第91話 ルイスとデート。
休日、エミリアは一人シルドへ向かった。ルイスと高級レストラン「ポーション」に着ていく服を探す為である。マナー本では、「ワンピースが無難。素材はレースやシフォン。靴はヒール、ただしつま先や踵が出ていないもの」と記載されていた。
レースやシフォンのワンピースは持っていない。靴はダークブラウン色のヒールを一足持っている。あれもこれもと買うわけにはいかないので、今持っている靴に合うワンピースを買いたい。さらに問題はワンピースに合うコートを持っているかどうか。前途多難だ。
エミリアは大人向けな女性服を揃えている店へ入店した。ワンピースやパーティー向けのドレスも揃えている。
ワンピースを見ていると30代くらいの落ち着いた雰囲気の女性店員が「ワンピースお探しですか」と声を掛けてきてくれたので助けを求めた。
「あの! 今度ドレスコードのあるレストランに行くんですけど、おすすめのワンピースはありますか!?」
「どこのレストランですか?」
「あ……シルドにある、ポーションというレストランです」
「ポーション! いい店じゃないですか!」
「知ってますか!? 行ったことありますか!?」
「私は行った事ないですけど、友人が。羨ましいです」
女性店員が微笑む。
エミリアは、ドレスコードがスマートカジュアルである事。持っている靴とコートに合うレースかシフォンのワンピースを探している事を伝えると、いくつかのワンピースを素早く持ってきてくれた。
紫色のシフォンのワンピース。
ボルドー色のベルベット素材のワンピース。
オフホワイトのヴィンテージ感あるレース素材のワンピース。
鏡の前で、店員がエミリアに一つずつワンピースを合わせてくれた。
「……どれも可愛くて悩みますね……」
「今年の冬のトレンド色は、ボルドーですよ」
「へー……」
エミリアは、紫とボルドーのワンピースを試着してみた。
試着してみるとボルドーの方が気に入った。店員も「ボルドーの方が顔映り良いですね」と言ってくれた。今まで着たことのない色だったが、いざ着てみるととても可愛い。
「コートがキャメル色なのですが合いますか?」
「合いますよ」
そう言うと、店員はエミリアの持っているものと同じようなコートと靴を用意し、試着させてくれた。
「い、いいですね」
エミリアが感動していると、さらに鞄とネックレスも合わせてトータルコーディネートしてくれた。自身では考えつかない程、おしゃれな装いを作ってくれた。
鞄とネックレスがまた可愛い。
全て欲しいが悩んだ末、エミリアはワンピースと鞄を購入した。
デュポン暦2024年1月
夜9時。
エミリアは仕事が終わり、箒兵寮までの暗い道を一人で歩いた。寮に到着し、自分の部屋に入る前に、隣の部屋を確認する。ルイスの部屋に明かりはついていない。ここ1カ月、明かりが付いているのをほとんど見ていない。きっと何か大きな事が起きているに違いない。だけど毎日売店との往復のみで、一般人になった今は、軍の情報は得られないのだ。
明日は、午前11時に寮で待ち合わせだ。ルイスとレストランに行く約束したのは一カ月前。覚えているよね? と隣の部屋のドアを見つめながら、エミリアは自分の部屋へと入った。
レストランに誘ってくれて嬉しい。でもいつもと雰囲気の違う服を着て、気合い入れすぎ、と引かれないだろうか。この日、目が冴えて眠れなかった。
翌朝、ルイスとデートの日。
エミリアはいつもより早く目覚めた。落ち着きなく、部屋の整理整頓などをして時間を潰し、約束の時間の1時間前には、ワンピースを着て、髪の毛をセットし、いつでも出掛けられる状態に整えた。ルイスがドアをノックするのが待ち遠しい。
約束の時間である11時。
エミリアはこの上なく胸を高鳴らせて、椅子に座っていた。
11時30分。
まだドアはノックされない。
エミリアは恐る恐る自分の部屋を出て、ルイスの部屋の前で足を止めた。少し躊躇いつつも、ゆっくりとドアをノックした。
しばらく返答を待ってみたが返事はなく、聞こえなかったのかなと、先程より力を入れてノックをした。
しかし返答はない。周囲に誰もいないのを確認して、ドアに耳をつけてみる。
が、物音が聞こえない。寝ているのだろうか? と思い、「先輩?」と一言のみ声を発してみたが、やはり反応はなく、エミリアは自分の部屋へと戻った。
再度、椅子に座り、時を過ごす。
1時間、2時間、時が過ぎ、遂にはランチタイムであろう時間は過ぎ去ってしまった。
その日、結局、一度もドアはノックされなかった。
次の日も、その次の日もルイスはエミリアの前に現れなかった。
約束を忘れてしまったのだろうか。こちらは一カ月も前から落ち着きなく過ごしていたのに。仕事が忙しくて帰って来れないのだろうか。それにしては連絡くらい寄越してくれてもいいのに。――楽しみにしてたのに。
下を向くと涙が溢れそうで顔を上げた。
いつも以上に売店の仕事に没頭し、大きな声で「いらっしゃいませー!」と声を出した。
一週間後の夕方、売店。エミリアはしゃがんで食品の品出しをしていた。
入り口から人が入ってくる気配がし、いつものように「いらっしゃいませー」と声出しをして入り口に視線を向けた。
そしてドキリと凍りついた。
ルイスが泥だらけの戦闘服を着て、息を切らして立っている。
エミリアは開けた口を閉じて、またトレイの中のパンを棚に並べ始めた。
足音が大きく近付いて来るのが分かったが、顔は上げられない。
エミリアの前で足音がピタリと止まり、トレイに入っている食品と、泥だらけの黒いブーツのみが、エミリアの視界に入る。
「ごめん……」と一言ルイスが言った。
エミリアは唇がわなわなと震える。
「モンスターが異常発生して、ずっと帰って来れなかった……」
「……そうですか……」
血の気が引いて、底知れない怒りが湧き上がる。
「ごめん」
そう言って、ルイスがエミリアの目の前でしゃがもうとしたので、エミリアは、さっとルイスに背を向けた。
ルイスが黙り込むのを背中で感じ、エミリアが口を開いた。
「……別に、気にしてませんから」
「ごめんなさい……」
「もう本当、気にしてませんから! 仕事中ですから、帰って下さい!」
エミリアの目から涙が溢れる。
「……すぐに連絡しようと思ったんだけど……戦闘中で、その後も連絡出来なくて……もう直接謝った方がいいかなって思って……」
「そうですか」
怒りの感情がこもる声にエミリア自身も驚きながらも、ルイスをさらりと許す気にはなれなかった。結局はその程度の約束だったのかと思うと、惨めでさらに泣けてくる。
「……今日、何時まで仕事?」
「18時」
「じゃあ、今日レストラン行こう! 明日からまた出張だから」
「へ……?」
ルイスは「また後で」と言い、売店を早足に出て行った。
エミリアが時計を見ると、現在の時刻は16時30分。18時に仕事を終えて、急いで支度を整えて……レストラン行けるの!?
エミリアは涙が一気に引っ込んだ。
***
エミリアは仕事を終えて、走って寮へと戻った。部屋に入り鏡で自分の顔を確認すると、髪はボサボサでファンデーションは崩れている。
最悪だ。
そう思っていたところで、ドアがノックされる。
「準備出来たら、すぐ出るぞ」とルイスの声が聞こえ、エミリアは「はいぃー!」と慌ててドアに向かい返事をした。
流石にこの顔では行けない。急いで洗顔して、ワンピースに着替えて、メイクと髪を整えて、鞄を持ち、ヒールを履いた。
気持ちを落ち着かせて、忘れ物はしていないか確かめてから、玄関の扉を開けると、廊下でルイスが壁にもたれかかり待機していた。
エミリアは、びくりと体を動かして「お待たせしました」と言った。
「行こうか」
「はい……」
ルイスはジャケットに、ちゃんとしたパンツとシャツ姿だった。
お互いに無言で馬車に乗った。
すでに外は真っ暗で、道の所々にある外灯を頼りに馬車が進む。
「……興味ない?」
ルイスが言った。
「? 何がですか?」
エミリアはルイスに視線を向けた。
「何がでしょうね」
「何なんですか」
エミリアは少し顔を紅潮させた。
「……ポーション、空いてますかね」
エミリアが尋ねた。
「夕方電話したら、空いてるって」
「そうなんですか! よかった……。というか、前回、無断キャンセルしちゃったんじゃないですか?」
「人に頼んでキャンセルしてもらった」
「そこは、抜かりないんですね……」
エミリアが目を細める。
「エミリアには、人づてはどうかなと思って……でもまぁ、連絡が遅くなったから今度から気をつけます……」
「お願いします……」
今度から、という言葉に嬉しさを覚えてしまう。ルイスも同じ気持ちだったら良いのに、とエミリアは馬車に揺られながら考えていた。
ポーションの目の前に到着。
宮殿のような外観に圧倒されつつ店内に入ると、黒とゴールドを基調とした大人な空間が演出されていた。一面重厚な絨毯が敷かれ、天井にはシャンデリア、薔薇などの生花が至る所に飾られている。
サービススタッフが丁寧な接客で席へ誘導し、ドリンクメニューを渡した。メニューにはよく分からないワインの名前がずらりと並んでいる。
「ノンアルコールもあるぞ」
ルイスが目の前に座るエミリアに言った。
「いえ、せっかくなので、ワイン飲みたいです」
「じゃあ、シャンパン飲む?」
「はい」
サービススタッフが、スマートにシャンパンをグラスに注ぐ。
エミリアはすごく自分が大人になったような気分だった。
乾杯しシャンパンを口に含む。見た目に反して、アルコールの度数が高く感じた。
「お、おいしいです……」
「本当?」
ルイスがにやりと笑った。
「本当ですよ!!」
サービススタッフがトレイにパンを持ってきてくれ、エミリアは3つ、皿に乗せてもらった。テーブルに置かれたバターを付けて食べるのだが、そのバターがまた美味しかった。
前菜、ビシソワーズ、メインの白身魚のムニエル、鶏肉のグリル、どれも見た目が美しく盛り付けをされている。トリュフやアーティチョーク、普段エミリアが使用できない貴重な野菜から、ゴボウなど身近な野菜も取り入れられていた。独創性に富み、味も最高に美味しかった。
最後にデザートがワゴンで運ばれてきた。いちごタルトやチェリーパイ、シュークリーム、アイスクリーム、どれも食べ放題との事だった。少し酔いが回って体がふわふわしつつも、エミリアは全種類のデザートを皿に乗せてもらった。
「そんなに食べれるの?」
「食べれますよ! 先輩は食べないんですか?」
「俺は、エミリアが残したら食べる」
「あげませんよ!」
同時にコーヒーがテーブルの上に置かれた。
先にグラスに入れられていた水とコーヒーを飲みながらケーキを食べていると、少し酔いが覚めてきて、1人、皿の上に沢山の小さなケーキを置いた自分が恥ずかしくなってきた。
「……先輩、一緒に食べて下さい」
「いいだろう」
「あ、そっちはダメです。このバニラアイスならいいです」
「お前、さては大して好きじゃないものを渡す気だな」
「えへ」
サービススタッフが「おかわりいかがですか」と今度は別のデザートをワゴンに持ってきてくれた。ピンクと赤のマカロンが山のように可愛く積み上げられていて、その周りには、先程より小さめのタルトとチョコレート。やはりエミリアは少し躊躇いながらも「全部下さい」とサービススタッフに言った。
エミリアは、皿に乗せてもらったマカロンを見つめた。
「先輩に頂いたマカロンを思い出します」
「あぁ」
「あれ、すごく嬉しかったですよ。もちろん今日もとても嬉しいです。ありがとうございます」
エミリアは満面の笑みをルイスに向けた。
少し大胆な気持ちになるのは、酔いの所為か、この場の雰囲気の所為か。
どちらにせよ幸せな気分と感謝を伝えたかった。
「はい。どういたしまして……」
そう言ってルイスはチョコレートを口に入れた。
食事が終わり、エミリアがトイレに行くと、これがまた豪華な内装を施した広い空間。シャンデリアが暖色系のランプで灯され、床には絨毯が敷かれ、壁には絵画がかけられている。洗面所は大理石で、ホテルのようにアメニティーが揃っていて、化粧品、歯ブラシ、おしぼりまで置かれていた。
「いやー、凄いトイレでしたね」
エミリアが満足気に席に戻るなりルイスに言った。
「そうだな、じゃ、行くか」
ルイスが席から立ち上がる。
そのままサービススタッフに先導されて、2人はレストランを出た。
「……お会計は?」
「もう終わった」
トイレに行っている間に支払いが行われたという事か。
エミリアは女性としての扱いに戸惑いを感じた。
そして、奢ってくれると言っていた事は覚えているが、礼儀的に鞄を開けた。
「えっと……お支払い……」
「いいんだよ」
「そうですか……あの、ありがとうございます……」
正面に立つルイスの顔を見れず、エミリアは自分の足元を見つめた。
ルイスが「少し歩こうか」と言い、2人は街灯に灯されたシルドの街を歩いた。
エミリアがヒールを履いているからか、ルイスはエミリアのペースに合わせてゆっくりと隣を歩いてくれている。
道沿いの店はほとんどが既に閉まっていて、行き交う人々はまだら。酔っ払いやカップルが目立ち、エミリアもルイスとカップルに思われているのかなと思うと、また心臓がドキドキとする。
狭い歩道を歩いた際に手の甲が触れて、そのままルイスがエミリアの手を掴んだ。エミリアは一気に汗が吹き出て、心拍数が上昇した。
2人は暫く無言で歩いた。
そういう事か。そういう事だと思ってもいいんだよね?
ぎこちなく優しく繋がれた手だけに集中して、エミリアは考えていた。
「…………嫌なら、振りほどいてくれていいんだけど」
「…………それって、なんだか、ずるい質問ではないですか……?」
エミリアがルイスを見ると、ルイスは「そっか」と困ったように笑った。
エミリアは視線を歩いている方向に戻した。そして返事をする代わりに、手を握り返した。
「ちょっと座ろうか」
アーチ状の石橋を渡り、道路の脇にある階段を降りると、川沿いが遊歩道になっていてベンチが並んでいる。その一つのベンチに2人で座った。
川は街灯の光が反射して綺麗だ。
エミリアがドキドキと心臓を轟かせて何を言おうかと考えていると、ルイスが先に口を開いた。
「エミリアって、好きな奴いるの……?」
「何故ですか?」
「だって……付き合ってる奴いないじゃん」
ルイスがたどたどしく言い、エミリアにはそれが少し可愛く思えた。
「先輩が先に教えて下さったら、私も教えますよ」
エミリアの顔が赤いのは、周囲が暗くてきっとバレてはいないから堂々とルイスの顔を見て言った。
ルイスは片手で頭を抱えてうめき声を出した。
そしてため息をついた後に、言葉を発した。
「付き合ってる奴はいない」
「はい」
「好きな奴は、いるよ」
「はい……」
エミリアがルイスを見つめると、ルイスが気付いて顔を背けた。
「誰ですか!」
「うぅぅぅー……、決まってんじゃん」
「決まってない!」
急にドンっという音と共に、遠くの空が広範囲に白く光った。エミリアが軍人の頃に何度も見たことのある光。モンスターが現れるときに放つ出現時発光だ。ただし光の数がかなり多く、山に連なる形で1キロ程の距離で光り、夜空を明るくした。
繋がれた手はいとも簡単にほどき、ルイスが1人立ち上がった。
右手で弧を描き魔法陣を出現させて、中から箒が出現した。
同時に通信機が起動する。
『フィーネ区に広範囲に出現時発光! 第1箒兵大隊、至急応援に向かって下さい!』
「了解した」
そう応えたルイスの表情はすでに仕事の顔をしている。
急ぎエミリアを箒の後ろに乗せて空へ昇る。
その間もずっとルイスの通信機は起動していて、次々と指令、情報が飛び交う。
『フィーネ区偵察部隊からの連絡! 魔人の出現!』
エミリアは血の気がさっと引いた。
ルイスはエミリアの腕を取り、しっかりと自分の腹につかまらせた。
シルド市街地から5分で駐屯地へ到着した。夜にも関わらず兵士達がバタバタと駐屯地内を走っている。箒から2人急いで地面に降りる。
「先輩……」
「大丈夫。駐屯地は第1級防御魔法が起動するが、もし何かあればすぐにシェルターに避難するんだぞ。シェルターの場所は知っているな?」
「はい……」
「エミリアはもう一般人だから、自分の身を第一に優先して動く事」
「はい」
「何かできるとは思うなよ。二次被害を出さない為に、自分の身だけ守る事を考えろ」
「分かりましたよ。先輩、お気をつけて」
「ん」
ルイスはエミリアの頭にポンっと手を置き、本部へ走って行った。
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