第69話 家族の食卓〜クリスとアイリーン〜

「Flame Arrow!」


 クリスの放った炎の矢がイーガーに直撃する。


 イーガーとは、広げると4m以上になる赤い翼、大きな頭部、筋肉隆々な脚を持つ巨大鳥のモンスターだ。獲物に対する執着心が非常に強く、獰猛な性格。イーガーは、クリスの炎魔法の攻撃を受けてかなり怒り狂っている。その巨大な体躯で体当たりをされれば、防御魔法を唱えても無傷では済まされず、戦闘は高度な飛行技術が必要だ。


 クリスは、箒を巧みに操作して素早くイーガーの攻撃を避けていく。


 応援が来るまで、どうにかこの場をパートナーと二人で乗り切らなければいけない。と言うより応援が来る前に倒したいところだ。



「距離を取って!」


 クリスの後方から、黒いロングヘアーの女性隊員、アイリーンが指示を出す。


 クリスは手柄は自分が立てたいと考えていた。しかし長期戦は不利になるので、苦肉の策だが、自分が思いついた作戦をアイリーンへ伝えた。


「アイリーンさん! 俺が囮になりますから、隙をみて大魔法唱えて下さい!」


 上級魔法が完成するまで時間稼ぎをしてやる。


「分かった!」


 アイリーンが後方で詠唱を始める。


 クリスは箒操作に自信はあるが、いかんせんイーガーが素早いのだ。逐一攻撃して動きを弱らせたいところだが、そんな余裕は与えてくれない。隙を見つけるまで逃げ回るしかない。クリスは、アイリーンの呪文の完成具合に合わせて射程距離までイーガーを誘導した。そしてアイリーンの合図で、イーガーから離れようとした時、イーガーの鋭い爪が箒の穂を掴み、クリスは地面へと飛ばされた。


 同時にアイリーンの上級魔法が発動し、イーガーに直撃。アイリーンは地面に落ちたイーガーにとどめをさし、息の根が止まった事を確認してから、クリスに駆け寄った。


「クリス! 大丈夫!?」


 クリスは草地の上で上体を起こした。身体中が痛いが幸い怪我はしていないようだ。胡座をかいてゴーグルを正す。そして箒を見て落胆した。


 真っ二つに折れている。


「やっちゃったわねー……」


 またかとクリスは思った。クリスは今年に入ってもう二度箒をだめにしている。箒は安くはない。さらに良い性能を求めると値段は高くなる。


 ルイス隊長に報告を入れると、直帰という形で箒店に寄る許可が降りた。


「今日、買いに行くの?」


 アイリーンがクリスに聞いた。


「勿論」


 クリスが淡々と言う。


 しばし考えるような仕草をし、アイリーンがまた口を開いた。


「お古で良かったら、うちに箒余ってるけど持ってく?」


 アイリーンの父親が昔使っていた箒があるらしい。クリスは少し躊躇したが、何本もあるらしく箪笥の肥やしになっているので、貰ってくれて構わないとアイリーンが言った。クリスはお言葉に甘えて譲って頂く事にした。


 ・・・


 師団に1番近い市街地シルドにアイリーンの実家がある。案内されたのはシルドの中でも高級住宅街で有名なエリア。堂々とした門の内側には広い庭、その奥には大きな屋敷。アイリーンはクリスにしばし門で待つ様に言った。


 しばらくしてからアイリーンが戻ってくる。箒を持ってくるのかと思ったが、持っていない。


「中に入って」


「え? 俺はここで待っています」


「うちの両親があんたに挨拶したいんだって」


 人と接するのは苦手だ、しかもパートナーの両親なんて。しかし箒を頂くのだからこちらも挨拶しなくてはいけないか……


 屋敷まで続く道をアイリーンの後ろに続き歩いた。


 大きな扉を開けると、両親が立っていた。アイリーンに紹介されて、慌てながらクリスが挨拶をすると、アイリーンの母親が「いつもうちの娘がお世話になっていまして」とにこやかに言った。父親は少し会釈した後は黙ったまま母親の少し後ろからクリスを見ていた。短い挨拶ののち、すぐにアイリーンが倉庫がわりにしているという部屋へと案内した。


 アイリーンが扉を開けて部屋の電気をつける。家具や物の上に布がかけられている。部屋の出入りは少なそうで、普段使わないものを置いてある部屋のようだ。アイリーンが部屋の奥の収納棚から箒を3本取り出し、それを見てクリスは驚いた。どれも立派な箒だった。


「親御さんは何をしている方なのですか?」


 あまり人のプライベートに踏み込みたい性格ではないが、聞かずにはおれなかった。


「魔法具のメーカーをしてるの。箒は趣味で乗っていたんだけど、もう歳で乗らないから前々から誰かにあげていいと言ってたのよ」


「加工したらアイリーンさんも使えるんじゃないですか?」


 グリップ部分を細く削って、長さも身長に合わせてカットすれば、アイリーンにも馴染む筈だ。


「使えるだろうけど使いたくない」


 アイリーンが仏頂面で答えた。


「なぜ……」


「父親のお古なんて嫌」


 なんて甘ったれなお嬢なんだ。若い兵士にはなかなか買う事が出来ない材木を使用しているのに。……父親のお古が嫌なんて。そんなものなのだろうか。


「……本当に良いんですか?」


「全部持って行ってくれて構わないわよ」


「恐れ多いので一本にします」


 クリスはアイリーンに御礼を言い、部屋から出て廊下を歩いていると、アイリーンの母親がリビングから顔を出しクリスに声を掛けた。


「クリス君、ご飯まだでしょ? 食べて行って下さいな」


 クリスは箒を持ちながら固まった。


「えぇ!? ちょっと! 何言ってるの。迷惑でしょ?」


 アイリーンが母親に向かって言った。


「だってー。いつもお世話になっているし、せっかく来て頂いたのだから、ご飯くらい」


 母親がさみしそうな顔をする。


「あの……箒を頂きに来ただけなので、お礼を言ったらすぐに帰ります」


 クリスは目でリビングの奥にいるだろうアイリーンの父親を探す。


「さぁ、どうぞどうぞ」


 母親がリビングへと通し、ダイニングテーブルの椅子へクリスを座らせた。


「お母さん!」


 アイリーンが抗議をするが母親は話を聞いていない。


 父親が別の部屋からリビングへ戻って来て、クリスは席を立ちお礼を言った。父親は構わないよとさらりと言った。クリスは用が済んだので帰ろうとした所、すぐに使用人がクリスの元に料理を運んできた。クリスが戸惑っていると、母親が再度クリスを席に座らせた。アイリーンがため息をつく。


 食事が始まり、アイリーンには兄が二人いる事、既に二人は結婚していて子どももいる事、アイリーンは女子大出身で軍人になる事は家族でとても反対してた事などを母親がクリスに喋った。お酒が入り、饒舌になった父親が、一般の会社で勤めて欲しかった、女子大に入れたのに女らしく育たなかったなどと言い、クリスの隣でアイリーンが苛々としていた。娘の話を終えた後、父親はクリスの年齢や入隊時期を質問した。


「アイリーンの一歳下か。四年前に入隊という事は、それまでは何を?」


「大学に行っていました」


「へぇ、どこの?」


「アーデルランド大学です」


「アーデルランド大学を! どうして軍人になられたの?」


 母親が嬉々として話に割り込みクリスに質問をした。


「ちょっと! そういうの、嫌な人は嫌だからやめて!」


 アイリーンが声を張り上げ、クリスへの質問をやめさせた。父親と母親は、気の強い娘でしょうとクリスに同意を求めた。


 料理を食べ終えて、両親に挨拶をして、クリスはアイリーンと二人屋敷の外に出ると、辺りはすっかり日が沈み真っ暗になっていた。街灯が一定の間隔で灯された静かな住宅街だ。


「なんだか悪かったわね、両親のわがままに付き合ってもらっちゃって」


「いえ、料理までご馳走さまでした。……良いご両親ですね」


「は!? どこが!」


「両親がいる家庭ってこういうものなのかなと、楽しませてもらいました」


「ん? どう言う事?」


「俺、片親なので。育ててくれた母親も、ちょっと心が弱く、あまり世話をされた記憶がないもので」


「そうなの」


 アイリーンは何と言えば良いのか分からないような顔をした。


 変に慰められるよりはいい。


 クリスはアイリーンとわかれ、住宅地を駅に向けて歩いた。下り坂になっており、帰りは楽に歩けた。夜空を見上げると、星が綺麗だった。

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