第97話 これからもずっと
随分と暗闇を彷徨っていた気がした。不安と寂しさに押しつぶされそうな日々が続いていた。ふと目を開けると、思いのほか頭が覚醒している。寝ている気になれず体を起こすと、すっと自分の体を起こすことができた。今までこんなに簡単に体を動かす事が出来たであろうか。ふと視線を感じて、目の前を見ると叔母が立っていた。髪が何故か青色になっている。染めたのだろうか?
叔母のフローラはエミリアに、何が起こったのか説明をした。フローラとエミリアの母イザベラはウンディーネという水の精霊であること。エミリアは精霊の母と人間の父から産まれた子で、魔力は母親のものを受け継いでいること。イザベラは今精霊界で休息している事などを伝えた。そしてエミリアの魔力が全快するまで、フローラが付き添ってくれることになった。何やら魔力を回復するには水の儀式を行う必要があるらしい。
・・・
ルイスと再会した翌日、エミリアはベッドの上で一人唸っていた。
左手に輝くピンク色の宝石がついた指輪の件である。
何故指輪をしているのか分からなかった。
これは、先輩がくれたんだよね……?
ピンクゴールド色のスリムなリングに、ダイヤモンドと思われる小ぶりの宝石が複数、真ん中にはピンク色の宝石が輝いている。
恐る恐る指輪を外して中の刻印を見ると、「L to E」と文字が彫られていた。
L……ルイス……。ルジェクさんではないよね……?
エミリアは目覚める前の記憶がおぼろげだった。どうにか思い出したのは、地元に帰る為ルイスの箒に乗ったような気がすること。ルイスに指輪の事を確認して「覚えてないの?」と幻滅されるのも辛く、エミリアはまた頭を抱えて唸るのであった。
「ただいま……」
ルイスがエミリアの病室に入ってきた。
「ふわっ、ふわっ……!」
エミリアは顔を真っ赤にしてルイスを見た。
「何だよ……」
「いえ! もう仕事終わったのですか?」
「少し抜け出して来ただけ、1時間くらいで戻る」
「そうですか」
エミリアは照れ臭くて顔を注視出来なかった。
夢じゃなければ、昨日から付き合っている事になる。
恋人。
その2文字に再度エミリアは赤くなった。
「……ちょっと外散歩する?」
「はい……!」
病院の外は落ち葉が舞っていたがエミリアは全く寒さを感じなかった。
そっと繋がれた手は暖かかった。
枯葉の絨毯の上を歩き、池の側に二人で座った。
「はい」と言って、ルイスは自分のマフラーを外してエミリアに巻きつけた。
ルイスの体温が残っているマフラーに、エミリアはまた顔を赤らめた。
「先輩、優しすぎやしませんか?」
「そりゃ、彼女には優しくするよ」
彼女。という単語にエミリアはまた赤くなり黙り込んだ。
ルイスがじっと見つめるので、エミリアは「何?」とそわそわしながら聞いた。
「……キスしていい?」
「えぇ! 駄目!」
「えぇ〜」
ルイスは拗ねるように口をすぼめた。
驚きのあまり、つい条件反射で断ってしまったけれど少し後悔した。
「……そう言えば今朝、フローラ叔母さんに魔力を高める儀式を教わったんですけど、すごいんですよ」
「へぇー……」
ふとルイスの顔を見ると、ルイスは視線を逸らして気まずそうな顔をした。
「……何か知ってます?」
「……知らない」
そう言ってさらに顔を逸らした。
「もしかして……見ました……?」
「…………」
「見たんですね!!?」
「少しだけだよ!」
「少し!? 見たんだ! うわーん」
「一瞬だけだよ! てかそんなに嫌かよ!」
「嫌というか、嫌というか! 恥ずかしい!!」
「恥ずかしい……」
「……どこ見たんですか……」
「え……足……」
「……そんだけ?」
「まぁ、はい……ふわっと……」
もう少し見られたんじゃないかとエミリアは思ったが、それ以上は恥ずかしすぎて聞けなかった。
・・・
3日後に退院が決まった。
魔力はほぼほぼ回復し、フローラも帰ることになった。フローラに母の容態を尋ねると、母は精霊界で休んでいるものの命の別状はないらしい。
「……なんで死を偽ったのかな……」
エミリアがベッドに座り、ボソリと呟いた。
エミリアが看護大学に入学が決まった時、母は事故死をした。しかしそれは嘘だったようだ。
「ベラも私もエミリアの前では人間のフリをして生きていたけど、いずれは世間にバレてしまう事だから、精霊界に戻る決意をしたの。エミリアには人間として生きていって欲しかったから」
「人間……」
「ベラはあなたを産んだ時に、精霊界の長老に、エミリアが人間として生きられるようにと頼んだの。ベラは人間と恋をして、人間の命の短さを知っていたから、エミリアに同じ思いをさせたくなくてね」
「うん」
「つまりは、あの男とエミリアの寿命は同じくらい」
フローラが病室の端にいるルイスを指差した。
「そうなんだ……」
きっと母も色んな葛藤があったに違いない。
エミリアは人間として生きられる事に安堵し、フローラには「ありがとう」と言った。
「いいえ」
フローラはエミリアに優しく微笑み、暫しの別れの言葉を告げ、その場から消えた。
・・・
「退院後だけどさ」
ルイスがエミリアの隣に座って話しかけた。
エミリアは距離の近さに狼狽えつつ「はい」と返事をした。
「俺の実家が空いてるから、落ち着くまでそこで住めば?」
「え、いいんですか?」
「うん。シルドまで1時間だし、俺も休日は会いに行けるし」
退院するまでに新しく住む家を探す事は難しいので有り難かった。
エミリアは礼を言い、ルイスの好意に甘える事にした。
「休日は俺も家に泊まっていい?」
「え!!?」
「……ダメ?」
隊長の頃には見せなかった甘える顔にエミリアは黙り込んだ。
「嫌なら帰るし……」
「い、嫌じゃないですよ? その……驚いただけで……」
「よかった……」
暫く黙ってからエミリアが左手を恐る恐るルイスへ向けた。
「これは、何でしょう?」
「あぁ、それ……末永く一緒にいられたらいいなと思って」
「……嬉しい、です」
二人は互いに顔を見つめて笑い合った。
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