第93話 (注意:残酷描写あり) 戦いの後

 目の前が眩しい。ただし目を開いているのか閉じているのか分からない。


 エミリアの顔を次々に色んな人が覗いていて、名前を呼ばれているように感じる。


 エミリアが目を開けると、白い天井が見えた。照明が一つ天井に付いている。8畳程の部屋。体が動かない。声も出せない。瞬きのみが出来る。


 時間が経過し、少し手足を動かせるようになった。50代の白衣を着た女性がエミリアを覗いた。


「目、覚めたのねー。先生呼んでくるわねー」


 落ち着いて大きな声で女性が語りかけた。


 少ししてルドルフ医師がやってきた。


「気分はどうですか?」


 ルドルフが一通りの診察を終え、エミリアに言った。ルドルフは真っ直ぐにエミリアを見つめている。


「……何が起こったか分かりますか?」


 エミリアはぼぅっとルドルフを見つめ、そして目を見開いた。


 ……駐屯地は……?


「無事です。師団の損傷は殆ど無かったようですよ。エミリアさんのお陰で師団も街もこの病院も守れました」


 ルドルフが言い淀む。

 そして沈黙の後、再度口を開いた。


「前回言いました通り、覚悟はしておいて下さい」

 ルドルフが何を言いたいのかエミリアは何となく分かっていた。



 

 ルドルフと看護師が部屋から出て行き、エミリアが個室で一人ぼうっとしていると、扉がガラリと勢いよく開いた。視線を扉に向けると同時に「エミリア!」と叫ぶ声。


 先輩だ。


 ルイスは足を緩める事なく駆け寄り、力強くエミリアを抱きしめた。


「よかった……!」


 ルイスが枯れた声で言う。


 エミリアは泣いた。ルイスが頭を撫でようと、涙が止まることはなかった。




 ◇ ◇ ◇


 面会後、ルイスは病院側からの指示でカウンセリング室に向かった。

 カウンセリング室で待っていると、ルドルフ医師が部屋に入ってきた。


「エミリア、回復してきたのですよね……?」


 ルイスが尋ねるが、ルドルフの顔色は冴えない。


「目が覚めただけで、魔力が回復した訳ではないのです。今も尚変わらず重度の魔力欠乏状態です。お伝えしている通り、魔力回復薬が効かない以上、エミリアさんに残された時間は……、ごく僅かです」


「目を覚ましたのに……?」


「はい」


「意識もしっかりしているじゃないですか」


「はい」


「エミリアは知っているのですか……」


「今朝、お伝えしました」


 ルドルフがしっかりとルイスの目を見て言った。


「余命は1ヶ月程だ思います」




 * * *


 診察の後、エミリアは看護師に車椅子を押されながら病院の廊下を進んだ。

 病室に入る前に廊下の先から女性の悲痛な叫び声が聞こえた。


「リート! リートー!!」

 男性が寝ているベッドの前で泣き崩れる女性と、側には白衣を着た人達。すぐに部屋の扉が閉められたが、女性の泣き声は僅かに聞こえる。


「先月結婚したばかりだったのにな」

 エミリアの近くで、松葉杖をついた男性が呟いた。



 ◇ ◇ ◇


 翌日午後、ルイスはエミリアの病室の扉を開け、エミリアに挨拶をした。


「仕事、は……?」


 エミリアが力ない声を出して問いかけるので、「少しだけ、抜け出してきた」と答えた。


「何かしてたの?」


 ルイスは椅子に座りながら尋ねた。ベッドに取り付けられた食事用の机の上には便箋とペンが置かれていて、ルイスが部屋に入ってきた途端、便箋の表紙は閉じられた。


「ラブレター?」と聞くと、エミリアは、まさか、と驚いた顔をした。


 エミリアにイル駐屯地の状況を喋った後、ルイスは足元に視線を移した。


「この前の話の続き……」


 エミリアが身を固まらせるのを感じながら、自分の思いを口にした。


「……俺、エミリアの事が、」


「せんぱい」


 エミリアはゆっくりと、しかししっかりとした声を出し、ルイスの言葉を遮った。


「私、好きな人なんて、いないんですよ。……明日も、先輩として、来てくれますか?」


 ルイスの胸に鋭い痛みが走る。


「何で?」とエミリアを見たが、エミリアはもう視線を合わせてはくれない。



「私、この後、予定が。また、明日も、来てください……」


 悲しみの気持ちで押しつぶされながらも、エミリアの願いを断ることは出来なくて、ルイスは「分かった」と一言だけ言った。



 翌日、ルイスは寮の自分の部屋で佇んでいた。振られたのにどんな顔で会えというのか。しかし、どうしても行かなければいけない用事があった。


「ん」


 病室で、ぼうっと窓の外を見ていたエミリアに手紙を二通渡した。

 ルイスはその内の一通は捨ててしまいたい気分だった。


「二通とも、速達で届いていたから」


 言葉を出すのも胸が痛い。


 エミリアは受け取り、ありがとうございます、と言った。



「俺以外、ここにエミリアが入院している事を知っている者はいなくて」


 ルイスは言葉に詰まる。


「……もし、そいつに会いたいなら、手配する」


 エミリアはきょとんとした顔でルイスを見た。


 そいつってどっち……、もしかしてルジェクさんの事ですか?


 ルイスは頷いた。


 手紙は、エミリアの同期の元衛生兵ソフィアと、リパロヴィナ軍箒兵のルジェクからだった。


 会うつもりはないですよ。


「仲良いんだろ」


 そんな関係じゃないですよ。


 もういいんですよ、そう言ってエミリアは塞ぎ込んだ。



 翌日の午後、

 ルイスが訪れるとエミリアは病室にいなかった。ナースステーションを訪れるか、待っていようか迷っていると、ふとゴミ箱の中に、くしゃっと丸まった紙が目に入った。


 ゴミ箱には3、4個丸まった紙が入っていたが、その一つに、かすかに自分の名前が書かれているのが見えたのである。


 見てはいけない、分かってはいるものの、衝動を抑えきれず、丸められた紙を一つ手に取り、ゆっくりと開いた。


 文章は、上から全てぐしゃぐしゃと線を引かれ消されていたが、読む事は出来た。



 * * *


 ルイス先輩へ


 私は先輩の事が、大好きです。


 言えなくてごめんなさい。


 先輩と行ったレストランポーション嬉しかったです。


 ずっと好きでした。

 先輩と付き合いたい。

 もっともっと一緒にいたい。

 大好き。

 でも付き合って、幸せの中お別れするのは嫌なんです。

 死にたくなくなっちゃうでしょ。

 これ以上、先輩を悲しませたくない。


 先輩は素敵な人だから大丈夫。


 私はずっと、空から見守っています。


 エミリア

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