第78話 お返しプレゼント (後半)
翌朝
エミリアは手紙を書いた。
『先輩へ
いつもご指導ご鞭撻、誠にありがとうございます。
日頃の感謝の気持ちを込めて、これを送ります。
ブルーサファイアの意味は守護。
仕事を成功へと導く効果があるようです。
魔物から身を守ってもらえますように。先輩のご健康ご活躍をお祈りいたします』
「これで……いいか?」
なんだかすごくおかしな文章のような気はするが……
エミリアは机の上に散らばっている書き損じた手紙をゴミ箱に捨てて、朝礼の時間が迫っていたため、急いで演習場へ向かった。
夜
エミリアの部屋で食事を終えたルイスが席を立った。
エミリアは今だ! と思いスカル店の紙袋を掴み、ルイスの目の前へつき出した。
「え、何?」
戸惑うルイスをなかば放置気味に、エミリアは散々練習した台詞を頭に思い浮かべる。
『日頃お世話になっているお礼がしたくて、つまらぬものですがお受け取りください。深い意味などはなく、日頃よく奢って頂いているのでお返しです』
エミリアは手に汗を握りながら、俯きがちに練習した台詞を急いで喋った。
「日頃お世話になっているので下心はないんです! お返しです!」
「は?」
ルイスが低い声で言った。
何を言っているのかエミリア自身にも分からない。慣れないことをして混乱する。エミリアにとって意中の男性にプレゼントをするなんて初めての事。
「どうぞ……これ……もらってください」
エミリアは俯いたまま、しどろもどろに言った。手が震える。
当初予定していた冷静にさらりと渡す計画からかなりかけ離れている。
顔を上げると恋心がばれてしまいそうで、上げることが出来ない。
「何、これ?」
ルイスから質問を受けて、エミリアはさらにテンパった。
何度もシミュレーションをしていたのに、何を言ったらいいのか分からない。
冷静にならなければ……
エミリアは密かに深呼吸をした後、顔を上げ、心を無にして言った。
「部屋に戻ってから開けてください」
「あ、はい」
「日頃のお返しです」
「そうなの? ありがとう……」
そういってルイスは玄関のドアノブに手をかけた。
エミリアは重要な台詞を思い出し、ルイスの背中へ向かって伝えた。
「深い意味はないんです!!!」
「深い意味はないのか」
「あ! いつもありがとう! という意味では深いです!」
「どうも……」
ルイスが部屋から出ていった。
笑ってはくれなかった。迷惑だったかもしれない。
エミリアはどっと疲れるのと同時に胸が痛くなった。
翌日
点呼・朝礼。
ルイスと二人で巡回するのが気まずい。あんなものプレゼントしなければよかったと思いながら、エミリアは重い足取りでルイスの側へと向かった。
「今日は俺、午前中会議があるから、お前は書類整理な」
「はい」
エミリアはルイスと勤務棟へ向かった。
そしてルイスはエミリアに大量の書類を預けて去って行った。
思いの外、ルイスはいつも通りな態度のように見えた。
エミリアは書類整理の雑務を行っていたが、ルイスのことで頭がいっぱいで仕事が進まなかった。
プレゼントは開けてくれただろうか。
気に入らなかったかな……。食べ物の方がよかった?
あんな高級なプレゼント、重いって思われたかな……。
胸がチクチクと痛む。
2時間雑務をこなし、ふと仕事が進んでないことに気づいた。
やばい、怒られる。昼休憩まで残り1時間しかない。
書類をファイリングし、手紙の宛先を記入。黙々と作業に集中した。
昼休みまで残り10分というところで、だいたいの仕事を終え、背伸びをした後冷え切ったコーヒーを口にした。
「これもファイリングよろしく」
エミリアの右後ろから、机の上にドサッと書類が置かれた。
驚いて振り返ると、ルイスが椅子にもたれ掛かって座っていた。
「いつからそこにいたんですか」
エミリアの後ろの席はルイスの席ではない。完全に油断をしていた。
「ついさっき」
ルイスは右半身をエミリアに向けたまま、手に持っている書類に目を落としながら答えた。
「これ、第2のガストン中佐に回しておいて」
書類を一枚さっとエミリアに渡す。
「はい……」
プレゼントに特に深い意味はないと言ったものの、ルイスのいつもと同じ態度はなんだか寂しい。
「あぁ、そうだ。タイピンありがとな」
「え!? あ、気に入って頂けるといいですけど……」
「気に入ってるよ。今日つけてみた」
「つけてくれたんですか!?」
「うん、見る?」
ルイスはジャケットの一番目のボタンに手をかけた。
「いや! いいです! 見せなくても!」
エミリアは両手を前に出し、顔が熱くなるのを感じながら頑なに阻止した。
ジャケットを着ているとあまり必要じゃなかったかな。
「高かったんじゃねーの?」
「それは気にしないでください! 昇進して給与上がりましたし、よく初給料は親のために使う人とかいますけど、私は親いないし、一番お世話になっている先輩へただ恩返しがしたかっただけなので」
やばい。これではまるでルイスが親代わりだと言ってるようなものだ。
「俺、お前の父親じゃねーんだけど」
「はい……」
エミリアは青ざめて俯いた。また胸が痛む。
「まぁ、いいや。サンキュー」
そう言って、ルイスが立ち上がったところで、昼休憩を知らせるベルが鳴り響いた。
どうして上手く言えないのだろう。ただ先輩に喜んで欲しかっただけなのに。
自分が嫌になる。
夜、食堂にて
「エミリア、プレゼントあげられた?」
ソフィアが先に座って待っていたエミリアに話しかけた。
「どうもこうも……空回りしまくり……そんなつもりじゃなかったのに」
エミリアは事の経緯をソフィアへ説明した。
「そう……、もう少し素直に自分の気持ちを出してもいいんじゃないかなぁ。きっとルイス中佐は嫌な気持ちにはならないと思うよ。プレゼント喜んでくれたんでしょ?」
「うん……。今度からはそうしてみる……」
一ヶ月後
いつものようにエミリアは仕事後、部屋で夕食を作っていた。
煮込み料理を作り終え、隣の部屋のルイスを呼びに行き部屋へ招く。
よくこんなことをしていて、他の隊員にバレないものだ。
ルイスの部屋が角部屋というのと、同じフロアの隊員は遅くまで外出している者が多く、もともと人通りは少ない。
バレないにしても、私もよくこんな事を続けているよ。先輩の好意が自分に向けばいいのに。それ一心だが、時々虚しくなる。この先、先輩と距離を縮めることが出来るのだろうか。告白する勇気もなく、気づいたときには先輩に彼女が出来てしまっていたりして……
「大丈夫?」
ルイスの声でハッとエミリアは我に返った。
「え? 何ですか?」
食事後、キッチンに立って、皿洗いをしていたエミリアは、椅子に座っているルイスの方へ、慌てて振り向いた。
「疲れてるなら、さっさと寝ろよ?」
「すみません、大丈夫です」
エミリアは鍋を洗い終えて、タオルで手を拭いた。
「これやる」
ルイスがエミリアへ紙袋を渡した。
「なんですか、これ?」
エミリアはキョトンとしながら、紙袋を受け取った。
「タイピンのお返し」
「お返し!?」
「うん」
「そんなのよかったですのに……」
「たいしたもんじゃねーよ」
「……開けてもいいですか?」
エミリアがルイスに視線を戻して言った。
「どうぞ」
少し微笑んでルイスが言った。
焦げ茶色の紙袋の中をのぞくと、紙袋と同じ色の箱が入っていて金色のリボンが結んである。
重厚感のある箱を開けると、ピンク、イエロー、ブラウン、色とりどりの……
「マカロン……」
エミリアはぼそりと呟いた。
カラフルでとっても可愛らしい。
「嬉しい。ありがとうございます……」
エミリアは満面の笑みを向け、ルイスにお礼を言った。
ルイスが驚いたような顔をしたことにエミリアは気づいたが、エミリアはもうどうにでもなれという気持ちだった。
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