第3章 昇進

第74話 昇進 エミリア兵長!

「おめでとう」


 午後、勤務棟にて、ルイスがエミリアの席にやってきて力強く言った。自体をよく飲み込めていないエミリアに、ルイスは給与明細とともに昇進辞令を手渡した。


「エミリアは来月から兵長だ!」


 ルイスが誇らしげな顔で言った。


「兵長になるんですか私!!」


 エミリアは上等兵で入隊しており、これがはじめての昇進となる。


「兵長!!」


 エミリアは叫んだ。


 第1箒兵大隊に所属した隊員は、昇進が早まる者が多いと聞くが、まさか自分も昇進出来るとは思っていなかった。


「給料も一気にアップ」


ルイスが得意げに言う。


「な、なんと!」


 エミリアは辞令を凝視した。


「落ち着け」


 そう言いつつルイス自身も喜びを隠しきれていない。


「階級上がったら、それなりの責任が生じるから気合い入れていけよ」


「はい!」


 エミリアは頬を紅潮させながらルイスに敬礼をし、それから二人は和やかに笑い合った。



***


「エミリア!」


 演習場にて訓練中にアイリーンがエミリアに声をかけた。


「はい」


「明日、班のメンバーでエミリアの昇進祝いをするから、夜あけておいて!」


「あ、ありがとうございます!」


 エミリアはびっくりしたが、とても嬉しく思った。


「18:00に門前で集合ね」


「了解です」



 翌日、ルイス班は馬車に乗り、予約してあるレストランへ向かった。


 シルド市のメインストリートを端まで行き、奥まった路地に入ったところに有名シェフも通うというレストランがあった。


 ウェイターにテーブルまで案内され、ルイスの右隣にクリス、左隣を一つ開けてカーターとディランが座った。アイリーンがクリスの隣に座ったので、エミリアは最後に残ったルイスの左隣の席に座った。



「ではエミリア兵長、意気込みお願いします」


 頼んだお酒が全てデーブルにそろったところでカーターがエミリアににこやかに言った。


「あ、はい!」


 エミリアは立ち上がった。


「本日は私のためにお集まりいただきありがとうございます。皆様のおかげで兵長になることができました。今後よりいっそう頑張りますので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします」


「堅いぞ、エミリア!」


 ヒューッとディランが口笛を吹いた。


 拍手が鳴り響く中で、カーターが取り仕切り、乾杯を促す。


「何はともあれ……」


『Cheers!』


 班員全員で乾杯をした。



「隊長、それ何飲んでるんですか?」


 クリスがルイスに質問をした。


「あぁ、これ、東洋の酒」


「東洋の酒!? 蛇が入ってるんですよね!?」


 クリスが驚く。


「これは入ってない。米と水だけで作られてる酒。前に飲み会で、キール中佐のところの中隊長におすすめされて飲んでみたら、うまくて今はまってんだ。あまり置いている場所はないんだけど」


「あぁ、ミカゲ大尉、東洋との混血ですもんね」


 とクリスが答える。


「知ってんの?」


 ルイスがクリスに言った。


「話した事はないですけど、隊長と同じく魔法防衛大学出身の人ですよね? 若くして第9箒兵大隊の中隊長に就任された方なので有名です」


「そうそう。大学で俺の後輩だったみたい。当時は知らなかったけど」


「それで、東洋のお酒はどんな味なんですか?」


 クリスがワクワクしながら聞いた。クリスはエミリアに対しては愛想が無いが、ルイスの前では生き生きと積極的に話しかける。


「白ワインみたいでうまいぞ。飲んでみるか?」


「はい」


 クリスは嬉しそうに答えた。エミリアやアイリーンには向けたことのない笑顔だ。


「あ、オレも飲みてぇす」


 とディランが声を上げる。

 アイリーンも何か言いたげだ。


「みんな飲みたいなら、ボトルで頼むよ」


 ルイスが言った。


 カーターが賛同し、アイリーンは「飲みたいです!」と頰を赤らめて言った。


 ルイスが、『竜殺し』という銘柄の酒を注文し、外国の文字が書かれたボトルと、小さなグラスが人数分テーブルに運ばれてきた。なんだかかっこいい文字だなとエミリアは思いながら、ルイスがお酒を注ぐ姿を眺めた。最後の一つの器に酒を入れる前に、ルイスは隣に座るエミリアに声を掛けた。


「お前も飲むの?」


「飲みます、少し」


「ん」



「再度Cheers!」


 ディランが声をあげ、また全員で乾杯をした。


「お!これうめーじゃないですか!」


 ディランが大きな声で言う。


「だろ?」


 ルイスは満足げだ。


「あぁ、本当白ワインに近いですねぇ」


 カーターが落ち着いたトーンで礼儀正しく言う。


「はまりそうです」


 クリスが言った。


 アイリーンも満足げにちびちびと飲んでいる。


 普段、果実酒のような、甘くて飲みやすいお酒を少ししか飲めないエミリアにとっては、東洋のお酒はアルコール度数が高く、大人な飲み物だなと感じた。


 サラダ、ソーセージにハム、牛肉のパイ包み焼き、タラのトマト煮などがテーブルの上に並び、みんなで食事をする。


「このトマト煮美味しい。中に入っているこの細長い緑色の野菜は唐辛子かしら? 甘くておいしいんだけど」


 アイリーンがクリスに言った。


「何でしょうね」


 とクリス。


「それ、ピマンですね! 西部ではメジャーな野菜なんですけど、東部でも使っているなんて珍しいですね! 素焼きにして塩とオリーブオイルで食べてもおいしいんですよ」


 エミリアが少し大きめの声で明るく言った。


「へぇ、詳しいのね」


「私、西部出身なので」


「そうなの。西部、行った事ないのよね」


「西部は農業が盛んで食べ物がおいしいですよ。ぜひ機会があれば行ってみてください。ジャム作り体験したり、ワイナリー巡りしたりできますよ。あとサンダルが有名で、職人さんが足にフィットしたサンダルを手づくりしてくれますよ。安いのに履き心地いいんですよ」


「あぁ、聞いたことあるそれ。手作りのサンダル、いいわねぇ」



「農業いいよなぁ」


 ディランがエミリアへ言った。


「興味あるんですか?」


 エミリアが聞いた。


「憧れる。家庭菜園もしてみたいんだよなぁ」


「どこでするんだよ」


 カーターがディランに言った。


「寮の庭」


「それ、怒られますよ」


 とクリスが言い、班員達が笑った。

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