三章 夢追いー3

 3



 待ちに待った夜が来て、忍は眠りについた。

 直前まで、なんらかのソフトを使用して眠るつもりだったが、ソフトの影響なしでもあの夢を見るのか試してみたくなった。


 今日は昼間も室谷のソフトをバグ探知しただけで、なかみは見ていない。


 もしも、この状態で夢を見ることができれば、ソフトは夢を見るために必須の条件ではないことになる。


 そう考えて、何も使用せずに眠った。

 疲れていたのか、すぐにまどろみに落ちた。


 地下鉄のホームに列車がゆるやかに入っていく。

 列車とは、もう言えなかったかもしれない。客車はすべて切り離され、忍を乗せた機関車が一両きりだったから。


 はぐれてしまった彼が心配だ。

 機関車をひきかえさせたかったが、スピードの高低以外はまったく操作できなかった。機関車は自動操縦で駅へ到着し、忍をホームへおろした。


 これから、どうしたものか。

 忍がホームに立ちつくしていると、制服を着た駅員が近づいてくる。


 十さいくらいの子どもではないかと思えるほど小柄な駅員だ。身長など、忍の半分しかない。

 制帽のかげになって、顔は見えなかったが、アンドロイドではないらしい。ちゃんと茶色い髪が見えている。


「あんた、何してるニャー。迷ったのニャ? わがはい、親切な駅員よ。道案内してあげるニャー」


 忍は相手の正気を疑った。

 変な駅員だ。姿も、口調も怪しい。


「いや、けっこう」


 忍はことわった。が、駅員が立ち去るようすがない。

 しかたなく歩きだした。

 ホームにはほかに人影もないし、おかしな人物とかかわりあいになりたくない。


 それにしても、ナゴヤシティーのステーションは閑散としていた。トーキョーシティーではあわただしくて、周囲など見ていられなかったが、それにしても、忍たち以外にも乗客を見かけた。


 ここは、ほとんど無人に見える。


「そっちは忘れ物あずかり所だニャー。あんた、なんか忘れたのニャ?」


 ビックリしてふりかえると、忍のうしろをトコトコと、あの駅員がついてきている。あまりに小さいので気づかなかった。


「あんた、初めて見る顔だニャー。さっきの列車に忘れたなら、あきらめるニャ。帝都から来る列車は、あれが最後ニャ。帝都はついさっき封鎖されたニャ。あんた、よく逃げてこられたニャ」


 いよいよ、おかしな駅員だ。誇大妄想狂なのかもしれない。

 忍は無視して、白色灯の光のもと、ろうかを反対むきに歩きだした。


 とにかく改札を出て、まともな話のできる相手を探したい。それから、はぐれてしまった彼を見つける策を講じようと考えた。


(公安局にかけこむのは、さすがにマズイだろう。ナゴヤシティーには、まだ連絡が来ていないようだが、いつ、ここでもお尋ね者になるかわからない。なんとか闇ルートで調べられないだろうか? せめて、あの客車がどう処理されたのか)


 ふつうに考えれば、鉄道公安局の手で、別の運転車両に牽引けんいんされて、駅か車庫に運ばれていっただろう。


 どこへ運ばれていったのかわかれば、彼を探す手立てもある。誰か代理を立てて、客車の行方を鉄道公安局へ問いあわせてみようと思った。


 そうと決まれば、とにかく代理人をつのりに町へ出なければならない。


 足早に改札を出ると、ほかのホームから出てきた乗客の姿が多数あった。


 それを見た忍はギョッとした。

 乗客たちがすべて、あの駅員と同じ、半分ほどしか背丈のない人々なのだ。遠目だが、ハッキリ顔が見える者もいる。しかし、その顔はどう見ても人間ではない。


 忍はふりかえった。

 忍のすぐあとを歩いてきて、立ちどまった忍の背中に、ドンと駅員がぶつかってくる。


 忍は駅員の帽子をとりあげた。

 髪に見えたのは、全身をおおう獣毛の一部だった。帽子の下から、ピョコンと三角の耳がとびだしてきた。つりあがった大きなアーモンド形の目が、忍を見あげる。みつくちから牙がのぞき、ピンとはねる白いヒゲもある。


 どこからどう見ても、猫だ。


 よく見ると、上着の袖から出ているのは前足で、長ズボンのすそから後足と尻尾のさきが、ちろりとのぞいている。


「猫だッ——!」


 駅員はキョロキョロと、あたりを見まわした。


「猫なんていないニャ」

「おまえのことだ!」

「失礼にゃね! わがはいはヒト科ヒト亜目のれっきとした人間ニャ。あんにゃ下等な生き物といっしょにしないでほしいニャ。わがはいの帽子も返してほしいのニャー」


 忍は帽子を肩の高さで持ったまま、人間だと言いはる猫を見おろした。駅員はニャーニャー言いながら前足を伸ばしていたが、猫らしいジャンプ力で、忍の手から帽子をとりかえした。どのしぐさを見ても、やっぱり猫だ。


「せっかく親切にしてやってるのに、あんた、やな人ニャ。乱暴ニャ。無視するニャ。感じ悪いニャ」


 忍は頭痛を感じた。

 だが、まわりに猫しかいないのなら、しかたない。あきらめて駅員から情報を得ることにした。


「……すまなかった。急いでいたのだ。ここは、ナゴヤシティーだな?」

「ニャゴヤシティーにゃ」

「ナゴヤだな?」

「ニャゴヤにゃ。あんた、なまってるニャ」

「…………」


 ナゴヤシティーに行くつもりで、ニャゴヤシティーとかいう、わけのわからないところに来てしまったようだ。


「ナゴヤには、どうしたら行ける?」

「そんな町、知らないニャ。首が疲れてきたニャー。あんた、巨大すぎるニャ。巨人ニャ」


 じっと忍を見あげていたので、たしかに苦しい体勢だっただろう。忍は笑って、しゃがみこんだ。


「さっきの列車で、つれとはぐれてしまったんだ。客車のほうが、どこへ運ばれていったか知らないか?」


「にゃあ……おつれさんは、かわいそうだけど、たぶん死んじゃってるニャ。それか帝都につれもどされてるニャ。ついさっき帝都に戒厳令がしかれたんニャ。帝都への出入りは完全に封じられてるニャー」


 そういえば、最初にそんなことを言っていた。


「帝都というのは、トーキョーシティーのことだろう?」

「帝都は帝都ニャ。あんた、なんにも知らないんニャね。もしかして外国人ニャ? 耳も立ってないし、ヒゲもないニャ」

「いや、そうではないが……帝都は、なぜ封鎖されたんだ?」

「クーデターがあったんニャー!」


 両手というか、両前足をあげて、二足立ちでうしろ足をバタバタさせる。おどっているみたいで可愛い。


「帝都の将軍がクーデターをおこして、王宮をのっとってしまったんニャ。王さまとお妃さまは殺されてしまったニャ。騎士長が王子さまをつれて逃げたんニャ。だから将軍は帝都を封鎖して、誰も出入りすることを禁止したニャ。あんたの前の便で帝都から逃げてきた乗客に聞いたんニャ。熱々ホットニュースにゃよ」


 よくわからないが大事件らしい。

 もしかしたら、さっきの列車に乗っていたマネキンたちも、帝都から逃げだすところだったのかもしれない。

 たしかにステーションは厳戒態勢だった。


「そうか。では、さっきの客車は……」

「将軍の親衛隊に見つかって爆破されたか、帝都にひきもどされたかだニャ。助からないニャー。かわいそうニャー」


 爆破されたら全滅だが、つれもどされただけなら望みはある。彼を助けに行かなければならない。


「どうにかして帝都に帰ることはできないだろうか?」

「バカにゃことを言うニャー!」


 いきなり、忍はよこつらに猫パンチをくらった。肉球パンチなので、あまり痛くはない。


「命は大事にするもんニャ。今、帰ったら、絶対に殺されるニャー」

「しかし、私はつれを探さなければならないんだ」

「帝都はムリにゃよ。将軍の部隊が出入口をかためてるニャ。第一、帝都方面への上り列車は、みんな止められたニャ」

「そうか」


 地下鉄は動かない。

 ならば、空か陸を使って行くしかない。

 封鎖された都市へ行くには、やはり闇ルートを使うしかあるまい。


「わかった。ありがとう」


 忍が立ちあがると、駅員はゴロゴロのどをならしながら、忍の足に体をすりつけてきた。どうやら、なつかれたらしい。


「待つニャ。おつれさんは、どんな人ニャ? もしかしたら、どうにかして、こっちに来てるかもしれないニャ。わがはいが伝言をことづかってもいいニャー」

「そうしてくれると、すれちがいにならなくてすむな」


「わがはいの仲間にも見張ってもらうニャ。どんな人ニャ? オスなのにニャ? メスなのニャ?」

「オス……いや、あるいはもうメスになってるかもしれない」


「にゃんでオスがメスになるニャー? 去勢手術でもされたんニャ?」

「いや……ちょっと事情があって」


「ふうん。それで、どんなのニャ? ニャマエは?」

「名前はわからないが、ハチミツを陽光に透かしたような、まぶしいブロンドに、薄紫の瞳の、ひじょうに美しい——」


 忍の言葉をさえぎり、駅員はポンと両前足を打った。


「キューティーブロンドのことにゃね」


 忍は思わず、体がこわばった。

 つい最近、どこかでその名前を聞いたことがあるような気がする。


「……そう。そのキューティーブロンドだ」

「キューティーブロンドなら、とっくにニャゴヤに来てるニャ。酒場に行くといいニャ。誰かが居場所を知ってるニャ」と言って、ちらっと、ものほしそうに忍を見あげる。


「マタタビをおごってくれるなら、わがはいが酒場までつれてってやってもいいニャ」


「仕事はいいのか?」

「帝都方面はもう不通ニャ。わがはい、帰るとこよ」


 それで忍のあとをくっついてきていたのだ。


「じゃあ、案内してもらおうか。ナゴヤシティーは初めてだからな」

「ニャゴヤにゃ。にゃゴヤじゃないニャ」


 正直、違いがわからない。


 ステーションを出ると、地上は夜だった。

 繁華街のネオンが色とりどりに輝いている。


 帝都の硬質な美しさとはまた違う、どこかなつかしいような街並みだ。二十世紀——いや、十九世紀風だろうか。しきりに欧米の建築が模倣された明治時代を思わせる。


 ほとんどが木造で、大きな建物でも三、四階しかない。

 そこに電飾がひっついて、暗闇にけばけばしい光をはなっている。


 街を睥睨へいげいするように空に浮かんだ月は、今にも落ちてきそうなほど巨大だ。クレーターの一つ一つまで、ハッキリと肉眼で見てとれる。息をのむほど神秘的だ。


「タクシーに乗るニャ。近ごろ、物騒にゃからね。用心しにゃいと」


 タクシーというのは、無蓋むがいの二頭立て馬車のことだった。きれいな白馬のつながれた馬車の御者台に、フロックコートを着た猫がすわっている。


「バー・シャノアールまでニャ」

「ニャア」


 馬車は忍と駅員を乗せ、石ただみをふんでガラガラと走りだす。忍は胸ポケットに指をすべりこませ、銀細工の懐中時計をとりだした。


「七時か。わりに早い時間だな」

「九時までには家に帰るニャ。じゃにゃいと、リッパーが出てくるのニャ」

「リッパー?」


 駅員はブルブルと毛をさかだてた。


「ニャック・ザ・リッパーにゃ。夜中になると出てきて、みさかいなく通行人を殺していくニャ。あんたも遅くなる前に泊まるところを見つけたほうがいいニャ」

「ふうん。そうなのか」


 ニャックという時点で、ちっとも恐ろしそうではないが、駅員は本気でふるえている。制服のズボンの片方に押しこまれた尻尾がふくらんでいる。


「なんで尻尾をズボンに入れてるんだ?」

「そうにゃったニャー。仕事が終わったから出すニャ。開放的プライベートスタイルにゃ」


 猫人間の習慣らしい。

 忍はけっこう、この駅員が気に入っていた。

 街も人もメチャクチャだが、楽しい。


「あんたも尻尾を出すニャー。遠慮はいらないのニャ」

「私には尻尾はない」

「尻尾がにゃい!」


 駅員は哀れむような目で、忍を見る。

「世の中、悪いことばっかりじゃないニャ。元気、出すニャ」

「……ありがとう」


「わがはいは黄目トラジマ。みんな、キメトラと呼ぶニャ。あんたは、にゃんていうニャ?」

「九龍忍」

「ナインスドラゴンにゃね。あんた、竜人なんニャ。どおりで耳もヒゲも尻尾もないニャ」

「うん? 竜……?」


 忍はとまどった。が、バニースーツを着た二足歩行の猫がトレーを持ってウィンクしている看板の前で、馬車が停まる。


「お客さん。つきましたニャ」


 大きな酒場だ。

 なかから、まぶしく明かりがもれ、音楽が聞こえてくる。


「はい。お客さん。銅貨五枚ね」と、馬車の御者が前足をさしだす。


「ああ……私は、これしか持っていないが」


 プリペイドカードを見せると、とりすましていた御者が牙をむいた。

「うちじゃ、そんなの使えないニャー! 見ればわかるニャ!」


 あわてて、キメトラがゴソゴソとポケットから硬貨をとりだす。忍が博物館でしか見たことのない代物だ。


「ここは立て替えとくニャ。さ、行くニャ」

 肉球の手で忍の手をひいて、酒場にかけこむ。


「タクシーの運ちゃんは気が荒いからニャー。カードは早く現金にかえてしまうといいニャ。帝都があんにゃだと、いつ使えなくなるかわからないニャよ。バーのなかに両替機もあるから、そこで換えるといいニャ」

「ああ」


 扉をひらくと、いっきに音楽があふれだす。



 ——黒猫のタンゴ。タンゴ。タンゴ。タンゴ。僕の恋人は……。



 酒場は盛況だ。

 どのテーブルにも客がいて、楽しそうに、じゃれあっている。グラスをかたむけたり、毛づくろいをしたり、ケージのなかでまわし車をまわしているハムスターをながめたり。


 キメトラはまっすぐカウンターへ歩いていった。


「マタタビ酒をたのむニャ。にゃあ、ナイドラ。モンプチもいいニャ? グレートデリシャス高級ネコカンにゃ」

「いいよ」

「マスター! モンプチ一つ! ちゃんと皿に移してくれニャ」


 キメトラは出されたネコカンを、皿に顔をつっこんで食べた。


 そのあいだに忍は店内を見まわしたが、麗しのキューティーブロンドの姿はない。二階に続く階段がある。二階にはいないだろうか?


「両替機ならカウンターのよこニャ。ああ、うまかった。一生に一度でいいから、金のシャチホコを食べてみたいニャー」


 ぺろりとたいらげて、キメトラは口のまわりをなめている。


「いや、キューティーブロンドを探していたんだ」

「ニャッ。そうにゃったね。ちょっと待ってるニャ。情報通を見つけてくるニャ」


 サッと立ちあがると、すばしこく走っていく。

 忍はマタタビとネコカンの代金をカードで払った。カウンターのレジでは、まだカードが使用可能だ。が、それも、いつまで使えるかわからない。


 待っている時間を利用して、両替機で現金と交換した。三枚めのカードを交換している途中で、帝都の中央銀行の機能がストップしたらしかった。カードがそのまま払いもどされてくる。


 帝都の内部は、ちゃくちゃくと将軍の手中に落ちているらしい。


 忍もキメトラに忠告されていなければ、この瞬間に無一文になっていた。


 五十万のプリペイドカード一枚で、大きな金貨が四枚、小さな金貨が九枚、銀貨が九枚、銅貨が十枚出てきた。銅貨百円、銀貨千円、金貨がそれぞれ、一万、十万というレートのようだ。


 キメトラはなかなか、もどってこない。

 忍の姿は目立つらしく、客たちがみんな、ふりかえっていく。


 自分でもキューティーブロンドのことを聞きたかったが、酔っぱらった猫たちの言葉は、ニャアニャアとしか聞こえない。


 しょうがなく、見なれないメニューから、竜の火酒というのをたのんで、チビチビやりながら待った。燃えさかる炎のように熱い酒だが、どういうわけか、手足のさきの細胞の一つ一つにまで、しみこんでいくように力が満ちてくる。


「うまいな。もう一杯」

「ダンニャは竜人ですからね。近ごろ、竜を見るのはひさしぶりですニャ」と、マスターがカウンターに、澄んだ赤い色の液体をそそいだグラスを置きながら言う。


「そんなに、めずらしいか?」

「ファントムさまが将軍になってからはねぇ。ダンニャも騎士の制服を着ていにゃさるが、さぞや肩身がせまいんじゃありませんか?」


 騎士の制服。そうか。それで注視をあびるのか。

 騎士が地方を歩くことは、ほとんどないからな。


 そう合点がいく。


 忍は品のいいマスターにたずねた。マスターのなまりは、あまりひどくない。忍でも話ができる。


「キューティーブロンドは、いつもこの店に来るのか?」

「いつもじゃありませんが、あの美貌でしょう? 目立ちますからね。人気者ですよ。人の集まる場所にやってきてね。誰かを探しているみたいにゃんです」


 彼女も私を探しているのだ。はぐれてしまったから。でも、ぶじに逃げられたようでよかった。


 二杯めを飲みほしたところで、キメが帰ってきた。

 いいかげんにできあがった灰色の毛並みの猫をつれている。


「こいつ、わがはいの親友のチャコールグレーにゃ。チャコって呼んでやってニャ。チャコがキューティーブロンドを見たって言ってるニャ」

「どこで?」


 チャコールグレーはヘベレケで、ニャアニャア言いだした。キメもニャアニャア言うので、まったく理解不明になる。


「……猫語で話すのは、やめてくれないか」

「ん? ニャゴヤ弁はわからにゃいニャ? 酔うと、なまりが強くなるんニャ。見たのは昨日だと言ってるニャ」

「昨日じゃ意味ないな。今どこにいるか知りたいんだ」


 キメトラは黄色い目をうるませた。

「わがはい、役立たず?」


 忍はあせった。

「いや、そうじゃない。君がいてくれて、とても助かる。嬉しいよ」

「にゃあっ。ナイドラ、大好きニャア。われら親友ニャ?」


 親友か。つい最近、親友をなくした気もするが……誰のことだったろう? 思いだせない。きっと夢のなかでのことだったに違いない。


「そうだな。親友だ」

「チャコも親友になるって言ってるニャ。親友の親友は親友ニャ——ん?」


 ニャアニャアさわぐチャコのニャゴヤ弁に聞きいっていたキメは、両耳をふせ牙をむきだした。警戒の顔つきだ。


「ナイドラ。チャコが変なこと言ってるニャ。キューティーブロンドがつれていかれたとか、なんとか」


「んニャー。ニャニャにゃあん。んにゃっく」

「んん、あんまり酔っぱらってて要領を得ないんだけどニャ。ニャックがどうとか言ってるニャ」


「んニャック。ニャック・ニャ・ニャッパー」


 今度のは、忍にもわかった。

「ニャック・ザ・リッパーと言ってるんじゃないか?」

「そうニャ! キューティーブロンドがニャックにさらわれちゃったんニャー!」


 あまりに大声だったので、マスターやカウンターの客たちが毛をさかだてている。猫は大きな音がキライだ。


「しいッ。大きな声を出すな。客がパニックを起こしてしまう」

「ごめんニャ。二階の個室に行くニャ。貸し切りなんにゃけど」

「ああ、いいよ。代金は払う。そこで話をしよう」


 忍はマスターに竜の火酒とマタタビ酒、それからシャチホコの活け造りを注文して、二階にあがった。シャチホコは残念ながら標準的な黒鱗のやつだ。金のシャチホコは千匹に一匹の割合でしかとれない。


 階段の手すりのよこの壁は鏡張りになっていた。

 忍の姿が映っている。


 鏡を見て、忍は一瞬、ギクリとした。瞳が赤い。たてながの虹彩。


 しかし、次の瞬間には、なぜ自分がおどろいたのかわからない。いつもの見なれた自分の姿だ。


 王宮の近衛騎士の制服を着ている。

 暗紫色のマント。黒ビロードに金ボタンの上着。白いシャツと白いズボン。革製の手袋とブーツは黒。

 電子サーベルをなくしたので、ベルトのあたりがさみしい。

 長い黒髪を白いリボンでしばっていた。


「どうしたニャ? ぼんやりしてるニャー」


 キメに言われて我に返る。

「いや、やはり、制服はマズイな。帝都から逃げてきたことが、ひとめでわかる」


「あとで着替えを買うといいニャ。ここの裏手に武器でも防具でも、なんでも売ってる道具屋があるニャ。ちょっとヤバイものもあつかってくれるニャ」


 個室に入るとすぐ、バニースーツを着たセクシーな黒猫が注文の品を持ってきた。


 活け造りを食べながら、酔っぱらったチャコから話を聞きだすのは骨が折れた。

 親友のはずのキメとチャコが、シャチホコの頭をどっちが食べるかで、みにくい争いをくりひろげたが、どうにか情報を得た。


 それによると、こういうことだ。


 チャコは昨日、酒場から帰る途中、路地裏からとびだしてきた男とぶつかった。そのとき、血の匂いがしたという。路地裏をのぞくと、口のまわりが白い茶色の猫人間が殺されていた。


 ビックリして逃げだそうとしたところに、悲鳴が聞こえてきた。通りのずっと遠くのほうで、さっきの男とキューティーブロンドがもみあっていた。男はキューティーブロンドを失神させると、肩にかついで、つれていってしまったというのである。


「どうして、それを公安局に訴えでなかったんだ?」と、忍が問うと、ソファーの上に寝てしまうチャコのかわりに、キメが答えた。


「ニャックはガーディアンだから、できないニャ。ニャックを殺すと世界が変わるニャよ」


 言っている意味がわからない。


「ガーディアン?」

「ナイドラもガーディアンにゃ。ガーディアンは世界の守り神ニャ。好きなようにさせとくしかないニャ。キューティーブロンドなら、もっとくわしく知ってるニャ」


 いよいよ、わからない。

 忍がガーディアンとは、どういうことだろう?


「裏の道具屋のじいちゃんもガーディアンにゃ。話を聞いてみるニャ」と、キメは助言してくれた。


「だが、まず、キューティーブロンドを助けないと」

「じいちゃんなら、ニャックの隠れ家を知ってるかもしれにゃいよ?」


 武器も入り用だ。

 忍は道具屋に行ってみることにした。

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