第68話 ルイスの枯れた冬季休暇

 モンスター達は、突如、発光を伴い人間界に出現する。


 今から1200年前に作られた歴史書「異界大全」によると、人間界の他に、魔界・天界・精霊界などが存在し、モンスター達は主に魔界に棲んでいると言われている。


 魔界にも食物連鎖があり、その頂点は魔人。魔人は、人間と獣を混ぜたような見た目で、モンスターとの一番の違いは、知性があると言う事。人語を話せるものもいると言う。魔人は80体程いて、その全てが強力なモンスター達を使役しているという。


 遥か昔から魔人が人間界に現れ、大被害を出しているという文献が残っている。


 頻度は50年、100年、300年などと言われているが、戦争や火事により歴史的文書、痕跡は焼失し、残っているものは少ない。


 今から14年前に東部アジリタに魔人が出現し、アーデルランドは、魔人研究機関による魔人対策の研究に、より一層力を入れるようになった。


 今後もアジリタの惨劇を風化させないように、取り組んでいかなければならない。



 デュポン暦2023年1月中旬


 ルイスはアンドリュー中将に連れられて、一流レストランの個室に入った。

 待ち合わせをしていた男性は先に到着しており、挨拶を交わした。


「元気かい?」

 アンドリューと年齢が同じくらいの男性が、アンドリューと握手をする。


「元気元気」

 アンドリューも笑顔でハグをする。


 男性は、国会議員のマシュー・ダンテス。

 アンドリュー中将の友人らしい。中将は交友関係が広い。


「マシューが会いたがってた、ルイス中佐」


 アンドリューが、ルイスの肩に手を置く。


「おー、君がルイス中佐か。よろしく。君の武勲は聞き及んでいるよ」


 マシューが、ルイスと握手をする。

 アンドリューの友人だけあって、二人は雰囲気が似ている。

 席につき、とりとめのない話から始まり、今回の本題へと入った。


「ここ数年、東部にモンスターが異常発生しているのは知っているでしょ?」


 アンドリューがマシューに話しかける。


「うん」


「元々、東部はモンスターのホットスポットになっているけど、それにしては、ダンジョンの出現やS級モンスターの出現が多くてねー。軍事強化したいんだけど、予算が全く足りなくてねー……」


 ホットスポットとは、モンスターが出現しやすい場所、魔界へと繋がる歪みが生じやすい場所の事を指す。


「具体的にどこに欲しいの?」


「魔人研究機関。街の障壁魔法装置も新しく貼り直したい」


「アンドリューの気持ちは分かるけど、生存する目撃者も、得られる情報も少なく、予算を増やしても有効活用してくれるのかという意見が多いんだよ。障壁魔法装置もまだそんなに古くないでしょ」


 マシューが困ったように言う。


「障壁魔法装置は中央と同じく最新型にしたいんだ」


「そんなの、中央の幹部で話し合いしなよ」


「もう話し合ってるけど、軍事予算自体が足りてないんだ。あと、生存する目撃者はここにいるよ」


 アンドリューがルイスを指す。


「……当時の事覚えてる?」


 マシューの目の色が変わる。


「忘れた日はありません」


 ルイスがマシューの目をしっかりと見て言った。


「聞かせてよ」


 ルイスは当時の状況と、防衛費増額の必要性についてマシューに話し始めた。



 デュポン暦2023年1月中旬


 ルイスは冬季休暇に入り、アジリタ市の実家へと戻った。アジリタ市は、職場に一番近い最寄駅のシルドから南へ1時間汽車に乗るとつく。


 元々はアーデルランド第二の都市で、中央までの中継地点として栄えていたが、『アジリタの惨劇』と言われた14年前の魔人が現れた事件以降、人口が減り、寂しい街になった。


 駅から20分程歩き、実家に到着した。

 実家には現在、士官学校の同期の男、エリオットが一人で住んでいる。


「おぅ、ルイス! 久しぶり!」


 先に手紙を送り、連絡をとっていたので、すぐにエリオットはドアを開けてくれた。


 エリオットはルイスを部屋に招き入れ、互いの仕事やプライベートの話をした。


「まだ決定事項ではないんだけど……」


 エリオットがためらいがちに言う。


「今年、異動になるかもしれないんだよね」


「あー、マジか」


「次、入居できるやつ、探しとこうか?」


「よろしく」


「出来ることならまだ居たかったんだけどね……」



「……善き人、元気?」

 ルイスがエリオットに尋ねた。


「元気だよ。ルイスが来ると聞いて喜んでたよ」


 ルイスは席を立ち、キッチンへ移動した。

 ルイスは今回、善き人に用事があり帰って来たのである。


 善き人とは、昔からルイスの家に棲んでいるゴブランの事。

 ゴブランは小さな老人の姿をした妖精だ。

 彼は、食事を与える代わりに、部屋の掃除をしてくれる。


 キッチンの隅にある小さな木の椅子の上に、煙草をふかして、善き人が座っていた。少しルイス見て、また、遠くに目を向けた。


「新たな情報が出たんだって?」


 ルイスが質問すると、善き人は、鉛筆とノートを取り、さらりと絵を描いた。

 絵を受け取り、ルイスは「ありがとう」と礼を言った。


 一筆書きの長方形の絵と、隣に地域名が書かれている。


「イル区? うちには全く情報入って来なかったな」


 ルイスは新しい煙草を一本、善き人の隣に置き、リビングに戻った。


「じゃあ、俺、行くわ」


 ルイスが、椅子の上に置いていた上着を手に取る。


「もう行くのか?」


 エリオットが自分の部屋から出てきて言った。


「うん、悪いな」


「いやいや、せっかくの休日なんだから、ゆっくり休めよ?」


「ありがとう」



 ルイスは、またイル区の駐屯地に戻った。

 許可を得て、一人箒に乗り、フィーネ区との境目まで向かう。

 森に降りて、3時間程散策したところで、目当てのものを見つけた。


 高さ60センチ程の長方形の石版。

 文字が彫られているが、ルイスの知らない言語で解読できない。

 ただ、可笑しな話だが、石版に生命の息吹きを感じる。


「こんにちは……」

「起きてください」

「ごほん!」


 適当に声を出してみるが、石版に反応はない。

 恐る恐る、石版を持ち上げようと試みるが、動かすことはできなかった。


 歴史書「異界大全」を読んでいると、人間に危機が訪れた際、突如大きな生命体が現れ、人間の手助けをしてくれるという記述がある。それは水を司る精霊だったり、火を司る幻獣だったり書物によって表現は異なる。


 善き人は、人間が使役出来る大きな存在はいると言う。普段は、何かしらの物に取り憑き、眠っているとの事。


 それ以上の事は善き人にも分からないが、有益な情報がある時はルイスに教えてくれる。アンドリュー中将はルイスに協力的で、生命体の存在を否定せず、捜索する事を容認してくれている。


 夕方になり、ルイスは、駐屯地へ向けて箒を飛ばした。


 ロミオなら、石版の文字を読めるだろうか。


 考え事をしながら、寮の部屋へ戻る。

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