最終章 GOLD LINE

第92話 フィーネ師団 魔人による襲撃

『フィーネ師団司令部からの連絡! ワイバーン30体確認! 全て夜行性の種類です!』

『魔人の情報を!』

 イル司令部の人間がすぐさま返答する。

『魔人は、現在一体確認との事です。暗くてよく見えませんが、大きな熊の背中に乗っているのを確認されました!』

『そいつが牛と羊と人間の三つの頭を持っていたら魔人バラムだ! フィーネ師団司令部に通信機を繋げろ!!』

『はい!』


 イル司令部にフィーネ司令部から情報がどんどん入ってくる。

『ドラゴンが民家を攻撃!』

『ケルベロス50体確認!』

『ワイバーン100体確認!』


『駐屯地とイル市街地の警備以外の大隊は、全員フィーネ区へ向かえ!!』

 アンドリュー司令官からイル師団各大隊へ指示が出た。



 すでに応援の指示が出ていたルイス率いる第1箒兵大隊は、急ぎ箒を飛ばして、フィーネ区へと向かっていた。前回の魔人レラジェとの戦いで、第1箒兵大隊は全体の三分の二程度の人数に減っていた。その為アーデルランド全域から箒兵が派遣されて第1箒兵大隊に加えられている。班、隊の再編成が行われたが、ルイス班は春まで現在のメンバーで維持する。



「応援に向かう場所の指示を願います!」

 ルイスがイル司令部へ連絡を取った。


『まだ分かりません! 情報が錯綜してます! 』


 ドカーン――………!


 フィーネ駐屯地の方角から、轟音が聞こえた。

 暗闇の中、大きく炎が上がる。


「アンドリュー司令官! フィーネ駐屯地が襲われています!」

 ルイスは通信機をアンドリューへ繋げた。


『フィーネ駐屯地を守れ!』

 アンドリューが叫ぶ。


「はい!!」



 ***


 夜10時頃。

 イル駐屯地では、準備の整った隊から、素早くフィーネ区方面へ出発していた。

 走り回る隊員の邪魔にならないように、エミリアは隊員を避けて端の方を歩いた。

 このまま寮へ戻る気にはなれず、売店へと向かった。


「あぁ、エミちゃん! 戻って来たんだねぇ! 一体何が起こったんだろう」

「マリーさん! まだ店開けてたんですか!?」

「一度締めたんだけど、兵隊さんに開けてくれと言われてねぇ」

「あと、私が店番やっておきますので、家族の元へ戻っていて下さい」

「そうかい?」


 駐屯地内にサイレンが鳴った。


『非戦闘員は至急シェルターへ避難して下さい。繰り返します。非戦闘員は…』


「……非戦闘員って私達も入るのかい?」

 おばちゃん従業員のマリーがエミリアの腕に寄りかかりながら言った。


「入ります!」


「家族に伝えないと……」


「一緒に行きましょう! マリーさんの家は歩兵の営舎でしたか?」


「そうそう……」


 エミリアは居住エリアへ向かい、住民達の誘導を行った。


「どこか近くでモンスター出たのかしらね」

「避難指示は初めてだね」

「夫も一目散に出て行っちゃって……」

「ミルクとオムツ持った?」


 住民達が不安を露わにしている。


 先頭を進むエミリアが後ろへ振り返った。

「大丈夫です! シェルターに必要な物資が揃っておりますから! まずは速やかに落ち着いて避難して下さい!」


「流石エミちゃん、軍人さんなんだねぇ」

 マリーが言った。



 住民を駐屯地地下にあるシェルターの中へ案内し、エミリアも一緒に入った。


 シェルターは数千人入れる空間になっている。水、食料、毛布などの場所を確認して、エミリアは不安に怯える住民のケアを行った。


 ド――ン……!!!


 シェルターに轟音が鳴り響き、天井からパラパラと埃が落ちた。


「なになになに?」

「何か当たったの!?」

 住民達が身を寄せ合い騒つく。


 シェルターの入り口から外を覗くと、留まっていた兵士達が一斉に外を走っている。


 エミリアはマリーの元へ駆け寄った。

「マリーさん。ここにいたら絶対に安心ですから。みんながパニックにならないように励ましてあげて貰えますか?」


「それは……もちろん。……エミちゃんはどうするつもりさ?」

 マリーが身を起こして言った。


「私は、軍人ですから」

「でも、もう辞めたんだろ?」

「実は、休んでいただけなんです」

 エミリアは微笑んで、マリーの制止を振り切り走ってシェルターの外へと出た。



 ***


 ルイス率いる第1箒兵大隊がフィーネ駐屯地に到着すると、すでに巨大な黒いドラゴン、ワイバーン、ケルベロスの群れが駐屯地を取り囲み、フィーネの兵士達との戦いが繰り広げられていた。


 魔人バラムは、3メートル程の凶悪な顔の熊に跨り、少し離れた空から駐屯地を俯瞰している。バラムの周囲にはバラムを守るようにワイバーンが脇を固めている。


 現在、フィーネ駐屯地を襲っているモンスターの数は、目視でドラゴン3体、ワイバーン50体、ケルベロス50体。魔人の側に待機しているワイバーンが50体ほど。これで全てかと出現時発光の規模と比べ違和感を感じるが、魔人探索機を持つ偵察部隊からの連絡を待つ他ない。


 空を飛べないケルベロスは地上班に任せて、ルイス達は駐屯地を襲っている30m程の巨大な黒のドラゴンへ対峙した。ドラゴンは第1箒兵大隊に向けて口から黒い閃光を放出。ルイス達は、即座にそれを避けて、フィーネ師団周辺の、照明と閃光弾で夜空が明るくなった場所で、ドラゴンへ攻撃を行う。


「このドラゴン黒すぎねぇか!?」

 ディランが言う。

「おそらく魔界に生息するダークドラゴンです。闇魔法使うので気をつけて下さい!」

 クリスが言う。

「ドラゴンが魔人につくとは思わなかったぜ!」

 とディラン。

「ディラン曹長が考えているのは神竜族で、ダークドラゴンとは別物です!」

 クリスが早口で説明する。

「エマ中尉! 聖属性魔法に自信ある奴はどんどん使うように指示を!」

 ルイスの指示に、エマは「了解です!」と答えた。


「穢らわしいのよ」

 マッティアがダークドラゴンを睨みながら呟いた。

「彼氏が応援に来てくれるのを希望に頑張れ」

 とマッティアの隣でエマが言う。

「ヤツとは別れたわよ、浮気してたの」

「そうか、じゃあ私が守ってやるよ」

「あらやだ。私もエマを守るわよ」

 マッティアがフッと笑う。


 その近くでアイリーンがクリスに話しかけた。

「私たち、パートナーでの仕事はこれで最後かしらね」

「そうですね」

 アイリーンは春から別の隊に移動し班長になる事が決まっている。

「お互い悔い無く働きましょ」

「言われなくとも。ここで活躍して僕も曹長になる予定ですから」

「そう!」

 アイリーンが長い髪をなびかせて笑った。



「各自、四大元素魔法で攻撃!」

 ルイスが全体へ指示を出した。


 第1箒兵大隊500名全員で巨大なダークドラゴンに対峙する。見事な連携を取り、確実にダークドラゴンの急所である顔面と翼中心に攻撃を当てていく。


 ルイスがいなくても、第1箒兵大隊は優秀な兵士の集まりで、ドラゴン相手にも戦える。ただしルイスの存在事態が、第1箒兵大隊の戦意の源で絶対に死ぬことはできない。前回の魔人との戦いで、隊の三分の一が減ろうが、エミリアが抜けようが、前進しなければいけない。


「ドラゴンの攻撃に当たるな!」

 ルイスは隊員を鼓舞しつつ、魔法を唱えた。

「Merciless Flare!」

 灼熱の大炎がドラゴンへと襲う。ルイスの放った炎の最上級魔法は、ダークドラゴンの頭部を無慈悲に焼き尽くした。



 モンスター達の咆哮と兵士達の声、攻撃の轟音が鳴り響く中、ルイスの通信機から馴染みのある声が聞こえた。

『こちらレイモンド。準備が整いましたので、ワイバーンと戦っている箒兵の皆様一旦退避して下さいね〜!』


 駐屯地の前方に並べられた魔砲台から、一斉に魔砲弾が発射され、空を飛んでいた10体以上のワイバーンに命中した。

 横一列に並べられた魔砲台の後ろから、既に弾が詰められた魔砲台が顔を出す。

『もういっかい』

 レイモンドの指示で更に魔法弾が発射された。



 ***


 戦闘中も絶えずルイスの通信機からは司令部の声が流れており、モンスターの情報が更新されていく。


 フィーネ駐屯地周辺にて、ダークドラゴン3体、ワイバーン50体、ケルベロス50体と兵士達が戦闘中。少し離れた位置に魔人とワイバーン50体が待機。その他のフィーネ地区でもモンスターが発生しているようだ。


 対して、フィーネ師団の兵士は2万人。応援に来たイル師団の兵士は1万人。

 前回の魔人レラジェとの戦闘後、アーデルランド東部は軍事強化されていたものの、このモンスターの数は尋常ではない。


 アーデルランド全域から応援申請が降り、隣国リパロヴィナへも応援要請が入った。


 兵士達はすでに全力で戦っている。さらに魔人とワイバーンを相手にする余裕はなく、応援が来るまで持ちこたえなければならない。



『魔人バラムが動きます!!』


 ルイス達はその声に凍りつき、魔人の方角を見た。

 誰もが最悪の状況を想像したが、魔人とその取り巻きのワイバーン50体は駐屯地を攻撃することなく南へ進んだ。


『追え!』

 フィーネ師団幹部の声。

『照明のない場所へ誘導するつもりです! 危険です!』

『誰だ! そんな腑抜けた事を言っている奴は!』


 すぐさま、余力のある箒兵が追尾に向かった。イル師団の面々も共に向かう。このまま中央にでも行かれたらアーデルランドは大惨事になる。


 魔人が不気味に夜空を飛ぶ。


「何処へ行くつもりだよ」

 魔人を尾行する集団の先頭、ルイスの背後にてディランが呟く。

 その隣でカーターは絶えず方位磁石とマップを確認している。

「南西に向かって飛んでますね」

 カーターがルイスに向かって言う。

「まさか……」

「そのまさかです……」

 ルイスは喘ぎ、そして通信機に手を添えた。


「アンドリュー司令! 魔人とワイバーン50体、イル師団方向へ向かっております! このままだと20分後にはイル師団に到着します!」


『ドゥール平野に、大魔方陣を作る。そちらへ誘導しろ!』


 アンドリューの言葉の直後、偵察部隊から連絡が入った。


『北より1体のドラゴンがイル駐屯地へ向かってます! 早いです! 距離500m!』


 ルイスの頭に真っ先に浮かんだのはエミリアだった。



 ***


 ド――ン……!!!


 シェルターに轟音が鳴り響き、エミリアはマリーの制止を振り切り、建物外の庭に出た。兵士達の向かう方角へエミリアも走る。夜間ではあるが、ボルドー色のワンピースを着たエミリアは目立つ。

「君! 一般人はシェルターへ避難しなさい!」

 すごい剣幕で兵士に叱られる。兵士達は皆、国民を守る使命感を持って働いているのだ。

「私は第1箒兵大隊所属のエミリア・アッカーソンです!」

「失礼致しました!」

 兵士が敬礼をする。

 どうやらまだ第1箒兵を名乗っても通用するらしい。戦闘服を着ていない事に違和感を覚えられそうではあるが。

 兵士達と共に走り、駐屯地の端に辿り着くと、目の前には30メートル程の巨大な黒いドラゴンが1匹、どう猛な顔を向け、駐屯地全体を守る第1級防御魔法の目の前を羽ばたいている。


 エミリアよりも先に到着した兵士達が、駐屯地の防御、ドラゴンへの攻撃を仕掛け始めていた。箒兵は1大隊、500名程の人数だ。数が少ない。殆どがフィーネ区の応援に向かったのだ。


 防御魔法内にいる歩兵達が騒つく先に視線を向けると、暗闇から2メートル程のウルフがぞろりと出てきた。


 鼓膜を突き破りそうな轟音と共に地面が揺れて、エミリアの体がよろめく。

 黒い巨大なドラゴンがイル駐屯地に攻撃をしたのだ。

 ウルフ達もドラゴンと共に、駐屯地を守る第1級防御魔法に攻撃を仕掛ける。


「応援が来るまで師団を守れ!」

 兵士達が防御魔法の外へ出て戦う。


 何度目かのドラゴンによる攻撃で、危惧していた事が起きた。

 障壁に綻びが生じたのである。

 すぐに支援要員達が障壁魔法を唱えて、第1級障壁の亀裂部分補う。

 が、亀裂は各地で出来始める。エミリアの側の障壁も亀裂が走る。

 攻撃要員も補助要員も人数が足りない。このままでは駐屯地の障壁が壊される。


 先輩、ごめんなさい――


 エミリアは障壁魔法を唱えた。


 数ヶ月使用していなかったが、障壁は簡単に作れ、亀裂部分を補うように広範囲へ広がっていく。ドラゴンとウルフを倒すまで駐屯地を守る。


「応援助かります!」と何処かの班長に声をかけられる。エミリアは無言で頷いた。


 駐屯地は広くどんどん亀裂が増えていき、エミリアは障壁を広げていった。どこまで大きい障壁が作れるか、強度はドラゴンの攻撃に耐えられるか、全てが未知数だった。兵士達の視線を浴びながら、魔法に集中する。手のひらは熱く、額からは汗が滲み出た。



 どれくらいの時間が経っただろう。

 心臓が早く波打つ。視界は徐々に狭まり、耳が遠くなってきた。



 大丈夫。自分に言い聞かせて目の前の障壁に集中した。



 先輩が来るまで守ってみせる。



 もう一度、先輩の顔が見たい。



 エミリアの周囲に温かい空気が舞い上がった。

 エミリアがふと周りを見渡すと草地が金色に輝いている。

 隣にはウェーブがかった髪の長い女性が立っていた。

 エミリアのよく知っている女性。

 彼女が微笑み、エミリアの頰に涙が伝った。そして金色に輝く光のエネルギーが、エミリアの後ろから前へ力強く通り抜けて行き、駐屯地を全て覆った強固な金色の障壁を作り上げた。




「隊長! 駐屯地が!」

 クリスが隣でワイバーンと戦うルイスに叫んだ。ルイスはワイバーンと距離を取り、箒のバランスを整えて駐屯地の方角を見た。


 暗闇の中、駐屯地を金色に輝くオーロラのような帯状の光が包み込んでいた。


 ルイスには、その光を誰が発したのか分かっていた。


 旋回し、兵士達へ向けて叫んだ。

「速攻で終わらせて駐屯地へ戻る! 全力で戦え!」

 クリスから受け取った魔力回復薬を一気に飲み、魔人に攻撃を仕掛けた。


 魔人を倒すまでエミリアは持つのだろうか。

 ルイスは気持ちばかりが焦った。


 力が欲しい。

 魔人に対抗できる圧倒的な力を。



 ルイスの頭にいつぞやの石碑が浮かんだ。


 ――そんなに力が欲しいんか――


 何処からともなく不思議な声が聞こえた。


 ふと目の前に手のひらサイズの小さなトカゲ。

 そのトカゲは、赤い炎を纏っており、目をクリッとさせて、高度300mの位置にちょこんと浮いている。


 ――手を貸してやってもええよ――


 そういうなり、みるみるうちにそのトカゲは大きくなり、大型ドラゴンになった。


 ――古の眠りから覚める時、汝に力を授けよう。我の名を叫べ――


「精霊サラマンダー」


 巨大な炎のドラゴンは、魔人まで一直線に高出力の大炎を解き放った。

 瞬時のうちにあたりが炎の熱で熱くなる。




 エミリアの位置からも大炎は確認出来た。

 魔法灯の明かりがチカチカと光る。エミリアにはそれが第1箒兵だと分かった。



 先輩、来てくれた――



 エミリアの視界は真っ白になり消えた。

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