三章 夢追いー4

 4



 精緻な寄木細工の扉をあけると、せまい店内にビッシリと商品がならんでいた。


 照明が薄暗い。

 すみのほうはよく見えない。


 手前のほうは薬や菓子や服で、カウンターをはさんだ奥に、武器が陳列されている。


 カウンターのなかには鼻メガネをかけた白猫がすわっていた。赤いドレスを着た可愛いメス猫である。


 メガネの奥から、チラリとこっちをのぞいて値ぶみしている。駅員と酔っぱらいは問題外だが、近衛騎士は金になるとふんだようだ。急にニッコリ牙を見せて笑う。


「いらっしゃいませ。何かお求めですか?」


「ああ。服と武器を。だが、その前に、この店のあるじと話したい」

「あら、おじいさまとですか? 祖父は今、手が離せないのですけど」


「ならば、待たせてもらう。いつまでかかる?」

「さあ、二、三時間だと思います」

「そんなには待てないな」


 忍が困っていると、カウンターから、さらに奥に続く扉の内から声がした。


「シャナリ。お客さんかね?」

「はい。竜のお客さまですわ。おじいさまに会いたいそうです」

「竜か。めずらしい。後学のために見ておきたい。入ってもらいなさい」

「はい。おじいさま」


 白猫は名前どおり、しゃなりしゃなり歩いてきて、カウンターの一部をあげて、人が通れるようにした。

 そのようすをキメとチャコが嬉しそうにカウンターに両手をのせて、ながめている。


「シャナリは、いつ見ても可愛いにゃあ。シャチホコせんべい一枚おくれニャ」

「おいら、ウナギパイにゃ」


 デレデレしている二匹を残して、忍は奥へ入っていった。


 扉のなかは店内より、さらに雑然としていた。

 いたるところに非合法らしい品物がゴロゴロしている。


 しかし、何よりおどろいたのは、テーブルの上にならべられたものだ。


 まるで切りさかれたバラバラ死体みたいな猫人間の人形だ。

 無念の表情も生々しい。

 木製のパーツを、こっちに背をむけた老人がノミとカナヅチを手に組みたてている。


「まったく、リッパーのやつめ。わしの可愛い猫たちを好きほうだい切りきざんでくれおって。そのたびに治すのが、ひと苦労じゃ。そうは思わんかね。お若いの」


 見れば、バラバラパーツはテーブルの上のもの以外にも、たくさんある。


「これが全部、一晩にだからのう。治すのが、おっつかんわい」


 今しも老人が一体のパーツを組みたて、完成させる。すると、それは木の人形ではなく、生きた猫人間になっていた。ビックリ顔で目をパチパチさせて起きてくる。


「よしよし。治ったな。タレミミ。これにこりて、あんまり夜歩きするんじゃないぞ」


 タレミミは老人のひざに乗って、ゴロゴロとのどをならした。

 その背中に、忍は声をかける。


「あなたが道具屋の主人か?」

「そうじゃよ。名前はキバジロー。みんな、牙じいさんと呼んどる」


 くるりとふりかえった老人は、猫人間には違いない。

 だが、頭にある耳と、それに尻尾と目立つ牙以外は人間だった。大きさもほかの猫たちにくらべたら、だいぶ大きい。あきらかに、ふつうの猫人間とは異なっていた。


 これがガーディアンの特徴なのだろうか?


 考えていると、牙じいさんが言った。


「お若いの。あんた、どっかで、わしと会ったかの? 見たことがあるような気がするぞい」

「いや。私はあなたを知らないが」

「そうかの? 帝都の人間のようじゃな。きっと帝都で見かけたんだろう。わしも昔は帝都におったでな。ときに、なんの用じゃな?」


 言いながら、牙じいさんは、また別の猫人間の修復を始める。

 忍はそのよこで、キューティーブロンドを探していることや、ガーディアンについて知りたいことなどを打ちあけた。


「ガーディアンか。わしにも、ようわからん。わしがわかるのは、わしはここで猫たちを守っとるということだ。わしゃ若いころから猫が大好きでな。ニャゴヤはいいところじゃ。なんせ、まわりじゅう猫だらけだからなぁ」


 ふぉっふぉっふぉっと歯のぬけたような声で笑い、牙じいさんは続ける。


「わしゃ、もうずっと、ここで暮らしていこうと思っとる。ここでなら誰にもジャマされず、猫たちを作っていることができる」


「あなたは治すだけではなく、猫人間を作ることもできるのですね?」

「うん。そうじゃよ。正式にはキャットピープルと呼んどる。近ごろは猫どうし勝手に増えるが、最初のうちは全部、わしが作っとった」


「では、キューティーブロンドを作ったのも、あなたですか?」


 牙じいさんは首をふった。

「ありゃ、わしの猫じゃない。それくらい、あんたもわかるだろう? キューティーブロンドは特別な存在だ。わしをニャゴヤにつれてきてくれたのも、あの子だ」


 そう。彼——いや、彼女が特別な存在であることは忍も知っていた。


 彼女に代わるものなど、この世に一つもない。彼女こそが、この世にゆいいつ絶対の存在であり、すべての謎を解くカギだ。


「彼女を助けに行きたい。リッパーの住処をご存じですか?」

「知っとるよ。わしも、あいつには手を焼いとるんだが、さりとて殺してしまうわけにもいかん。ほれ、これが、あいつの住処へ行くための地図だ。わしの猫にヒドイことをせんよう言っといてくれ」


 クシャクシャの紙に赤エンピツで描いてくれた地図を受けとる。


「ありがとう」


 礼を言って、忍は店のほうへもどろうとした。

 背中から、牙じいさんが声をかけてくる。


「あんた、キメトラを好いてくれとるようだね。わしの机の上ににあるから、もらってくれ。わしも、そのほうが嬉しい」


 妙な言いかただった。

 何か、ここではない別の世界のことでも話しているかのような。


 忍はふりかえって老人を見つめた。

 牙じいさんは、あたたかく笑っている。


「そのうち、わかるとも」

「何を?」


 牙じいさんがだまって手をふったので、忍は店にもどった。

 着替えをえらんでいる時間はなさそうだ。武器だけを調達する。


「剣が欲しい。それに、プラズマガンの弾丸はないか?」

 シャナリにたずねると、


「あいにく、プラズマガンの弾はございません。そのかわり、ニードルショットなど、どうです? これなら一分間に百本の針を連射できますよ。もちろん、連射ではなく一本ずつ撃つこともできます。小さくて携帯に便利ですし、マシンガンなみの威力がございます」と、ピストルより少し大きい銃を手渡してくる。


 外観はふつうの銃だが、弾倉には畳針ほどの太くて長い針がつまっていた。これを心臓に撃ちこまれたら、ひとたまりもない。


「もらおう。予備の弾もな」

「プラズマガンはどうなさいます?」

「ひきとってくれ」


「いい状態ですね。弾がないのが残念ですが。じゃあ、ニードルショットはプラズマガンと交換ということで、いかがでしょう?」

「ああ」

「剣はどんなものがお好みですか? 今、入荷しているのは、これくらいです」


 細身のサーベル。よくある両刃の大剣。半月刀。鋭利なナタキリ包丁のような刃物。日本刀が数種類。


 ほんとうは日本刀が好みだが、残念ながら、あまり良い品物ではなかった。忍は使いなれた騎士剣に似た、両刃の大剣をえらんだ。


「金貨三十枚になります。大判金貨なら三枚」


 支払いをすませて、忍は地図をひらいた。

 よこからキメがのぞきこむ。シャチホコせんべいは食べてしまったらしく、スルメのゲソをかじっている。


 猫はイカを食べると消化に悪かったはずだがと思ったが、また「猫じゃないニャ!」と怒られるかもしれないと考え、だまっておいた。


「ここにゃら、街はずれの廃屋ニャ。ニャゴヤのワクワク心霊スポットよ。入った人は誰も帰ってこにゃいニャ」


 リッパーの住処なのだから、帰ってはこられないだろう。切りきざまれたに決まっている。


「メインストリートをまっすぐ北か。地下鉄かタクシーを使ったほうが早いかな」


「この時間はバスはないからニャー。地下鉄は駅からだいぶ歩くニャ。タクシーなら、こまわりがきくニャ。でも、運ちゃん、行ってくれるかニャ。わがはいがたのんであげるニャー」


 気持ちは嬉しいが、連続殺人犯と対決しなければならない。これ以上、キメトラをまきこむのは危険だ。


「いや、キメ。君はもうチャコをつれて家に帰るんだ。リッパーがウロつきまわる時間だろう? あいつが今夜、おとなしく隠れ家にいてくれるかどうかの保証もないしな」


「ナイドラ一人で大丈夫かニャー?」

「心配ない。これでも近衛騎士だ。通り魔ごときに遅れはとらない」


「なら、わがはい、帰るにゃよ?」

「ああ。ほら、タクシー代。さっき立て替えてもらったからな」

「ナイドラは律儀にゃね。気をつけるニャ。健闘を祈ってるニャ。また会う日までニャ」


 手をふるキメトラとチャコと別れて、忍はタクシーをひろった。


「この地図のところまで」

「えっ? どこだって?」

「だから、地図のところまで」

「わからにゃいよ。ダンニャ」

「だから、地図の——いや、いい。ワクワク心霊スポットまで」

「はいよ! ワクワク心霊スポットね」


 ガラガラと車輪の音をさせて、馬車タクが走りだす。

 街の中心部をぬけ、遠くにニャゴヤ城の金のシャチホコがライトアップされているのを見ながら、馬車は一路、北をめざしていく。


 頭上には例のおおいかぶさるように巨大な月。


 湾から遠ざかり、山の手に入っていくと、月をバックに黒く浮かびあがる無気味な建物が見えてきた。いかにも何か出そうだ。


 近づくと、窓ガラスは割れ、ひびわれた壁にツタが這っていた。鉄筋コンクリート製のかなり古い建物。造りは病院か研究所だったらしく見える。


「ダンニャ。あっしは、ここまでにゃんでね。おりてくださいよ」


 百メートル手前で馬車からおろされた。帰りもたのもうと、忍が待っていてくれるよう交渉するより早く、運ちゃんは馬を方向転換させて、さっさと街へ帰っていった。


「なるほど。待っていてはくれないのか」


 まあ、しかたない。キャットピープルはここを怖いオバケが出る場所だと思っているのだから。


 忍は研究所らしき建物に歩いていった。

 建物は丘の上にあった。建物の一画から、かすかに光がもれている。


 注意していたが、警報機などは設置されていなかった。


 表がわは暗い。明かりがついているのは裏手だ。


 裏にまわっていく途中、かたいものをふんだ。見おろすと、土のなかから半分つきだしたキャットピープルの前足だった。木製になってから、ずいぶん経過しているようだ。


 それだけではない。

 建物のそばには、いくつも大きなビニール袋が口をしばって放置されていた。あけると、木化した猫たちが、いっぱい、つまっていた。


(かわいそうなことを。ニャック・ザ・リッパー、どんな男だ?)


 忍は怒りを抑えて、建物にそって歩いていった。

 猫たちもなんとかしてやりたいが、今はキューティーブロンドを助けるほうが先決だ。


 もしや彼女もすでに、あんなふうに切りきざまれているんじゃないかと思うと、気が気じゃない。


 建物のなかは無人のように静まりかえっていた。


 ガラスの割れた窓のなかには、実験用の器具らしいものが、たくさん置かれている。ほこりまみれの室内に蜘蛛くもの巣が張っているところが多いが、今も使われているらしい形跡の部屋もあった。


 しだいに前方の明かりが強くなってくる。

 その部屋の前までたどりついた。


 治療台や実験器具にまじって、いくつかケージがある。あわれなキャットピープルたちがとじこめられていた。ニャアニャア泣きさわぐ声が外まで聞こえてくる。


 なかには、リッパーはいない。

 忍は窓から侵入した。

 誰も来ないと思っているのか、肝試しに来るキャットピープルしかいないと思っているのか、カギもかけられていない。


 キャットピープルがわめくのをなだめて、忍はあたりを見まわした。戸口に近いデスクの上に、カギ束が置かれていた。忍はそのカギ束をとって、ケージを一つずつあけていった。


「さあ、早く逃げろ。もうこんなところへ来るんじゃないぞ」

「ありがとニャー」

「逃げるときに、建物のよこにあるゴミ袋を持っていって、牙じいさんに届けてくれ。みんなで一つずつだ」

「わかったニャー」


 ケージは七つだった。

 だが、そのなかにキューティーブロンドの姿はない。

 最後の一つのカギをはずしながら、忍はたずねた。


「キューティーブロンドを知らないか?」

「キューティーブロンドなら地下へつれていかれたニャ」

 そう言い残して、最後の一匹も窓からとびだしていった。


「地下か」


 忍はキャットピープルとは逆に、内部へ通じる鉄製の扉へむかう。ドアのむこうはろうかだ。薄暗い。単純な構造なので、地下へおりる階段はすぐに見つかった。足音を殺して、一段ずつおりていく。


 地下へ入ると、空気がひんやりと冷たくなった。

 どこか遠くのほうで、ピチョン、ピチョンと水のしたたる音がする。キイキイとかすれた音は、風にゆられた扉だろうか?


 ろうかでドアを見つけるごとに、ドアノブをまわしてみたが、どこもカギがかかっていて、ひらかない。


 ドアはすべて鉄製で、上部に頑丈な鉄格子がついている。

 まるで囚人を入れておくための監房である。


 鉄格子のあいだから、なかをのぞいてみた。

 獣くさい臭気が鼻につく。

 すみのほうに得体の知れない生き物がうずくまっている。

 どうやら実験用の猛獣らしい。


 このなかのどこかに、キューティーブロンドが囚われているのだろうか? 王子を獣あつかいするなんて、ゆるせない。


 そのとき、忍はろうかの前方に、うごめくものを見た。ろうかの端の監房の一つをのぞきこんでいる。


 忍が近づいていくと、人影らしきものは、あわてて去っていった。あとを追って、まがりかどまで行ったときには、もう姿は消えていた。


 忍の目は闇のなかでも見通せる竜の目だが、どこかの独房のなかにでも入って隠れてしまったのかもしれない。


 さらに探してみようとしたが、ふと、さっきの人影がのぞいていた監房が気になった。なぜ、あの監房をながめていたのだろうか?


 あともどりして、鉄格子のすきまに目をあてる。

 コンクリートむきだしの壁の殺風景な牢のなかに、金色のきらめきが見える。


 胸が高鳴る。

 キューティーブロンドだ。


 忍はドアをあけようとした。が、かんぬきがかけられ、錠前がぶらさがっている。


 だが、まださっきのカギ束を持っていた。

 一つずつ、あわせてみる。

 なかなか合致するカギが見つからないので、気持ちばかりがはやった。


 やがて、ようやく、カチャリとカギがまわった。


「キューティーブロンド」

 呼びかけながら、忍はなかへ入った。


「ナインスドラゴン。来てくれたのね」


 やっぱり、彼女だ。愛らしい声が応える。


 輝くばかりの金髪にふちどられた、小さな白いおもて。

 スミレ色の瞳。


 彼女ほど美しいキャットピープルは、どこにもいない。

 ほかの猫たちのように全身毛だらけではなく、豪華なブロンド以外は、ぬけるように白い人肌だ。


 頭の上にふさふさの耳があり、ゆらゆらゆれる金色の尻尾とともに、キャットピープルの特徴を表している。


「よかった。ぶじだったのですね。王子。心配しました。おケガはありませんか?」


 彼女の体はすでに少女になっていたが、王家の血をひく第一王子であることには変わりがない。彼女を帝都へつれ帰り、将軍を倒して王位をとりもどすのが、騎士長としての忍の役目だ。


「ケガはないけど、これが……」


 忍はふんぜんとなった。

 まったく、リッパーはけしからんヤツだ。高貴な王子の首に、犬猫みたいに首輪をつけてクサリにつないでいる。


「お待ちください。これで外せるかもしれない」

「リッパーは出ていったけど、急いで。ここには、なんだか変な生き物がいるの」


 さっき、忍が見かけた生物だろうか?


 忍は急いでカギを一つずつ試していった。小さな金色のカギが合致した。王子は首輪から脱し、忍にすがりついてきた。


「会いたかった」

「私も……です。あんな別れかたをして、あなたはもう助からないだろうと思っていた」


「わたしは大丈夫。早く、ここから逃げだそう? リッパーが帰ってくる」

「ええ。リッパーは何者ですか? なんのために猫たちを殺しているのでしょう?」

「しッ。足音がする」


 さっきの人影は裸足だった。ぺたり、ぺたりと、かすかな足音がするだけだった。


 だが、今度のは違っていた。靴をはいた音だ。

 リッパーが帰ってきたのだ。


 もしも今、外からカギをかけられてしまうと、二人とも閉じこめられてしまう。忍は急いでキューティーブロンドをつれて、外へとびだした。


 忍が歩いてきた長いろうかを、階段のほうから明かりが一つ近づいてくる。すごく旧式なカンテラのようだ。光のなかに、ぼんやりと異形が浮かびあがっている。


 忍はキューティーブロンドの手をひいて、反対のまがりかどのほうへ走った。


「あッ! キューティーブロンド!」

 めざとく、リッパーが見つけて追ってくる。

「待て! どうやって逃げだしたんだ?」


 リッパーを殺すことは、この世界では禁じられているらしい。

 忍は下へむかう階段へ逃げこんだ。どこかに地上へ続く別の出入口があるかもしれないと考えた。


 背後から、リッパーはしつこく追ってくる。

「誰だッ? おまえ、キャットピープルじゃないな?」


 困ったことに、地下の構造はほとんど一方通行だった。地下へ続く階段と、ろうかが交互に現れる。


 やがて、忍たち二人は袋小路につきあたった。

 行く手は壁でふさがれている。


 ちッと舌打ちして、忍は剣のつかに手をかけた。

 とにかく殺さなければいいのだ。

 どうにか手かげんして、失神させるしかあるまい。


 リッパーが近づいてくる。

 暗闇のなかで、カンテラに照らされて、ウジャウジャと手の生えた化け物の姿が浮かんだ。


「待て! キューティーブロンド、おまえだけは逃がさないぞ!」


 手に刃物を持っているらしく、明かりを受けてギラギラ光っていた。


 忍はキューティーブロンドを背後にかばい、身がまえた。


 そのとき、きゃっと小さな悲鳴をあげて、キューティーブロンドが奥の壁に吸いこまれた。ろうかは行きどまりではなく、隠し扉になっていたのだ。


「キューティーブロンド!」


 あわてて、キューティーブロンドのあとを追う。

 そして、その場の光景を見た忍は目をみはった。


 そこが、かつて研究所だったらしいことは察していたが、隠し扉の奥は完全なラボラトリーだった。こうこうと照明がつき、設備も完備されている。廃屋のなかとは思えない。


 しかし、ここでおこなわれている実験とは、どんなものだろう?


 グロテスクで、どこか狂的な様相だ。

 臓器や肉体の一部がバラバラにされて、ガラスの人工保存機のなかで液体につかっている。


 ビクビクと脈打つ心臓。手足。神経や血管といったもの。

 壁ぎわには、ひときわ大きな保存機のなかに、それらをおおよそ人型までつなぎあわせたとおぼしい実験体が数体ならんでいる。


 どれも、おぞましい代物だ。


 顔のよこから触手のような管が伸びていたり、手に吸盤があったり、手足の数が多かったり少なかったり、みにくくゆがんだ形のクリーチャーたちだ。


 赤い筋肉がむきだしで、いっそう化け物じみている。

 皮膚があっても、緑色だった。


 息をのむ忍の背後で、回転扉をまわして、リッパーが入ってくる。

「私の実験室へようこそ。暗いところじゃわからなかったが、あんた、大尉だね?」


 ビックリして、忍はリッパーを見なおした。

 返り血でよごれた白衣。

 腕が六本もあり、ひと組みは手指のかわりに手術用のメスになっている。


 それは、いかにもクリーチャーの生みの親らしい化け物じみた姿だ。だが、忍はその顔に見おばえがあった。


「有田……研究員か?」


 銀ぶちメガネをかけた有田の顔を、忍は見つめた。

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