第96話 エミリアの正体 (後半)

「エミリアを返せよ……」


 エミリアを抱えながらルイスが懇願した。


「……大丈夫。エミリアは生きている」


「……は?」


「私を湖のほとりまで連れて行きなさい」


 エミリアに取り憑いている女が湖を指し示した。


 ルイスは女をまだ信用していなかったが、指示通りエミリアを湖の側へ運んだ。


「ありがとう」


 そう言って、女は湖に右手入れた。


「うん……、大丈夫ね」


 女はルイスに聞こえない程の小声で何かボソボソと呟いている。


 そしてすっと一人立ち上がり、空を見上げてピュイーと口笛を吹いた。

 エミリアの背中の後ろで、ルイスも空を見上げると、2匹の青い鳥がきらきらと白く輝く布のようなものを咥えながら、女の元に向かってきた。そして女はおもむろに着ている衣服を脱ぎ始めた。


「は!?」


 エミリアは少しだけ振り向き、「あんまり見るんじゃないわよ」と目を細めた。


 そして全ての服を脱ぎ、一糸纏わぬ状態になったエミリアは、小鳥が持ってきた衣に袖を通した。衣を纏ったところで、生地は薄いのでルイスは目のやり場がなかった。


 エミリアは淑やかに裸足で湖へと歩き、水浴を始めた。風の冷たい寒い季節なのに、不思議とこの場所は暖かさを感じる。小鳥や蝶達と機嫌よく水浴びを楽しむエミリアを見て、ルイスはエミリアと女の正体に薄々気がついた。


 エミリアとルイスの前に突如現れた水色の髪の長い女の顔は、どことなくエミリアに似ていたのである。


 暫しの水浴を終え、エミリアはルイスの元へ戻って来た。


「私はウンディーネ族のフローラ。エミリアの叔母です」


「…………。」


「あら? 何? 驚かないの? こっちを見なさいよ」


「早く服を着ろ!!」



 フローラと名乗ったウンディーネ族の女は、服を着てルイスの隣に座り、ルイスをジッと見つめた。


「あなたは、エミリアの何?」


 エミリアの身体で言うものだから、ルイスはいちいちタジタジになってしまう。


「……エミリアの上司」


「上司? キスしておいて?」


「してない!」


「あら、そう? あまりに強く抱きしめていらっしゃったから……」


「そんな話はもういいから、先ほどのエミリアは生きていると言っていた事を話せ……」


 ルイスはフローラに視線を向けた。


 フローラはこの場所に棲む水の精霊で、エミリアの叔母でもあり、エミリアが大学に進学するまでは頻繁に会っていたらしい。普段は人間が訪れないこの場所に人間が現れたので確認しに行くとエミリアだった事。そしてエミリアが魔力欠乏状態だった為、エミリアの体の中に入り魔力を分け与えた事を話した。


「私の魔力も与えているし、毎日泉に入っていれば魔力が回復するから」


「……エミリアは目覚めるのか?」


 フローラは頷いた。


 ルイスは「よかった……」と言い、顔を膝にうずめた。


「……ホントぎり間に合ったけどかなり危なかったわよ。どうしてこんなになるまでエミリアを放置したの?」


「放置してた訳じゃない。魔力回復薬がどれも効かなかった……」


「エミリアの身体に入ってみて気付いたけど、エミリアは私達と同じく自然から魔力を補っているようね」


「泉から?」


「泉や花や太陽の光」


「そうなんだ……」


「ベラなら分かってた筈だけど、本当ベラはどこに行ったのだか」


 怒り口調でフローラが辺りを見回す。


「ベラって誰?」


「イザベラ。私の双子の姉でこの子の母親」


「……イザベラ・フォーサイス?」


「あぁ、そんな名前の時もあったわね! 知ってるの?」


「歴史書に載っていて名前を知っているだけだ……。100年も前に亡くなったと書いていたけど……」


 フローラは一瞬キョトンとしてから笑った。


「亡くなってないわよ! その都度雲隠れしているだけで。人間にバレて有名人になってしまうと色々と面倒だから隠れるようにしてるの」


「そうですか……」


「まぁ何かあったんでしょうね。常にエミリアを加護しているはずなのに」


 ルイスは、魔人との戦いでエミリアが膨大に魔力を消費した事を話した。


「あぁそれだわ。ベラ自身も弱っちゃって精霊界に帰ってるんだわ。そんな事があったの……」


 フローラはフゥと溜息をついて、「今日はもう疲れたから、エミリアを休ませてあげて」と言った。



 時刻は既に夕方。

 ルイスはエミリアを連れて、予約していた宿へ向かった。


 部屋に着くなりフローラは、エミリアの声で「まぁ!」と甲高い声を出し、口元を両手で覆った。


「何だよ……」


「何ってあなた! これ、ダブルベッドじゃない! え、あなたもここで寝るの?」


「そうだけど……」


「あなたさっきエミリアの上司って言ったわよね! それでダブルベッドっておかしくない!? あら、この左手に輝くモノは何かしらぁ〜」


 フローラはルイスの反応を楽しんだ後、急に「疲れた」と言ってベッドに倒れ込んだ。


 ルイスが慌ててエミリアの顔を覗き込むと、フローラがバッと目を見開いた。


「襲うんじゃないわよ」


「誰が襲うか」


 夜、隣で眠るエミリアの横顔を覗き込む。以前と変わらぬ顔つきにルイスは安堵した。



 ・・・


 フローラが東部シルドに戻っても良いというので、エミリアをまたシルド市民病院へと戻ってもらった。入院中は積極的に外へ出かけ魔力を高めるとフローラが言っていたので任せる事にした。


 ルイスが軍部で溜まった仕事を片付けていると、病院から電話が掛かってきた。急いで病院へ向かいエミリアの病室の扉を開ける。


 エミリアがベッドの上で体を起こして座っていた。


 ルイスの訪問に驚いた顔を見せ、その後すぐにニコリと笑った。


 その笑顔は紛れもなくエミリアのもの。


「エミリア!」


 ルイスはエミリアに駆け寄り抱きしめた。


「先輩……」


 エミリアもルイスの背中に手を回した。


「エミリア、俺、エミリアが好きだよ」


 震えるエミリアを感じながら、ずっと言いたかった言葉を続けた。


「俺と付き合って」


「はい」


 エミリアが愛おしく笑い、ルイスはそっと顔を近付けた。

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