第75話 ルイス隊長がお見合いパーティーに参加するですって!?

「隊長! 参加者リスト作成しました!」


大隊長室に入ってきた第1箒兵大隊所属のアレクが、ルイスに紙切れを渡した。


「ありがとう」


ルイスが書面を確認すると、男性隊員の名前がずらりと記入されていた。アンドリュー中将より依頼されたお見合いパーティーに参加するメンバーだ。相手は中将の知り合いの貴族のご令嬢達。


ルイスは机の端に紙を置き、深くため息をついた。


翌日、ルイスがトレーニング施設にて訓練をしていると、ディランがやってきた。


「隊長! 例の貴族ん家での飲み会の件ですけど」


「あぁ、何?」


「アイリーンも参加させていいですか?」


「アイリーンが? 何でまた」


「えぇ〜? それは〜……」


ディランは何故か落ち着かない様子だ。するとクリスがディランの後ろから顔を出し言った。


「貴族主催のパーティーに興味があるみたいですよ」


「あぁ、なるほど」


貴族主催のパーティーは確かに嗜好を凝らした豪華な食事が出るだろうけど、同僚とのお見合いパーティーは気まずくないのだろうか、とルイスはアイリーンを不思議に思いながらも、中将の許可を得て女子隊員も複数名参加する事になった。




お見合いパーティー当日


勤務後、パーティー会場である貴族の館に向かう為、ルイスは、クリス、ディランと駐屯地前から馬車に乗り込んだ。


「アイリーンも来るんじゃなかったのか?」


ルイスが、最後に車内に入り席に座ったクリスに尋ねた。


「アイリーンさんは、友人と一緒に向かうみたいです」


友人。


ルイスは最終決定した参加者リストを確認せず、副官フレディに丸投げしていた為、女子隊員がアイリーン以外誰が参加するのか分かっていなかった。


今更ながら、エミリアが参加していない事を願う。



「ディラン曹長、戦闘服で来たんですね……」


馬車の中で、クリスが隣に座るディランに話しかけた。


「戦闘服も軍服だろ?」


どっしりと席に座っているディランが、腕を組んだまま言った。


主催者からの要望で、今回、男は全員軍服指定だ。ルイスとクリスはネクタイを締めて勤務服を着ている。


「そうですけど……汚れてますよ?」


クリスが指摘する。ディランの戦闘服は確かにズボンには泥がこびりついていて靴も汚い。


「下手したら会場内に入れませんよ」


クリスが眉を顰める。


「そしたら外で飲んでるから帰りに合流な」


ディランが、がははとクリスに笑いかける。


ディランが会場に入れなかったら、俺も一緒に外で飲んでいたい、とルイスは思った。



公爵の豪華絢爛な館に到着して、ルイス達は執事にホールへと案内された。


ダンスホールに到着するとイブニングドレスを着た女達と、第1箒兵大隊の箒兵達が談笑していた。普段箒兵達は一般女性と接触する機会が少ないので、女性と喋れて嬉しそうだ。


ルイスは館の主と挨拶を交わした。館の主の話が長くなりそうなので、クリスとディランには、先に会場の奥へと行ってもらった。


しばらくして主との話が終わると、ルイスは令嬢達に囲まれていた。そのうちの一人、派手なドレスと宝石類を身につけた令嬢に腕を組まれ、会場奥へと案内された。しっかりと腕を組まれ、ルイスの腕は令嬢の胸に押し付けられた。


正直、興味のない女から胸を押し付けられても嬉しくはなく、どうしたらこの場を離れられるだろうか、とばかりルイスは考えていた。


高そうなアンティーク調のソファーとローテーブルが配置されている場所へ、シルビアと名乗った腕組み令嬢を筆頭に、他の令嬢達と箒兵の部下と共に座る。やたらと距離の近いシルビアと香水の匂いにうんざりしつつも、周りを見渡してもエミリアが会場内にいない事だけは救いだった。


「箒って、どうやってお乗りになられるの? メイドの持っている箒でも空を飛べるのかしら?」


シルビアがルイスの腕を触りながら言った。


「特別な材木から作られた箒でないと飛べませんよ」


「バンパイアに会ったことはおあり?」


「今のところはないです」


前方からクリスが一人やってきた。


「隊長。オードブル取りに行きませんか?」


「行く!」


ルイスはサッと立ち上がり、クリスと二人で軽食の置いてある場所へと向かった。


「クリス、サンキュー」


ルイスはクリスに笑顔を向けた。


「お邪魔じゃなかったようで良かったです」


クリスは気が利き頼もしい。


「ディランは?」


ルイスは辺りを見渡した。


「ディラン曹長は、あそこで飲んでます」


クリスが指差した方向を見ると、ディランは男性隊員と女性令嬢の複数人でソファーに座り飲んでいた。ディランはいつもの隊の飲み会と同じノリで、大きな声を出して笑い、楽しんでいた。


クリスがオードブルをいくつか皿に盛っている間、ルイスはピンチョスを皿に乗せてその場で食べた。そこへアイリーンがやって来た。



◇ ◇ ◇


ルイスがお見合いパーティーに参加すると聞いてアイリーンは驚いた。


付き合いでの参加らしいが、アイリーンにはまたとないチャンスだった。普段、話をしたくても、なかなか話すタイミングがない。これを機にルイス隊長ともっと仲良くなりたい、あわよくば付き合いたい。


隊長はどんな女性がタイプなのだろうか。派手な女性は好きじゃない、とクリスより聞いていた。色々考えた末、黒色のロング丈のイブニングドレスを着ることにした。



ルイスが貴族令嬢達と離れたのを見計らって、アイリーンはルイスの元へと向かった。


「隊長。お疲れ様です」


軽食の置いてある場所で、アイリーンは遠慮がちに声を掛けた。


「おう、お疲れ。楽しんでる?」


「はい」


緊張する。顔も赤くなっている気がする。



何を喋ろう。


喋りたい事は沢山あるはずなのに、言葉が出てこない。


ただただ二人だけのこの場が嬉しい。時が止まればいいのに。



「ドレス、決まってるな」


ルイスがアイリーンに軽く微笑んだ。


予想だにしていなかった言葉にアイリーンの胸はさらに高鳴った。


「ありがとうございます」


必死に感謝の気持ちを述べて、アイリーンは自らのドレスの裾を広げてポーズをとった。


ルイスが引き続き食べ物を食べ始めたので、アイリーンもオードブルを皿に取り始めた。


好きな食べ物は何ですか? と質問しようか。しかし以前にも同じ質問をしたことがある。何か良い質問はないだろうか。アイリーンは目の前の食べ物を見つめながら考えた。


そこへ、執事が颯爽とやって来た。


「ゲラン様。急ぎお伝えしたい事があると職場の方がお見えです」


ルイスは執事と共に会場を出て行った。


「何かあったのですかね」


いつのまにかクリスが隣にやってきてアイリーンに話しかけた。


「もっと話しかけたら良かったですのに」


クリスが目を細めてぼそりと言った。


「それが出来れば苦労しない」



◇ ◇ ◇


ルイスが執事に案内されて屋敷の玄関向かうと、玄関のドアの目の前に勤務服姿のエミリアが立っていた。


エミリアは両手で書類をしっかりと持って、ルイスを見つめた。


「お邪魔してすみません。これ、書類です、中将から。急ぎのようです」


ルイスは気まずい気持ちになりながら、書類を確認して不思議に思った。


「これ……急ぎ?」


「今日中に中将の机の上に置いておいて欲しいとの事です」


祝賀会参加の有無。提出期限は今から二週間後となっている。


中将と付き合いの長いルイスは、この書類の意味が分かった。これは帰宅して良いという中将からの合図だ。


「では私はこれで」


エミリアが軽く頭を下げ、踵を返した。


「待って。俺ももう帰る!」



◇ ◇ ◇


どうしてエミリアがここにいるの!?


アイリーンは屋敷の階段の上からエミリアを見下ろし、呆然と立ち竦んだ。


しばらくしてルイスが一人足早に階段を上ってきたので、アイリーンは慌てて側にあった柱の後ろに隠れた。そしてクリスがさっとアイリーンの前方へ出た。


「隊長!」


「おう、クリス! 俺、帰るわ!」


「急用ですか? 俺も帰りましょうか?」


「いや、大丈夫。あ、帰りたかったら一緒に帰るか?」


「……いえ、俺は残ります。皆さんにも帰宅された事伝えておきますね」


「サンキュー!」


そう言うなり、ルイスはクロークに預けていた荷物を持って、エミリアの元へ走った。



アイリーンは柱の影からそっと、2人が屋敷を出て行くのを見つめた。


そして扉が閉まると、ぽろりと一粒堪えていた涙を落とした。


「何で泣くんですか」


クリスが不機嫌そうな顔をする。


「だって……どうしてエミリアが来ちゃうんだろって思って……」


「エミリアはただ仕事の用事を伝えに来ただけでしょう」


「そうだけど……」


アイリーンはさらに涙の粒を落とした。


「隊長に見てもらいたくて、今日はお洒落頑張ったのに……」


「……言わないと何も伝わりませんよ。隊長、鈍感ですし」


「そうね……」


少し間を置いてから、またアイリーンが口を開く。


「例えば迎えに来たのがエミリアでなく私だったら、はたして一緒に帰ってくれたかしら。あんなに慌てて帰る準備をしたかしら……」


隊長と付き合いたい……だけど告白して振られてぎこちなくなる位なら、今のままの関係がいい。


アイリーンの言葉に、クリスは何も言わない。呆れただろうか。


しばらくしてから、隣でクリスが口を開いた。


「ドレス、似合ってますよ」


アイリーンはゆっくりと顔を上げてクリスを見たが、クリスの視線は遠くを向いている。


「本当?」


「えぇ」


「ありがとう……」


アイリーンは鼻をすすって、かすかに笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る