことができた。
内部は職員の使うコンパートメントと違いはない。
違うのは、浴室やトイレなどの水まわりが共同のため個室にはないということだけだ。それ以外は間取りも広さも同じである。
壁にはめこみのクローゼットや、床にすえつけの寝台。
病院のような造りだ。
ただ、木場のコンパートメントのふんいきは、忍の部屋とは、まったく異なっていた。
忍は私物が少ないので、殺風景そのものだが、ここは、あたたかい。いたるところに木製の家具が置かれている。ふつうサイズの家具もあるが、多くはミニチュアの置物だ。壁という壁に棚がとりつけられ、ミニチュアが配置されている。
それにしても、妙にスキマが多い。ミニチュアの配置から考えて、その棚にはもっと多くの置物があったと想像できるのだが。
風間が説明する。
「木場老人は昔は家具職人だったんです。木をけずって、すべて手作りでね。おえらいさんに評判がよくて、名誉市民賞をもらったこともあったらしいですよ」
話していた風間が、とつぜん、息をのんだ。
「大尉! これ、大尉にですよ。ごらんください!」
風間は机の上から封書をとりあげ、さしだしてきた。
今どきめずらしい古風な手書きの手紙。
あてなは九龍大尉殿と書かれている。
どう見ても遺書のていだ。
受けとって裏を見る。
木場次郎と署名があった。
忍は封を切って、びんせんをとりだした。
どこかで見たような赤い色鉛筆で、数行、短い文章がしたためてあった。
『前略。九龍大尉殿。約束どおり、これをさしあげます。また、あの街でお会いしましょう。草々』
たった二行だけの手紙だ。
忍のほかの人間には、誰もその意味はわからないだろう。
机の上には、小さな箱のようなものが置かれていた。
よく見ると、それはひじょうに精緻な仕上がりの家の形をしている。木目つやだしの美しい彫刻だ。扉のもよう。窓のフレーム。花壇の花。古い西洋の建物である。
指さきがふるえる。
忍はオモチャの家をとりあげた。
ドアのところが金具になっていて、はずすと二枚貝のようにパックリとひらいた。なかはおどろくほど小さな、本物そっくりの家の内部になっている。調度もそろっていた。
そのまんなかに、小指ほどの大きさの人形が立っていた。
家具は木目のままだが、人形は彩色されている。
ピンと立った耳。ゆらゆらとゆれているような長い尻尾。黄色い目の、トラジマの……。
「黄目トラジマだ」
つぶやく忍の声はかすれていた。
それはどう見ても、昨夜の夢で見たキメトラである。
ちょっと首をかしげるしぐさや、笑ったように見える、みつくちのひらきかたまで、そっくりだ。
忍のよこから風間がのぞきこんで、おどろいていた。
「大尉。よくご存じですね。木場老人とはグループも違うし、どこでお知りあいになられたのですか? このドールハウスは木場じいさんの作品のなかでも傑作で、ご当人も自慢していました」
忍がだまっていると、風間は室内を見まわした。
「だけど、おかしいな。前はもっと部屋じゅうに猫の人形が置いてあったんですが。大きいので四、五十センチ。小さいので五、六センチ。木を彫ったやつに一匹ずつ彩色して、その全部に木場は名前をつけていました。二百はあったはずなのに、誰かに盗まれたんだろうか?」
そうではない。猫たちはみんな、老人といっしょに引っ越していったのだ。もっと住みよく、生き生きと暮らせる彼らの天国へ。
(だから、あの夢のなかで、猫たちの死体は木化してしまったんだ。もとが木でできた人形だからだ)
今朝から何かがひっかかっていた。
それは、これだった。
あの夢には前日に行方不明になった有田がいた。
そして今度は、木場老人が消えた。
もうまちがいない。
二人は夢の世界へ行ってしまったのだ。
夢が彼らの存在を食ってしまったとでもいうのだろうか?
それとも、彼らが夢をのっとってしまったのか?
いったい、どうやってなのか、その方法はわからない。
でも、この事実は動かしようがなさそうに思える。
彼らは夢の世界の守護者であり、意思の力によって、あるていど世界を変えることができるようだった。
自分の願望で世界を創り、夢の世界を広げていたのだ。
それが彼らの言う、ガーディアンの力なのだろう。
ガーディアンとは完全なる夢の世界の産物ではなく、自身が夢見ることのできる人間のことなのかもしれない。
そうでなければ、昨夜の夢の説明はつかない。
あれは忍が最初に見た逃亡の夢の続きでありながら、室谷のソフトの世界、木場老人の猫の天国、有田のマッドサイエンティストじみた研究施設などが、複雑にからみあっていた。
何人もの精神世界がかさなりあうことで、夢の世界が現実のような存在感を持って構築されていくかのようだ。
しかし、それなら、なぜ、忍は彼らのように消えないのだろう?
忍だけではない。夢と関係のありそうな室谷も今のところ、なんの異常もない。これは、どう説明すればいいのだろうか?
考えこむ忍に、風間が問いかけてくる。
「大尉。木場老人と親しかったのですね?まるで形見わけだ。やっぱりもう生きていないのかな?」
忍には答えようがなかった。
木場老人は猫たちと夢の世界へ行ったんだなんて、とても言えない。
その日、島の全域を捜索したが、木場を見つけることはできなかった。
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