第76話 先輩と二人で箒専門店に行きます。

「C5エリアに処理科出動を頼む。デスマッシュ20体」


 デスマッシュは森に住む人型に変化したキノコのモンスター。眠くなる作用がある胞子を飛ばし、獲物を眠らせて捕食する。また仲間を呼ぶ習性があり、1匹見つけると近くから何匹も出現する。班のメンバーを呼ぶことなく、あっという間にルイスが1人で倒してしまったが、一般人が出会ったら危険だ。


「ちょっと箒店寄ってもいい?」


 夕方、処理科にデスマッシュを託してから、ルイスがエミリアに話しかけた。


「はい」


 師団から1番近い市街地、シルドにある箒店に到着し、ルイスが木彫りを施された重厚なドアを開けた。ドアに取り付けられた鈴の音が鳴る。古めかしく、こじんまりとした店内のそこかしこに小物類が並べられ、壁一面に箒が飾られている。木の香りも漂っている。エミリアが箒店に来るのはこれで2度目。1度目は恋人ベルト買った時。自分の箒を持っていないエミリアにとって箒店とはあまり縁がない。


「いらっしゃい」


 奥のカウンターの中から、40歳くらいの男性店員がルイス達に声をかけた。


「ルドルフさんいますか?」


 ルイスが店員に尋ねた。


「常連さん? 今親父腰痛めて入院中なんですよね。俺で良ければ話聞きますけど?」


 カウンターから身を乗り出して男が言う。


「動作に違和感があって見てもらいたいんですけど」


 ルイスが箒を店員へ差し出す。


「おぉ!これJ/A18じゃーん。いいの乗ってんね!」


 男はちらりとルイスの顔を見る。


「ん!? あぁ、あんた、破魔の隼じゃないの」


 店員は、関係者の集まるイベントでルイスを見かけたことがあるようだ。


「イケメンだからすぐ覚えちゃいましたよ」


「どうも」


 無愛想なまま返事をする。


「この箒、乗って何年目?」


 フィルと名乗った男がルイスの箒の柄に触れながら言った。


「2年目です」


「ひぇー、2年目でこれかい。箒兵そうへいさんはホント箒を酷使するねぇ」


 フィルは箒を専用の機械の上にのせて数値を確認しながら言った。


「箒に付与している魔術効果が薄れてきているから再度付与。あと柄の磨き直しと、穂の枝も増やしておくね。他気になる点あります?」


「いえ」


 フィルが紙にメンテナンスの内容を書き出す。


「あとさー、これ二人乗りしてるんでしょ?」


 フィルが面白そうに言った。


「はい」


 特に動じないルイスの後ろで、エミリアはどきりとした。


 何故2人乗りしている事を知っているのか。


「君が乗っているの?」


 フィルがルイス越しにエミリアを覗く。


「は、はい!」


 エミリアは背筋を伸ばして軽く会釈をした。


「この箒の太さ、握りづらくない?」


「あ、握りづらいです」


「もし隊長さんが了承してくれるなら、お嬢ちゃんのにぎる部分だけもう少し細く削っとくけど? 操行には問題ないし」


「いえ。いいです、先輩の箒なので」


「あぁ!? いいよ」


 ルイスがエミリアに言い、フィルに削ってくださいと言った。


「了解」


 フィルは作業内容を紙に付け加えた。


「何だよお前、持ちづらいんだったら言えよ」


「すみません」


 箒に乗せてもらっているのに文句なんて言える訳ない、とエミリアは思った。



「納期だけど、明後日の夕方には仕上がってるから」


 フィルが言った。


「早いですね」


 ルイスが目を丸くした。いつもは5日程かかるそうだ。それでも他店よりは早いらしい。


「今、親父が入院中だから店手伝ってるけど、オレ普段はONDAでリードエンジニアしてるんだわ。最新の工具類持ってきてるからね。親父は否定派だけど」


 ONDAはアーデル1の箒メーカーである。ルイスの箒もONDA製のようだ。


 ルイスは興味津々にフィルと二人、エミリアには分からない専門トークをし始めた。



 話についていけないエミリアは店内をぶらついた。恋人ベルトの新しいデザインが出ている。ショートケーキの形のチャーム。女子受けするデザインが前回来た時よりも増えている。


 壁に飾られている箒は雑誌に掲載されているものらしい。雑誌が箒下の棚に置かれ、掲載されているページに付箋が貼られている。値段は80万リベラ。その隣に飾られている箒はなんと150万リベラ。怖ろしい。


 エミリアはふと棚に置かれた10cmほどのミニチュア箒に目が行った。


『本物の箒のミニチュアサイズ! 魔力を込めると飛びます!』と手書きのメモがつけられている。

 

 エミリアは自分の箒がないので、マイ箒にあこがれを持っている。ミニチュア箒は、ちょうど手のひらにおさまるサイズで可愛らしい。専用のスタンドもついている。エミリアは部屋に飾りたいと思い、値段を見て驚いた。


 2万リベラ

 なんてこった……


 エミリアはのばした手を戻し、別の場所へ移動した。


「おまたせ。帰るぞ」


 ルイスが店内をうろついているエミリアに声をかけた。


「何か買うのある?」


「いや、ないです」


 二人はフィルに挨拶をして店を出た。外に出るとあたりはすっかり暗くなっている。二人は代替の箒に乗り、魔法灯をつけ空を飛ぶ。



「箒って奥深いんですねぇ」


 エミリアがつぶやいた。


「なんだ今更興味もったか」


「店にミニチュアサイズの箒があって、とてもかわいかったので買おうとしたんですが、どうもそれが高級箒のミニチュアらしく2万リベラもしたんですよ。材質が本物と全て一緒だから小さくても高いんですねぇ」


「なんだお前、ミニチュアの箒がほしいの?」


「はい、まぁ、諦めましたけど」


「俺が箒買ったときにおまけでついてきたものが、引き出しに眠っているから欲しいならやるぞ?」


「え! いいんですか?」


「うん。俺はいらないから。あっても邪魔だし」


「ありがとうございます」



 寮へ着き、ルイスの部屋へむかう。廊下で待ってようと思ったが、ルイスに部屋の中へ入ってもいいと言われて、玄関で待機した。


 ルイスの部屋に入るのは、ロミオと三人で飲み会をした時以来だ。


 部屋の奥にいるルイスが、ごそごそと棚の中を探し、今度はクローゼットの中を探し始めた。


「急がないので、出てきたらでいいですよ」


 エミリアが遠くから声をかける。


「うん。あ、あった。これだ」


 ルイスが木箱を取り出して言った。


 ルイスはエミリアの元へ戻り、木箱をあけると小さな箒が木箱に守られる形で入っていた。


「これ、魔力こめると浮くらしいんですよ」


 とエミリアが言った。


「やってみるか」


 ルイスが箒を手のひらにのせて魔力を注いだ。

 すると箒が一瞬白く光り、宙へ浮いた。


「おぉ、すごいなこれ」


「はい」


 箒はルイスの手の上空でくるくると回転しだした。

 かと思えば今度は上下に移動する。


「え! これ先輩が動かしています?」


「うん。本物の箒のように動くんだな、これ」


「す、すごい……」


 ミニチュアの箒がルイスの手のひらに戻り、箒をエミリアへ渡した。


「エミリアも試してみたら? 小さいから浮かせられるかも」


「そうですね!」


 エミリアは意気揚々と手のひらに箒をセットして魔力を込めた。

 力いっぱい箒に集中した。


 ……しかし、ミニチュアの箒はぴくりとも動いてくれなかった。


「箒に乗れないのは運動神経の問題かもとも思ったけど、お前ほんと無理なんだな」


「飾れるだけでも嬉しいので。これ本当に頂いていいんですか?」


「いいよ」


「ありがとうございます。大事にしますね」


 エミリアは笑顔で礼を言い、箒を丁寧に箱にしまって、両手で大事に部屋へ持ち帰った。そして、ミニチュアの箒を勉強机の上に飾り、じっと眺めた。



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