第85話 イザベラ・フォーサイス

「――エミリア! エミリア!!」


 頭の片隅で自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。ふと目を開けると空。そしてルイスが顔を覗かせた。後ろでアイリーンや複数の隊員達もエミリアを見つめている。


「……私?」


 一瞬視界が真っ白になっていた。身体を起こそうとする所をルイスが止めた。


「魔力回復薬を投与してもらった。暫く横になっとけ」


「魔力回復……。先輩、みんなは無事ですか!?」


 エミリアは体をよじった。衛生隊が兵士達の処置をしている。座り込んだり、横になっている兵が沢山いる。


「ルイス班は全員無事だ」


「マ、マッティアさんとエマさんは!?」


「その二人も無事だ」


 少しホッとしたものの、その先の事は聞けない。


「両手両足、動かせるか?」


「はい……」


 エミリアは手足を動かしながら言った。


「起きれるようなら、起きていいぞ」


 そう言われて、エミリアはゆっくりと体を起こした。そしてルイスの顔を見た。


「……先輩も大丈夫ですか!?」


「大丈夫だよ。気分はどうだ?」


 ルイスがエミリアに尋ねた。


「私も大丈夫ですよ、ちょっと疲労感が凄いですが……」


「今からシルド市立病院へ行く」


「軍病院ではなく?」


 負傷した場合は通常、駐屯地に併設してある軍病院へ行く。


「念のためだ」


 シルド市立病院には、エミリアが混血だと知っている医師がいる。


 ルイスと二人馬車に乗る。暫く沈黙した後、エミリアはふと両手で頭を触った。


「どうした?」


 隣に座るルイスが声をかけた。


「私、何かおかしいですか……? その、見た目とか……」


「別に。普通……」


「そ、そうですか……?」


 先程、髪が伸びたような感覚がしたのは何だったのか。

 あと、自分の知らない言語を発した気がする。


「……防御魔法、金色でしたね? あの後、記憶がないんですけど」


「エミリアが空で防御魔法唱えられなくなったから、ついに魔力切れしたのかと思ったけど、地上で金色の防御魔法唱えたな。その後すぐ倒れた。数分で目を覚ましたけど……」


「そうでしたか……すみません」


「無事ならそれでいい」


 通常の防御魔法は青白い色。回復魔法は翠色だ。


「……金色の防御魔法なんてあるんですね」


「俺も始めて見た」


「そうなんですか……」


 またお互いに沈黙して、疲労した体を休ませた。



 シルド市立病院に到着。


 診察室に入ると、エミリアの混血を知るヴォルフ医師が座っていた。


「大変でしたね」


 ヴォルフが二人に労いの言葉をかけた。シルドには魔人出現の為、避難指示が出ていた。魔人とワイバーンの駆除が終わり、現在は避難指示を解除されたが、兵士達が警備に当たっている。問診票を見ながらヴォルフがエミリアに質問した。


「体調は?」


「ちょっとふらつきますが大丈夫です。あと、手が少し痺れてます」


「ふん……」


 ヴォルフがエミリアの顔色をチェックする。


「魔力回復薬0.25mg投与しました」


 椅子に座っているエミリアの後ろでルイスが言う。


「そうですか……」


 ヴォルフはカルテに情報を書き込んでから言った。


「今日はこのまま入院してもらいます」


「え!」


 エミリアが目を丸くする。


「失神もされたようですし、少し様子を見ましょう。入院に必要なものは後で看護師より説明します」


 エミリアとルイスは診察室を出て、待合室の長椅子に座った。看護師が来て、エミリアに入院で必要なものを記載した紙を渡した。


「俺、これからまた駐屯地に戻らなきゃなんねーけど、一人で大丈夫か?」


「はい。忙しいのに付き添いありがとうございました」


「必要な物あるなら、夜に持ってくるぞ」


「あ、いえ。一泊ですし、今日はもう一人で大丈夫です」


 流石に寝巻きや下着をルイスに頼む事はできないので、売店で揃えることにする。


「ゆっくり休め」


「先輩も……」


 エミリアは椅子に座ったまま、ルイスを見送った。



 翌朝、エミリアはルイスと共に、診察室に向かった。一人で診察室に入らないのはおかしいかなぁとも思うが、もうそういう流れが染み付いていて、ルイスも特段疑問には思っていそうにない。


「手、まだ痺れますか?」


 ヴォルフがエミリアに聞いた。


「少し」


「目眩は?」


「まだ少しだけあります」


 ヴォルフが眉をひそめる。


「昨日よりは症状マシです?」


「疲労感は昨日よりは回復しました」


 エミリアの返答に、ヴォルフが神妙な顔立ちになり、「うーん」と唸った。何かおかしなことを言っただろうか、ふと隣にいるルイスの顔を見ると、ルイスの顔も曇っている。


「何か、不味いんですか?」


 エミリアはまたヴォルフに顔を戻して聞いた。

 ヴォルフは頭を抱えている。


「……魔力回復薬が効いてないですね」


「え……」


「手の痺れ、失神、目眩は全て魔力欠乏症の症状です。昨日、衛生隊に魔力回復薬0.25mg投与されたとの事ですが、それはかなり強い薬なんです。……普通なら、それで魔力は殆ど回復します。昨晩も高濃度の魔力回復薬を点滴したのですが、それが効いていたら、手の痺れや目眩は改善するはずなんですよ」


「……どうして効かないんですか」


「魔力回復薬は人間向けに開発された商品ですから。魔力は血との関係性が深いのはご存知の通りで、エミリアさんは混血なので効かないのでしょう。何らかの方法で回復するとは思いますが、魔力測定器も使用出来ませんし、今のところ回復方法が分かりません」


 エミリアが黙り込み、さらにヴォルフが話を続ける。


「……それと金色の防御魔法について調べてみました。以前からエミリアさんの莫大な魔力量が気になって資料を読み漁っていたのですが、一人、金色の魔法を唱えていた人物が昔にいるんです」


「え!」


 エミリアとルイスが驚くと、ヴォルフが一冊の『リパロヴィナ戦史』と書かれた古い本を机の上に置いた。


「イザベラ・フォーサイス。100年前の戦争でリパロヴィナをフリギドゥム国の脅威から守った英雄です。通常の人間では到底持ち得ない圧倒的膨大な魔力の持ち主だったと言われています。さらに魔法発動の際、ゴールドの光を出したと記述されています。エミリアさんとかなり共通していますね」


「本当ですね……もしかして私はその方の親戚なのかな……」


「その可能性はありますね」


 ヴォルフが少し黙った後、再度口を開いた。


「覚悟して聞いて欲しいのですが……」


 ヴォルフの視線がエミリアとルイスに向いた。


「エミリアさんはもう魔法を唱えられません。医師として、魔法の使用を禁止させて頂きます」


「はい!?」


 エミリアが大きな声を出す。


「……どういう事ですか」


 ルイスが低い声で問う。


「ご存知の通り、魔法回復薬が効かないという事は、魔力欠乏症に対して処置しようがないという事です。エミリアさんは幸い軽度ですが、魔力欠乏症は重度になると死に至る病気です。今後何らかの方法で回復するとしても、回復方法が分からない限り、また即効性の薬が効かない限り、これ以上の魔力の使用は大変危険です。このリパロヴィナ史によると、イザベラは23歳の若さで、ある日突然倒れ死亡したと書かれています。過度の魔力の使用による死とも言われております――――……先程申しました通り、魔力測定器も使用出来ませんし、回復方法が分からない――――……今後は通いで経過観察していきましょう――――……」



 エミリアはその後どうやって帰宅したのか覚えていない。覚えているのは、もう魔法は使えないという事……


「――エミリア!」


 エミリアはふと我に帰ると、目の前は壁。というか寮の自分の部屋の前に立っていた。隣にはルイスが落ち着かない様子で立っている。


「……何ですか……?」


「……俺、今からまた職場に戻らなきゃいけないが、夜にまた来るから。今日は部屋でゆっくり休んでろ」


「分かりました……」


「今は体を休める事だけ考えろ。今後の事は二人で考えよう」


「はい……」


 エミリアは元気なく頷いた。

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