第71話 ヒュドラが怖いのは私だけ? 〜ルイス班とマッティア班の活躍!〜 (後編)
ヒュドラはエミリア達の存在に気づいているのかいないのか、こちらが攻撃をしないせいか襲ってはこない。イエロークラブを食べている。
「蟹に夢中だな」
とルイスが呟いた。
誰かさんと一緒だよ、とエミリアは思った。
「ヒュドラはイエロークラブが大好物だからな。イエロークラブが大量発生している場合はヒュドラに警戒した方がいい」
ルイスがうんちくを披露している間にマッティア班五名が到着した。
「体力残ってる?」
ルイスがマッティアに問う。
「大丈夫です。班全員、回復薬を飲みました。ドミニクは負傷の度合いが大きいので先に帰しました」
マッティアが男らしくキビキビと答える。
ドミニクが抜けて、マッティア班は五名、ルイス班は六名だ。
「一人一匹。八つの首を同時切断。エマは聖属性魔法で俺の補助を」
「了解」
ルイスの指示にエマが頷く。
エマはマッティアのパートナー。火風水土に加え、聖属性の攻撃魔法を扱える貴重な魔術士だ。聖属性の攻撃魔法は会得が難しいと言われている。
「エミリアは地上で、全員に防御魔法」
ルイスが今度はエミリアに言った。
不安がエミリアを襲う。みんな前線で戦っているのに自分ばかり不安になって、情けない。しかし弱音は吐いていられないのだ。エミリアは気合いを入れて、転移魔法で届いたガスマスクをみんなと共に手に取った。
「お前、絶対前に出てくるなよ」
ルイスがガスマスクと共に届いた一本の聖剣を手に取りながら、エミリアに念を押した。
「分かってますよ」
「Slow!」
エマが箒に乗り、空中より時空魔法で、ヒュドラの動きを鈍らせた。
「不死の首が見えたら、聖属性の拘束魔法の鎖で動きを止めますから、後はよろしくお願いします」
エマがルイスに伝える。
「了解。ありがとう」
ルイスも箒上で応えた。
「よっしゃぁぁ!」
地上よりディランが先陣を切って走り出した。足に強化魔法をかけ、一気に数m頭上へ飛びあがり、魔法具のナックルを装着した拳でヒュドラの首へ攻撃。一度の跳躍で、三から五発、拳を叩き込む。そして拳が殴り込まれた瞬間火炎魔法が発動し、爆発が起こる。
クリスは箒を巧みに操作し、襲いかかるヒュドラを軽やかにかわし、ヒュドラの首へ魔法で作った炎刃を放つ。
カーターも鋭い炎刃を飛ばし、対象を攻撃。
アイリーンは風刃をヒュドラへ叩き込む。
「硬っ!」
直径1mの首は硬い外皮に覆われて、容易に切断できない。
切断系魔法が苦手なのかアイリーンは少し手こずっているようだ。
「全員、同時に首を落とすんだぞ! 遅い兵へ合わせろ!」
職務中は男を演じているマッティアが八つの首に対峙している兵士達へ呼びかける。
「あ、悪い。倒しちゃいました」
ディランが拳を止めマッティアへ言う。
「んもーう!!!」
マッティアが素の声を出し叫んだ。
ディランが倒した首から、すぐに二本の首が生えてきた。
「中隊長、すみません。大丈夫。俺二体同時いけます」
ディランがあっけらかんという。
「頼んだぞ!」
マッティアがため息混じりに言った。
「中隊長!もうすぐ切断できます!!」
アイリーンが箒上で叫んだ。
マッティア班の隊員も準備が整ったようだ。
「よし! 総員、切断!!」
隊員はマッティアの合図で同時に八つの首を切り落とした。
待っていましたとばかりに、エマが拘束魔法を不死の本体へかける。そのすぐあとにルイスが火炎裂断魔法。灼熱の炎がヒュドラの首を斬り刻む。不死の首が落ちた瞬間、ルイスは乗っていた箒からヒュドラに飛び移り、用意していた聖剣でヒュドラの眉間を貫いた。
「死ね!」
ルイスは渾身の力で、ヒュドラの硬い外皮を突き破る。魔力を込めると聖剣がまばゆい光を放ち、ヒュドラの細胞を破壊していく。
エミリアは一歩離れた場所から仲間の活躍を見ていた。
みんなすごい。息がぴったりだ。防御魔法、大して要らなかったな……。
エミリアが感心していると、ふと、黒く動くものが目に入った。
あ、やばい。直感的に思い、エミリアは前方へ駆け出した。
「先輩! 危ない!」
切り落とされた八つの首の一つが、牙を剥き出しにしルイスの背後から襲いかかった。ルイスはエミリアの声で事態に気づいたが、聖剣を不死の首に突き刺しており動けない。
エミリアはルイスの背中を守るように走り込み、防御魔法を唱えた。
ガキンッ! という音がして、エミリアが恐る恐る目を開けると、防御魔法で作った障壁ごしに、切り離されたヒュドラの首が、エミリアを丸呑み出来るほどの大きな口を開いて、鋭い牙と喉の奥を見せつけている。
「エミリア!」
ルイスがエミリアに叫んだ。
エミリアは全身の力が抜けていきそうになったところで、ディランとカーターが急ぎ駆けつけてヒュドラの息の根を止めた。
一方、不死の首は聖剣の聖なる力によって弱まり、遂には粉々の灰になり、消滅した。
「おつかれー」
一段落し、ルイスが隊員たちへ行った。
「一人重大な命令違反をした奴がいるな」
あたりがしんっと静かになる。エミリアは血の気が一気に引いていった。
「お前、前には出るなと言ったよな」
ルイスが鋭い目でエミリアを睨みつける。
「はい……」
エミリアは恐怖で立ち竦んだ。
「上官の命令に従わなければならないのは新人でも知っている事だが?」
エミリアは反論したかったが、大人しく黙ることにした。
「……すみませんでした……」
エミリアは帰った後、命令違反で腕立て伏せ100回の罰を与えられることになった。
***
その後、始末書を書き終えてエミリアが時計を見ると、本来の業務終了時間を大幅にオーバーしていた。
始末書を大隊長室へと持っていくと、まだ明かりがついており、ルイスが座っていた。
始末書をルイスに手渡す。正直エミリアは今、ルイスの顔を見たくなかった。時間が立って冷静に考えてみても、自分がした行動が間違っていたとはエミリアには思えなかった。
あの時私が前へ出なければ、先輩はヒュドラに飲み込まれていたんじゃ? パートナーはお互いに助け合うものじゃないの? 先輩は私を守ってくれてるし、その分私も先輩を守る。私は先輩の盾なのだ。
「もう出てくるんじゃねーぞ。お前は攻撃できねぇんだから」
デスクワークをしながらルイスが言った。
「……私が行かなかったら先輩、食べられてましたよ」
「その時はその時だ」
「なに言ってるんですか!」
「安心しろ。俺はただでは死なない」
「当たり前ですよ! 死なれたら困ります!」
「おぅ、ありがとう」
「いえ……」
腹が立っていたのに、何故か調子が狂う。
「俺もお前に死なれたら困るよ」
…………。
「は!?」
エミリアは真っ赤になって大きな声を出した。
「と言うわけで、これ、調理して」
ルイスは机の下からバケツを取り出しエミリアに渡した。
エミリアは中身を見て驚いた。沢ガニだ。しかも大量。いつの間にこんなに取っていたのか。
「……死なれたら困るってそう言う意味ですか……」
エミリアは沢ガニを見つめながら、わなわなと震える。
「そういう意味もでかい」
「嫌ですよ! 返します! 私は今日腕立て伏せ100回もして、腕がぱんぱんなんです! それにさっき罰を受けた相手に、なんで料理してあげなきゃいけないんですか!」
「いいじゃん。もう終わった事だろ。カニの素揚げ、酒のツマミになって美味いんだ。エミリアにもやるよ」
「いりませんよ! ひぃぃ! カニが上がってきた!」
急いでバケツを床に置く。カニがバケツから這い出てきそうだ。
「鮮度良くて良いだろ?」
ルイスが子どものような悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「自分で調理してください!!」
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