第70話 ヒュドラが怖いのは私だけ? 〜ルイス班とマッティア班の活躍!〜 (前編)

 デュポン暦2023年1月


「この辺りで休憩しよう」


 マッティア班の応援出動からの帰路、ルイス班は森林の中にある湖のほとりに降りた。降り立つところは湖周辺しかなかったのだろうが、エミリアは一気に気が滅入った。このあたりは一面森に覆われている場所で、じめっと湿った空気がとどまっていて、湖のすぐ後ろは鬱蒼とした森林、水面はずいぶんと水草で覆われている。エミリアはなんだか胸騒ぎがした。


 警戒するエミリアをよそに、ディランは背伸びをし柔軟体操、ルイスはパンを片手に、しゃがんで目の前の湖をじっと見つめている。カーターとクリスは昼食を食べながら和やかに談笑。各々リラックスして昼休みを過ごしている。


「何か危なくないですか? この場所」


 エミリアが湖から離れた草の上に座っているアイリーンに話しかける。


「まぁ、水辺はね、何かしらいてもおかしくないわよね」


 アイリーンがさらりと言う。


 エミリアは未だ魔物というものには慣れない。周りには絶対言えないが魔物は怖い。ルイスと一緒にいるからなんとかやっていけている。アイリーンは魔物が出ても冷静に戦えて、補助だけでなく攻撃もできるなんて凄いとエミリアは思うのである。


 エミリアはアイリーンと二人並んで昼ごはんを食べた。


「前々から思っていたんですけど、アイリーンさんの箒、可愛いですよね」


「そう? ありがとう」


 アイリーンの箒は全体的に細長く、スタンダードなまっすぐな箒と比べて、少し湾曲している。柄の先は斜めにカットしてあり、穂先は先細りする形で作られている。ルイスの箒と比べると、とても軽そうだ。


「そんなお洒落な箒も売っているんですね」


「最近は、女子向けのデザインも出てきたのよ。少し前まではありきたりな箒ばかりだったけど」


「そういえばマッティア中隊長の箒も凄いですよね」


「あれはオーダーメイドね。すっごく高いと思うわよ。中隊長の箒」


 マッティアの箒は、柄の部分全体に美しい植物の木彫りが施されており、焦茶色の穂は、艶がある。


「良い箒は5年〜10年以上もつって言うけど、箒兵は毎日長時間使用するし、箒の寿命は短くなるから、そこまで高いお金は私は払えないわ」


「そう言うものなんですね」


「そういえば、ルイス隊長のも良い箒よ」


 そうアイリーンが言ったところで、ルイスの「あ!」と言う叫び声が聞こえる。


 何事かと思い、エミリアとアイリーンがルイスを見ると、ルイスは湖に両手を突っ込んでいた。


「何やってるんだろ、ルイス隊長……」


 アイリーンが少し引き気味に言った。


 エミリアは、なんとなく察しがついたが黙っていることにした。ルイスのこの行動は、巡回時にたまに見る光景である。



「何かいましたか? 隊長」


 ディランがルイスの隣にやって来て言った。


「蟹がいた。アーデルクラブいるかな」


 ルイスは水の中から、手のひらほどの大きさの蟹をひっぱりだし、じっと見つめた。だが目当てのアーデルクラブではなかったので、蟹は水の中に戻した。


 アーデルクラブは全身青色の甲羅に覆われていて、一流レストランやお祝いの席で出される高級蟹である。


「アーデルクラブっすか。確かに条件を満たしていそうな湖ですね」


「だろ?……詳しい?」


「昔、20cmくらいのアーデルクラブ捕まえた事ありますよ」


「20cm!? でかっ! どこで!?」


「フィーネ区のウワナ湖です」


「うわぁぁ! いそう!」


「ここもいるかもしれませんよ! 俺も探して見ますよ!」


「わぁぁぁ、流石ディラン。頼りになるー!」


 ルイスはディランを尊敬の眼差しで見つめた。


「何やってるんですかぁ?」


 クリスとカーターもルイスの元へ集まり、男四人でアーデルクラブ探しが始まった。



「蟹探しの何が面白いんだろう。訳がわからない」


 アイリーンが冷めた目で男たちを見つめながら言った。


 エミリアは、アーデルクラブが見つからない事を祈った。見つけたら、きっとルイスは調理しろと言ってくる。アーデルクラブは食べてみたいが、生きてる蟹を調理したくはない。



「イエロークラブばっかりですね」


 クリスが蟹を集めながらルイスに言った。


 イエロークラブはウイルスや菌を保有しており、食べると嘔吐や下痢、食中毒を起こしてしまう蟹だ。整えられた環境で生育すれば食べる事は可能だが、それ程美味しいものではない。


「この辺りびっしりとイエロークラブですよ」


 クリスが沼底を見つめて言い、ルイスも隣から覗き込んだ。体長10センチほどの蟹が目に見える範囲でも100匹以上岩に張り付いている。


 ルイスはある事に気付き叫んだ。


「全員湖から離れろ!」


 瞬間、出現時発光。湖の水が盛り上がり、高さ30mほどの巨大な魔物が現れた。

 9つの頭を持った水蛇。首の直径は1m以上ある。


「ヒュドラだ……」


 ゆっくりと大きく動く首を見上げながらルイスが言った。

 周囲がツンっと酸っぱい腐ったようなような臭いに包まれる。


「布で鼻と口を覆え!」


 班員はルイスの指示のもと素早く所持している布で鼻と口を覆った。



「ヒュドラの息は猛毒を含んでいるから気をつけろよ」


 ルイスが主にエミリアに向けて言った。

 他の班員は皆よく知っている素振りだ。


「吸ったら最悪、死、ね」


 エミリアの隣で立っているアイリーンが言った。

 ルイス班はヒュドラと間合いを取り、草地で作戦会議を始めた。


「八つの首に守られるように隠れている中央の首を倒さなければ、八つの首は倒してもすぐに再生してしまいますね。しかも傷口からは新しく二本の首が生え、首が増え続けます。そして中央の首は不死です」


 全員に言い聞かせるようにカーターが言った。


「聖剣とガスマスクの手配を」


 ルイスの指示を受け、クリスが通信科補給科と連絡を取り、転移依頼をした。


「再生されると厄介だ。同時に八つの頭を切り落とすしかない。焼き切ると再生が遅れるから、できるようなら火炎魔法で切断。八つの首を切断できれば、真ん中にある不死の首を狙える。不死の首は俺が倒す。残り八つ、四人で倒すとすると、一人二首」


 ルイスが考え込む。


「マッティア達はまだ近くにいるか?」


 ルイスがカーターに尋ねた。

 先程までルイス達はマッティア班の応援に出ていたのだ。


「聞いてみます」


 カーターは通信機でマッティアと連絡をとった。


「すぐに来られるようです」


「OK。揃ったら始めよう」

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