第77話 お返しプレゼント (前半)
デュポン暦2023年6月
エミリアは駐屯地の正面玄関に立っていた。
「エミリアお待たせ!」
ソフィアが衛生隊寮方面から小走りでやってきた。
「お疲れ、ソフィア」
「今日いい天気だね」
「ほんと」
エミリアは、これからソフィアとショッピングに出かける予定。お互いなかなか休みが合わないので、ともに出掛けるのは久しぶりだ。
二人は列車に乗って市街地リュミヌへ到着し、前々から気になっていた家庭的な雰囲気のアーデル田舎風ビストロへ向かった。店外のひさしの下に席を取り、共に店一番人気のタルトフランベとドリンクのセットを頼んだ。タルトフランベは薄い生地の上に、玉ねぎ、ベーコン、フロマージュブランをのせてカリッと焼いたものだ。できたてのタルトフランベはとても美味しかった。
「エミリー、プレゼント候補は思いついた?」
「うん、まぁね……。実際見てみて良いのがなかったら他のを考えなきゃだけど」
ソフィアのいうプレゼントとは、ルイスへのプレゼントのことだ。
箒専門店へ行った後ミニチュアサイズの箒を頂いたし、たまに出先で昼食を奢ってもらっているし、もうかなり前にはなるが、一年目の授賞式ではドレスも買って頂いた。夕飯係だけでは足りない気がして、いつかお礼しなきゃと思いながら何もできずにいたため、今日はソフィアとプレゼントの下見にきたのだ。
「下見だから、さっさとでいいんだ。メインはソフィアとのショッピングだからね」
「うん分かった。とりあえずメンズ店見て回ろう。私も来週リパロヴィナ行くから、ヴィートさん用にリサーチしたいし」
「ありがとう」
普段は歩かないブランド通りを二人で歩いた。
さすがに店内に入る勇気はなく、ショーウィンドウをのぞき込んで店員さんがやってくると会釈をして次の店へと進んだ。
翌日、色々考えた結果、タイピンを渡す事にした。
エミリアは意を決して、昨日ソフィアと通ったブランド街のビジネスマン向けのショップのドアを開けた。床やショーケースがキラキラと光り、品物が一点ずつ綺麗に陳列されている。スーツを着た男性店員が落ち着いた物腰で微笑み、エミリアに話しかけた。
「いらっしゃいませ」
「あの……、タイピンはありますか?」
エミリアは委縮しがちに店員へ話しかけた。
ハンガーにかけられているスーツは手に取らなくても高級な素材なのが分かる。
「こちらでございます」
店員がエミリアを店内奥にあるショーケースへ案内をした。
数点のタイピン、カフスが厳かに並べられている。
値札は……隠されている。
エミリアは冷や汗が出た。
デザインよりなによりお値段が気になる。
「だいたい、いくらくらいなのでしょうか……?」
エミリアは恥を忍んで聞いてみると、店員はショーケースのカギを開け、白い手袋をはめた手でタイピンを手に取り 、値札を見せてくれた。
値札を見て、エミリアはギョッとした。10万リベラと記載されている。
それはエミリアの予算を大きく超えていた。
何の飾りもないただの(失礼だが)銀色のタイピンが10万リベラ。
エミリアは買うのを断念して店を出た。
ブランドものがこんなに高いなんてエミリアは知らなかった。タイピンで10万リベラなら他のスーツは一体いくらだったのだろうか。しかし高すぎるタイピンは買えないが、安価なタイピンも買う気にはなれない。少しいいものをプレゼントしたいとエミリアは思うのである。
意識して街を歩いてみるとメンズショップはかなり少ない。エミリアは何も考えずただメンズな店というだけで、ごてごてな装飾のアクセサリーショップへ入店した。スカルが目立つメタリックなお店。
ルイスにスカルのイメージはない。事前に好きな店を聞いておけばよかった、とエミリアは悔やんだ。
「何かお探しですか?」
長身の大柄な男性店員がエミリアにぶっきらぼうに聞いた。
口にはピアス。髪はロングで、うなじあたりで一つにくくっている。ジーパンにエプロン姿である。
「タイピンを探してまして」
「こっちだね」
店員はドカドカとせまい通路を歩き案内した。
ガラス張りの棚の中はやはりスカル。
「スカル、人気なんですか?」
「男へプレゼント?」
「はい」
「人気だよ。毎日すごい売れてる。嬢ちゃんの彼氏もスカル好き?」
「あ、いえ、持ってるの見たことないです」
彼氏じゃないが、そこはスルーしておくことにした。
「うーん、じゃあ、こういうのあるよ。普段は姉妹店に置いてある商品なんだけど、あまりに人気だから最近うちの店にも置いていて」
店員は、レジ横のショーケースへ案内した。
「今魔法石のアクセサリーが流行っていて、男女問わず人気」
ショーケースの中には落ち着いた商品が並ぶ。
エミリアはすぐにピンときた。この中から選ぼう。
「お値段は?」
「ピンキリだけど1~5万リベラだな。タイピン本体プラス選ぶ魔法石によって値段変わるぜ」
「宝石も選べるんですねぇ」
メンズ店で買い物をするのも初めてだし、恋人にプレゼントを選ぶときもこういう感じなのだろうかと、エミリアは気持ちが高ぶった。
「宝石は彼氏の誕生日や好きな色、イメージ色、あとは宝石の意味合いから選べばいいよ」
ルイスの誕生日をエミリアは知らない。
「イメージは青かな」
ルイスの目の色と同じ濃い青。
「んじゃあ、これだな。ブルーサファイア」
ブルーサファイアの意味は守護。魔除けとなり仕事を成功へと導く。持ち主や愛する人を守る。
びっくりするくらいバッチリだ。
エミリアはブルーサファイアのタイピンを選んだ。値段は3万リベラ。なんと高級な。しかし日頃お世話になっていることを思うと安いものだろうとも思った。
小さな紙袋を持って寮へ帰宅し、いつ渡そうと考えながらエミリアは自分の部屋に入った途端、急に現実に戻り不安に駆られた。
彼女じゃないのに、どうして宝石なんて買ってしまったんだ……
ブルーサファイアは「愛する人を守る」という意味もある。こんなものを渡されたら引かれるのでは? エミリアは今更ながら買った事を後悔し始めた。
夜中、シャワーを浴びてベッドに横になってプレゼントの渡し方を考えた。もう買ってしまったのだから、渡すしかない。
「日頃お世話になっているから」
「この前ミニチュアの箒も頂いたので」
頭の中で台詞を考える。
変に焦ると、ルイスへの恋心がバレてしまうかも知れない。告白みたいになって、あとあと気まずくなるのは絶対に避けたい。
いらないなら別にいいのー。というくらいサラッと渡そう。たまたま歩いていたらオシャレなタイピンがあって、日頃お世話になってるし買ってみただけなんです、とかなんとか言って。
ブルーサファイアの意味の「仕事を成功へと導く」という部分は伝えたい。
言えるだろうか。手紙を添えて伝えようか。どこで渡そう。部屋で夕ご飯を食べてるとき? でも引かれて部屋で二人きりって気まずすぎる……じゃあ食べ終わって帰り際? 下手したら廊下を歩いている人にバレない? 席を立って部屋の扉を開けられる前に渡す……?
エミリアは悶々と考えながら眠った。
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